第21話 弟子志望/アオさんのライブゲスト
シオは近所にある、行きつけの喫茶店に来ていた。姉妹百合喫茶とかではない、普通の喫茶だ。
この喫茶店に来て、文庫本の小説とかをしばらく読んでから帰るのがシオの楽しみなのだ。そんなに頻繁に来ているわけではないが、けっこうな頻度で来ているので常連と言っていいだろう。
シオは席に着くと、
「コーヒー一つ」
店員さんへそう注文した。最初はコーヒー一つぐらいで時間が経ってから色々なものを注文していくスタイルだ。
注文して、小説を読みながら待つ。すると、コーヒーが来たのだが──
「あれ? これ、頼んでませんけど・・・・・・」
なぜか注文していないチーズケーキがついてきた。
「これはおまけです。うちのマスターが、いつもお世話になっているからと」
「お世話になっている・・・・・・?」
シオは普通に客としてこの喫茶店に通っていただけで、特に何かした覚えはない。
しかし、シオは気づいていなかったが、いつもシオが座る席は通りに面した窓際。通りから見える窓際に、文庫本を読む黒髪の清楚お嬢様系美少女が座っているのだ。
その集客効果というものは計り知れない。そんなに頻繁にくるわけでなくても、あそこの喫茶店にはかわいい女の子がいるという噂は広まっており、前よりも喫茶店の客が目に見えて増えていたのである。
だからこのおまけのチーズケーキなのである。
「まあいいや。ありがたくいただこーっと」
そんなことを知らないシオは呑気にチーズケーキを食べるのだった。
・・・・・・さて、チーズケーキも食べ終わって、またコーヒーを飲みながら小説を読もうとした、ちょどその時だった。
「あ、あの!」
そんなふうに声をかけられた。
「ん?」
シオが振り向くと、そこには白髪の青年が立っていた。長い白髪をポニーテールに束ねた、落ち着いた緑色の目をした男性だ。中性的な雰囲気がある。歳の頃は20歳くらいだろうか。
「えっと、なんでしょう?」
シオはにこやかに応対する。男性は、熱心な態度でこう聞いてきた。
「あの・・・・・・無門キョウカさんですよね!?」
「え?」
身バレしてる。
「あの、僕、犬神ヒロと言いますが、キョウカさんの大ファンなんです! それに、僕もいつかはキョウカさんみたいになりたいと思っていて・・・・・・」
ヒロはその場でばっと頭を下げるとシオへ言った。
「お願いです! 僕を、弟子にしてくれませんか!?」
ヒロはそんなことを言った。
「で、弟子・・・・・・?」
そんなこと言われたのは初めてだ。ファンで、シオのようになりたいということは、きっとラノベ作家を目指しているということだろう。
シオは、初め別人のふりをしようかとも思ったものの、このヒロの全身から溢れ出る熱意のオーラを見て考え方を変えた。
(こんな真剣に弟子になりたいって言ってくれてるんだ。俺も真剣に対応しなきゃ失礼だよね・・・・・・)
シオはまっすぐにヒロを見て言った。
「えっと、ヒロくん・・・・・・と言ったかな?」
「はい!」
「ごめんね、俺は弟子は取ってないんだ。教えられる自信もないし・・・・・・」
シオはそう言って断った。しかし、ヒロは引き下がらなかった。
「そう言わずに! ちょっとだけ! ちょっとだけでいいですから!」
「そ、そう言われてもね・・・・・・」
「先っぽだけ! 先っぽだけでいいですから!」
「弟子入り先っぽだけってなんだよ・・・・・・どういうことなんだよ・・・・・・」
「じゃあ、こういうのはどうですか!? 試しに一日だけ僕を弟子にしてみるというのは!?」
「ん? うーん・・・・・・」
その言葉に、シオは少し考え込む。一日だけならいいかもしれないと思ってしまったのだ。それに、このヒロはそうでもしないと簡単には引き下がらなそうだし・・・・・・。
「うーん・・・・・・わかった! じゃあ一日だけ弟子にしてみよう!」
「ほんとですか!? やったー!!」
「いや、とりあえず一日だけだからね・・・・・・? というか、俺教えるとかそういうの全然出来ないけど・・・・・・」
「大丈夫です! 僕の方でキョウカさんを観察して勝手に学ばせてもらいますので!」
「か、観察・・・・・・?」
よくわからないが、そっちの方で勝手に学んでくれるというならいいだろう。
まあそういうことで、とりあえず一日だけ弟子を取ってみることになった。ヒロはポケットからメモ帳とペンを取り出した。それに色々学んだことを書くんだろう。
シオはとにかく気にしないことにして、普段通りに行動することにした。
先ほど飲もうとしていたコーヒーを改めて飲む。カップを持ち上げると、ふーふーと息を吹きかけて冷ました。
「キョウカさんはいつもそうやって冷ましてから飲むんですか?」
「え? ああ、いつもこうやって冷まして飲んでるよ。俺、猫舌だから・・・・・・」
「なるほど・・・・・・かわいいですね!」
「は?」
「猫舌かわいい・・・・・・と」
「なにをメモしてんの・・・・・・?」
まあいい。シオはいつも通りに行動する。シオは小説を読み始めた。それを、ヒロが向かい側に座って観察する。
しばらくそうしていたが、やがてシオはキリのいいところまで読んだので本を閉じた。
「あれ? もういいんですか?」
「うん。キリのいいところまで読んだからね。ごめんね、暇だったと思うんだけど・・・・・・というか、参考になるとことかあんまりなかったでしょ」
「いえ、かなり参考になりました! なんというか、日常の動作の全てが可愛くて・・・・・・」
「本当に参考になってる? それ・・・・・・。まあいいや」
シオはメニューをヒロに差し出した。
「ん? なんでしょう?」
「奢ってあげるよ。何か好きなもの頼んで」
「え!? い、いやそんな悪いですよ・・・・・・」
「いいからいいから」
ヒロはクリームソーダを、シオはプリンを頼んで食べた。
◇
「これから何をするんですか?」
「まあ特に何もしないよ。そこら辺をただぶらぶら歩くだけ」
と、そこら辺をぶらぶら歩いていると、道端で猫があくびをしているのが目に入った。
「わっ、猫がいる! かわいいー!」
シオはそう言って、しゃがみ込むと、その道端の猫を撫で始めた。猫は人に慣れているのか気持ちよさそうにシオに撫でられるがままになっている。
「ね、可愛くない!? この子!」
「はい、かわいいですね。猫を可愛がっているキョウカさんが一番かわいい。勉強になります!」
「何言ってんの・・・・・・?」
シオは困惑していたが、これはこの場にいる全員の総意である。行き交う通行人も、みなうんうんと頷いていた。
まあ、それはともかく・・・・・・。
シオが猫を可愛がっていると、不意に後ろから声をかけられた。
「見つけたわ!」
振り向くと、そこに立っていたのは・・・・・・
「えっと・・・・・・誰、ですか?」
「鴇井アヤよ鴇井アヤ!」
そこに立っていたのは、例の声優の鴇井アヤだった。前は声優志望だったが、今は新進気鋭のプロ声優となっている。
「えっ、鴇井アヤって・・・・・・あの鴇井アヤ!?」
ヒロは驚いていた。
「あれ、ヒロくん知ってるの?」
「知ってますよ! 有名ですから!」
「へー、そうなんだ」
シオは完全に忘れていて、記憶に掠りすらしていない。
「あんたねえ・・・・・・!」
アヤはそれを見てプルプル怒っていた。そして、ビシッとシオ指差すと言った。
「勝負よキョウカ! 今度こそあなたを完膚なきまでに叩き潰してあげるわ!」
「は? 勝負?」
「そうよ! ・・・・・・ちょうどいいところにカラオケがあるわね。そこで勝負するわよ!」
と、いうことでシオはなぜかアヤとカラオケ勝負をすることになった。
・・・・・・
そういうわけでシオ、ヒロ、アヤの三人で近くのカラオケに入っていった。点数とかがちゃんと出るタイプのカラオケ店だったので、点数で勝負することになったわけなのだが・・・・・・。
「えっと、アヤさんが90点で・・・・・・キョウカさんが、99点。キョウカさんの勝ちですね」
シオが勝ってしまった。
「あー、9点差か。惜しかったねえアヤちゃん」
シオはそう言ってアヤに笑いかける。
「煽ってるようにしか聞こえないのよ! ぐううううう・・・・・・お、憶えてなさいよー!」
アヤは捨て台詞を吐いてカラオケルームから去っていた・・・・・・。
「すごいですね、キョウカさん。歌も上手いなんて・・・・・・」
「いや、これくらいなんでもないよ。色んな歌上手い人の真似をしてるだけだからね」
「十分すごいと思いますけど・・・・・・」
「いや、別にすごくはないよ。ほんとにすごいのは、歌が上手い人じゃなくて、唯一無二の歌を歌える人だから」
シオは自分がけっこうすごいことをしているとはよくわかっていないらしい。
まあそれはともかく、シオはその後もそこら辺をぶらぶらしていく。そして、その度にヒロはシオの一挙手一投足に何かを見出してメモしていった。
さて、全てが終わってシオとヒロは再びあの喫茶店へと来ていた。
そこで、ヒロがシオへ相談をしていた。
「僕、正直言うと不安なんです。キョウカさんのようにはなりたいんですけど、上手くいかなかった時、みんなから笑われてしまうんじゃないかと不安で・・・・・・」
作家になりたいけど、上手くいかなかった時周りからどう思われるかが不安だということだろう。ヒロは不安そうな顔をしている。
だから、シオはこう言った。
「別にいいんじゃない? 笑われても」
「え?」
「笑われてもいいんだよ。もし人に笑われたら、それ以上にヒロくんが笑えばいいんだ。どれだけ失敗しても、人から笑われる以上に、自分が笑えばいい。前を向いてね」
「そっか・・・・・・確かに、そうですよね!」
ヒロは元気を取り戻すと
「ありがとうございます! 僕、早速頑張ってみます!」
そう言って走り去っていった。
(多分、早速執筆に取り掛かるんだろうな・・・・・・)
「頑張って、いい作家になりなよ」
シオはヒロの後ろ姿を見ながらそう呟くのだった。
で、次の日。
「昨日はありがとうございました!」
シオはなぜか地雷服を着た白髪ツインテールの女の子からお礼を言われていた。
「えっと・・・・・・どちら様、ですか?」
「え? やだなあ僕ですよ僕! 犬神ヒロです!」
「は?」
ここで振り返ってみよう。ヒロは「僕もいつかはキョウカさんみたいになりたいと思っていて・・・・・・」と言った。
そう! ラノベ作家を目指しているとは一言も言っていないのである!
「僕は男ですけど、昔から可愛くなりたいと思っていたんです! 昨日一日、キョウカさんの弟子として『かわいい』を学ばせてもらって、あのような励ましの言葉までいただいて・・・・・・僕、決心がつきました! これからキョウカさんみたいに、かわいい男になれるよう精進していきます!」
「お、おお・・・・・・」
なんか、変な奴を育ててしまったな・・・・・・とシオは思ったのだった。
◇
「ライブ楽しみだなー!」
「ああ、そうだな」
2人の男が、グッズ売り場でそんな会話をしていた。
「いやー、しかし楽しみだよな! 青崎アオのライブ!」
「ああ! ゲストもけっこう豪華だし、当たってよかったよチケット」
そう、今日はあの声優、青崎アオのライブの日なのだ。色々と豪華なゲストが参加する、なかなか大きなライブである。そして、ここはそのライブ会場に特設されている、グッズ売り場だ。女性男性、多種多様なお客様でガヤガヤと賑わっていた。
で、先ほどの男たちがそんな人波の中で会話を続ける。
「でもよお、今日のゲストの、この『無門キョウカ』ってヤツ、お前知ってるか?」
「うんにゃ、知らない。でも、聞いたところによるとバ美肉系Vtuberだとか」
「バ美肉・・・・・・おじさんか。うーん・・・・・・本当に大丈夫なのか? 正直、おじさんが歌ったりしたところでなあ・・・・・・」
「うーん、確かに正直、あんまりだよな」
2人は、そんなふうな会話をしていた。
で、その会話を近くで聞いていたシオは、
(いやー、そうですよね! 普通そう思いますよね!)
と、1人内心うんうんと頷いていた。
そう、シオはこのライブのゲストとして呼ばれたのである。シオは一も二もなく即、これを受けた。
ただ、受けてからしまったと思ったのだ。アオの友人の声優やらアイドルやらかわいい女の子たちがゲストとしてひしめく中へ、こんなおじさんが紛れ込むとかやばいだろ・・・・・・と。
で、今、こっそり一般客に紛れてグッズを買い漁っていたシオは、自分が思っていた通りの反応をしていた客がいたので、共感していたのである。
(まあ、2曲ほど歌わせていただくだけですので、我慢してください・・・・・・)
2人の男に、シオは心の中でそう弁明しておいて、買い物を続ける。
ちなみに、今のシオはスキニージーンズにライブTシャツ、それにキャップという服装だった。本人はこれで変装して完璧に一般客へ紛れ込んでいるつもりなのだが、めちゃくちゃ目立っていた。もちろん、正体はバレてはいない。しかし、シオの人間離れした美しさは隠せないのである。
さて、シオは欲しいグッズをカゴに入れていく。
(売り切れのやつがあるな・・・・・・まあ仕方ないか)
とりあえず、あるものだけカゴに入れてレジへと向かった。
(あっ、そうだ。クジとかもあるんだったっけ)
レジにカゴを置いたシオは、売り場担当のスタッフのお姉さんに話しかけた。
「すいません、クジを引きたいんですけど」
「はーい・・・・・・え?」
シオに話しかけられたスタッフさんは、なぜかびっくりしたような顔をした。
「えっと、なんですか?」
何かまずいことでもあったんだろうか。シオがちょっと不安に思いながら問い返すと
「あの・・・・・・申し訳ないですけど、もう一回言ってもらえませんか?」
スタッフさんがそんなふうに言ってきた。
「えっと・・・・・・クジを引きたいんですけど・・・・・・」
シオがもう一回そういうと、
「あれ? もしかしてこの声って・・・・・・」
シオに聞こえないくらいの声で、スタッフさんは何かを呟いていた。
「この声、ひょっとしてキョウカおじさんなんじゃ・・・・・・」
「えっと、いいですか?」
「あっ、すいませんクジですよね! えっと・・・・・・五百円になります!」
スタッフさんはハッとすると、奥からくじ引き用の箱を取ってきてシオへ差し出した。
シオがクジを引いている間、スタッフさんはシオのことを見ながら
(うわー、絶対この人キョウカおじさんだ・・・・・・わー、リアルでもそのまんまだ。かわいいなあ・・・・・・)
と思っていた。
どうやら、この人はシオのファンだったらしい。声を聞いてすぐにわかってしまったようである。ちょっとポーッとした顔でシオのことを見つめていた。
(すごい、オーラがすごいなあ。周囲から良い意味で浮いてる・・・・・・ま、まさかこんなところで会えるなんて・・・・・・!)
スタッフさんはすごく感動していた。正直、少し期待していたが、グッズ売り場の担当だったためまず会えないだろうとは思っていたのだ。それが、意外な形で会うことが出来た。思わぬ幸せだった。
だから、会計が済んでシオが立ち去ろうとしている時、スタッフさんはその手をぎゅっと握ると
「あ、あの! 頑張ってください! 応援してます・・・・・・!」
シオへそう言った。
(お? ずいぶんサービスのいいスタッフさんだなあ)
シオは自分の正体がバレているなんてことに微塵も気づくことなく、呑気にそんなふうに思っていた。
(じゃあ、俺も・・・・・・)
シオはお返しに、スタッフさんの手を同じように握ると、
「俺も応援してます。お仕事、頑張ってくださいね」
にっこり笑ってそう言った。
「──────ッ!!??」
「ど、どうかしましたか?」
「い、いえ、なんでもないです。ありがとうございました。大変助かります・・・・・・」
「た、助かる・・・・・・?」
思わぬファンサを受けてしまったスタッフさんであった。
・・・・・・
買い物も済んだところで、シオは導線を通って楽屋へと向かっていく。
楽屋に向かって行く途中で、シオはアイドルの子たちとすれ違った。
「「「「こんにちは〜」」」」
「はい、こんにちは」
シオは挨拶を返す。そのまましばらく歩いていくと、さっきすれ違ったアイドルたちが自分のことを話しているのが耳に入った。
「ねね、今の人すごい綺麗だったねー!」
「確かに、すごい綺麗だったね。どこの事務所に所属してる人なんだろう・・・・・・」
(どこの事務所にも所属してない、普通のおじさんですよ・・・・・・)
シオは心の中でそう呟きながら楽屋へと戻っていった。
・・・・・・
そして、無事ライブも終わった。
(ふいー、とりあえず恥をかかずには済んだかな)
シオは楽屋の椅子にぐったりと座りながらぼーっとしていた。
シオはダンスを踊ったわけではないし、実際にこの身で出ていったわけではなく3DのVの体で壇上に立ったので、衣装を着たりアクセサリーをつけたりしたわけではない。
「アオさんとか他の声優さんやアイドルの方は重い衣装を着てアクセサリーとかつけて歌ったり踊ったりしてるんだよな・・・・・・やっぱすごいな・・・・・・俺みたいな一般おじさんとは違うよな」
しばらくぼーっとしていたものの、ふと気がついて立ち上がった。
「そうだ! もしかしたらライブ前には売り切れだったグッズが補充されてるかもしれないぞ!」
シオは立ち上がるとグッズ売り場に行った。
・・・・・・グッズ売り場では、ライブ前に売り場にいた二人組の男たちがまたいて、話をしていた。
「『無門キョウカ』ちゃん、めちゃくちゃ歌うまくてすごかったな・・・・・・」
「ああ。本職はラノベ作家だって言ってたのに、アイドルとか、声優とかと比べても遜色ないくらい上手かったな・・・・・・」
「というか、すごい可愛かったぞ? なんだあれ、可愛すぎないか? ちょっとした仕草がもう可愛かった。あんなおじさんいる?」
「俺はおじさんだとは信じない。自認おじさんのかわいい女の子として推すことにする」
「俺も」
そんな会話をしていた。
(おっ、あった)
前はなかったグッズが補充されていた。シオは早速それをカゴに入れてレジへと持っていく。
「!」
レジにいたのはあの時と同じスタッフさんだった。
スタッフさんは、シオの姿を見てぱあっと顔を輝かせると、
「あ、あの! えっと・・・・・・キョウカさんの歌、すごく良かったですよね!」
そう話しかけてきた。
「?」
「あっ、急にすいません! いや、キョウカさんの歌がすごく良くて・・・・・・テンション上がってしまって・・・・・・」
(俺の歌を聞いてテンション上がる? そんなことあるのかな・・・・・・)
スタッフさんはシオがキョウカだと気づいて、こういう形ですごく良かったという感想を伝えようとしているのだが、本人はまるで気づいていない。
とりあえず、シオは
「そうですか? 別に、そこまで良くはなかったと思いますけど・・・・・・他の方たちの歌の方が良かったかなと俺は思いました」
そう言った。これはシオ自身の率直な感想である。
「そ、そんなことはありませんよ! すっごく上手くて、すっごく良かったです!」
「そ、そうですか? でも、ただ歌が上手いだけっていうのも微妙じゃないですか? やっぱり、その人しか歌えないみたいな、唯一無二感が歌声にないと・・・・・・」
シオがそういうと、スタッフさんはぐあっと熱意に溢れた表情で
「そんなことはないですよ!」
大声で言った。
「私にとってはあなた──あ、いや、キョウカさんの歌声は唯一無二ですよ! な、なんというか、こう・・・・・・キョウカさんの歌声でしか得られない栄養素があるというか、キョウカさんの歌声だけが与えてくれる元気があるというか・・・・・・とにかく、私にとっては唯一無二なんです!」
いい終わってから、スタッフさんはハッとして言った。
「あっ、す、すいません! 急に大きな声を出してしまって・・・・・・」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
(熱心な人だなあ。こういう熱心なファンがいてくれるのは、ありがたいことだな・・・・・・)
そう思ったシオは、笑顔で言った。
「良かった。楽しめたなら何よりです」
「ぴゃ」
再び、思わぬファンサを受けてしまったスタッフさんなのであった。




