17:◇現在◇過去の二人・今の二人・未来の三人
「私達の時の星祭りは大変だったわね」
ロゼッタが過去を懐かしむのは、星祭りの夜。そろそろ星が輝きだすであろう時間帯。
エイベルと二人で公園に設けられたベンチに並んで座っている。二人の間には屋台で買った飲食物が置いてあり、もちろん美味しいサンドイッチもある。
このサンドイッチは初めてエイベルに食べさせてもらってから毎年買っている星祭りの定番だ。普段は川を挟んだ先の小さな村で営んでいるらしく、実際にお店に食べに行くようにもなった。
どのメニューも美味しいが、ロゼッタはサーモンのサンドイッチ、エイベルは卵のサンドイッチがお気に入りだ。
「でも星を空に返せてよかったな。……まぁ、その後は俺は隊長やラニカに冷やかされ続けたけど」
「まさか私達がキスしてる間に星の欠片が落ちてたなんてね」
「完全に見逃してたうえに、自分で『星の欠片が落ちるのは見なかったけど、どこに落ちたんだろうな』なんて言ったからなぁ……。あれがまさに墓穴ってやつだ」
自分の迂闊さを思い出してエイベルが頭を掻く。銀の蛇らしい銀の髪が揺れる。
あの時、ロゼッタとエイベルは互いの気持ちを打ち明け合い、見つめ合い、キスをした。
どれだけ星空が美しかろうと相手のことしか見ていなかったのだ。……ゆえに、その時に星の欠片が空から落ちていったのも見逃していた。
その後、合流した隊長やラニカに対してエイベルが墓穴を掘り「あれほどの星空を見ずに何をしていたんだか」と散々冷やかされたのだ。
「でも、あの時の獅子の獣人も内通者もすぐに捕まったし、大きな問題にならなくて良かった」
ロゼッタが話題を逸らせば、エイベルが頷いて同意を示してくる。
仲間さえも囮にして逃げた獅子の獣人ではあったが、国境にある川を渡ろうとしたところを騎士達に捕まった。
そして自分の手にあるネックレスには星の欠片は着いておらず、ただのチェーンでしかないと知り、酷く落胆していたという。その際に「星が自分の意志で……?」と呟いていたらしいので少しは伝承を信じる気になっただろうか。
「今年の『星に導かれた二人』はどんな風に過ごしてるのかしら」
「なにも問題ないと良いんだけどな。でもまぁ、何があってもきっと大丈夫だろ。……俺達がそうだったみたいに」
エイベルが穏やかに微笑む。彼の手がそっと肩に触れ、蛇らしい尾がゆるりとロゼッタの足に触れた。
抱きしめる代わりにと足に巻き付いてくる。その感触と蛇の獣人らしい甘え方にロゼッタは笑みを零した。
肌に触れるのは蛇の感触。少しひんやりとしている。
モフモフはしていないがロゼッタには何より心地良く安堵と愛が溢れる感触だ。ここが公園だと分かっていても全身を強く抱きしめて欲しいと思ってしまう。
「ねぇエイベル、来年の星祭りも再来年も、その先も、星祭りの無い普通の日だって、ずっと私と一緒に居てね」
「もちろん。ずっと一緒に居るよ。俺のロゼッタ」
互いに愛を確認すれば、まるでその言葉を後押しするかのように星空に一際輝かしい星が舞い上がった。
この世界のどこかで星の欠片に導かれた二人が星を空に返したのだ。
それに続くように無数の星達が空に弧を描いて流れていく。その光景の美しさに、ロゼッタもエイベルも、公園にいる誰もが見惚れて空を見上げた。
そんな星空の美しさに見惚れる中、ロゼッタはふとエイベルの横顔を見つめた。
星空を眺める彼の金色の瞳。ロゼッタにはどんな宝石より、星の欠片より、今まさに頭上で瞬く星の輝きよりも美しく思える。
胸に愛おしさが湧き、肩を抱く彼の手を取り自分の腹部へと促した。
今夜ロゼッタが纏っているのは星祭り用に買っておいたワンピース。暖かな素材とふんわりとした柔らかなシルエットに一目ぼれした一着だ。そんなワンピースの腹部、服の上に彼の手を置き、その上に更に自分の手を重ねる。
不思議に思ったのだろうエイベルが「ロゼッタ?」と名前を呼んで首を傾げた。
「どうしたロゼッタ、寒いのか?」
「違うわ。……ただ、来年の星祭りは三人で星空を眺めるんだと思って」
感慨深いとロゼッタが告げれば、エイベルが「三人……」と呟いた。
告げられた言葉の意味が理解出来ないのだろう。だが次第に言葉が染み込んでいったのか、彼の目が驚きと歓喜で開かれ、金色の瞳が星に負けぬほど輝く。
ぐいと身を寄せて「本当か!?」と尋ねてくる表情はまるで子供のようだ。喜びを前面に宿したその表情にロゼッタはクスと笑い、彼の期待に応えるように頷いて返した。
「今朝、お医者様のところに行ったでしょう。その時にね」
「そうか、俺達の子供か……」
噛みしめるような声色でエイベルが呟き、一度優しく腹部を撫で、次いでロゼッタの腕に触れるとゆっくりと抱きしめてきた。
強く抱きしめたいのを堪えるような、それでいて離したくないと伝わってくる、もどかしくも暖かな抱擁。もちろん足元では蛇らしい尾が絡みついてくる。
その感覚にロゼッタは目を細め、彼の背に自らもまた腕を回した。
「愛してるわ、エイベル」
「あぁ、俺もだよ。俺の愛しいロゼッタ」
互いに言葉を交わす。星を見上げるよりも温かく心地良く幸福に包まれた時間。
その瞬間、一際眩く星が頭上で弾けて二つに分かれて地に落ちていったのだが、また見逃してしまった。
…end…
『幸せ異類婚姻憚』これにて完結となります。最後までお読み頂きありがとうございました。
初々しさと甘々を交互に描いた物語、いかがでしたでしょうか?
爬虫類系の獣人をメインにしたのは初めてだったので書いていて楽しかったです。
ブクマ・評価・感想・誤字脱字指摘、ありがとうございました。
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