16 ハリスの婚約
ハリス様との外出の次の日、いつものようにお父様についてお城に登城していた。
朝からハリス様に「シェーラ嬢」と呼ばれ、ニコリと微笑まれて、顔は真っ赤になってしまうし、挨拶もしどろもどろになるしでシェラルージェは逃げるように馬車に乗り込んだ。
馬車の中では何か言いたげにお父様に見つめられるし、お兄様には何故か心配そうに見つめられて、とてもいたたまれなかった。
しかも陛下の執務室では、ハリス様の視線が突き刺さって、平常心が保てず早々に陛下に退室を促されてしまった。
満身創痍で待機部屋に駆け込んだシェラルージェを待っていたのはセリーナの先制パンチだった。
「シェラ、聞いたわよ」
「何を?」
「フォード侯爵令息とのデートよ」
「デート?!」
「昨日、あの有名なレストランへ食事に行って、その後、薔薇の庭園に行ったのでしょう?」
「なっ…、なんで知ってるの?!」
セリーナに言われて、シェラルージェは顔が真っ赤になった。
「それはねえ、あのハリス様と出かけているのですもの。誰かしらが見てたりするのよ」
「そう、なの? ……知らなかった」
「まあ、シェラはね、私達以外とは話さないからね」
「っ、そうだね」
「ああ、責めてるわけじゃないのよ? それに頑張ろうと思っているんでしょう?」
「…うん」
「それでいいの、シェラはこれからなんだから」
セリーナはひと息入れると、ずいっと身を乗り出して聞いてきた。
「それで、どうだったの? 好きな人とのデート!」
「! ……やっぱり気づいてたんだ」
「当然でしょう」
「マリーも聞きたい、どうだったの?」
セリーナの隣で瞳を輝かせてマリーもシェラルージェを見つめていた。
セリーナとマリーのキラキラした期待に応えられないハリス様との関係にどう説明すればいいか悩みつつも言葉を選んで話し始める。
「まずね、あれはデートじゃないの」
「? どういうこと?」
「あれは、私が社交に慣れるために練習相手になってくれただけなの」
「練習相手?」
「そう、あの夜会の日にたまたまハリス様と話す機会があって、話の流れで社交に慣れるために練習相手を買って出て下さったのよ」
「へぇ、そういう手できたのね。それで? デートはどうだったの?」
「だから、デートではないと言ってるでしょ」
「はいはい、デートではないのね。それでどうだったの?」
軽く流されて釈然としないまま、ハリス様と行ったお店と薔薇の庭園のことについて2人に話した。
「そう、楽しかったのね。良かったじゃない」
「ほんと、いいなー。マリーもアーサーと行きたーい」
2人が喜んでくれるのは嬉しいけれど、そんなに喜ばしい関係では全くない。
「だから、ハリス様は義務感で練習相手を務めてくださっているの。それはとても有り難いことなんだから」
自分に言い聞かせるように言っていると、セリーナがシェラルージェに諭すように話しかける。
「でも、愛称呼びも許してもらったのでしょう? だったら、これから親しくなっていけばいいだけよ」
「……そうかな?」
「そうよ」
「マリーもそうだと思う」
マリーも元気に同意してきた。
2人の言葉を聞いて、頑張ってみようかなと思えた。
セリーナはそんなシェラルージェを見ながら、少し考え込むと何かを決意したようにシェラルージェを見た。
「それでね、いつかシェラも耳にするかもしれないから言っておくわね」
セリーナが改まって言葉をかけてきたので、シェラルージェは何を言われるのかわからず見返した。
「ハリス様に婚約話があがっているみたいなの」
「!……」
「シェラが参加した王家主催の夜会があったでしょう? その時にハリス様も参加していたじゃない。それでハリス様に近づこうとしている者達が動き始めたらしくてね。その筆頭がメンダーソン侯爵ね」
「メンダーソン侯爵…」
「そう、その夜会でフォード侯爵とメンダーソン侯爵が話している姿を見た人が多くてね」
シェラルージェが顔を曇らせたのに気づいたセリーナは慌てて言葉を付け足した。
「ただ、あくまでも噂でしかないのよ?」
「それでも、ハリス様の婚約話は出ているんでしょう?」
家同士の婚約話は子供である私達ではどうにも出来ない。
そんなこと貴族の家に生まれた時からわかっていた。
しかもハリス様は侯爵家の嫡男。あまりにも身分が違いすぎる。
それはわかっていたことだった。
でも、考えないようにしていたのかもしれない。
だから、憧れていただけと無意識に思い込んでいたのだろう。
それでも、ハリス様を好きだと気づいてしまった。
……気づかなければ良かった。
そうしたら、ハリス様の婚約も祝福できたかもしれないのに……。
今の私には笑って祝福できる自信がなかった。
婚約話を聞いた後では頑張ることなどしてはいけない気がして、シェラルージェはどうすればいいのか分からなくなった。




