02 変調、そして来襲
辺境伯領から戻ると家族は蒼白になった。
六日かかる場所に行って、十二日後に帰ってきたのだから、とんぼ返りだ。何事かと心配になるに決まっている。
私は速やかに状況を説明し、私に非は(たぶん)ないこと、どういう形になるかはわからないがそのうち辺境伯からも何かしらの連絡が入るだろうことを伝えた。
その後、熱が出て寝込んだ。
馬車は乗っているだけでも体力を奪われるし、精神的にも疲れ果てていたせいだろう。一日寝れば落ち着くと思った。
ところが、一週間経過してもいっこうに回復しない。熱はそこまで高くないが、身体が重たくて、ぼぅっとする。我が家のかかりつけ医であるアルベルト先生に診てもらったところ意外なことが判明した。
「魔力の増加ですか?」
この世界には魔力が存在する。
特権階級である貴族の大多数が魔力持ちだ。私も貴族の娘だから有してはいたが、その量はとても少なかった。ほとんどないに等しい。平民の中に時々とんでもない力を持って生まれる者がいるのとは反対に、持っていて当たり前の貴族の中に魔力なしで生まれてくる子もいる。私はそちらに当てはまってしまったのだろう。
魔力が少ないことで日常の不便はそれほどない。
ただ、将来を考えたとき――結婚相手の幅を狭める。
貴族は魔力を有する。そして、貴族は貴族同士で婚姻を結ぶ。故に魔力の有無は遺伝によるところが大きいと推測され、より魔力が多い者と婚姻すれば子どもの魔力も多くなると考えられている。つまり魔力がない私は力を必要とする貴族たちからは結婚相手としては望まれにくい。
そういう理由もあって私の婚約者選びは難航するだろうと思っていたが、そこへ由緒正しき辺境伯からの話が来た。両親が戸惑いながらも喜んだのは自然な反応だった。彼らは貴族としてあるべきものを私に与えられなかったことをとても悔やんでいたのだから。
とはいえ、私はそれほど気に病んではいなかった。
生まれたときから前々世と前世の記憶があったのも大きい。前々世では平凡な日本人、前世では貴族の養女にはなるけれど十四歳までは平民として過ごしていたし、「君はそのままでいいよ」と周囲から甘やかされたので貴族らしさを左程身に付けずに暮らしていた。だから、貴族としての生き方は未だに馴染みきれない部分があり、魔力量など関係ない商家に嫁いで、店で働いたりする方が私には合っている気がした。それに結婚にも執着はないので、王都で上位の貴族の侍女……可能ならば王宮で勤められるようになって独り立ちするのもありかも、とひそかに計画していた。
そのため私は懸命に勉学に励んだ。
おかげで学院の入学試験でも三位の成績を収めた。しかし、特進クラスには入れなかった。このときになって私は自分の見通しが甘かったことを知った。学院のクラスは成績順で分けられるのだが特進クラスに至っては魔力量が一定値を満たさない者はどれほど筆記試験がよくとも省かれるのだ。
王宮の侍女として働くのに魔力量は必要ないので(とはいえあるに越したことはないが)次点のAクラスでも試験に合格して働くことは可能だ。でも、より狭き門となる。
結婚についてはそれほど望んでいなかったのでショックは少なかったが、長らく頑張ってきていた勉学で自分の努力では覆しようのない壁に阻まれたとき、私は初めて悔しくて泣いた。
なのに、いきなり魔力量が増えた。
「何か、こうなる原因にお心当たりはございますか?」
アルベルト先生の問いかけに私は唸った。
心当たりなど一つしかない――番を解消したこと。
でもそれと魔力量と何の関係が……ああ、そういえば番でいると他とは縁が結べなくなると言っていた。私に魔力量があると他の貴族との縁ができるので押さえられていた、とか?
「なるほど、番の解消……そういう事例は聞いたことがありませんでしたので、確かなことは申し上げられませんが、可能性は高いでしょう」
興味深げに頷くアルベルト先生の後ろでは両親が複雑そうな顔をしている。
自分たちのせいで娘に魔力が宿らなかったと罪悪感を持っていたから番の話に喜んだのに、その番こそが魔力減少の原因と分かったのだ。そりゃ複雑にもなる。自分たちのせいではなかったんかーい、という話だ。
……いや、これはそんな軽い話ではないな。ヴァン様があのような態度ではなくて私を歓迎して番のままでいたら、魔力量が少ない私が辺境伯ご次男様と結婚という大変な名誉を頂き、彼は感謝されたのだろう。マッチポンプ、断じて笑えん。真実が白日の下に晒されて大変良かった。
「いきなり増えたので身体に馴染ませるための発熱でしょうから、少しずつ治まってくるはずです。ご無理なさらずにお過ごしください」
アルベルト先生はそう言うと帰っていった。
私は微熱と倦怠感の原因がわかり安堵しながら、魔力が馴染むまで存分にだらけた生活を満喫することにした。
熱が上がったり下がったりを繰り返しながら、それから更に三日経過した日の夜に、ふいに身体が軽くなった。と思ったら次の瞬間に薄いベールのようなもので包まれる感覚がした。母親の胎の中はこんな感じなのでは? と思うような、すべての外敵から守られているという安らぎを覚えた。
身体の全体を包んでいたベールは次第に皮膚に吸収されていく。
それが完全になくなると私は覚醒した。
何が、というと説明は難しいが、心持ち一つで世界ががらりと変わってしまうときがある。ああいう、これまで傍にはあって触れていたはずなのにまったく理解しなかったものを急に理解したときの爽快さに浸されていた。
そして、朝を迎えるとずっと続いていた熱はなくなった。
すべてが馴染んだ。
私を束縛していた最後の残滓から完全に解放されて、生まれ変わったような心地だった。
朝食の時間になって侍女のメリーが様子を見にきたので、久々に私も食堂で食事したいと告げた。
両親と兄と姉はすでに席についていて、熱が下がりもう大丈夫だと伝えても、まだ今日一日ぐらいは眠っていた方がいいのではないかと心配される。
「いえ、もう熱は出ないです」
それは確信だった。
「それよりも神殿に行って、魔力量の再測定をお願いしたいのですけれど、お父様、手続してくださいますか?」
私は父にお願いした。
父の方でも、そのことについては考えていたらしく神殿にはすでに願い出ていて、都合が良い日に訪問くださいと返事をもらっていた。なので、翌日の昼に再測定をしてもらえることになった。
神殿は町の最南端、馬車で二時間ほどの場所にある。
私たちがつくと待たされることもなく再測定をしてもらえた。
結果、私の魔力量は間違いなく増加していた。平均よりもぐっと多い。これならば特進クラスにも入れるというぐらいに。それに元々あった水属性に加えて火属性まで追加された。
水、土、火、風が四大属性とされるがそれぞれに相性がある。火と水は相性が悪いのでそれが一緒に発現されたことは珍しいといえよう。しかし、この場合は私の有利属性はどちらになるのだろう? うん、ちょっとわからない。
わからないのは私だけではなく、神官からも回答は得られなかった。
「魔力の扱いについては学院で学ぶことになっているので、そちらに問い合わせいただいた方がよろしいかと」
いずれにせよ魔力量が増えたことも知らせなければならなかったので神殿からも手紙を送ってもらえることになった。
仔細を書く必要があるからと何故魔力量が増えたのか原因について心当たりはないかと尋ねられた。
おそらく訊かれるだろうと事前に父と打ち合わせをしており、番の件は伏せることに決めていた。医者には守秘義務があるし、アルベルト先生の人柄を知っているからこそ、ぺらぺらと話したが、番になることで魔力が押さえ込まれているというのが事実なら、迂闊に公開するのはよい判断とは思えない。何せ辺境伯は力ある家だ。力があるということはそれを妬んでいる者たちだっている。そういう輩がこの事実を悪用するとも限らず、我が家が政治利用されるのは困る。秘匿するのが賢明だ。故に長旅で帰ったら発熱してこうなった以外はわからないと返答した。
神官もそれ以上追及してはこなかった。追及しようもないだろう。
魔力量が増えたことでこれまでの感覚で魔力を使うのは危険だから、訓練を受けるまでは使わないようにと注意を受けて帰路についた。
途中、町に寄った。
オリバー商会の扉を開くと涼やかな鐘の音が響いて、従業員の視線がこちらに向いた。だがそれも私ではなくてすぐ横にいる父に集中していく。
この店を取り仕切っているマークが近くにいた店員に耳打ちして指示を出すと、カウンターから出てきて父と私に挨拶をする。
オリバー商会はオリバー男爵が運営する店だ。
男爵位は領主が国王陛下に申請することで恩賞として授与できる爵位で、オリバー商会はロバートソン伯爵領の物流の要を担う大商家であり、三代前に男爵位を与えた家である。
ここまで言うと予想がつきそうだが、この家の嫡男ニールは私の婚約者候補だった。過去形なのは……彼が私を嫌悪しているからである。
嫌悪というのは正しくないな。
私とニールが初めて顔を合わせたのは六歳になったばかりの夏だった。同じ年ということもあり、母とオリバー男爵夫人が茶会をするので同席することになった。というのは建前で、私とニールを会わせるのが目的だったわけだが。
ニールはなかなかに敏い子どもで思惑に気づいていた。そして、私に対して攻撃的な態度を取った。
「お前となんて仲良くしない!」
挨拶を交わすことなく突き付けられた拒絶に、私は面食らった。
オリバー男爵夫人の咎める声がするがニールは真っ赤な顔をしてブルブルと震えている。何かを思い詰めている。
「……仲良くしなくても構わないけれど、その理由があるのなら、聞かせてもらえるかしら?」
私は案外冷静だった。私には過去世の記憶がある。六歳児の癇癪に早々いきり立ったりはしない。それでも拒否されたことを不愉快に思う気持ちはある。何かをしてしまったからという理由があるならまだしも、会ったばかりで何もしていないのだから外見的拒絶なのかもしれない。人には好みがあるので生理的に受け付けないものはあるだろう。とはいえ、もしそれが理由だとしても、こんな風に相手にぶつけるのは優しくない。こちらも遠慮なく切ってしまえる。
しかし、聞かされたのはまったく別の原因だった。
ニールは初恋の真っ只中だったのである。
相手は鍛冶職人ガードの娘マーガレットという女の子だ。ガードは我が領の誇る腕利きの職人で、オリバー商会の依頼で銀製品などを作っている。二人は所謂幼馴染というもので、ニールは彼女を好きだった。だから、両親たちが私との婚約を考えていることを感じ取って、私を二人の仲を引き裂く邪魔者として憎んだのだ。
あくまでもこれは候補であり、とりあえずの顔見せであり、どちらかといえば私との縁を繋げたいのはオリバー家の方だと思われるが、我儘お嬢様に見染められて愛するマーガレットと引き離されそうな俺、みたいな感じなのが控えめにいって地獄だった。
ないわー。
けれど、六歳児ならこういうものかもしれない。
私は苦笑いを浮かべながら、
「わたくしも、貴方と婚約をする気はないので安心してよいですよ。ただ、そういう理由があるなら、普通に話してくれたらよかったのではないかしら? そうしてくだされば、わたくしも協力できましたのに、貴方はそうせず何も知らないわたくしに乱暴な言葉を投げつけた。わたくしは傷つきました。それにね、あなたの家は男爵位を賜った貴族なの。貴族には貴族の序列がある。わたくしはこの領地を治める伯爵家の娘なので、貴方の態度は不敬とみなされ、下手をすれば貴方だけではなくて、貴方の家族にまで罰が与えられる可能性があるということを考えるべきです。忠告は今回限りです。聞く耳をもっていらっしゃるなら、この場で謝罪し態度を改めることを条件に先程の無礼も不問……見なかったことにして差し上げますし、お母様にお願いしてお父様には黙っていていただきます。ねぇ、お母様?」
我ながら脅しのような発言だった。こういう身分を笠に着せるのは謙虚に生きる精神から逸脱するが仕方ない。私だけなら、六歳児相手に制裁をしてやろうなんて大人げないことは思わないのでスルーで済ませたが、母の前でやらかしている以上はこのままというわけにもいかないのだ。何故なら、母は穏やかな人ではあるが、ガッツリ貴族だ。体裁を重んじる。父に報告する。父が娘可愛さを仕事にまで持ち込むとは考えにくいが、知れば不快にはなるだろう。それは好ましいとは思えないので、暴言を吐かれた私自身が穏便に済ませられるように手を差し伸べたのである。腹は立っているけど、そこは年の功、黒歴史は誰もが通る道なので、優しく対処すべし!
私の反応はニールが思っていたのとは違ったようで目をぱちくりさせて固まった。
慌てたのはオリバー男爵夫人だ。すっ飛んできてニールの頭を押さえつけるように謝罪させて、お詫びは改めてさせていただきますと見ているこちらもつられて恐縮してしまうほどだった。
「そうね。わたくしも娘への無礼には謝罪を求めますが、大事にする気はありませんので、後日改めましょう」
母はこの件を父には言わないことを宣言した。
そして、後日、余程言い含められたのだろう、再び今度は我が家での茶会に招くと、ニールから誠心誠意の謝罪を受けた。私だってニールと結婚したかったわけではないこと、自分の勇み足で大惨事になっていてもおかしくなかったこと、そうであるのに一番非難してもおかしくない私に庇われたことを正確に把握しているようだった。心からの反省はわかるものである。
「はい。謝罪を受け入れます」
「ありがとうございます、ヒルデガルド様。このご恩は一生忘れません」
そこまでのことでもないが、せっかくそう言ってくれるので恩に着せることにした。
宣言の通りに、以降、彼は忠誠を示してくれるようになった。私は素晴らしいげぼ……げふんげふん、素晴らしい味方を手に入れたのである。
婚姻という問題がなくなってしまえば、ニールは普通にいい奴だった。初対面の対応が酷すぎたので私も伯爵令嬢、身分差、というのをはっきり叩きつけたから、対等な友人にはなれなかったが、あのとき以外で父の権力を濫用して言うことを聞かせるような真似はしていない。ニールの方も、婚約者にはなれないならせめて友好関係を築くようにと言われていたのだろう。故に純粋な関係ではないにせよ、私たちは互いにうまくやって来たと思う。
(……いやぁ、しかし、私って婚姻が絡んでくる相手に初対面で暴言を吐かれる運命にでもあるのかしら? 前世でハイパーモテたから今世では男運がないとしても納得するけど)
随分昔すぎて忘れていたけど、あれも酷かったなぁとニールとの出会いのあれこれに遠い目になっていると、裏にいたらしい当人が姿を見せた。先程マークが指示を出していた店員が呼びに行っていたのだろう。
「いらっしゃいませ。ロバートソン伯爵、ヒルデガルド様」
「学院から戻って以来ですわね、ニール。元気にしていて?」
「ええ、のんびりと過ごしています……と言いたいところですが店の手伝いなどで忙しくしております」
ニールも学院に通っている。同じAクラスだ。
彼は新興貴族で、祖父母は平民で魔力はなく、その子である父親にも魔力はなかったが、母親が子爵家から嫁いできた身で、その遺伝によりニールには魔力がある。繰り返すが貴族は魔力を有するというのが常識としてあるので、貴族の血を取り込み魔力を宿す子が生まれることで新興貴族も貴族と認められるみたいな暗黙のルールが存在する。オリバー男爵家は三代目にしてそれを達成したのだ。
「本日は何か御入用ですか?」
ニールは慣れた感じて御用聞きをする。
学院や他に人がいないときはもう少しフランクに話すが、今は父の前なのと店の中ということもあってニールの対応はとても丁寧だ。普段のギャップはこそばゆいが、私も伯爵家の令嬢として振舞う。
「町を通ったものだから、少し寄ってみただけよ。何かお薦めの商品はあるかしら?」
「……実は本日ロサシリーズの試作品が届きました。パッケージなどはまだですが、香りだけでもお試しになりますか?」
「まぁ、それは楽しみだわ」
私はチラリと父に視線を投げた。
「私はギルドに顔を出してくるから、それまで案内してもらうといい。頼んだよ」
「お任せください」
ニールが深々と頭を下げる。
父が出て行くと、少しだけ店内の緊張が緩んだ。
私は奥の応接室に案内されて、しばらくするとニールが入って来た。
テーブルに持っていたトレイを置いて正面のソファに座る。
ロサシリーズというのは、ロサという花で作る香油や化粧品のことだ。ロサは過去世でいうと薔薇に似た花で、ロバートソン伯爵領は昔からロサの名産として有名だった。長い間切り花としてだけ出荷していたが、オリバー家の先々代が製品加工に成功した。それがロサシリーズである。高貴なロサの香りは貴族社会、とりわけ上流貴族に受け入れられて、そこからじわじわと庶民にも広がっていった。お値段は高めだが、特別になった気がすると評判である。この功績もあってオリバー家は男爵を与えられたのだ。
最初に説明されたとおり、まだパッケージ前で中が見える透明なガラス瓶に入れられた試作品の蓋をニールが開く。それだけでは香りはしなかったが、テイスター紙にオイルを染み込ませてパタパタと仰げばたちまち柔らかなロサの香りが広がった。
どうぞ、と手渡されたテイスター紙を私は自分の鼻先でも扇いでみた。ニールがしたときよりも、よりはっきりとした香りがする。
「……これまでのものより少し甘めの香りに思えるわ」
「はい、ロサシリーズはおかげさまで広く知られるようになり、市民の間でも憧れのブランドと言われるようにもなりました。ご婦人方の定番として認知されることはありがたいことですが、同時に年若いご令嬢には敬遠される場面も見られるようになりましたので、今回の新シリーズはそういう方へ向けて作ったのです」
ニールの説明に私は頷いた。
定番の香りという地位を築いたのは素晴らしいことだが、いつの世もいつの時代も人々は新しい流行を追い掛けたがるもの。年若い令嬢はその傾向が顕著である。それにロサの香りは落ち着いたものだから、十代の少女には少々刺激が足りないと思われたり、さらに言えば、母や祖母の香りだという認識を持っている一部の男性の中には「婆臭い」なんて言う者がいる。情緒の何たるかを少しも理解しない馬鹿ものどもだが、そういう否定的な意見は妙に力を持っている。自分が母親のように思われてはたまらないと敬遠する令嬢も出てきていた。
だからこその新シリーズなのだろう。
「乙女もいずれはマダムになるのだもの。早いうちに顧客として取り込み、年を重ねるごとに見合う香りに変えていけるようにシリーズを展開する。先行投資ね」
完成が楽しみである。
「化粧水も作られたりするのかしら?」
「そちらも考えてはおりますが、先にバスソルトを作っているところです」
「まぁ、そうなの……その方がいいかもしれないわね」
肌のケアは早くからするのが美容的にはいいのだろうけれど、この世界では化学的アプローチは左程進んでいない。成分を分析して年齢による不足栄養素が何かを計測し適切な物を作るみたいなところまでは期待できない。となれば既にある従来品でも十分だし、瑞々しい成長期の若者の肌には入浴の際にケアするようなものの方が向いている。新商品として出すには興味も引くだろう。
我が伯爵領の特産品が増えるのは喜ばしい。
「商品が出来たら、わたくしも頑張って宣伝するわね」
「ええ、是非とも、よろしくお願いいたします」
ニールがにっこり笑うので、私もにっこりと返したら、
「……雰囲気が変わられたような気がするのですが、何かありましたか?」
ニールが急に真顔になった。
「相変わらず敏いわね。……実は魔力が増えて、火属性も発現したのよ」
魔力は自分の肉体にも精神にも影響を及ぼすとされている。たとえばわかりやすい例をあげるなら、火属性の者は体温が高く情熱的な性格だったり、逆に水属性の者は体温が低くクールだったりする。
私は魔力量が少なかったので、あまり実感することはなかったけれど、一気に増えたので変化が生じていてもおかしくはない。家族から指摘を受けたことはなかったが、毎日会っているとわかりにくいこともある。ニールは感じるものがあったのだろう。
「それは……おめでとうございます」
「ありがとう」
魔力量の増加の件はみんなが喜んでくれたが、ニールのそれは重々しかった。
心配をかけるからと家族には黙っていたが、私は学院で好成績をキープし続けており、「筆記だけがよくてもねぇ」と一部で陰口を叩かれていた。
ロバートソン伯爵領のトップは私である。その私が馬鹿にされるのはニールにとっても屈辱だろう。それも、どうしようもない魔力量を理由に。ニールは我がことのように怒ってくれていた。それがなくなるかもしれない。これまでを思い起こして神妙になるのは当然だ。
「もしかしたら、特進クラスに編入できるかも」
だから、確定ではないけれど、私はつい言ってしまう。
もう私は魔力量が低いと馬鹿にされたりはしなくなったと。
ニールは「それほど……」と小さく呟いて眉間に皺を寄せた。
「ニール?」
「あ、いえ……流石に特進クラスには追いかけていけないので……心配になっただけです」
それは予期していなかった反応だ。
よかったと喜んでくれるとばかり思っていた。
「わたくしそれほど問題児ではないわよ」
「それはそうですが……何が起きるかわからないですから、同じクラスならすぐにでも動けますけど、別れてしまえばわからないので心配です」
心配、心配、と繰り返すニールに、私は苦笑した。
彼が学院に入ってからは保護者のような言動を時々するようになっていたのは感じていた。父から頼まれていたからである。他にも同学年に我が領の子息令嬢がいるが、同じAクラスなのはニールだけだったし、彼は成長するに従い商人に必要な話術と人当りの良さを身に着けていったので、私のフォローをする者として抜擢されたのだ。
フォロー役というのは何も珍しいことではない……むしろ上位貴族ほど周囲を所謂「取り巻き」で固めたりするものだし、選ばれることはその家が信頼されている証拠であり名誉でもある。ただ、実際にお世話させられる者たちの心情はといえばわからないが。
ニールとは長い付き合いだし、そこそこ上手くやっていたつもりだったが、面倒だろうなぁとも思っていたので、私が特進クラスに上がることで解放されると喜ぶと思っていた。なのに、実際は心配の方が先に出た。余程訓練されているのか、或いは条件反射みたいなものだろうか。私を気遣うのが日常になってしまった結果がこれかと思うとなんとも申し訳ない。
でも、これはある意味でいい機会だろう。せめて残りの時間は、私に煩わされることなく過ごしてもらいたい……が言葉にすればそれはそれでかえって気を遣わせるので私は「ありがとう」とだけ返した。
その後、父が戻ってくるまで店内を見て回ることにした。
オリバー商会は隣り合う二つの店舗で出来ている。元々は小さな雑貨屋から始まったのでそちらが本店。隣の高級品を扱う店舗が二号店だ。しかし、月日が経過するうちに逆だと思われることも増えてきたという。
父と一緒に入ったのは高級店の扉だが、私は雑貨屋の方に向かった。伯爵家の御令嬢としては高級店で優雅に銀食器などを見て回るべきだろうけれど、可愛い雑貨の方が楽しいのだから仕方ない。
私はキャンディー缶とアイシングクッキーを購入することにした。
棚から取ると、執事のように後ろにいたニールが素早く受け取って、「お包みしますね」とレジへと持っていく。その様子を店内にいた女の子たちがチラチラと見ている。
ニールは平民にとって憧れの人だから注目されるのだ。まぁ、そうだろうなと思う。何せ、我が領で一番の商家の跡取り息子で、貴族だが貴族ぶることなく普通に店舗に立って丁寧な接客をする。それは女の子たちにとって胸躍らせるものだ。私も平民の女の子だったら、きっとお小遣いをためてニールのいる日に買い物に来ていただろう。細やかな楽しみ。それは人生を彩る。
だが、そのニールを私は現在独占している。せっかくの楽しみを邪魔して申し訳なくなったが、父によろしくと頼まれた以上は彼は私のお守りをしているにちがいない。本当に申し訳なくて、店を出てギルドまで父を迎えに行こうかしら? と思ったが、送っていくといいそうで解決策にはならないなと考えているとカランカランと扉の開く音がした。
「ニール! 今日は店に出ているのね。姿が見えたからきちゃった」
朗らかで元気な声が響いた。
金髪を肩先で揺らして、ピンク色のワンピースを着た女の子。何度か顔を合わせたことがあるので、知っている。ニールの初恋の相手、マーガレットだ。
過去のことを思い出していたこともあり、噂をすれば影がさすとはこのことかと感動する。
ただ、顔は知っているが話をしたことはないし、私はこの子との仲を引き裂くと思われて辛く当たられたので、その後、自分からニールに彼女の話題を口に出したことはない。ニールの方も自分から進んで話してくることはない。だから、二人が現在どういう関係に発展しているのかは知らないけれど、マーガレットの態度から見るに随分親しいようだ。
「ねぇ、あれってマーガレットよね?」
「ニール様と親しいって言っていたけど本当だったのね」
先程、私たちをちらちら盗み見ていた子たちのひそひそ声が聞こえてくる。
二人の関係は有名らしい。
初恋を実らせるなんて、なかなか素晴らしいではないか。このまま結婚ということにでもなれば運命の二人といって差し支えない。ならば、私が攻撃されたのも頷ける。領主の娘を振っても守り通した恋だものねー、などと冷やかしもかねて揶揄うのも面白いかもしれない。そのときこそあれは完全な過去に変わるのだろう。
「いらっしゃいませ、マーガレット様。本日はどのような御入用でしょうか?」
しかし、ニールの態度は恋人に向けるものとは思えないほど素っ気ない。表情こそ笑みを浮かべてはいるが温もりがないひんやりとしたものだった。
「え? 何? どうしたの?」
「……先日申し上げたことをお忘れですか?」
「あ……ごめんなさい……」
「いえ、わかってくだされば結構です。接客中ですので失礼いたします」
ニールは彼女を置き去りにして私のところへきて、
「お待たせいたしました」
涼しい顔で何事もなかったようににっこりと商品を差し出してくる。
私はそれを受け取りながら、視界の端でマーガレットがこちらを見ているのを感じた。それには何か、あまりよくない類の感情が含まれていて、私が伯爵の娘と知っているはずだし、仮に忘れていたとしても明らかに貴族とわかるだろうに、そんな不躾な眼差し大丈夫か? と心配になる。
一応は顔見知りだから、彼女の身の安全のためにも一言注意するべきかと思ったが、ニールの態度にショックを受けていそうだし、そこに彼を従える私が発言しても素直には聞けないだろう。二人のことは二人の問題、関わらないのがベストと思いなおし、気付かぬ振りで雑貨屋を出て二号店に戻ることにした。
無論、お守り役のニールも一緒についてきた。
彼女的には恋人を権力で支配する嫌な女に見えるだろう。考えると陰鬱となるが、いつまでもあの場にいるのもどうかと思うので不可抗力として許してもらいたい。
「大変失礼をいたしました」
二号店に入るとニールが言った。
「マーガレットさんよね。最後にお見かけしたのは三年前かしら?」
私は当たり障りない無難な感想を述べた。
「……近頃の彼女の態度は目に余るので、先日も注意をしたところでしたが……昔はあのようなことはなかったのに……」
ニールはどこか気落ちしたように息を吐いた。
あのような、とは用もないのにニールに会いに店にくることを指すのだろう。
……まぁ、職場にひょいひょい遊びにこられても迷惑というのはわかる。オリバー商会は高級志向を売りにしている。貴族だってくるのだから、そこの跡取り息子が店内で恋人と戯れあっているのは体裁が悪いだろう。配慮すべきことを配慮できないなら、商家の妻には向かない。
とはいえ、
「仕事場に遊び感覚できてほしくないというあなたの言い分はよくわかるけれど、恋人の働いている姿を見たいと思う乙女心もわかるので、こじれないうちに話し合った方がよいと思うわ」
恋は理屈ではない。正しいことが正しくできないことだってある。
ニールには幸せになってほしいからこそ、私は言ったのだが。
「私は彼女と恋人関係にありません」
「え、じゃあ、片思いのお相手にあのような態度をとったの?」
それはどうなの? と他人事ながら私は困惑した。
「いいえ、とっくの昔に振られています。もう彼女にそのような感情はありません」
しかし、続いたのは更に爆弾だった。
曰く、私に暴言を吐いてからしばらくして、ニールはマーガレットに愛の告白をしたが「わたしはロンが好きなの」と言われ木っ端微塵に砕け散っていたと。
それは十年ぶりに知る話だ。
「あの頃の私はとんでもない自惚れ屋でした。お恥ずかしい限りです」
ニールは情けなく眉尻を下げた。
いや、まぁ、うん。それは残念ながら否定できない。私が父の力でニールを婚約者にしようとしたと誤解して攻撃してきたし、マーガレットも自分を好きだと思っていたのに告白してみたらそうではなかった。痛い、これは痛い。本人も相当衝撃だったはず。
「けれど、幼かったのだし、それほど気にすることはないわよ」
あまりフォローにはなっていないが、多少の慰めでも言わずにはいられなかった。
だが、この話が事実ならニールの落胆もなんとなくわかる。
さっきのマーガレットの態度は恋人かそれに準じるような関係かな? と思える男女としての気安さが含まれていた。あれは無自覚でしているわけではないと思われる。つまり、マーガレットの方は周囲にそのように見られたいという感情があるのだ。成長するにつれ、今度は彼女がニールを好きになりアプローチをしていると。
ただ、その手段は悪手だった。
ニールがモテるので焦りもあり、あんな風に店に行き自分と仲が良いと周囲を牽制しているが、商人として店に立つニールにとっては迷惑になっていることまで気が回らない。そんなマーガレットにニールは幻滅している。
紐解いてみれば、そういうことだろう。
恋とはままならぬものだが、まさか、自分の近くでそのような恋愛劇が繰り広げられているとは思わなかった。
「ああ、そうだわ。支払いがまだだったたわね」
でも、これ以上はお腹いっぱい。野次馬する気にはなれないし、ニールとは今更そういう男女の話はしたくなかったので、私は話題を変えることにした。
「お代は結構ですよ。こちらは私から」
「そういうわけにはいかないわ」
ほんの数分前、彼は店先で特別な親しさを出そうとしたマーガレットに嫌悪を示していたのだ。私はお得意様のご令嬢であり彼女とは立ち位置が違うし、今後ともよろしくという意味合いで持って行ってくださいというのは理解できるが、これも特別扱いといえる。彼女はダメだったのに私はいいのかという理屈ではない罪悪感のようなものが湧く。それにこれは彼にとって私はどこまでも気を遣う相手であるという証明だ。わかりきったことではあるけれど、改めて突き付けられると、権威を振るっているような気がして(というか実際振るっているよね?)後ろめたい。
「これはお祝いだから。どうか受け取って」
そんな私の心を察してなのか、ニールは応接室でも崩さなかった口調を崩して、学院で過ごすときみたいな気安さで言った。
「お祝い……」
「あまりにも細やかだけど、魔力量が増えたお祝い。それくらいさせてくれてもいいだろう?」
そう言われては断るのも無粋だ。
本当に、こういう気を遣わせない気遣いは天下一品と言うか、商人としても天性の気質があるのだと思う。
私は少し逡巡した後、ここで頑固に「そんなに私におべっかつかわなくてもいいのに」などとことんひねくれてしまうより好意は好意として受け取る方がよいと判断し、今回はありがたく頂戴することにした。
勘繰りすぎてはいけないし、甘えすぎてもいけない。私と彼の間にある微妙なバランスを壊さないように保つには見極めが大事なのである。
お礼を述べていると鐘の音が響く。
ようやく父が戻ってきた。
「買い物は済んだかい?」
「ええ、お父様。魔力量のことを話したら、ニールがお祝いにとプレゼントしてくれたわ。そんなに気を遣わなくてもいいと言ったのに。けれど、とても嬉しいわ。お父様からもお礼を」
「そうなのかい。すまないね。ありがとう」
「いいえ、とんでもございません。同じ学院に通う学友として当然です」
せめてもの恩返しに父にアピールしてみる。
誠意には誠意を、大事なことである。
店を出ると馬車が正面に停まっていた。
「それじゃあ、またね」
「ええ、お気をつけて」
店先まで見送りに来てくれたニールと挨拶を交わして、馬車に乗り込もうとドレスの裾を右手で摘まむ。ニールが気を利かせて、踏み台を上る支えにと手を差し出してくる。私はそれに自身の手を重ねようとしたときだった――ぞわり、と悪寒が背中を走り抜けた。
その直後、
「逃げろ!!!!」
通りの先から叫び声が聴こえた。
「危ない!」「誰かギルドに連絡しろ!!」と不穏な喧騒はどんどん大きくなり、曲がり角から人がどっと逃げてくるのと白い砂埃が見えた。何かが激しく土を蹴って走ってきている。
それは町中になどいるはずのない、大型の獣。オオカミ。
何故こんな町中に狼が……。
まだ遠目に見えていたので私はのんきにも疑問を浮かべていたが。
「え?」
それは真っすぐに私に向かって突進してくる。
気のせいではなく、完全に私に狙いを定めていた。
ひゅっと喉が締め付けられて、逃げなければと思うのに足が動かない。
その間にも距離は縮まり、狼は前足を踏みつけるようにして大きな跳躍をしようとしている。
飛びつかれる――身体は相変わらず動かないがぎゅっと目を閉じることはできた。
「ん?」
だけど、予想した衝撃がこない。
そろそろと目を開ける。
見ると狼の首には大きな投げ縄が巻きついていて、数メートル後ろで冒険者だろう大柄の男が縄を引いていた。
「ヒルデガルド、大丈夫か?」
「どこも怪我はしてない?」
父とニールも我に返ったのか心配する声が聞こえるが、私の目は「くぅ、くぅ、くぅ、くぅ」とまるで子犬のような甘えた声を出して必死に私に近付いてこようとする狼に釘付けになっていた。
何故、と思う。
何故気づいてしまうのか。
いや、これは、気づいて当然か。
この辺にいるはずない、しかも薄汚れてはいるが何処となく気品ある黒い毛並みの狼が、縄をかけられ首根っこを引っ張られても、それをする者に襲い掛かろうとすることもなく、というか一切無視して、ただひたすら私の方を見て、ブンブンしっぽを振っているのだから。
獣人の獣化という現象。
この目で見たことはないけれど、知識としてならある。それがどういう原理で起きるのかまでは詳しくは知らないが、普段は人の容姿をしている獣人が、獣の形になることを指す。
獣化した獣人は理性ではなく本能で動き、何も知らない者から見れば普通の獣と区別がつかない。下手をすれば狩られることもあり安全のため屋敷で保護される。故に、こんな風に市街地でお目にかかることはまずない。
ただ、私はつい最近獣化が起きるかもしれない人狼の一族と関わりを持った。そして、目の前にいるのは紛れもなく狼であること。更にこんな風に私に会いに来そうな相手に心当たりが悲しいかなあること。これだけ条件が整って、気のせいや偶然で済ますのはいくらなんでも愚鈍すぎる。点と点はすんなり線になるわけで。
「……お、父様……あの、このままギルドに引き渡すのは問題がでますよね? これってあの、あれですわよね?」
正体をバラすのもどうかと濁しながら判断を仰ごうと水を向ければ父は青い顔をしている。私同様に狼の正体を察したのだろう。――だが、それが現実として呑み込めない。私だってそうだ。推測が正しいとは思いたくない。でも、おろおろしている間にも、他にも冒険者が駆けつけてきて「早く麻酔を打て!」と怒号が飛ぶ。
麻酔は不味い。それは不味い。辺境伯のご次男様に麻酔をぶっ放すのは大問題。絶対ヤバイ。
「待ってください! 麻酔は待って!!」
だから私は彼らに負けない大声で叫びながら狼を庇うように前に出たが「危ない」「下がれ」とますます怒声が飛ぶ。けれど、ここで怯むわけにもいかずに、
「大丈夫ですから! 麻酔はしまってください! 絶対に打たないで」
ほとんど悲鳴に近いような声で、懸命に。
それに父も加勢してくれる。
「待ってくれ。この狼は……私の知り合いの者のところから抜け出してきた可能性がある。暴れたりしないから引いてくれ。ほらみろ、今は落ち着いて大人しいだろう?」
事実、諸悪の根源は皆がこれだけ罵声、怒声を上げているというのに気にする素振りも見せず、私のスカートにすりすりと頬ずりしている。領主である父の発言とその呑気な姿に冒険者たちも毒気を抜かれたのか「そうおっしゃるなら……」と興奮状態が醒めていき、混乱は鎮まりはじめた。
私はその間に手早く狼の首にかけられた縄を譲り受けて、甘えまくってくるのをべしべし叩きながら馬車に乗せようと試みる。これ以上人の目に触れさせるのはよろしくないからである。だが、乗せようとしても私にまとわりついて全然乗ろうとしない。
これはあれかしら、先に乗せようとしても乗らないやつか……。
仕方なく私が乗り込んでみれば、あっさりとついてきて、私が座ると横に陣取って頭を膝に乗せるとまたすりすりと頬ずりをする。
「大丈夫なのか?」
ひょいっと車中を覗きこんでくるのはニールだ。
私を心配してくれている。だが、ニールを見た途端に狼が威嚇する。それを見てニールは慌てたように私に手を伸ばしてくる。助けようとしてくれているのだが、それは逆効果となり、狼が彼に襲い掛かろうとする気配がした。
「やめなさい!」
私は咄嗟に狼の口を抱きこむようにして押さえた。
くぅ、と甘えた声がする。
くぅ、ではない。
「ごめんなさい、ニール。私は大丈夫だから。あなたがいる方が興奮するみたい。あとは任せて」
「え、でも……本当に大丈夫なのか?」
「本当に大丈夫。事情はまた説明するから、お願い」
両手が塞がっているのであらん限りの眼力で訴えるとニールは困惑しながらも、私の言葉に頷いてくれた。
ほっと小さく息を吐くと、ニールの横から次は父が顔を見せた。
「私はもう一度ギルドに行ってくるので、お前は先に帰りなさい」
領主としてこの騒ぎの事情説明が必要だが、終わるまで狼を待機させておくのも不安、屋敷に連れ帰れと。――とても合理的判断だ。
私とてこれ以上の混乱は何が何でも避けたいので、逃げるようにすぐさま町を出発した。
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