8 王女の茶会
今日はマリー主催のお茶会の日。招待客はセリーナと私。
3人で計画したお茶会決行日であった。
シェラルージェは薄黄色のドレスに身を包み、薄黄色のイヤリングを着けて緊張した面持ちでマリーのお茶会に参加した。
今日も当然のことながら、護衛騎士としてハリス様が馬車の前で待っている。
シェラルージェは朝からハリス様に会うと思うと、ご飯もあまり食べられず、お母様やお兄様に心配されてしまった。
体調がまだ優れないのなら、お茶会を見合わせるとまで提案されてしまい、慌てて大丈夫ですと説得した。
今日は公に王女殿下から招待された正式なお茶会である。
いくら何でも、いつもお忍びで行く勉強会とは訳が違うことくらいは理解していた。
どうにか食事を済ませ、マーリンに身支度を整えてもらいながら、鏡の中の自分を見つめた。
久しぶりに会うハリス様が待ち遠しい気持ちと、ハリス様のあの表情を思い出して落ち込む気持ちとが混ざり合って情緒不安定な顔だった。
さすがにこんな顔でハリス様に会いたくない。
できる限り明るい笑顔を浮かべられるように、鏡の前で笑顔の練習をする。
鏡越しにマーリンが心配そうに見つめていたが、理由までは説明出来なかったので、マーリンに心配しないでと笑いかけることしか出来なかった。
どうにか見れる笑顔を浮かべられたので、部屋を出て、玄関に向かう。
先ほどの笑顔を貼り付けながら、心臓がどんどん脈を打っていく。
玄関の扉が開き、ハリス様が視界に入ってくる。
シェラルージェを見つけたハリス様が輝いた笑顔を見せる。
笑ったハリス様と瞳が合い、シェラルージェは会えた嬉しさが溢れた。
自然と嬉しい気持ちが表情に表れる。
そんなシェラルージェの笑顔に一瞬ハリス様は息をのむと、すぐに笑顔になりエスコートのために手を差し伸べる。
好きと自覚したシェラルージェは、緊張で汗ばむ手をそっと乗せて馬車に乗り込んだ。
城に着き、馬車から降りて今日のお茶会の場所へ歩いている途中、不意に斜め前を歩くハリス様が立ち止まり振り返った。
「シェラルージェ嬢、失礼を承知の上でお伺いしてもよろしいでしょうか」
ハリス様から突然話しかけられ、シェラルージェは慌てて立ち止まった。
護衛中にハリス様から話しかけられたのなんて初めてのことだった。
「はい」
次の言葉を待っていると、ハリス様は珍しく言い淀み、視線を彷徨わせたあと、シェラルージェを見つめた。
「長く外出されなかったでしょう? ご病気でもされたのかと心配になりまして、お体はもう大丈夫なのですか?」
「はい、ご心配をおかけしてしまったようで申し訳ありません。たまたま都合が合わなかっただけなのです」
ハリス様はほっとした表情を見せ、シェラルージェに笑いかけた。
「そうですか。それは良かった。シェラルージェ嬢のお姿が拝見できなくて淋しく思っていたのです」
ハリス様の言葉に嬉しさが湧き上がる。
でも、これは護衛対象に対しての気遣いに過ぎないことが悲しかった。
シェラルージェの反応がないことに、ハリス様は余分なことを言ってしまったという顔をされたけど、上手く返せる言葉が見つからなくてそのまま俯いてしまった。
するとハリス様が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「お時間をいただきありがとうございました。それでは参りましょう」
シェラルージェは小さく頷くと、ハリス様は歩き出した。
ハリス様の後ろをついていきながら、またハリス様に気を遣わせてしまったことに申し訳なく思った。
お茶会の席に到着すると、マリーとセリーナが席について待っていた。
シェラルージェはできる限り優雅に歩きながら急いでマリー達の居るテーブルに近づく。
そして、カーテシーして、挨拶をする。
「本日はお招きいただきましてありがとうございます。シェラルージェ・ランバルシアと申します」
「ようこそ、わたくしは王女のマリエラです。わたくしの招きに応じて下さって嬉しいわ」
「初めまして、私、アリセリーナ・バロットナイトと申します。今日は貴女にお会いできるのを楽しみにしておりましたの」
「シェラルージェさん、わたくしの事はマリーと呼んでちょうだい。シェラルージェさんの事はシェラと呼んでもいいかしら?」
「はい、マリー、様」
「では、私もセリーナで宜しくお願いします。シェラ様」
「宜しくお願いいたします。セリーナ様」
「えー、わたくしの事はマリーと呼び捨てでいいのよ?」
「マリー様、初めからそんな要求はシェラ様に負担をおかけします。お控えください」
セリーナが瞳でめっとマリーを叱っていた。
シェラルージェはそのやりとりに周りに分からないように心の中で笑った。
今日は、公の場での初の出会いの場面である。
初対面で会ったと周りには思ってもらわなければならないのだけれど、マリーが面倒くさくなって過程を飛ばしていつも話しているようにしようとしているところをセリーナが頑張って押し止めていた。
私の方も呼び慣れない様付けに、公で呼び捨てにしないように気をつけないといけなかった。
お茶をいただきながら、当たり障りのない会話を続ける。
こういう会話はとても疲れた。
見るとマリーも疲れてきているのか飽きてきているのか投げやりになってきている。
セリーナはそんなマリーに王女殿下としての苦言を周りに分からないように伝えている。
私はそんな中マリーやセリーナと話していても、ハリス様の視線を感じていた。
いや、当たり障りのない会話をしていたからこそ、感じ取っていたのかもしれない。
護衛騎士なのだから見ているのは当たり前なのに、見られていると思うと恥ずかしくなってくる。
ハリス様の視線が気になって会話はそぞろになるし、顔も赤くなってくるしで、困ってしまった。
「シェラ、顔が赤くなってるけれど、どうされたの?」
ついにマリーが不思議がって聞いてきた。
セリーナはニヤニヤ笑っているし、やっぱりバレているみたい。
「……それは、なんと申しますか……」
こんなところでなんて説明出来ない。
ああ、すごく恥ずかしい。
誰でもいいから助けて!
神への祈りが届いたのかガーデンの入り口辺りががザワつき始めた。