どんな障壁があろうとも
感情が溢れて言葉が出なかった。かわりに、あたしの目からは、とめどなく涙がこぼれ落ちていく。
「どんな障壁があろうとも」その言葉がどれほどの覚悟で語られたのか、今のあたしには考えなくても痛いくらいに分かる。千尋様の気持ちが、素直に嬉しかった。
「あたしも……っ、あたしも千尋様がいい。千尋様と一緒がいい……」
きっと千尋様となら、これから確実に襲って来るであろう困難にも、一緒に立ち向かっていけると思うから。
***
千尋様と久しぶりの逢瀬を堪能して、龍の間からでて階段を降りていくと、淡雪さんが手をとめて「ああ、ゆっくりと話ができたようだねぇ」と微笑んでくれる。
龍の間への給仕をあたしに頼んだのも、それで今日の仕事はおしまいだと言ってくれたのも、淡雪さんの気遣いだったんだ。淡雪さんの優しさ、本当に心にしみるなぁ。
「真白、金箔抹茶と幻華桃蜜は美味しかったかい?」
「はい! とっても! 口の中で一瞬で蕩けてあんなに甘いのに繊細な味、初めてでした……!」
思い出すだけでうっとりする。千尋様がすすめてくれたから食べちゃったけど、さすがにゴージャスなお味だったよ。ぶっちゃけこれまで食べたデザートの中で一番美味だった。
「良かったねぇ、この坊ちゃんにふっかけたかいがあったよ」
「え?」
「真白と話したければ、最上の部屋をとって、最上の品を二人分注文しなって言ってやったのさ」
振り返って千尋様を見上げたら、千尋様も苦笑いしていた。淡雪さん……なんて商売上手な。
「真白をこんなに待たせて寂しい思いをさせたんだからねぇ、それくらいの詫びはあってもいいだろう?」
口角をクッとあげて妖艶に笑う淡雪さん。だけど、あたしは慌てて首を横に振った。
「そんな。千尋様、厳しい監視の目をかいくぐって逢いに来てくださったんです。あたしもう、それが嬉しくて」
「おやおや、あてられてしまった」
くすくすと笑ってから、淡雪さんは急に真剣な表情になる。
「しかし監視とはねぇ……相変わらず妖狐の里は過保護だねぇ。いくら里を守るためとはいえ、ちゃんと考えもある年頃の子を里に縛り付けるのは無粋だろうに」
淡雪さんのつぶやきを聞いた千尋様は、わずかに顔をゆがめる。それは痛いような悔しいような、悲しいような……複雑な表情で、あたしには千尋様の気持ちが読み切れなかった。
「里がその調子じゃあ先行きが不安にもなるけど……坊ちゃん、あんた真白を守れるんだろうね? あまりこの子を悲しませておくれでないよ」




