ソフィア
ーーソフィアsideーー
何故、私達がこんな目に…
お父様の仕事が失敗し、帝国にかなりの損害を生んでしまったことは仕方ありません。
それで私が嫁ぐ事で何とかなるのなら、私は喜んで受け入れました。
なのに嫁ぎ先であったギギエルダ侯爵の次男、ナルシエル・ド・ギギエルダ様は私に夜伽を強要し、それを拒んだ私と付き人のネルをこんなところへ売るなんて。
お父様になんと申し開きをすれば良いか。
幸い嫁いですぐに援助を頂き我が家の家名と爵位は保たれましたが、こんな有り様では私はもう家に帰ることなど…
ここに売られて早くも一月が経とうとした時、店の男が一人の美しい女性を連れてきました。
初めこそこんな美しい女性に買われるのならと期待しましたが、ステータスが気になり【ステータス看破】を発動したのが間違いでした。
現れたステータスは想像を絶する程に高く、種族も所持スキルも人間とは到底呼べないものばかり。
付き人のネルはもうすぐAランクになるとまで言われた元ベテラン冒険者です。
そんなネルが赤子に思える程、そのステータスは化け物でした。
だからでしょうか、半ば放心状態のままこんな事を口走ってしまったのは。
「…ば…化け物!」
「お嬢様⁉︎」
わ、私はなんてことを!
彼女の怒りを買えば即殺されるかもしれないのに!
そう思ったら、体の震えを止める事が出来ませんでした。
ネルが私を守るように彼女を睨みつけますが、そんなことをしたら余計に怒りを買ってしまう。
『駄目ですネル!その人を刺激しないで!』
『お嬢様!一体何を見たのですか⁉︎コイツのステータスがそんなに高かったのですか⁉︎』
私は【ステータス看破】で見た内容をそのままネルに伝えました。
初めこそ信じられないようにしていたネルも、店の男が私に鞭を振った瞬間割り込んで止めた彼女を見て実感したようです。
あの鞭は見た目のしなやかさに反して、芯に鉄を埋め込んだ非常に危険なものです。
他の商品の人達が抵抗して叩かれた時、目を背けたくなるような傷が出来ていました。
それを片手で、しかも何の被害も無く受け止めるなんて…
やはりこの人は普通じゃない。
あの防御力ならば納得ですが、より人外感を主張する光景でした。
そのまま何故か私達は彼女に買われることになってしまいました。
嘘だと言ってください神様!
このような化け物の傍にいるなど、生きた心地がしません!
『お嬢様、奴は私達を制限無しで買いました。ここは隙をついて逃げましょう!』
『駄目です…逃げられる筈がありません。彼女のスキルには五感強化系もありますし、気配察知だってあります。何よりこのステータス差で逃げようなど、絶対に不可能…ここは大人しく、彼女に従うほかありません』
『くっ…奴め、逃げられないのを良いことに仮初めの“制限無し”などと』
私達が後を着いていきながら念話をしていると、不意に彼女が振り返りました。
ま、まさか念話の気配すら察知された⁉︎
どこまで【気配察知】を使い熟せばそのような事が…
その後は極力念話を控えてただ歩き続けます。
屋台の立ち並ぶ大通りで彼女は色んな店で一人前ずつ料理を買っては収納スキルだろう指輪へ仕舞っていく。
『私達が飢えている前で見せびらかす気です。ワザと沢山の料理を一人前ずつ買うなんて!』
『…仕方ありません。私達には何もする権利が無いのですから。あの檻から出られた事だけでも喜ぶべきなのです』
ギルド近くの宿へと入り、主人と色々会話していますが、何故私達にわざわざベッドなどを用意するのでしょうか。
正直床で寝ろと言われる覚悟をしていたくらいですのに。
『気を付けて下さいお嬢様。こうやって甘い餌で気を緩ませた隙に殺されるかも』
『分かっています。もしもの時はネルだけでも』
『お嬢様⁉︎』
私よりレベルも速度も上のネルなら、最悪の場合でも私が囮になれば逃げられるかもしれません。
そしたらギルドに助けを求めて…
ですが、こんな化け物を討伐出来るのでしょうか。
それこそ何百人の冒険者を集めなければいけないかもしれません。
油断無く指示に従い椅子に座った所で、彼女から話を切り出しました。
「腹は空いているか?」
「「………」」
そんなの、空いているに決まってます。
この一ヶ月食べたのは、1日二回、ボソボソのパン1つとコップ一杯の水だけ。
正直限界でした。
ですが、ここで彼女の施しを受けたら…
くぅぅぅ
わ、私のお腹が⁉︎
意思に反してその言葉に反応してしまうなんて。
恥ずかしさと恐怖で顔を上げられない。
弱みを握られた…
「これを食べるといい」
彼女がそう言って取り出したのは、先程屋台で買い漁っていた料理の数々。
初めは理解が出来ませんでした。
これは自分の為に買ったものでは?
『いけませんお嬢様…奴は弱みにつけこんで私達を油断させるつもりです。目の前に食べ物をチラつかせるなどなんて卑劣な!』
『…そうですね。たとえ限界でも、これを食べるわけには』
「ご、ご主人様…食べ物…」
ご主人様の食べ物を戴くわけには、と言いたかったのに、恐怖で上手く言葉が…
とにかく、それらしい言葉で断らないと。
「私達だけ…戴く…わけには」
「私は生憎腹が減っていない。それより、先程の発言の意味を知りたい」
その言葉に心臓が止まりそうでした。
気にしていないように振る舞い、逃げ場の無いここに連れ込んでから聞くつもりだったのですね!
「お前が何故初対面の私に怯えているか考えていたが、やはりこれしか浮かばん…私のスキルが見えているな?」
私は完全に頭が真っ白になりました。
全てバレている。
今出来る最善の手はこれしか…!
「申し訳ありません!…誰にも言いません!ですからどうか!…どうか…命だけは…っ」
「お嬢様⁉︎お嬢様がそのようなこと…おやめください!」
ネルが床で頭を下げる私に悲痛な声を上げていますが、こうでもしないとこの化け物の怒りが収まらないかもしれません。
一度は商品に落ちた身、家に戻れないかもしれないのなら、今更体裁など!
「言っただろう。私はお前達に何もするつもりはない。ただ私の情報を何故知ることができたか気になったから、お前達を買ったのだ」
…つまり、「化け物」発言に怒り買い付けてから殺すのではなかった?
いえ、まだ油断は禁物です。
それから私は自分のスキルの事、その希少さも含めて説明しました。
本来ならば極秘にすべき内容ですが、言わずに殺されるくらいならばと全て話します。
後で彼女のステータスを書き記し見せる事になりましたが、あまり自分の化け物加減を理解していない様子。
今までどんな生活を送ってきたのでしょうか。
「取り敢えず腹が空いているのなら好きなだけ食べろ」
「……も、申し訳ございません…戴きます」
二度目の催促を断っては逆に怒らせるだろうと、私は諦めて食事に手をつけます。
『お嬢様…』
『ネルも食べて下さい。ここで断ればそれこそ殺されるかもしれません』
『私が…私がもっと強ければ!』
ネルが強くなろうと、それこそSランク冒険者に匹敵しようとも、目の前の存在には勝てないでしょう。
何せランクは前代未聞のSS+なんて表記なのですから。
不意に彼女が立ち上がり部屋を出て行ってしまいました。
先程言っていた紙とペンをもらいに行ったのでしょう。
『お嬢様今のうちに食べるのです!奴が居ない今ならいくら食べても殺す隙はありません!』
ネルに従ってパンや飲み物を勢いよく食べます。
行儀作法など、店に売られた日から気にする余裕もありませんでしたから。
しかし思いの外早く戻ってきてしまった彼女と目が合い、私は複雑な気持ちに…
「構わん。好きなだけ食べるといい」
その言葉に何故か安堵感を覚えてしまった私は、食べるのに時間が掛かりそうな料理にも手を伸ばします。
味がある。
瑞々しい野菜に肉汁が溢れるお肉。
久々のまともな食事に私は涙が止まりませんでした。
顔を上げると不思議そうに見ている彼女が…
「…こ、こんな…ちゃんとした食事…久しぶりです」
「……お嬢様…」
ネルも遂に抗えなくなったのか、私と同じく手の込んだ料理に手をつけました。
二人で頂いた料理を全て食べてしまい、泣き止んだ後、彼女がステータスを見たいと言ってきたのです。
【ステータス看破】で見た内容を書き写し、彼女に渡します。
何故か不思議そうな顔をしていますが、ステータスを見た事が無いのなら基準が分からないのでしょう。
案の定、私達のステータスも見たいと言ってきました。
他人にステータスを教えることは危険ではありますが、彼女相手なら見せても見せなくても変わらない為、素直に教えます。
今度こそ驚愕した表情を浮かべた彼女は、漸く自分の異常性に気付いたのでしょう。
しかしそれも僅かな時間のみ。
すぐに何かに納得した様子を見せて紙を収納しました。
「二人共その姿を見るに、あまり風呂に入れていないようだな。先に入ってくるといい」
その言葉に私は衝撃を受けました。
使用人に先に風呂を与える主人など存在しません。
ですがそれは元貴族である私にとってこれ以上ない魅力溢れる言葉でした。
商品価値を保つ為とは言え、水浴びは数日に一度きり。
しかも石鹸の類もなく言葉通り水を浴びるだけでした。
正直今すぐ温かいお湯に浸かりたいです。
安物だろうと石鹸で全身を洗えるのならこれ以上の贅沢は無いと断言出来ます。
しかし、しかしです。
使用人のいる家で過ごしてきたからこそ、主人より先に入るなどあってはならないという意識が私を支配します。
「い、いけません…ご主人様が一番でなくては…」
『くっ…本来ならばお嬢様こそ最も優先されるべきお方のはずなのに!』
『過去は捨てましょう。私達はどのみち伯爵家に戻れないのですから』
「私は気にしないのだがな…」
本当に気にしていない様子ですが、過去を捨ててもその優先順位は捨てられないのが元貴族としての最後の意地。
使用人に落ちたのならばそれ相応の態度でいなくては。
「ならばお前達のどちらかが私と先に入り、残りは1人で入る。それでよかろう?」
確かに私が貴族であった時も使用人が付きっきりで体や髪を洗っていました。
それならば主人を差し置いたわけではないですし、良いと思います。
『お嬢様が他人に奉仕するなどいけません!ここは私が!』
『ネル…』
結局ネルに押し切られてしまい、二人がお風呂に入っていってしまいました。




