マサヒコ
彼には年の離れたイトコがいた。
家もヒカク的近かったコトもあり、小さい頃からよく遊んでもらった。
長男の彼にとっては、そのイトコこそが兄と呼べる存在だった。
彼が小学校6年の時だった。
高校2年イトコが、急にヒキコモリになった。学校はもちろん、彼の家に来るコトもなく。正月や盆の親戚の集まりにも一切顔を出すことは無くなった。
アトから知ったコトだがイトコは高校で、ヒドいイジメを受けたらしい。不良グループに目をつけられたのだ。
彼はクヤシかった。
もし自分がもっと体が大きくて強かったら。
イトコの仇をトったのに。
月日は流れ、彼は高校生になった。
イトコはまだ部屋から出てこれない。
アイツらのせいで。
悪はどこにでもいる。
もし、大切な人を守りたいなら。
強くなって悪を倒すべきなのだ。
そうだ。
だから、俺は。
アリスを守りたいから。俺は。
デビアンを倒す。俺が倒すんだ。
フっ、と彼、マサヒコは覚醒した。
長い夢を見ていたかのようだった。
寝ている。
背中をアズけているのはフワフワとした床。ゆっくりと目を開ける。
だが、すぐにまぶしさに目を細めた。
白い世界。
虹色に輝く巨大な塊が目の前にあった。
それはあまりにも大きく、全体像を観ることはできない。
床だと思っていたモノは、どうもガスかナニカのように思える。白いモヤモヤとしたものが立ち込めていて、その上にマサヒコは寝ていた。
俺、ヒョットして死んだのか?
そう彼が思ったのは、ソコが死後の世界というもののイメージにピッタリだったからだ。
「死んではいませんよ。青木正彦」
声がした。ヒドく澄んだ声。
マサヒコは周囲を見回した。空にはナニもない。やはりガスのようなものが立ち込めているだけ。
そう、どうもマサヒコの周囲だけガスがなく、空いている状態のようだ。
「私はアナタの目の前にいますよ」
再び声がした。
どうやら虹色に輝く巨大な塊が声をカケてきているようだ。
「よくぞ人の身でここまでたどり着きました。あらゆる意味で、ここが到達点です」
「あの、状況がよく飲み込めないんですけど。俺、死んだワケじゃないんですか?」
「ハイ。あなたは肉体を維持したまま、この始点終点へとたどり着きました。それができたのは、この世界でアナタをフクめ2人だけです」
「始点終点?」
「魂の帰還地点であり、寝床であり、出発地点でもあります」
「死後の世界?」
「そうですね。人は死するとこの場へと帰還します」
「じゃあ、あなたは神様なんですか?」
「世界を創造したワケではありませんから、その呼称は不適格ですね。強いて言うなら観察者といったところでしょうか。本田千秋は、私を世界意識と名付けていました」
「本田さん? じゃあ、ここに来たもうヒトリって本田さんなんですか?」
「ハイ。彼女はあなた方の世界へと帰還する方法を知るタメに。そして魂の行く先を訪ねるタメにこの場へとヤってきました」
「それで彼女は帰れたんですか?」
「コチラの世界、彼女は便宜的に『アナザー』と呼んでいましたが。この『アナザー』にトドまることを選択しました」
「残った? どうして?」
「彼女はあまりにも長い時間、『アナザー』で過ごしました。今さら元の世界へ戻る気はなかったのでしょう。彼女が帰還方法を探したのは、後々、アナザーへと来るだろうあなた方、同胞のタメです」
「俺たちのタメ……そうか」
クラス委員長の彼女らしい、とマサヒコは思った。マジメで責任感が強い子だった。
「ヒョットして、ここから帰れたりするんですか?」
「いえ、帰るタメには、あなた方がこの『アナザー』へ呼ばれた場所へ戻る必要があります」
「最初に俺たちが立っていた場所ってコト?」
大草原の真ん中だった。あそこへ戻る必要があるのだろうか?
「いえ、そこは着地点のようなモノです。正確な座標は私には説明できませんが、本田千秋が位置を特定し、ソコへ導くタメの目印を世界の各所に設けました。それを頼りに進むと良いでしょう」
「そうか。なにからなにまで」
マサヒコは頭の下がる思いだった。
世界意識と話しているうちに、ようやく頭がスッキリとしてきた。
冒険者ギルドで『女喰い』デビアン・ドーベルが『ブレイブ』を倒す映像を見て。
ソコから強い強迫観念にトラわれていた。
デビアンを倒さないとマズイ。次はアリスがサラわれるかもしれない。そんな強い想いにトラわれていたようだ。
そのまま【迷宮】に潜って。潜って……。
そうだ。
俺、ヒトリで潜り続けたんだ。
アレ? 途中までアリスも居たような。
自分がアリスを置き去りにしたことを思いだし、サー、と血の気が引いた。
「ほかに、ナニカ質問はありますか?」
「【迷宮】の最下層がここにツナがっていたってコトですか?」
「正確に言うならば【迷宮】にタマっていたエネルギー。魔力が臨界点に達し、この場へとツナがったというところでしょうか。本田千秋の造り出したシステムは非常によくできていますが、『アナザー』を不安定にしています。誰かがフタを閉じる必要があるでしょう」
マサヒコは世界意識がその役目を自分に望んでいるような気がした。だが、ソレは帰還を目的とするマサヒコには引き受けるコトはできなかった。
それに、今は、もっと別のコトをしなくてはならない。
「その。俺は、勝てますか? アイツに」
デビアン・ドーベル。ヤツを倒す。
「むしろ、あなたに勝てぬ者など、現在の『アナザー』には存在しないでしょう」
「チナミに、どうすれば【迷宮】に戻れるんですか? ここから『アナザー』のいろんな場所に移動できるとか?」
「いえ、肉体のまま戻るにはツナがりから戻るしかありません。あなたの後ろにあるゆがみ。ソコを通っていけば帰れますよ」
「それじゃあ、俺は、戻ります」
言ってマサヒコは世界意識に背中を向けた。
確かに世界意識の言った通り、モヤモヤの白いガスが渦を巻いている場所が見えた。あの中心に飛び込めば良さそうだ。
走り出そうとして、すぐに思いトドまり、振り返る。
「また、ここに来るかもしれない。その時は、フタの閉じ方を聞くかもしれません」
ソレがマサヒコの精一杯の誠実さだった。
もし、仮に、帰還をアキラめた時。この世界で生きるコトを決めた時。
マサヒコはその役目を負っても良いと思った。
◇
渦を通った時、一瞬、呼吸がデキなくなり、マサヒコはアセった。
ヤバい、コレ死ぬんじゃね、と思った。
だが、すぐに息苦しさはなくなり、呼吸がデキるようになった。
だんだんと周囲は暗くなり、やがて暗い通路に立っていた。
黒い闇がたゆたい。赤い炎がチロチロと通路の各所から伸びている。
【迷宮】の底に戻ったようだ。そういえば、こんなトコ通った気がするなあ、とマサヒコは思った。どうも記憶が曖昧だ。
「さて戻るか。ていうか、間に合うか?」
どれくらい【迷宮】で過ごしたのか、どうも分からない。シュマホーを取り出して見てみる。だが、シュマホーはつかなかった。この一帯の魔力が濃すぎるタメかもしれない。
フイにアリスの顔が思い浮かんだ。
猛烈に、アリスに会いたい。顔を見たい。声が聴きたい。抱きしめたい。もっと言えば、その先もシタい。
ちゃんと【ギルドカード】返納したよな?
不安がよぎる。
確か、そう言ったはずだ。だが、当時のマサヒコは精神的にヒドく追い詰められ、視野狭窄に陥
っていた。
自信がない。
もしアリスがデビアンに戦いを挑み、トラえられてしまっていたら。
あの映像で見た、裸で四つん這いで歩く女たちの姿が思い浮かぶ。体にデビアンの名前を刻まれた女たち。
「アリス。頼むから待っててくれ」
マサヒコは走り出した。




