このまま帰るなんて出来ない
「ま、待って。ちょっと考えさせて。また、また今度にしよう、なっ?」
それなのに、絢香さんときたらまだそんな甘っチョロイこと言ってくるんだから、ほんと始末に負えない。
あたしは絢香さんの顔の横にドンと手をついて、絢香さんの顔をのぞき込んだ。
「ふざけんな、今日行くんだよ」
「ちょ、急に怖い」
「自分が言い出したことでしょ。妹さんを見つけ出して、現状を打破するんだって」
「そうだけど」
ちくしょう、こんな時までほんと可愛いな。男とは思えぬ、庇護欲をそそる憂い顔。まるであたしがいじめてるみたいだけど、ここは絶対に引かないぞ!
「クダちゃんはまだあの中で頑張ってる! 雅様に今まさに掴まって手の中でぷらぷら揺さぶられてるのに、一生懸命耐えてるんだよ!? 蛇神の雅様の前で、小さなあの子がどんなに怖いと思ってるの!」
「そ、そう、だけど……」
「クダちゃんのためにも、このまま帰るなんてできない」
「……」
これだけ言ってもまだ目をそらす絢香さんに、さすがに怒りが沸き上がってきた。クダちゃんの恐怖が伝わってくるのに、これ以上放っておけないよ。
「もういい、あたしが行く。でも、あたしもクダちゃんも……千尋様も、絢香さんのためにここまで来たんだってこと、忘れないで」
「待て、俺も行こう」
電柱の影から飛び出したあたしの腕を、千尋様が捉える。
「でも」
「もし真白が捕らえられるようなことがあったら、穏便に話を運ぶ自信がない。その方が問題が大きくなるだろう? 一緒に行く」
「千尋様……!」
千尋様、かっこいい……! そして確かにそうなる方が大問題かも知れない。
「ありがとう、ございます……! 千尋様!」
「うむ。真白は俺が守る」
「あーもうっ!!!! 分かった! 分かったよ、行きゃあいいんだろ、行きゃあ! 隣でいい雰囲気だすんじゃねーよ、リア充どもめ!」
「絢香さん」
なんかプンプン怒りながら、絢香さんは先陣切って歩いて行く。ぶっちゃけ絢香さんのほうが学園では、イケメンを侍らせているぶっちぎりのリア充だと認識されているだろうとは思うけど、ここは言わないでおいてやろう。
あたしは千尋様と顔を見合わせて笑い合う。
「チンタラすんな、行くならさっさと行くぞ!」
絢香さんの怒声につられるように、その細い背中を追ってあたしと千尋様は歩きだす。
雅様のお屋敷のモダンなアイアン製の門扉の前で、あたし達はうなずき合って息を整える。呼び鈴はあたしが押すことにした。今の絢香さんだと「たのもー!!!」とか言いそうで怖いから。
「押すよ」
「おう!」
「頼む」
あたしの指が呼び鈴に触れる。そして、美しい鈴の音が屋敷の主を呼び始めた。




