48 ちょっとしたいざこざ
カンッ…カンッカンッカンッ!
繰り返し繰り出される剣を槍の穂先で器用に弾き飛ばすファティマ。
アヤだけでなく他の者たちも急な出来事に呆然としていると、ファティマの怒号が飛ぶ。
「何をしている、メイラン!アイリスティア様を安全な場所へっ!!」
「はっ、わかりました!ファティマ様!」
メイランがこちらへと近づき、ようやく事態を理解したアヤはアイリスティアの手を取った。
「あ、アイリスティア様、お早くこちらへ!」
「少し待ってください、アヤさんにメイランさん。」
「何を悠長なことをおっしゃいます!ファティマ様が食い止めているうちにお早く!」
焦った様子のメイラン。
しかし、アイリスティアはその場を動かない。
そして、アヤは気がついた。
先程まで聞こえていたぶつかり合う金属音が聞こえなくなっていることに。
目をファティマたちの方へと戻すと、相手の剣士は剣を鞘へと戻し始めていた。
「なんのつもりだ!」
「なんのつもりもなにも…ほら、ミスティア、これでわかっただろう?やっぱりあの子がアイリスティアだよ。」
「……。」
「ミスティア?」
「な…。」
「な?」
「なにをしてますか、スティリアっ!!急に剣を抜くなんて!」
ひどく焦った様子のミスティア。
どうやら彼女の本意ではなかったらしい。
しかし、怒った様子のミスティアにどこ吹く風のスティリア。
「えっ?確認だけど?」
「確認っ!?あなた確認するだけなら、もっと他に方法もあるでしょう!」
「だって、ミスティアが困ってたみたいだから。」
「別に困ってなんかいないですわよ!だいたいもうアイリスティアがあの子だってことはあの使用人の子が違うと言っていたことでわかりましたわ!」
「なんだ…それならそうと早く言ってよ。」
「言わないとわからないとお思いで?」
「うん。」
「ば、馬鹿にしてますわ…絶対に馬鹿にしてます。絶対に頭が足りないと思ってます!ムキーッ!!」
本気でミスティアの頭が残念だと思っているのか、なんでもないことのように言うスティリアと、それに対する怒りに震えるミスティア。
そんな様子を見て、アヤだけでなくメイランも他の者たちも呆気にとられていると、ようやくそんな視線に気がついたミスティアはスティリアの頭を掴むと二人で頭を下げ始めた。
「誠に、誠に申し訳ありません!ほらスティリア、あなたも!」
「…ご、ごめんなさい…。」
ミスティアを馬鹿にしていた割には、案外素直に謝ったスティリアに驚きを覚える。
「この子は普段はこんなことする子じゃないんです。普段はむしろ私のことを諌める側なんです。」
おそらくは普段は本当にそうなんだろう。
わずかに二人の会話を聞いただけだから、なんとも言えないが、なんとなくこの場にいた者たちはそれを感じた。
「…たぶんですけど、私がだいぶ気が入りすぎていたから、こんなことが起きてしまったのかと…ですからどうか…どうか…。」
深々と頭を下げるミスティア。
それに従い頭を下げているスティリアにファティマはアイリスティアに視線を送り確認すると、構えを解いた。
しかし、この場にはミスティアたちの行いに対し、怒りに震える者がいた。
アイリスティアのことが命よりも大切なアーシャである。
「ふざけるな!」
「ひっ!」
アーシャの怒声に軽い悲鳴を上げるミスティア。
「…。」
「そんな謝罪程度で許すわけないでしょう!大切なアイリスが傷つけられそうになったのよ!」
「で、ではど、どうすれば…。」
動揺にどもるミスティアに救いの手が差し伸べられた。
「まあまあ、お母様、その辺で。別に僕は怒っていませんから。」
「あ、アイリス…で、でも…。」
「ほら僕は無傷ですし、ファティマ様が守ってくれましたから…。」
「…それはそうだけど…でも…。」
でも…アーシャのこの言葉は正直、この場にいる使用人たち、さらにはファティマの部下たちの内心と同じだ。
だからか、ほとんどはアーシャにもっと言ってやれと思っていたに違いない。
「ありがとうございます、お母様。心配してくれるのは嬉しいですけど、今回は許してくれませんか?」
…しかし、アイリスティアの頼み事を聞かないわけにはいかない。
普段滅多に頼み事をしないアイリスティアのそれだ。
不安そうにアーシャを見つめるアイリスティア。
しかも、アイリスティアと身長差があるせいか、アーシャには上目遣いとなってそれが届いていた。
こんなのはアイリスティアを溺愛している存在にはあまりにもクリティカルだ。
当然アーシャにも効果抜群である。
「…う、うう…わ、わかった。わかったわ…今回だけ…今回だけだからね…もう!行くわよ、ライラ!」
「…はい、アーシャ様。」
ライラも思うところはあったようだが、アイリスティアの様子を見て、この場は収めることにしたのか、アーシャへと従い、この場から去っていった。
「あ、ありがとう、アイリスティア。助かったわ。」
「いえ、お気になさらず誰にでも間違いはあります。それにあなたの必死な思いやり、謝罪はわかりました。あれほどのことをされては、許さないわけにはいかないでしょう?」
優しく微笑むアイリスティア。
アイリスティアの言葉に感動したのか、ミスティアはどこか潤んだ瞳をしていたが、アイリスティアを傷つけようとした張本人であるスティリアはどうやら違った様子だった。
思案顔のスティリアから、ふとこんな声が聞こえた気がした。
「…やはり…これなら…。」
小さく口を開いたので聞き間違いではないと思い、聞き返そうとしたが、それは自然に止められてしまった。
「あら?皆さん、なにをしていらっしゃるのですか?」
どうやらこれから用事に向かうらしいラスティアだった。
おそらくは自室で準備をしていたのだろう手には旅支度と思しき荷物があった。
ラスティアは時折、このように数日フラッといなくなることがあるのだ。
「あっ、ラスティアさん。今、少し揉め事があって…。」
アーシャたちと入れ替わりにやって来たラスティアに事の詳細を説明しようとすると、スティリアの喜びの声が聞こえた。
「せ、先生、お久しぶりです!」
微笑みではなく、子供のような笑顔を向けるスティリア。
それと対象的な存在もいた。
「げっ!なんでここに陰険クソババアが…って…あっ……。パタン。」
「口の聞き方に気をつけなさい、性悪なクソガキ♪」
瞬く間にミスティアの背後に現れたラスティアが何かをしたのか、倒れ伏したミスティア。
「「「…。」」」
「え、えっと、皆さん、この倒れた方をお屋敷のほうにお連れしてください。アヤさん、ファティマ様、そちらの方も一緒に。」
触れてはいけないと思ったのか、二人の心温まる触れ合い(事実無根)に一同が呆然とする中、引きつった笑みを浮かべたアイリスティアの言葉で各々の行動を開始した。
そして、この場にいた者たちは再確認した。
絶対にラスティアを怒らせてはいけないと…。
ラスティアがこちらに向けて微笑んだ気がした。
「で、では、こちらへどうぞ。えっと…。」
「スティリアです。」
「スティリア様、応接間にご案内いたします。」




