34 シェラルージェの勘違い
「それでは今日はこの辺でお開きにしましょう」
カミル兄様の一声に、全員から肩の力が抜けた。やはり慣れないことをすると緊張してしまう。それはみんなも同じようで、特にユリウス兄様とカミル兄様は表面上取り繕っているけれど、疲れたときに見せる癖が出ていた。
思ったよりも大事になってしまって、ユリウス兄様とカミル兄様にかかる負担が多くなっているのかもしれない。シェラルージェは申し訳なく思った。
その後、お茶を一杯頂いてから解散になった。
ユリウス兄様とカミル兄様はもう少し調べてみると言って出ていかれた。
私達には外出の際は気をつけるようにと、相手側も警戒し始めているだろうから無闇に手を出さないようにと釘を刺していった。
マリーとセリーナがクラリッツェ様に突撃していくのを未然に防ぐ為なのだろう。
私がクラリッツェ様に関わったことを知ったときから、2人がクラリッツェ様に凄く怒っているのが伝わってきていたから。
それからハリー様がずっと苦しげにやりきれなさそうに自分を責めているように感じていた。
やはりクラリッツェ様が犯罪に関わっていることに心を痛めているのだろう。
それが分かっても何も言えなかった。私がそこまで踏み入ってはいけないと思うし、その勇気もなかった。
シェラルージェも帰るためにハリー様と一緒に部屋を出る。
城の通路を歩きながらシェラルージェは、斜め前を歩くハリー様が気になってずっと見つめていた。
すると、ハリー様が立ち止まって振り返る。
「シェーラ嬢、何か私に言いたいことでもあるのですか?」
「えっ」
「先ほどから視線を感じていて、気になったものですから」
「あ…」
ハリー様を盗み見ていたことに気づかれていたみたいだ。
シェラルージェが後ろめたさから視線を逸らしたことに気づいたハリー様は柔らかく笑うと手を差し出した。
「少し移動しましょう。前に城の中で小さな薔薇が咲いているところを見つけたのです。そちらに行ってみませんか?」
「はい」
ハリー様にエスコートされて、何度か角を曲がった先に腰の高さで揃えられた薔薇の花園が見えた。
そこには小ぶりの薄ピンク色の薔薇が一面に咲いていた。
「可愛い薔薇…」
シェラルージェが漏らした呟きに、ハリー様はくすりと笑う。
「さあ、中にも入れますからどうぞ」
手を引かれ薔薇の花園へ足を踏み入れる。
シェラルージェは薔薇に瞳を奪われていた。
近くからふふっと笑い声がして瞳を向けるとハリー様がシェラルージェを優しい瞳で見つめていた。
ハリー様を見て、シェラルージェはハリー様を一瞬忘れていたことに気づいて慌てた。
「あ、申し訳ありません」
「いいえ、シェーラ嬢らしくて可愛いなと見ていたので大丈夫です」
「かわ!?……」
ハリー様の『可愛い』の言葉に、言葉を失ってしまった。
そしてじわじわと顔が熱くなっていく。
赤くなっていく顔を見られるのがとても恥ずかしかった。
ハリー様の社交辞令に過剰に反応してしまうなんて貴族令嬢としては落第点だった。
シェラルージェの慌てる様子にクスクスとハリー様は笑って見ている。
「では、あちらに椅子がありますから参りましょう」
「…はい」
いまだ楽しそうに笑うハリー様を初めて恨めしく思いながら、椅子に座る。
ハリー様も少しだけ間をあけて隣に座るとシェラルージェの方に身体を向ける。
「ここには滅多に人が参りません。ですから、何か気になることがあるようでしたら言って頂けませんか?」
ハリー様は先ほどまでの笑いを収め、シェラルージェに真剣な瞳で問いかけた。
ハリー様の瞳を見て勇気をもらい、シェラルージェは言う覚悟を決めた。
「あの、ハリー様のお好きな方の名前が重要人物として挙がって…お辛くはございませんか?」
「えっ?」
「ハリー様が傷ついていらっしゃるかと思って心配でずっと見てしまいました」
ハリー様の見開いた瞳を見て、やはり傷ついているんだと思った。
だから、シェラルージェは畳み掛けるように言い募った。
「私に何か出来ることがありましたら、仰って下さい。少しでもハリー様のお心が安らげるのならばそのお手伝いをさせて頂けませんか?」
少しでもハリー様の力になりたかった。
好きな人が悲しんでいるのは辛かったから、それがハリー様が好きな相手を思って悲しんでいても。
シェラルージェの言葉に絶句していたハリー様はやっと動き出したと思ったら慌てだした。
「えっ? 私の好きな人が重要人物?! …は? 誰のことですか!?」
「……クラリッツェ様です」
自分の口からクラリッツェ様の名前を出すのが辛くて、つい小声になってしまった。
ハリー様は豆鉄砲でも食らったかのように瞳を丸くする。
「?? クラリッツェ嬢?」
「はい」
シェラルージェの返事を聞いて、ハリー様は愕然としたままシェラルージェに問いかけた。
「──誰が好きだと?」
「ハリー様が」
「誰を?」
「クラリッツェ様を」
ハリー様はこれ以上開かないくらい瞳を大きく開いて叫んだ。
「っ、違う!!」
「えっ?」
「私が好きなのは………っ、あー、もうー、とにかく私が好きな女性は別の人です!」
「………………そうなのですか?」
「そうです。クラリッツェ嬢ではありません」
必死な表情でハリー様はシェラルージェに訴えていた。
ハリー様の言葉がにわかに信じられなかったけれど、でもハリー様ご自身が違うと言っているならそうなのだろう。ただ、クラリッツェ様を前にしてのハリー様の様子を見て勘違いしてしまっただけに、引っかかるところは色々とあったのだけれど、では、あれはどういう意味だったのだろうか。
とりあえず、ハリー様が傷ついてないことが分かってシェラルージェはほっとしてハリー様を見つめた。
「……そうなのですね。良かった。……ハリー様が辛い思いをされていると思って心配だったのです」
ハリー様の好きな女性がクラリッツェ様でなかったことに驚いたけれど、そのせいでハリー様が傷つくことがなかったのであればそれで良かった。
そうよね。ハリー様が好きになる女性だもの、犯罪に関わるような女性のはずがない。
ハリー様が傷ついていないことに安堵していると、ハリー様はとても疲れた顔をしてため息をついていた。




