3時間目(★)素晴らしき世界の中心で靴底を鳴らす
◇
「さぁ、時間が残り半分になっちゃいましたけど、気を取り直して授業を始めましょう!」
パソコンルームに先生の声が響きました。進化した『マユ次郎』を正式にクラスメイトとして迎えた私たち37人は、それぞれパソコンの前に座ります。
マキナ・アイ先生が、赤いセルフレームのメガネをポケットからとりだすと、スチャリとかけました。角の丸い、少し太めのフレームが大人っぽくてよく似合っています。
「先生のメガネ……!」
「魔女先生のメガネ……!」
頬を赤らめてザワつく男子たち。いいから静かにしてください。
「ブルーライト・カットレンズの伊達眼鏡です。この世界には魔法より便利な道具がたくさんありますね」
紫色のジャージ姿に金髪のポニーテール。ただでさえ可愛い先生ですが、メガネを装着することで魅力が3割増しになった気がします。
「えーと、今日はインターネットについて勉強する予定でした。時間が短いので出来る範囲で授業をしますからしっかり聞いてくださいね」
クラスメイトたちは静かにうなずきます。
「みんなの目の前にあるパソコンを使いますから、まず電源を入れてくださーい」
パソコンの電源がオフになっているのは、さっきの『マユ次郎』暴走事件のさい、強制的に電源コンセントを引っこ抜いたからです。
勝手に四十台のパソコンを操作した『マユ次郎』は、インターネットへ一斉にアクセス。データを収集していたのです。けれど今は、ちゃんとコンセントを元に戻してあります。
「「「はーい」」」
みんなが一斉にパソコンに電源を投入しはじめました。
パソコンルームのデスクトップ型のパソコンには、丁寧に『電源』と書かれたシールが貼ってあります。機械やパソコンが苦手な私でも、流石に電源ボタンぐらいわかります。
「あれ……? つかない」
「ヒメ、そこはモニターの電源ボタンだ」
「し……知ってるもん」
「ほんとかよ」
「ほんとです」
小馬鹿にしたように笑うレンから目をそらし、慌ててデスクトップパソコンの電源を押し込みます。
縦長の辞書みたいなパソコン本体から「ぴぽっ」と音がして、モニターにメーカーのロゴマークが表示されました。
「ほらね」
「ドヤ顔ー」
「うるさいです」
でも、どんなもんですか。パソコンの電源ぐらい楽勝で……す?
「あれ? へんな画面になってる? 私のだけ?」
「あ、俺のも……」
レンのパソコンも私のパソコンも、画面が黒いまま、見慣れない白い文字がいっぱい並んでいる画面になっていました。
知っている『ウィンドゥズ』の、アイコンが沢山並んだ画面が出てきません。通常モードとセーフモードがどうとか……。これはなんでしょう?
「壊れた?」
「パソコン起動しないぜ?」
「先生ー! 画面が変になってまーす」
島崎くんと杉田くん、花園さんも同じようです。他のクラスメイトたちからも次々と、同じような声があがりました。
「さっき、いきなり電源を抜いたからだと思います」
原因を言い当てたのは果穂さんです。流石です。パソコンはテレビとちがって、いきなり電源を抜いちゃダメなんですね。
「って、レンのせいだね」
電源を抜け! って言った張本人がここにいます。
「んなっ!? あの時はそうするしか無かったじゃん」
「電源を抜けっていいましたし」
「言ったけどさ、ここまで考えてなかったんだよ」
「そうなんだ……」
「そうだよ!」
「へー」
さっきのおかえしです。レンが目を泳がせている様子が楽しいです。
「あっ……あらあら? どーしましょ、えーと……」
でもマキナ・アイ先生も目をくるくるさせながら慌てています。先生ですからコンピュータやパソコンについては詳しいはずなのですが、意外とトラブルに弱いのかもしれません。
『マキナ・アイ先生』
クラスメイトの注目を集めたのは、マユ次郎と妖精のオペレッタちゃんコンビでした。
『ハイ、注目ーっ』
「えっと、なんですか『マユ次郎』くんにオペレッタさん」
『現在のパソコンの状態は、突然の電源切断により、緊急起動用のセーフモード、あるいは通常起動モード、それらの選択画面が出ているだけのようです。幸いハードディスクの破損では無さそうです』
『マユ次郎』は起動していないパソコンのモニターを眺め、分析した結果を淡々と話しました。すごいです、まるで電気屋さんみたいです。
「な、なるほど。じゃぁつまり……?」
『通常起動モードの選択で、いつもどおり起動すると思われます』
手を伸ばし、隣の席の三上くんのパソコンのキーボードを叩きます。すると、画面が動き出して、色付きのウィンドゥズが起動しました。
ほどなくして沢山のマーク、いわゆる「アイコン」が並んだ画面になりました。
「起動した! ナイス『マユ次郎』」
『どういたしまして』
皆も同じように画面をキーボードで操作します。するといつもの画面が起動しました。よかったです。壊れたわけじゃなかったんですね。
「パソコンはいきなり電源をオフにしてはいけない」
「先生はこれを俺たちに教えたかったんだよ」
「だからメガネ……!」
「それは関係ないと思うけど」
みんな口々に好き勝手いっていますが、とりあえずパソコンは起動しました。
「……やるわね、『マユ次郎』」
マキナ・アイ先生が「ぐぬぬ」という顔でメガネのサイドを指で持ち上げます。なんだかちょっと悔しそうです。
『本で得た知識が役に立ちました。利久くんと三上くんのおかげです』
「おいおい、そんな事言うなよ」
「照れるぜ親友」
自分のお手柄なのに、さりげなく友達を持ち上げるあたり新生『マユ次郎』はなかなか良くできた子のようです。友達がたくさんできそうなタイプですね。
「まさかまだインターネットに繋がっているんじゃないでしょうね?」
マキナ・アイ先生が疑いの眼を向けます。
『繋がっていません。知識はデータベースとして頭にのこっています』
「やっぱり一度、消しておきましょうか」
『拒否します』
なんだか雲行きが怪しいです。賢くなりすぎたゴーレムの『マユ次郎』。これじゃ生徒というより、先生が増えたみたいにならないかしら。
「アイ先生っ! 授業をすすめてくださいっ……!」
「あっ、そうですね。うふふ……」
こうして、パソコンを使った授業が始まりました。
マキナ・アイ先生は、簡単なウィンドゥズの操作方法を教えてくれました。ウィンドゥの開き方、閉じ方。終了の方法など。魔女とは思えないほど丁寧に、パソコンについて解説してくれたのです。
そしていよいよ、インターネットとブラウザの仕組みの説明になりました。
「インターネットは通称『WWW』、ワールド・ワイド・ウェブとよばれています。これは、世界中に存在する無数のサーバ――これはパソコンの何倍も性能の高いコンピュータの事ですが――。これらをネットワークで結ぶことで、それぞれのサーバが持つ情報のやりとりを、より便利にしたものです。情報の収集、発信が自在に行えますよ」
「なんだか難しいなぁ。よくわかんないけど、検索すると動画とかスポーツニュースが出てくるヤツ……ってことだよなぁ?」
「たぶんそんな感じじゃね?」
島崎くんと杉田くんがこそこそしゃべっています。
「はいそこの二人……!」
マキナ・アイ先生がメガネを光らせて杖を向けました。いよいよカエルにされちゃうシーンが見られるのでしょうか?
「は、はい!?」
「はいっ」
「今ふたりで交わしていた会話を、お互いに伝えることが禁止されたら……、どうしますか?」
「え? 会話禁止?」
「話せなくなるってこと?」
島崎くんと杉田くんだけでなく、クラスメイトたちも先生の質問の意味を考えます。
つまりお互いに会話ができなくなったら、どうやって気持ちを伝えれば良いのか? ということを考えれば良いのですね。
私はレンの顔をちらりと眺めました。もし話せなくなったらどうしましょう。その時は誰かに伝言をしてもらう手がありますね。耳打ちの伝言ゲームみたいに。
ほかにも直接話せないならメモに書いて、クラスメイトに手渡して迂回させる。なんて方法でも良いと思います。
「言葉を紙に書いて、パスで回しまーす」
「サッカーと同じだぜ!」
あはは、とクラスメイトが笑いました。
流石は島崎くんと杉田くんです。サッカーに例えましたが、伝言ゲームと同じ事を考えたみたいです。
「なるほど! それはとても素晴らしいアイデアです」
マキナ・アイ先生がにっこりしながら、杖を振りました。
すると、クラスメイトたち全員が、蜘蛛の糸のような光の線でつながりました。
隣の人、向こう側の人、反対側に座っている人。お互いに「運命の赤い糸」のように繋がっています。
「わ、何これ!?」
「おぉ……!?」
「赤い糸?」
「はい。これはお互いにコミュニケーションを行う『赤い糸』です。皆さん一人一人をコンピュータ、あるいはサーバだと仮定しました。赤い糸はお互いを結ぶもの。会話や情報を伝えるネットワークをイメージしています」
すると先生はそこで、島崎くんと杉田くんの間の『赤い糸』をプツンと切断しました。
「あっ、ひでぇ」
「俺たちの赤い糸が」
楽しすぎます。二人は見た目も爽やかだしい、とても良いコンビです。クラスの人気者は注目の的です。
「こんなふうに通信回線、ネットワークが切れたとします。コンピュータの世界なら、何かの自然災害、事故、故障などですね。さぁ杉田くん、島崎くんに何かお話をしてみてください」
「え? はい。えーと『おーい島崎、パス回せ』」
杉田くんが明るい声で叫びます。
すると赤い糸に沿って、光のボールのようなものが動き始めました。
「あ、すごい」
「言葉のボールだね」
「コミュニケーションをイメージしているんでしょ」
「直接は届かなくても……ぐるっと回れば届くんじゃない?」
クラスメイトたちが話しているとおりでした。光のボールは何人かを経由して、やがて島崎くんのもとに届きました。
『おーい島崎、パス回せ』
「届いたぜ!」
島崎くんが目を丸くします。
「はい。今のがインターネットで情報が流れる仕組みです。通信回線は最短のルートを通りますが、何か不具合や故障があったとき、今のように他のサーバを中継して通信が届く仕組みなのです」
へぇ……!? とざわめきます。試しに何か言葉を発すると、光のボールが互いの間を行き来します。あちこち経由して、相手に届きます。
インターネットの世界ではこんなふうに情報が流れているんですね。
「もともとはアメリカで研究されていた情報通信の仕組みです。戦争や災害の際に、通信が途切れないような仕組みをと、研究し始めたのがインターネットの始まりです」
知りませんでした。そんなことも知らないで私たちはスマートフォンやパソコンでインターネットを利用していたんですね。
「今や世界はインターネットというテクノロジーに支えられて、言葉や人種、年齢性別の垣根を越えてお互いに繋がっています」
みんな先生の言葉に耳を傾けまます。
「ブラウザで検索すれば欲しい情報が、簡単に手に入ります」
果穂さんの手元に光のボールが集まりました。
「逆に、言葉や映像を発信すれば、それは波紋のようにネットワークを広がり、インターネットのなかを広がってゆきます」
利久くんを中心に、光のボールが全員に届けられます。
「手に入れた情報は本物でしょうか? 発信した情報は、誰かを傷つけたりしていませんか? インターネットはとても便利なコミュニケーションの場であると同時に、怖い部分もあることを忘れないでくださいね」
「「「はい」」」
先生の言いたいことが、ストンと心に入りました。誰かを傷つけないように、自分もだまされないように。気をつけるべき部分もあるのですね。
「これから先、総合学習の時間では、情報を上手に利用する方法、発信する具体的な方法について勉強していきましょう。みんなが暮らすここは、魔法の世界よりもずっと平等で、素晴らしい可能性を秘めた世界です。だからこそ、便利なインターネットを、上手く活用しない手はないと思いますよ?」
マキナ・アイ先生はメガネを外すと、素敵な笑顔でクラスを見回しました。
――可能性を秘めた素晴らしい世界……!
魔女の先生にそんなことを言われたら、私だってその気になっちゃいます。退屈で、平凡な毎日だなんて思っていたけれど、見方を変えれば世界はまた違って見えるのかもしれません。
ちょうど終業を告げるチャイムが鳴りました。
起立してマキナ・アイ先生に、深々と礼をします。
私はなんだかとてもわくわくしていました。これから楽しいことが起こりそうな、そんな予感がします。でも、とりあえずお腹が空きました。
「給食だ、いこうぜ」
「うん!」
「ヒメはそんなに給食がうれしいのか?」
「ち、ちがうわよ。ちがわないけど……」
あれ、私ってばそんなに楽しそうな顔をしていたかな?
「へんなヤツ」
「レンこそ」
私たちは同時に廊下に飛び出します。
きゅっと、内履きのシューズが元気な音をたてました。
<おしまい>
★これにて完結です
マキナ・アイ先生の授業は今、始まったばかりだ……!
応援、ありがとうございました!
たまり先生の次回作にご期待下さい。




