12:◆過去◆星祭りと運命の二人
冬を超えて、エイベルとの生活もそろそろ一年になる頃。
ロゼッタはとある悩みを抱えていた。
といってもクロッセルア国での生活に問題があるわけではない。至って順調である。
クロッセルア国の獣人達は種族が様々だからか他者を受け入れやすく、獣人ではないロゼッタの事も直ぐに受け入れてくれた。リニーを始め親しい者達も増え、お茶をしたり買物をしたりと充実している。
それにエイベルとの仲も好調だ。最近は寝る前に額にキスもしてくれるし……、と考え、ロゼッタは思わずポッと頬を赤くさせた。
あれは冬の終わり。
気温も次第に暖かくなり、エイベルも起きている時間の方が長くなった。意識が微睡む事もなくなったようで会話もはっきりしている。
だがそんな矢先、まるで冬の名残りのように一日だけ寒い日があった。ロゼッタもしまったばかりのコートを引っ張り出してしまうほどの寒さだ。
この気温の変化に当然だがエイベルが着いていけるわけがなく、彼は起きてはきたものの随分と眠そうで、それでもとソファに座るロゼッタの隣に腰を下ろした。
しばらくは話していたもののやはり冬眠の睡魔には勝てないようで、エイベルは就寝の挨拶を告げると立ち上がろうとし……、
そして、ロゼッタの額にキスをしてきたのだ。
「おやすみ、ロゼッタ様」
そう告げて、ふらふら……というよりはヌルヌルと緩慢な動きで寝室に戻っていった。
「起きてくるや謝ってばかりのエイベル様には驚いたけど、あれから毎晩、寝室に行く前に額にキスをしてくれるようになったのよね……」
赤くなった頬を押さえながらほぅと吐息を漏らす。
だが次の瞬間にはロゼッタは頬を押さえていた手をそっと放し、吐息ではなく溜息を吐いた。
(でも……、額じゃなくてちゃんとキスをしてほしい、別々の寝室じゃなくて一緒のベッドで眠りたい、ロゼッタ様じゃなくてロゼッタと呼んで欲しい……。なんて言ったら、困らせてしまうかしら)
額にキスをしてもらって嬉しいと思う反面、これだけでは足りないと思えてしまう。
夫婦ならば愛を求めるのは当然だろう。だけど自分達は普通の夫婦ではない。
『星に導かれた運命の相手』
それを素敵だと思っていた。なんてロマンチックなのかと憧れ、そして星の欠片が自分の手に落ちてきた時には胸を高鳴らせた。
だけど今はそれが逆に胸の内に靄を掛ける。
エイベルへの気持ちを自覚すればするほど、そして彼からの想いを感じ取って期待すればするほど、「だけど」という考えが募る気持ちを押し留めるのだ。
『星に導かれた運命の相手』
それはつまり、恋をすることも愛し合うこともなく、星の欠片を手にしたという理由だけで結ばれたという事だ。
星に導かれた二人は結ばれると言われている。星を空に送り返してからも寄り添って星祭りを見守るとも聞いている。
だけど本当に愛はあるのだろうか。もしかしたら星に選ばれたという大役を果たすためだけに人生を共にしているのではないか……。
(たとえば、もしも私が『運命の相手』じゃなかったら……。星祭りで星の欠片を空に返せなかったら……。でもエイベル様はそんな事で私を嫌うような方じゃない。……それは分かってる、でも)
自分達は星に導かれて出会った。
ゆえにこの距離なのだ。そして星に導かれたという理由だけで婚約したからこそ、愛を求めることに臆病になってしまう。
「エイベル様と恋をしてから婚約したかった……」
服の下にある星の欠片をぎゅっと握り、ロゼッタは小さく溜息を吐いた。
◆◆◆
その日、ロゼッタはエイベルと共に王宮を訪れていた。
星祭りについて説明を受けるためだ。もっとも星祭りは世界中で行われており、ロゼッタにとっても馴染みのある祭りである。概要や伝承もそう変わりはない。星に選ばれた二人が星の欠片を合わせて夜空に送り返す事も同じだ。
あらかたの説明を終え、ロゼッタは手にしていた星の欠片に視線を落とした。
夜空から落ちてきた時のような眩さはないが――もしもあの時の眩さが残っていたらこの場にいる誰一人として目を開ける事が出来ずにいるだろう――、宝石とはまた違った輝きと美しさを放っている。
「その時がきたら、王宮のテラスから星を空に返せば良いのですね」
ロゼッタが確認すれば広間にいた者達が首肯した。
クロッセルア国の王宮の広間。ここに来るのはクロッセルア国に来た時以来だろうか。
赤い絨毯が敷かれており、一段高く上がった場には立派な椅子が二つ。いわゆる玉座というもので、そこにはクロッセルア国の国王と王妃が座っている。
国王は勇ましさを感じさせる狼の獣人。灰色の髪からは狼の耳が生え、四肢は同色の毛で覆われている。顔の造りこそ人間と同じものだが、それでも顔付きには鋭さを感じさせる。王の威厳と、狼の威圧感、それらが混ざり合っている。
そんな国王の隣に座る王妃は、茶と黒が混ざり合った毛の猫だ。錆柄というらしい。ちょこんと座る姿に王族らしい威厳や高貴さはないが、ロゼッタを見つめて「楽しみですね」と微笑む表情には慈愛を感じさせる。
「王宮のテラスからは市街地が一望できるんです。そしてどこよりも綺麗に夜空を眺められる。そこで星を空に返すことが、クロッセルア国に星の欠片が落ちて来た時の決まりなんですよ」
「私、きちんとお役目を果たしてみせます」
ロゼッタが恭しく頭を下げる。隣に立つエイベルもまた深く頭を下げた。
流れ星が空を覆うのは夜だけだ。だが星祭りは既に始まっている。
クロッセルア国では数日前から星を模した飾りがあちこちに飾られ、当日の朝からバザールや催しが開かれる。広間ではサーカスや楽団へ贈る客達の拍手が途切れない。
だがロゼッタは祭りを見にいくことなく王宮の一室に居た。星を空に返す重要な役割があるので、その時まで王宮に居るのが決まりだからだ。
窓から入ってくる賑やかな声を聞くと少し惜しく思えるが、星祭りのメインを勤めるのだから仕方ない。
その時がくると国民はテラスを見上げ、星が空に帰る瞬間を楽しみに待っているというのだ。それを聞いて「お祭りを見に行きたいです」とは言いだせない。
「エイベル様は、今まで星祭りはどうお過ごしだったんですか?」
「非番の時は同僚と遊びに出ていました。騎士隊として警備を勤める時もありましたが、休憩の時には見て回っていましたね。広場に臨時で開くカフェがあって、そこのサンドイッチが絶品なんです。毎年食べていました」
楽しそうにエイベルが話す。
次いで彼はチラと窓の外へと視線をやった。入り込んだ風が外の賑わいを運んでくる。
星祭りに行けない事を惜しく思っているのだろうか。そう考えるとロゼッタの胸が僅かに苦しさを覚えた。
「エイベル様……。あの、エイベル様だけでしたら少しぐらいお祭りに行っても大丈夫かと思いますよ」
「俺が?」
「はい。エイベル様は何かあってもご自分の事は護れますでしょう。星の欠片を持ち出すことが不安なら私が持っています。星の欠片は他人が持てないと言いますが、もしかしたら、私なら星の欠片を預かることも出来るかもしれませんし」
だから行ってきてください、とロゼッタが告げる。
これに対してエイベルは数度瞬きをしたのち、慌てた様子で「違います!」と訂正してきた。
「別に俺はサンドイッチを食べに行きたかったわけじゃないんです! ただ、明日ロゼッタ様をお誘いしようかと思って……!」
「明日? 星祭りは今日ですよね?」
「クロッセルア国の星祭りでは翌日の夕刻まで店が出るんです。だから、その……、今夜星を空に送り返したら、明日は一緒に祭りを見て回って過ごそうかと……。もちろんお疲れだったらお休み頂いて構いません。星を空に送り返す大役を果たすんですから、翌日はゆっくりしたいと考えるのも当然ですから」
焦りを露わにエイベルが捲し立てるように話す。
そんな彼の話にロゼッタは「明日……」と呟いた。そうして数秒の間をおいた後に彼の話を理解すれば、苦しさを覚えていた胸が途端に穏やかになる。
それどころかポッと暖かくなるではないか。
「私もクロッセルア国のお祭りを見て回りたいです。明日、エスコートしてくださいますか?」
「はい、もちろんです!」
エイベルが嬉しそうに答える。彼の返事を聞き、ロゼッタもまた微笑んで返した。
彼と一緒に星祭りを過ごせることが嬉しい。それと同じくらい、彼が自分と星祭りを過ごすことを望んでくれていたという事が嬉しい。
きっと素敵な一日になるだろう。




