47 どうやら今日はアヤの厄日らしい
ライラと二人、アイリスティアたちのことを微笑ましげに見ていたのだが、ラスティアがその場を離れたことで、アーシャたちはその庭園へと向かうことにした。
アイリスティアが心配だったからである。
アイリスティアと共にいるのは、マーサの孫で、アイリスティアの専属使用人であるアヤと元とはいえガンマ帝国の将の一人であるファティマだった。
ファティマは若くして多大な戦功を上げ、将の一人となったほどの逸材で、忠義に厚い者だと聞いている。
奴隷契約で嫌嫌アイリスティアに従っているだけで、内心では未だ帝国のことを考え行動するかもしれないとも思う。
つまりは帝国の刺客ということだ。
アイリスティアは先の戦争で多大な功績をあげた。
おそらくアイリスティアがいなければ、帝国が勝利していたであろう程のそれを。
恨んでいない、少なくとも思うところがない訳では無いと思う。
確かにアイリスティアに人柄は聞いている。
優しく、気高いが可愛いらしいところもある人物だと。
ファティマのことをアイリスティアやラスティアが信用しているせいか、このお屋敷の人物たちのほぼほぼすべてが受け入れた様子だった。
しかし、アーシャはアイリスティアが大切故に未だ信用しきれてはいなかった。
アーシャにとってアイリスティアを失うことは死と同義だ。
絶対にそんなことは許されない。
だから、そんなことは起き得ないとは思いながらも自然とそこへと脚が向いた。
しかし、門の方で騒ぎがあったため、それは一時中断させられた。
「たのも〜〜〜〜!!!」
この声に対し、ファティマの配下の者たちが訓練を切り上げて駆け出していく。
「…アーシャ様。」
「…まさか…。」
…まさか本当に刺客でも現れたのだろうか?
もしや帝国?…いや、噂話をしていたので、精霊国かもしれない。
そう思うと未だ尻尾すら出していないファティマのことよりもそちらへと意識は向いていた。
その場に着くと、居たのは二人の女性だった。
「アーシャ様、ライラ様、今、教会の方がアイリスティア様のことを出せと…。」
一人はアリス教の高位の修道服に身を包みんだ十五歳くらいの女の子で、髪は肩口あたりで整えられた金色で瞳は蒼、少し吊り目がちになっていて気は強そうなイメージを抱く。
身体のほうは法衣のためよくわからないが、胸元に確かに膨らみもあり、背もそれなりにあって比較的ほっそりしているので、スタイルも悪くないのだと思う。
もう一人は髪は短い銀髪で、年の頃は十七、八くらい、前者の女性同様にかなり容姿は整っていた。
身体つきはファティマと同じように女性らしさを残した程度に筋肉質で、可愛いというよりもかっこいい印象を受ける。
そして、どこか力を感じさせる剣と鎧を身に着けていた。
おそらくはダンジョンなんかでの出土品もしくは、国宝級の品物だろう。
明らかにこんなところにいるような存在ではなかった。
アーシャが口を開こうとしたところで、金髪の女の子が自信たっぷりにこう言った。
「あなたがアイリスティアね!」
「…はい?」
「聖女がこのお屋敷の主人だということは、わかっているのよ!つまりはあなたがアイリスティアね!」
女の子の言葉にアーシャは最初こそ疑問符を浮かべたものだが、意味を理解すると口元に笑みが浮かんだ。
嬉しかったのだ。
なにせアイリスティアに間違われたのである。
アーシャは誰が見てもわかるくらいアイリスティアのことを溺愛していたことからもわかるだろうが、かなり上機嫌になった。
女の子の間違いを若干褒め称えつつ、否定しようとしたのだが、相手の言葉でそれは一変することになる。
「へぇ…中々見る目が…「だって一番偉そうだもの!」…ないわね…失礼にも程があるわ。」
アーシャは思わず額に手を当てた。
今の一言でアーシャの女の子の印象は最悪だ。
「「プフッ!」」
そして、吹き出したさらに失礼な連中へとニッコリと圧力を掛けるアーシャ。
「なに吹き出しているのかしら、あなたたち?」
「い、いえ、ふふ、な、なんでもないわ、アーシャ。」
「そ、そうですよ、アーシャ様、べ、別にアーシャ様のことをそんなふうに思ってはいませんから。」
目を泳がせるライラとメイランたちに本当かとアーシャが問い詰めようとしたところで、ミスティアはようやくアイリスティアではないと気がついた。
「ま、まさかあなた、屋敷の主人でもないのにあんなに偉そうなの!」
「「「プフッ、や、やめてください!もう無理です!」」」
アーシャの形ばかりの笑みは消え去った。
「…あなたたちね…今に見てなさい!」
「「「ご、ごめんなさい、アーシャ様。」」」
メイラン含めファティマの配下たちは一斉に謝る。
しかし、拗ねてしまったのか、可愛いらしくそっぽを向くアーシャ。
すると、失礼な方は銀髪の女の子に疑問を口にした。
「ねえ、スティリア、じゃあ、あの人は誰なの?」
「たぶんだけど、アーシャ様と言っていたから、聖母様…アイリスティア様のお母様じゃないかな?」
「えっ!あんなに若くて綺麗なのに!」
「…うん、まあ…というかそもそも、アイリスティア様ってまだ7歳の、それも男の子だからね…。」
「…そ、そういえばそうだった…てことは謝ったほうがいい?」
「当然…といいたいところだけど、たぶんもう怒ってないと思うよ。」
それはまあ、若くて綺麗なんて言葉が本当に思っているのか、すっと出ていたからね、まったくこの子は怒らせたり、喜ばせたり何をしたいのやらとスティリアは困った顔をしている。
まあ、アーシャは未だ二十五にも満たないので、綺麗という言葉だけに反応したのだろうが…。
そんなことをまったく気に留めず、ミスティアはマイペースに続けた。
「じゃあ、アイリスティアはどこに?」
「ああ、それなら…って来たみたいだね…。」
―
「あなたがアイリスティアね!」
「え、えっと…?」
門のところに着くなり、アヤは修道服を着た女性にそんなことを言われ、そんなアヤに対し、その場にいた人物たちは可哀想なものを見るような目で見ていた。
なぜだろう。物凄く嫌な予感がする。
できることなら、今すぐこの場から離れることが正解のような気が…。
アヤのその予感は当たっていた。
アヤはこれから再び悲劇に襲われる。
「もう騙されないわ!さっきは母親だったもの!きっとそこの綺麗な女の子がアイリスティアと見せかけてというやつね!」
この人は何を言っているのだろうと、アヤがライラに尋ねようとしたところで、ミスティアはさっそく爆弾を仕込みにかかった。
「もういいのよ、男の子がそんな女性の服を着る必要はないもの。」
優しい笑顔をアヤに向かって向けてくるミスティア。
「ち、違います、違うんです!」
アヤは慌てて否定する。
アイリスティアと間違われたのが、嫌な訳では無い。
当然嬉しい。
何を隠そうアヤもアイリスティアのことが大好きなのだ。
しかし、ここで否定をしないと後が怖い。
アイリスティアを溺愛するのは、この屋敷にいる使用人たちには当然のことで、最近ではファティマの配下の者たちまでになっている。
もしそれが屋敷中、はたまたマーサにまで広まったとしたら、考えるだけでも恐ろしい。
おそらくはまたあの特訓がすぐさま開始され…いや、より恐ろしいそれが行われることだろう。
タラリと背筋に冷たいなにかが通り過ぎるのを感じた。
しかし、そんなことは起きるどころか、逆に同情されるような出来事が起こった。
「だって、そっちの娘のほうが、明らかに女の子だもの!」
が〜ん。
さっきまで、アーシャのとき笑っていた面々も笑っていなかった。
というよりも、笑えなかった。
実際にアイリスティアのほうがこの場にいる誰よりも愛らしい女の子だったからだ。
アイリスティアは愛らしい外見はもちろんのこと、礼儀作法は完璧で、さらには料理に裁縫まで使用人同様かそれ以上にできる。
引退したマーサからは今までで最高だと言われてさえいるのだ。
アイリスティア以外の全員が内心で敗北感を感じていた。
アイリスティアは終始意味がわからず、ポカーンとしていたのだが、ミスティアの隣にいた人物が言った言葉に反応した。
「ミスティア、そんな面倒に問い詰めなくても誰がアイリスティア様かわかる方法があるよ。」
「えっ、スティリア?どんな方法?」
ミスティアがなんとはなしにそう尋ねると、スティリアは微笑んだ。
「こうすれば一発だよ♪」
カンッ!
アヤの耳に金属が激しくぶつかる音が聞こえてきた。
その音に反応して振り向くと、そこにはスティリアの剣を槍で受け止めるファティマの姿があった。




