1 旅の始まり
「ねぇレティ… 流石にこんな量持っていくのは無理よ。」
目の前には、本などの私物や、金貨袋が大量にある。
……私ってこんなにお金を溜め込んでたのかしら…? 確かに、使う機会や暇はなかったけれども。
これだけあれば、かなりの間はお金を気にしなくても良いかも知れないわね。
「無理ではありません。このマジックバッグに詰め込めば持っていけます。」
「えっ!?」
そんなに貴重なものを持っていたのかしら!?
「…冒険者のときに手に入れたの…?」
「いえ、これは国から借りました。エルセ様の大量の書類を持ち運ぶという名義で借りたのですが、実は返済期限が定められていないのですよね。」
……ん?
「しかし、今すぐ出ろと言われては、返しに行く暇もありません。」
「…あなたらしいわね。」
違法ではないし、…まぁいいかしら。
私をこき使っているくせに婚約破棄をしてきたこんな国に未練なんてものは微塵もないもの。
「では、詰め込んでいきますね。」
「頼みますわ。私は、最後にメモ書きと、一応最終点検だけしておきますわね。」
「はい。」
まぁ、レティの事は信用しているけど、流石に後悔無くしたいからね。
…後腐れは結構残っているけど、職務の引き継ぎはきっとマリアーヌがやってくれるわ。多忙に悲鳴を上げる姿を見てみたくはあるけど、それ以上に早くここから出ていきたいし。
―――きっと、立つ鳥跡は濁りに濁っているのでしょうね。
私は、メモを机の上に残していくことにした。
『旅に出ます。探さないでください。』
…家出みたくなってしまったわね…
『金輪際ここに戻るつもりはありませんので、ご了承くださいませ。』
先程の文にこれを書き足す。
「…よし、これでいいかしら。」
最後に、クローゼットやタンスの中身を確認したあと、ベッドの裏を確認する…
「……レティ…知ってたのね…」
「えぇ。もう既にマジックバッグに入れています。今後とも利用すると思われますので。」
「失敗ノートのこと…どうせあなたなら読んでいるのでしょうけど。」
「既に熟読しております。」
「やめてよ! 他の人に読まれるのは恥ずかしいのだから!」
「お嬢様も、人間なのだなと安心するのですよ。」
「…むぅ…」
そう言われると反論できないじゃないの…
というか、人間かどうかよく疑われるのはあなたの方でしょ?
まったく、なんで私に仕えているのか。そんな事しなくても、他のどんな職業でも活躍できそうなあなたが。
「準備はできましたか?」
「えぇ… っと、その前に庶民用の服に着替えましょう。流石にこのドレスのまま行くのは目立ってしまうわ。」
「そうですね。」
そう言って、レティシアはマジックバッグから綺羅びやかなドレスではなく、いかにも庶民が着ていそうなオーバーオールの服を取り出す。
…たしかこれも、お忍び用に買ったのよね… 結局、使う機会なんて一度もなかったんだけど。
なかった。というより、作れなかった。の方が正しいかもしれないわね。
なんてことを考えている間に着替えは済んで、もう準備は万端だ。
「では、付いてきてください。」
「わかったわ、レティ。」
ふふっ、あなたのメイド服は着替えないのね。
知ってるのよ、そのメイド服。私が最初にあげたメイド服なのよね。
…流石に、防具屋に出して加工して壊れないようにしたりしてるのを知った時は少しびっくりしたけど。
それだけ大事にされてるっていうのは、主人冥利に尽きるというものね。
部屋を出ると、人だかりができていた。
…耳聡い連中ですわね。面倒ですわ。
ガヤガヤとする連中をくぐり抜けて、幼い女の子がぴょこっと顔を出す。
「お義姉様、婚約破棄されたとは本当なのですか?」
「あら、もうあなたの耳にも届いてしまったのね…」
カイルの妹、ティレ。
この子は優しくて、あの王太子と同じ腹から生まれてきたとは思えないほど、性格に違いがある。
「私は今日この城から出るわ。あなたはとっくにもう寝る時間でしょう? 部屋に帰って寝なさい。」
「……うん。おやすみなさい、エルセ様。」
まぁ、この子の侍女に知らされて、慌てて起きて来たのでしょうね。
なんと可愛らしいのでしょうか。あぁ、持って帰りたい…!
もう帰る場所はないのですけどね!
「おやすみなさい、ティレ。また会えたらお話でもしましょうか。」
「…うん! 待ってるね!」
…はぁ、約束してしまったわ。また、会える日が来るといいわね。
話が終わったので、レティは有象無象をかき分けて私のための道を作ってくれる。
それに続いて私は扉から遠ざかっていく。
…一生懸命手を振っているティルに心が癒されるわ……
「とても気が緩んでいるところ申し訳ありませんが、御者をあまり待たせるわけにはいきません。少し急ぎますよ。」
「わかったわ。」
あら、私そんなに気が緩んでいたかしら。
まぁいいじゃないの。このあとに重要な会議が待ち受けているわけではないのだから。
馬車に乗り込み、馬を走らせる。
「こんな気楽な馬車も始めてね。」
「そうですね。大抵は会議や、会談のために少し遠出するときにしか、使いませんでしたから。」
城門を抜ける。
振り返れば、見慣れた王城が小さくなっていく。
「……本当に、これで終わりなのね」
「はい。」
「……ふふっ」
「何か?」
「いえ。ただ――」
私は窓を開ける。
王都の外から吹き込んできた風が、頬を撫でた。
「自由って、こんなに気持ちいいものなのね。」
さあ、ここからが私の人生だ。
――まずは、どこへ行きましょうか。
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