2 強襲の魔法使い:包囲作戦
「落ち着いて化け猫が見た出来事を察知しろ。明確な敵意を持って誰かが攻撃したのか? どうなんだ須藤」
「あきらかな攻撃だ!」
「ならば想定の範囲だ。むしろこちらが罠にかけたともいえる。敵は何人だ?」
「たぶん、一人! 女だ!」
「なめられたものだな。――全員『本』の有効範囲の中に入れ」
状況はだいたい把握した。
もちろんこういった事態も想定済みだ。ちゃんと作戦を始める前に全員で相談して決めてある。
「事前に打ち合わせした通りに迎撃するぞ。会敵パターンA、フォーメーションアルファで対応する。須藤、三号とともに二号のやられた地点へ。挟み撃ちにするために一号も動かせ。残りは待機」
「いいの?」
笹露から意見が飛んだ。
「敵は一人ではないかもしれないからな。相互に連絡(人同士の連携)を取り合える状態を常に意識し、孤立は避けるようにする。一人の敵には三人以上で対応し、一対一では戦わない。これで十分に敵を撃退できる、はずだ」
少なくとも被害は抑えられる。戦うときは多対一を基本にする。
俺たちは正義の味方じゃない。一対一じゃないから卑怯とか、そんなことは言ってられない。
「一号がやられた! 先に行った三号もだ!」
「はあ!?」
須藤から報告が来て、俺は声を荒げた。
「話聞いてたか!? 三号と一緒にいけよ! くそっ、進路は俺の方向だ! 敵は化け猫じゃあ叶わないほど強い。
フォーメーションデルタ……俺という標的を中心にして包囲網を敷く!
須藤、そのまま俺の元へ来い。笹露は六号と一緒に俺の元へ。俺が囮になって時間を稼ぐから、須藤と笹露は敵を挟撃しろ!
いいか、これは機動――つまり全体が動く速さが大事だ! 旧日本軍だって活用していた、チャリの機動力というものを見せつけてやれ!」
「了解だ!」「……わかった」
須藤と笹露から同時に返事が来る。
遅れて、
「わ、私は? どうすればいいんです?」
姫鶴の声が聞こえてきた。
「姫鶴の位置からは遠すぎるから、そのまま待機だ。須藤がお前のもとに近くの化け猫をやっている。もし敵の増援がいたら化け猫を囮にして逃げろ」
「ええっ、そんなのかわいそうです」
「逃・げ・ろ・よ!」
「は、はいぃっ」
気を取り直し、状況把握に努める。
「須藤、敵がどんな能力を使うのかわかるか?」
「いや、それが……二号をやったときは火を使って燃焼させた。一号のときは水のつぶてにやられて、三号はかまいたちみたいなので切られた」
「笹露じゃあるまいし、そんな多様な能力があるのか……?」
「俺もよくわからない」
いや、もしあるとしたら――魔法だ。火の魔力因子に、水の魔力因子、そして風の魔力因子を使えば、それぞれの攻撃が可能である。
『魔法使い』『さもんじこはな』――敵は奴だろうか? ならば、願ってもないのだが。
「!」
考えていると、何かとんでもないものが近づいてくる気配がした。
それはもう長年生きてきた勘のようなものとしかいえない。
とっさに飛びのくと、数瞬前まで俺がいた位置を水のつぶてのようなものが飛来し――そこにあった自転車へ叩き込まれた。
ボガンバガンと聞いたこともないような鉄のひしゃげる音。自転車のフレームは水圧に負けてぼこぼこにへこみながら倒れ、水浸しのまま押されたようにアスファルトを滑走した。
「水の下位魔法『飛沫の礫』のように見えるが……」
それとも水の能力を持った参照者なのだろうか。
「ご名答」
返ってくる女の声。
声のするほうを見ると、一リットル入りのペットボトルを片手に、学園の女子生徒が歩いてきていた。
長い髪がさらさらと揺れている。端正な顔立ち。背はやや高めだろうか、足が細くてかなりスタイルはいい。第二ボタンまで開けたブラウスが、大きめの胸を強調していた。
「攻撃魔法か……久しぶりに見たぞ。お前が『さもんじこはな』か?」
「答える義理はないわね」
言いながら、水の入ったペットボトルを逆さにする。
通行人が何事かとこちらをチラ見しているが、おかまいなしだ。
「水の魔力因子よ、我が声に応えよ。飛び散る飛沫は無数の礫となりて我が敵を打たん」
脊髄に舌を這わされているような艶美な声だった。すらすら紡がれていく言葉に呼応するように、零れ落ちようとしていたペットボトルの水はぴたりと落下をやめ、言葉通り無数の礫のようにいくつもの水の玉を形作った。
「マジで魔法じゃないか、畜生!」
「恵みあるところから生まれ出ずる水の弾丸よ、ここに顕現せよ」
俺は駆け出した。飛来する水のつぶてが、アスファルトや電柱を削り取っていく。
「ペットボトルの水を触媒にしているのか……!」
地球は空気中の魔力因子が極端に少ないため、何もない場所から水を出すだけでも、おそらく莫大な魔力を必要とする。
だが水そのものをあらかじめ用意すれば、水を召喚するだけの労力をはぶくことができる。
しかも水そのものの中にだって水の魔力因子は内包されていて――これは魔法世界と同じのようだ。魔力を練り上げるときは用意した水から水の魔力因子を取り出せばよい。
「そのやり方、どこで習った?」
これは魔力因子の薄い土地で魔力を補うための方法だ。どこに行っても魔力因子がほとんどないこの地では、うってつけの方法。
だが、誰だってできるわけではない。俺がやろうとして無理だったのだ。
地球では、魔法を使える素質がなければだめらしい。彼女にはその素質がある。魔導師になれる素質だ。
俺の質問を聞いて、女子生徒は微笑した。
「私が魔法世界の魔法使いだって言ったら?」
「……ふん。その発言は墓穴だぞ」
相手の一挙手一投足に注目しながら、俺は立ち止まる。
「亜人を含めたほぼすべての者が魔法を使えるウェイミリカに『魔法使い』という概念・括りは存在しない。魔法を専門的に極めた『魔導師』や『魔法家』といった職は存在するがな。常識だぞ。お前はこの世界に住まうただの一般人だ」
ならば誰かに習ったのだろうか。誰にだ? 魔法を使えるものがほかにいるとでもいうのか。
「あなたにそれを証明することができる?」
「どういう意味だ?」
「私の言っていることが本当で、あなたの言っていることが妄想だとしたら?」
「それこそ幻想だろう。俺は俺がどこから来たのか知っている」
「本当にそう?」
「そうだ」
「……くすっ、でも私が言っていることも間違ってはいないんじゃないの?」
「堂々巡りだな。どちらが正しいと主張したところで証明する方法なんてありはしない」
「そうね。それもそう」
明らかに面白がっているだけだ。女子生徒は、見下したように微笑している。
女子生徒は右手を掲げた。手の中指と薬指には、魔力を補うための刻印と詠唱を省略するための刻印が指輪のように刻まれている。
掲げた手のひらから、エネルギーが凝縮したようなピンポン玉くらいの光の粒子が現れる。今度は詠唱はしていない。
「相性がいいのかしら、いろいろ試したけど、やっぱりこれが一番いいわ」
エネルギーそのものをぶつける攻撃。『力の魔力因子』を使った、いわゆる無属性魔法だ。
「『魔弾』か! ちょっと待て! お前に聞きたいことがある。話し合うことはできないか!?」
「いいわよ。あなたを痛めつけた後ならね」
「それはつまり聞き耳持たないってことじゃないか! 死ね!」
すぐさま盾のような形に能力の粘土を成形して、防御の体勢。同時に、女子生徒の手からピンポン玉の光――『魔弾』が放たれた。
凝縮されたエネルギーが、銃弾さながらの速度で撃ち出される。その衝撃は、先ほどの水鉄砲の比ではないだろう。速度だって比べ物にならないほどで、躱すこともままならない。
こんな薄っぺらい土の盾で防御できるのか?
危機感に駆られているまま『魔弾』が俺に激突しようとしたとき――
「間に合った!」
須藤が俺の前に躍り出て、腕に刺さった『銀の楔』の光で『魔弾』を無効化した。
ぼこぼこにされていた俺の自転車が、女子生徒に向かって横殴りに落ちてくる。笹露の『グレイトフォール』である。
「ご無事ですか遼様」
女子生徒の背後から笹露が駆け付けた。
「来たか!」
「ふぅん、最初からこのつもりだった?」
目の前に魔力障壁を展開した女子生徒は、難なく落ちてきた自転車を受け止める。
「まあいいわ。今日はちょっとしたあいさつに来ただけだし」
女子生徒は髪をかき上げて、何事もないように『魔弾』で自転車を破壊した。
「私は幸村千子。小葉菜の友達で、小葉菜の言葉を参照者たちに届けていた」
「残念だがそんなでまかせは聞かんぞ。小葉菜先輩は今動ける状態ではないからな」
「魂の存在はあなたもよく知っていると思うけど」
「!」
須藤と笹露に攻撃を命じさせようと思ったが、動じてしまった。
見透かしたように、幸村千子と名乗った女子生徒は不敵に笑う。
「小葉菜は今、心だけ別のところにいるわ。……そしてあなたの最大の敵よ」
「どういう意味だ」
「風の魔力因子よ、我が声に応えよ」
「おいっ」
突如発生したつむじ風が千子を包む。吹き荒れる風に目を開けていられなくなり、やんだと思ったら千子の姿はすでに消えていた。
逃げられたようだ。俺は苛々しながらこぶしを強く握った。
「くそっ、どういうことだ」
「それはこっちも聞きたいぞ遼」
須藤は腕を組んで電柱を背にシュッとした感じで立ちながら、俺に訊いた。
「通話からお前らの会話聞いてたけど……魔法ってどういうことだ? 何か敵の事情を知っている風だったが?」
須藤には珍しく、真剣で険しい顔だ。
「私は、なんでもいい。遼君に従うだけ」
笹露はいつも通りの涼しい顔だったが、内心ではどうだろうかわからない。
俺は頭をかいた。こいつらから浮かんでくるのは、無視できない疑念でしかない。放っておくと信頼に響く。
どうやら、彼らにちゃんと説明する必要があるようだ。




