看病
部屋に戻り、アリスを自分のベッドに寝かせた。タオルをシボってきて頭に乗せる。
「気持ちイイ」
アリスがウットリとして言った。
「水飲めるかい?」
「ウン、飲む」
マサヒコは【ギルドカード】から水筒を出した。コップに注ぎ、アリスの頭を持ち上げ、口元に当てる。
「飲めるかい?」
アリスがチュポチュポと少しずつススるように飲む。半分ほど飲んで、首を横に振る。
マサヒコはアリスを優しく優しくマクラに戻した。
「ナンカ欲しいものある?」
アリスが頭を横に振る。
「近くにいて」
「ウン、ずっといるから」
マサヒコはベッドのカタワらに椅子を持ってきて、座った。アリスの手を握る。
氷枕とか買ってきた方がイイのか?
などと思ったが、もう夜だ。さすがにコッチの世界に深夜までヤってるようなドラッグストアはない。
しばらくするとアリスは寝息をタて始めた。マサヒコは常夜灯の青い照明の下、苦しそうに眠るアリスを祈るような気持ちでナガめた。
フイにヨミガエったのは、子供の頃、熱を出した記憶。心配そうな母親の顏。
そうか、と思った。
大切な人を看病するってこんな気持ちなんだ。
それは実感だった。母親に愛されていたという実感。そして、アリスが大切な人だという実感。
「頼むから早く元気になってよ」
祈るような気持ちでツブヤいた。
アリスは何度か目を覚ました。
そのたびにマサヒコは彼女の頭に手をあてがい水を飲ませた。
その後、アリスはマサヒコにナデて欲しがったり、手を握ってほしがったりした。
マサヒコはかいがいしくソレにコタえた。
ベッドに運び入れた時にコートは脱がせた。その下のダウンボタンシャツとミニスカートという服装。もう少し楽なカッコウに着替えさせた方がイイかと思ったが、さすがにマサヒコがソレを主導するには抵抗がある。
そうこうするうちにアリスが自分でシャツのボタンを緩め、スカートを脱いだ。毛布からハミ出した小麦色の肌が汗で濡れており、異常に艶めかしい。
だが、マサヒコはソレころではなかった。エロなど感じている余裕はない。
あまりにも真剣すぎて。
アリスのコトばかり考えていたタメに、夕食のコトなどスッカリ忘れていた。
腹が減ったな、と空腹を思い出したのが、深夜2時。
時間を見てギョッとした。
そんなに長い時間が経っているとは思わなかったのだ。
相変わらずアリスは寝苦しそうだ。ときどきウナされて寝言を言っている。何度か、家族に対する怒りの声があって、マサヒコはそのたびに、「アリスはイイ子だ。イイ子だ」と頭をナデた。
なにか、看病の役に立つような本はないかとシュマホーに入れている本を探してみるが、そんなモノはなかった。
本当に必要な知識は、こういう時にない。
マサヒコがさすがにウトウトしてきて、何度かベッドのフチに頭をブツけかけていると、フイにアリスが目を覚ました。
ガバっと上体を起こしてキョロキョロ。
マサヒコと目が合う。
「ど、どうしたの?」
「……マサヒコ、ウチら、ツキアってるよね」
「えっ、ウン」
「そっか。良かった」
汗でべったり前髪を貼り付けたまま満面の笑顔。それからパタンと倒れて、また寝た。
アリスにとって、自分とツキアっているというコトがとても大切なことだと分かり、マサヒコは胸が熱くなった。
もう何度目になるか、アリスの手を握った。ソレを自分の額に当てる。
「俺、君とツキアえて本当に幸せだよ。だから、早く良くなってくれよ」
自分以外の誰かのタメにこんなに必死になったコトは生まれて初めてだった。
愛という言葉はよく聞くし、漠然と概念を理解はしていたが、ああ、こういうコトか、と思った。
自分以外を大切に尊く思う気持ち。自分以外のタメに必死になる気持ち。
いつのまにか自分にとってアリスは本当にカケガエのない存在になっていた。異世界に来て、そんなに長い時間が経ったワケでもない。ツキアイ始めてから、まだ数日しか経っていない。
それでも寝食を忘れて看病できるほど、アリスが大切になっていた。
アリスのくしゃっと顔をゆがて笑う笑顔が。少しチグハグな感じな言葉ヅカいが。キンキンと高くて、だけど耳に心地よい声が。
とても好きだと気づいた。
傷だらけで、それでも世の中を恨んだり、ヒネクレたりしない明るさが、とても好きだと気づいた。
「頼むから元気になってくれよ。ホント」
マサヒコはいつの間にか目を濡らしていた涙をヌグった。
◇
夜が明けた。
アリスの熱は少し下がったようで、うなされることはなくなった。スースーと安らかな寝息をタテている。
マサヒコは、ホッと安心するととも、眠気が押し寄せてきた。
腰とか、腕とか、いろんなところが痛い。
考えてみれば何時間も同じ姿勢だった。最後にトイレに行ったのはいつだったか。
ずいぶんと久しぶりに立ち上がり、部屋を出た。トイレに行くと、やたらと眠くなり、危うく廊下で寝落ちするところだった。
マサヒコが戻ると、アリスは変わらず安らかな顔で眠っている。
「少し寝るか」
ムリをして自分まで倒れたらシャレにならない。
ハシゴを上り、アリスのベッドに入った。アリスのニオイがシミついたシーツ。エッチな気分など微塵も起こらず、ただただ、胸が詰まるような愛おしさを感じた。
「おやすみ、アリス」
ツブヤいて目を閉じる。
◇
ハっ、と気が付いたときには、時間が飛んでいた。カーテンを透かして差し込む光で部屋はズイブン明るい。
アリスは……。
自分が眠りすぎてしまったのではないかと心配になる。下でアリスが苦しんでいるのではないか?
アセりながら、ハシゴを降りる。
アリスはまだスヤスヤと眠っている。
テーブルに置きっぱなしのシュマホーを見ると、8時すぎ。3時間ほど寝たようだ。
不思議と眠気はスッキリなくなっていた。
それよりアリスに水を飲ませなくては、と思った。
そういえば、ぜんぜんトイレにも行ってないが、大丈夫か?
次に起きたら聞いてみよう。
それにしても腹が空いた。
ちょうど朝食の時間である。素早く食べてくるか?
だがアリスがその間に目を覚ましたら。
そう思うと、なかなか踏ん切りがつかない。
そんなことで悩んでいるとシュマホーが鳴った。メールだ。
――――――――――――
アックスだ。
なにかいるものはあるか?
まだ寮にいるから、気軽に言ってくれ
――――――――――――
アックスセンパイ、マジ、神。
マサヒコが女だったら惚れていたかもしれない。
マサヒコはシュマホーを素早く操作した。
――――――――――――
おはようございます
俺とアリスの分の朝食をオニギリにして持ってきてもらえるととても助かります
アリスがいつ起きるかわからなくて離れられないんです
お願いします
――――――――――――
返信はなかった。
その代わり、30分ほどして部屋がノックされた。
「アックスだ。メシ、持ってきたぞ」
マサヒコは飛びつくようにドアを開けた。
隻眼の屈強な男アックスが立っていた。
「どうだ? 嬢ちゃんの調子は」
心配そうな顔。
「お前、ひでー顏だぞ。ちゃんと寝たのか? 倒れちまうぞ」
「寝ましたよ、ケッコー。アリスはやっぱり風邪みたいで。昨日、あのアト神殿に行ったら風邪だって言われて。薬も出してくれなくて。スゴい熱だったんです。今はだいぶ下がってきたみたいで、スヤスヤ寝てるんですけど。夜なんて、ホント、スゴいうなされて」
セキを切ったようにしゃべる。
「おー、そりゃー良かった。まー、アレだ。神殿はそうそうポーションなんて出さねえからなあ。自分の力で治せ、ってのが基本だ。まあ、ムリやりポーションで治すと、体が弱くなるらしいからな。飯はソコに出せばいいか? 嬢ちゃんには、簡単なカユを作ってもらったぞ。あとハチミツとレモンが入ったドリンク。他に、ナンカ欲しいもんがあったら買ってきてやるぞ」
言って、アックスが【ギルドカード】からテーブルに朝食を出した。皿に載ったオニギリが4つ。お椀のおカユ。スプーン。それにコップに入った湯気をタテているドリンク。
「あの、頭を冷やすようなモノありますか?」
「あー、【アイスタオル】ってモンがあるぞ。魔法で冷たいタオルだ。【ギルドカード】持ちのお前なら魔力があるから安いのが使えるだろ。買ってきてやるよ」
「アリガトウございます。助かります」
何度も頭を下げた。礼儀としてではない。心から勝手に頭が下がった。
「おー、気にすんな。あんまり無理すんなよ。お前まで寝込んだら大変だぞ」
言って、アックスは出ていった。




