49 ミスティアとラスティアは仲が悪い
一人は気絶という状態なので、はたして案内と呼べるかは疑問だが、それから二人を応接間へと案内した。
どうやら二人ともラスティアの知り合いということなので、一度攻撃を受けたが、問題はないだろうと思ってのことだ。
ラスティアの知り合いということは、やはり教会関係者で間違いないだろう。
ラスティアに会いに来たのだろうか?
そうでなければ、おそらく…。
「それでスティリア様はラスティアさんのお知り合いのようですが、どのような…。」
アイリスティアがラスティアとスティリアにそう尋ね、ラスティアが答えを教えてくれようとしたところ、ふと目覚めた者がいた。
「それは…。」
「うっ…ううう…。」
「…なんて打たれ強いのでしょうか?流石はあの老害…もとい聖女の孫なだけのことはあります。」
辛辣な言葉を並べるラスティアにスティリアは苦笑いを浮かべた。
「あはは…まあ、そうなんですけどね…相変わらずミスティアのことをお嫌いのようで。」
「当然でしょう。だって…「くっ…私としたことがあんな最低な人間失格、血も涙もない人格破綻、恐ろしすぎて男も近づかない生涯独身、永遠処女のクソババアに遅れを取るとは…ふ、不覚ですわ…。」…こんなことを会うたびに言われて仲良くなれると思う?」
「えっと…はい、ごめんなさい、先生。」
すると、話し声が聞こえたのか、ミスティアなる女性は起き上がるとこちらに顔を向けた。
「あっ!クソババアっ!」
「…ふふふ♪また眠らせますわよ♪」
「ひっ!…って、そんなことしている場合じゃなかったわ!」
すると、立ち上がるなり、アイリスティアの方へとやって来て、スティリアとアイリスティアを挟んだテーブルにバンッとてを打ち付けた。
「あなたがアイリスティアね!」
「えっと、はい。」
「譲りなさい!」
「はい?なにをですか?」
当然ながらそんな質問となる。
アイリスティアは彼女たちが何故こんなところへと来たのか理由を知らない。
ちょうど今、そのこともスティリアから聞き出そうと思っていたところだったのだ。
ラスティアとの関係を確認したのは、アイリスティアの興味がそちらよりも勝っていただけに過ぎない。
「…聖女!聖女の座よ!そこは本来私が座ることになっていた場所なのよ!」
「そうなのですか、ラスティアさん?」
「…はい一応。不本意ながら、教会の不徳となすところですが…。」
「流石は陰険ババアなだけはありますこと。ただそうです!と言えばいいところをわざわざいらない形容をつけて私を貶めるなんて、年の功も過ぎればただの老害ですわね。」
「あらあら、私がこんなことを言うのは別に虚飾ではないからでして、本心からのものですから、自然と口から出てしまっただけですのよ。」
「ふん!だからこその陰険。性根まで腐っておいでで。」
「うふ♪うふふふ♪」
「あはっ♪あはははは♪」
二人の険悪な様子に絶えられなかったのか、アヤがスティリアに尋ねた。
「もしかして、お二人って物凄く…。」
「ええ、仲がよろしくないのです。先代の聖女、またまたさらに先代とこのような関係が続いていて、私たち教会関係者は間違っても、先生と聖女の家系の者を近づけないように気を配っているのです。」
「そうなんですね…って、見れば明らかですけど…。」
「あはは…身内の恥を晒すようで申し訳ない。」
「いえ、そんなことは…ですけど、先代、はたまた先々代の聖女様とそんな関係って…。」
アイリスティア、さらにはファティマとスティリアは何故か物凄い寒気を今この時感じた。
この場にいてはいけないと感じるほどの。
そして、それはすぐに明らかとなった。
「…ということは、ラスティアさんって今何歳なのでしょうか?」
「「「…。」」」
女性に聞いてはいけないと言われるタブーの一つ。
年齢。
これは古来から、女性が気にして止まないものであり、永遠の若さを求めた王女がそれに効くという薬を求めたという話もよく聞く。
アイリスティアの前世でも、年齢だけでなく肌年齢と言った言葉が生まれるほどに女性と切っても切り離せないものである。
絶対に触れてはいけない物。
アヤはまだ子供で幼いためか、その若さ故にふと疑問を口にした…してしまった。
もしここにいたのが、ラスティアのみだったのならば、オイタが過ぎた程度の、軽い玩具扱い程度で済んだことだろう。
しかし、今回はそうはならない。
何故ならば、常に険悪な関係の相手がそんなおいしい言葉を逃すはずはない。
「ふふふっ♪そこのあなた、良いことを言うわね♪」
楽しそうな様子のミスティア。
「古い、ふる〜い文献によると…。」
ミスティアがそう口にした瞬間、アヤの背筋がゾワッとした。
後ろを振り向くと、ラスティアは…ニッコリと微笑んだ。
そして口元が小さく動く。
は・や・く・と・め・な・さ・い♪
まずい!
アヤの全身から吹き出してくる汗。
焦ったアヤがもういいです!と止めようとするが、もう後の祭り。
ミスティアの口からそれは告げられた。
「…わかる限りで百年は生きていますわ!」
「「ひゃ、百年っ!?」」
どうやらファティマだけでなくスティリアも知らなかったらしい。
二人がそう告げ、ラスティアの方へと視線を向けると、ラスティアはヘナヘナと崩れ落ちた。
そして、殺気を放ち始めた。
その対象はやはりアヤである。
…余計なことを。
ラスティアの口からそんな言葉は聞こえないのだが、なぜだか全身でその言葉や圧力を感じた。
立ち上がるラスティア。
そして、アイリスティアを横切り、アヤへと迫るラスティアの手。
その手を掴む者がいた。
アイリスティアだ。
「あ、アイリスティア様?」
アイリスティアに視線を向けると、アイリスティアはキョトンとした顔をしていた。
アイリスティア自身、アヤの爆弾発言の前は嫌な予感を感じていたものの、どうやらアイリスティアにはなぜラスティアがこんなにも怒っているのかわからないらしい。
「ラスティアさん、なんで怒っているんですか?別に年齢なんて気にすることないでしょう?だってラスティアさんは物凄くお綺麗で、肌もこんなに若々しいのですから。」
アイリスティアは素直にそう口にした。
すると、ラスティアの口からこんな言葉が漏れる。
「…ホントに?」
「はい、ラスティアさんは若くて、お茶目で可愛らしいと思います。」
ラスティアは一度俯いたと思うと、慰めなんていらないと怒りを爆発させるのかと、アイリスティアにそう言われたのがよほど嬉しかったのか、嬉しそうに笑うとミスティアの方へと顔を向けた。
「ふ、ふふふっ♪どうです?私は若くて、綺麗で可愛いんです。節穴さん♪」
しかし、ラスティアの言葉はミスティアには届いていなかった。
ミスティアはまた違った衝撃を受けていたのだ。
「ま、まさかあのクソババアを可愛らしいなんて形容する人物がいるなんて…。」
そして、ラスティアは完全にブチギレた。
「…アイリスティア様、少しお時間を頂いても?少し掃除がしたい気分なので♪」
流石に話が脱線しすぎたので、アイリスティアとファティマがラスティアを、スティリアがミスティアを宥めるとようやく話が進み始めた。
アヤはその間、アイリスティアの後ろでずっと震えていた。
この時、アヤは学んだらしい。
年齢の話題は女性にしてはいけないと。
―
そして、ようやく話は再開された。
「ともかく、お姉さんは僕に聖女の座を譲ってほしいのですよね?」
「そうよ!だって私が座るはずだった椅子なのだから。」
アイリスティアとしては、むしろ望むところだったのだが、しかし、これはアリス神によって決められたことなのだ。
神が決めたことをはたして人の身であるアイリスティアに覆すことは可能なのだろうか?
そもそもアリス教の信徒である彼女がそれを否定するのは問題である。
それならば、余程聖女になりたい理由があるのだろうと思い、ふとアイリスティアは口にしてみた。
「なんでお姉さん、聖女になりたいんですか?」
「えっ?」
もしかして聞こえなかったのだろうか?
「なんでお姉さんは聖女に?」
すると、ミスティアは固まったように動かなくなった。
ダラダラと零れ落ちていく汗。
アイリスティアはまさかと思った。
しかし、そんな様子に先ほど失敗したばかりなのにまだ凝りていないのか、アヤが口を滑らせた。
「もしかして聖女様になりたい理由がない…とか?」
「え、えっと…その…。」
オロオロとしだすミスティア。
そんなミスティアに居た堪れなくなったアイリスティアはラスティアに質問をした。
「ラスティアさん、そもそも聖女ってなんなのでしょう?どんなお役目があるのでしょうか?」
「ぷっ、いえ、失礼。本来の聖女の役目はアリス神の神託を聞くこと、それに魔王討伐の際への参加がお役目でして、他のお役目というのは、あと付けで後世の教会が聖女様と協力関係として生まれたものとなっております。」
「なるほど…お姉さんは神託をお受けして、アリス神の声を聞きたいのですか?」
「…別にそんなことは…ないかも?」
返答は、特に興味なし。
「えっと…それでは魔王討伐に行きたい…とか…?」
「そんなの絶対に嫌ですわ!死んでしまいます!」
返答は、まさかの全力の否定である。
「…それなら、なんで聖女に?なにかやりたいことでも?」
「…そ、それも…ないですわ…。」
返答は…無し。
一同が唖然とする。
子供の純粋な疑問。
それは真実を貫く。
「そ、そういえば、お祖母様に言われていただけで、何がやりたいとか、お役目がなんだとか、聖女ってなんなのか良く知りませんでしたわね…なんて…あはははは…。」
ミスティアの乾いた笑みに、ラスティアでさえ少しは哀れに感じたのか憐憫の視線を送ると、慌てたように言い訳をした。
「で、ですが!こ、こんなにも綺麗な宝石が手に入りますわ!色々な方たちから献上されますのよ!」
荷物を漁ると拳大の宝石を取り出し掲げるも、やはり皆の視線は変わらない。
「こんなにも綺麗な服も、それにそれに美味しい食べ物だって…その…。」
服を掲げてみせるが、尻すぼみに言葉の自信が失われていく。
自分で言っていても自信がない。
それがありありと伝わってきた。
「だから言ったでしょ?あんまりあの人のことは信じない方がいいって。」
「うっ…ううう…でもでも私のお祖母様ですのよ…。確かにいつも違った若い男の人を連れていて良くないなとか思ったことがないと言ったら嘘になりますが、それでも私に優しくて…ううう…でもそれが…なのだとしたら…。」
どうやらミスティアは頭の中がこんがらがったのか、目を回している。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、その知らせが届いた。
部屋にノック音が響いた。
入って来たのは、予想外の来客のエステルだった。
予定が遅れに遅れて、どうやらようやく王都からこちらへとたどり着いたらしい。
「ご歓談中失礼いたします!ラスティア様に報告が…って、ミスティア様っ!?」
「…どうかなさいましたか?どうぞ報告してください。」
「は、はい。教会主導の正式にアイリスティア様の聖女就任の儀式の日程が決まりました。日程は1年後の…。」
それからエステルによって、アイリスティアの聖女就任の日程、それまでにやっていてほしいことなどの報告が行なわれ、そして最後にミスティアにも関係することが報告された。
「して、聖女が代替わりすることに伴い調査が行われた結果、先代聖女の罪科が明るみとなり、捕縛及び尋問官による…。」
「ざ、罪科って何なのですのっ!?」
「聖女の名を使った恐喝、搾取、さらには暗殺、殺人。…他にも教会に対する多大な不利益を与えたことがわかっております…。」
「そ、そんな…。」
「ほら!だからね…。」
「ううう…そう、そうでしたのね…お祖母様がそんなことを…。」
「ようやくわかったんだね。」
「…うん。これからはお祖母様の言うことに従うのは止めにしますわ!ううん!従うのをやめるのではなく、真逆のことを致します!右と言われたら左、上と言われたら下を向きますわ!」
「いや、そこまでしないでいいから!そんなことしたら、君の場合、絶対碌でもないこと起こすでしょ!」
「…そういうものですの?」
「…うん、君はそういう人間だよ。」
「…納得いきませんが、わかりましたわ。言うことを聞かないだけにしておきますわ。」
「…できれば、それも考えて選んでほしいんだけどね…。」
「それは…難しいですわね…。」
「なんでなの!」
「お、怒らないでくださいまし。が、頑張って善処いたします。致しますから!」
「…それって」
「あの…こちらの話を続けても?」
「あ…はい、ごめんなさい、シスターさん。どうぞ。」
すると、エステルは何故かミスティアへと向き直った。
「…ミスティア様…大変申し上げにくいのですが…。」
「え?なんですの?」
「…ミスティア様もその…捕縛、審問の対象となっておりまして…。」
「…お…。」
「お?」
「…終わりましたわ…。」
その場で崩れ落ちるミスティア。
「…えっと大丈夫ですか、お姉さん。」
「あ、アイリスティア、あなた…あ、ありがとうですわ。あなた優しいですのね。」
「いえ、そんなことはないのでは?目の前でこんな風に倒れられれば、手を差し伸べるのが普通のことかと…。」
「まあ、流石聖女になるだけのことはありますわね。あなたともう少し早くお会いしたかった。…ですが、私は終わってしまったのです。まさかまさかの心を入れ替えてお祖母様に反旗を翻し、善なる行いを心掛けようとした矢先、こんな…こんなことって…ううう…およよよよ…。」
今度は差し伸べたアイリスティアの手ごと床へと崩れ落ちる。
まったくもって、忙しい人だ。
でも、表情がコロコロ変わって少し面白い。
良くも悪くも物凄く純粋な人なんだと思う。
それにしても、およよよよ…とはなんなのだろう?
「そう悲観することもないんじゃないかな、ミスティア?」
「およよよよ…どういう意味です?」
「まずその変な泣き方をやめてくれる?なんか笑いそうになる。」
「…ううう…わ、わかりましたわ…名前も知らない遠い国ではこのように泣くらしいので、頑張って練習しましたのに…。」
「…本当…君ってやつは…って、こんなこと言ってたらいつまで経っても話が進まないね。…ミスティア、そう悲観することはないと思うよ。だって君を助けられる人ならここにいるじゃないか。」
「え?え?誰?誰ですの!?」
あなた?それともあなた?
アイリスティアの手を握ったまま、ラスティア以外のその場にいる人物の真ん前まで向かい、それを尋ねるが、みんな首を振るのみ。
ミスティアは頰を膨らませ、スティリアに聞く。
「スティリアでもないなら、誰ですの?私、今ならほっぺにチューするくらいの覚悟はありますことよ。」
「そんな覚悟かなぐり捨ててくれないか?…もう一人いない?」
もう一人?はて?
頬に手を当てようとして、片方の手が塞がっていたことに気がついたミスティアは、そしてようやく気がついた。
「ま、まさか!アイリスティア、あなたですのっ!?」
「ふぇ?」
「そうですわよね!そうですわよね、スティリア!!」
「御名答…と言いたいところだけどね…君…。仲の悪い先生が君を助けてくれるわけ無いとわかるところは流石だけど、まさか総当たりで一番最後って君ね…。」
スティリアの小言は当然ながら、ミスティアに向けてのものだが、ミスティアの耳には届いていない。
なぜなら御名答という言葉が聞こえるなり興奮のあまり、アイリスティアに縋り付き、「助けてくださいまし!助けてくださいまし!」と懇願していたからだ。
「えっ、えっと、お姉さん!落ち着いて、少し落ち着いてください。ね?ね?」
どうやらアイリスティアの声がミスティアの耳に届いたのだろう、懇願の声は収まったのだが、しかし、不安なのかアイリスティアに縋り付いたままとなっていた。
アイリスティアはかなり困っていたのだが、同時に父性…ではなく、母性本能が刺激されたのか、ミスティアの頭を撫でつつ、スティリアに聞く。
ミスティアは落ち着くのか、目を細めている。
「スティリアさん、僕にも良くわからないのですが、どういうことなのですか?」
「はい、アイリスティア様。実はアイリスティア様は真なる聖女となったことで、アイリスティア様の行動を教会は強制的に従わせることはできなくなったのです。アイリスティア様に命令できるのは、アリス神のみ。教会は過去の経験からそれを知っております。」
真なる聖女と教会は昔何度かすれ違い、そして無理やり聖女を従わせようとした結果、アリス神による天罰を受けた。
そのせいか、真なる聖女への干渉は慎重を期すようになったらしい。
前聖女はともかく、ミスティアくらいならば見逃されるだろうとのことだ。
「…つまりは教会もおいそれと手を出せないということなのです。」
「…要するにお姉さんを僕の側に置いておいてほしいと?」
アイリスティアが頭を撫でているミスティアに視線を向けると、ミスティアがスリスリとすり寄るってきた。
なんか子犬みたい。
「まあ、早い話がそうなるかと…お嫌ですか?」
スティリアがそう言葉にするなり、ミスティアはうるうると目を潤ませ、子犬のように鳴いた。
「きゅ〜ん…。」
完全にプライドを捨てていた。
「うっ…。」
「もしアイリスティア様がお捨てになれば、ミスティアはきっと酷い目にあってしまいますね…。」
「ひ、酷い目…ですか…。」
「はい、ミスティアはともかく、前聖女への恨みは募りに募っていますからね…拷問にエッチなこと…はたしてどうなってしまうことか…。」
「か、考えすぎでは?」
すると、スティリアは悲しそうに首を振った。
「考えすぎではないでしょう…ほら…あんな風に…。」
すると、視線の先にはラスティアがいて、どこからか持ってきたのか…いや、荷物の口が空いているのでそこから取り出したのか、ムチを取り出し、布でそれの手入れをしている。
そして時折、それを振るうとピシャリといった音が響く。
そのたびにミスティアの抱きつきが強くなるだけでなく、いつの間にかアヤまでもアイリスティアに抱きついていた。
そういえば、アヤもラスティアを怒らせたばかりだった。
二人してフルフルと震えていた。
いつそれが自分の身へと届くのか気が気でないのだろう。
このままにしておくのは精神安定上よろしくないので、アイリスティアは天を仰ぎ、そして口にした。
「…お姉さん、よろしければ、家で暮らしませんか?」
すぐ下からは喜びの声が上がり、少し離れたラスティアのあたりからは少し残念そうな声が上がった。
…というか、ラスティアさんの荷物からそれが出てきたということはまさか…。
アイリスティアは今回のラスティアの旅の目的を想像して、それをすぐにやめた。




