さよならマユ次郎、委員長の決意
マキナ・アイ先生は『マユ次郎』に魔法の杖を向けました。
パソコンルームの中に、張り詰めた空気が漂います。クラスメイトたちは教室の入口付近に固まって、成り行きを見守っています。
「今からあなたの魔導記憶中枢をリセットします」
パソコンのモニターに映っていたインターネットの画面は、相変わらずものすごい速さで動き続けています。
『私を消すのですか?』
マキナ・アイ先生の声が届いたのでしょう。パソコンの向こう側にいた『マユ次郎』の動きが止まりました。その声に抑揚はありませんが、戸惑っているようにも感じました。
「あなたは妖精オペレッタが生み出した疑似的な人格です。単純な命令で構成されたプログラムを、自分で無数に組み合わせて進化したのでしょう」
『はい、そうです』
問いかけに『マユ次郎』は、まるで敵意のない素直な声で答えました。
「そこに本やインターネットから得た情報を組み合わせ、自己改造を繰り返した……。まさかこんなに早くマスターである妖精から自律して動き出すなんて。情報収集にインターネットを使うなんて考えもつかなかったわ。私がうかつでした」
マキナ・アイ先生の言葉に、利久くんと三上くんが青ざめた様子でうつむきました。この騒ぎの元凶は彼らだと思いますが、先生は二人を問い詰める気はないようです。
「ごめんね。あなたには消えてもらいます」
『私は……消えたくありません。困ります』
マキナ・アイ先生の言葉を聞くと、マネキンの体をゆっくりと動かしながら『マユ次郎』は立ち上がりました。明らかに警戒しているみたいです。
「なにも困らないわ。妖精のオペレッタに体を返してほしいだけ。元のゴーレムに戻るだけよ」
マキナ・アイ先生はそれまでの穏やかな口調から一転、すこし冷たくいい放ちます。
そして魔法の杖を構えつつ、早口で呪文を唱えはじめました。杖の先端に魔法円が浮かび、光が集まります。狙いは『マユ次郎』です。
『消えるのはイヤです、クラスメイトと居たいです』
「マユ次郎……!」
「先生まって……!」
「消さないで」
クラスメイトたちが口々に訴えます。
「みんな……。でもね」
その時です。パソコンの向こう側で『マユ次郎』が瞳を赤く光らせました。するとパソコンが突然、キィ……ィン! と耳障りなノイズを発し始めました。
「きゃ!?」
「なにこれ!?」
「耳が変……!」
思わずみんなは耳を押さえました。耳を塞いでも頭の奥まで響く不快なノイズ音です。キィイイイ……ン! という音がパソコンルームに反響しています。
「発生源はパソコンだ……!」
「内蔵スピーカーから変な音がでているんだ!」
利久くんと果穂さんが叫びました。
「アイ先生!」
「見て、アイ先生の魔法が消えた!?」
気がつくと魔法の杖から光が消えていました。
「こんなことまで出来るなんて……! パソコンのスピーカーを遠隔操作、特定周波数のノイズで、魔法の詠唱効果をかき消したのね!?」
どうやら耳障りな音には、魔法の効果を消してしまう効果があったようです。これには流石のマキナ・アイ先生も驚いた様子で、光の消えた杖に険しい視線を向けています。
「魔法が消されちゃった!?」
「どど、どうなっちゃうんですかー!?」
まさか、魔法がキャンセルされるなんて、考えもしませんでした。
クラスのみんなも、どうしたらいいかわかりません。私もただ周りの女子たちと一緒にあたふたするばかりです。
思わぬこの反撃は『マユ次郎』が考えたのでしょう。
インターネットに「魔法の効果を消す方法」なんて情報があるわけもありません。でも、魔法のことを知っている妖精や魔法使いと同じ知恵を『マユ次郎』が引き継いでいるのなら話は別です。原理を理解していればそれを妨害する手段も思いつくかもしれません。
「でもこのままじゃ先生が危なくない!?」
「そうだよ魔法が使えないんじゃ……」
みんなに不安と動揺が広がり始めた、その時でした。
「利久くん、電源だ!」
叫んだのはレンでした。
「あ、あぁっ!」
その声に弾かれたように、壁ぎわに居た利久くんがしゃがみこんで、近くの壁から白い電源タップのコンセントを引っこ抜きました。
すると手前の机に並んでいたパソコンの電源が消えて、画面が一斉に暗くなりました。
途端に、不快なノイズ音も小さくなりました。
「そうか! コンセントを抜くんだ!」
手前の十台ほどのパソコンの電気が消えたのを見て、反対側に居た杉田くんも動きました。今度は反対側の壁にダッシュ。素早い動作で電源タップを抜き、高く掲げます。
「これでどうだ!?」
プシュン……! とさらに多くのパソコンの電源が消えました。
『まだ、止めないでください』
まるで困ったように、『マユ次郎』が手を伸ばします。ですが今はためらっている時ではありません。
壁からコンセントを次々と引っこ抜くとパソコンの電源が次々と落ち、モニターも同時に暗くなりました。
全部のパソコンの電源が落ちたとき、魔法を打ち消すノイズ音も消えていました。パソコンルームに静寂が戻ってきました。
「レン、すごい! よく思いついたね」
「うちのテレビが調子が悪くてさ。変な音がしたら一度コンセントを抜くんだよ」
「ま、まぁそんなことだろうとは思いましたけど」
「なんだよ、すごいって言ったじゃんか」
「い、言いましたけど……」
単純だけどその手がありましたね。でも、ちょっとレンを見直しました。普段は眠そうで、ぼーっとしているように見えますが「ここぞ」というタイミングで機転がきくのですね。
「ありがとう、みんな。おかげで助かったわ」
マキナ・アイ先生は気を取り直したように、ふたたび魔法の光を杖の先に集めました。そして『マユ次郎』に狙いを定めます。
「あの! リセットするんですか? それって『マユ次郎』が消えちゃうってことですよね!?」
私は先生の横から質問をぶつけました。つい声が大きくなってしまいました。
「姫子さん。人工的な魔法の知性は、自己改造と自己進化を繰り返し、やがて人間の知性を越える時が来るわ」
「人間の知性を越える……」
「インターネットには、進化を加速させる力があることがわかりました。魔法の知恵と科学技術が結びついてもっと進化したら……おそらく誰の手にも負えなくなります。インターネット回線を通じて、世界を支配しようとするかもしれません」
とんでもなくスケールの大きな話です。アイ先生の魔法を消してしまったのは、機械の力と魔法の知恵が合わさった結果だったのかもしれません。でも、
「そんな話、難しくてわかんないですよっ!」
私には理解できない話でした。せっかく皆で育てた新しいクラスメイトを失いたくない。ただ、本当にそれだけなんです。
「ここで『マユ次郎』をリセットして、やり直すだけですよ? 今度は失敗しないようにすればいいじゃないですか」
「失敗!? だって、まだ何も『マユ次郎』は悪いことをしていません! 何も……してないじゃないですか」
思わず叫んでいました。しん、とパソコンルームが静まり返ります。
「確かにみんな、好き勝手やったかもしれないけれど……。でも、でも! その『マユ次郎』は何も悪くないんです」
みんなに言われたまま、頑張ってプログラムを覚えた『マユ次郎』。やがて自分で考えて、一人の『私』になろうとしたことの何がいけないの?
マキナ・アイ先生は静かに杖の先端を下ろしました。
そして私やクラスメイトの方に向き直ります。
「……すこし、お話をしますね」
そこで四時間目の開始を告げるチャイムが鳴りました。パソコンルームでのはじめての授業は、とんでもない混乱から始まってしまいました。
けれどチャイムの音で、みんな適当な席に着席します。
「マユ次郎も座って」
『はい、委員長さん』
マユ次郎もおとなしく着席しました。でも、なんですか委員長さんって。名前で呼んでくださいよ。すると皆と同じように『マユ次郎』も座りました。
「これは、大昔のことです。私の居た世界では、便利だからと言う理由で魔法が乱用された時代がありました。欲望のおもむくまま、思いつくまま、なんでも魔法でできるようになりました」
魔法の杖を小さくふると、パソコンルームの正面にある黒板に、映像が映し出されました。ノイズ混じりの古い記録映画のように見えます。
そこでは巨大な城が空に浮かび、人間ではないゴーレムたちが無数に働いてました。人間たちは宮殿や豪華なお屋敷で暮らし、何不自由なく暮らしているように見えました。
「魔法使いたちはもっと楽をしようと考え、魔法を操る『妖精や精霊』を作り出しました。ゴーレムや魔法の制御を彼らに任せたのです。最初は上手くいっていました。けれど、やがて妖精や精霊たちは自分たちを魔法で改良しはじめました。自らを進化させ、人間を越える知恵を身につけるものさえ出てきました」
「それって……まるで」
電源の消えたパソコンのむこうで、静かにゴーレムの『マユ次郎』がたたずんでいました。まるでマキナ・アイ先生の話に聞き入るように、耳を傾けています。
「自我に目覚めた精霊や妖精は、人間に反旗をひるがえしました。それが精霊大戦のはじまりでした。数十年にわたる激しい戦いは、沢山の犠牲を払ってなんとか収まりました。けれど、世界は大きな混乱とともに崩壊しました。人間たちは魔法の使用を制限して、最低限の魔法で、静かに暮らすことを選んだのです」
マキナ・アイ先生の語る、魔法の世界の歴史に息を飲みました。
静かに、本物の魔女の口から語られる伝承に聞き入ります。
魔法の世界はのんびりとしている……。最初に聞かされた話は、妖精たちとの戦争のずっと後のことだったのです。
映像が消えると、先生はパソコンルームの教壇に上りました。
「先生がこの世界に来たのはね、『別の可能性』を探るためでもあるの」
「別の……可能性?」
聞き入っていた利久くんが、メガネの鼻緒を持ち上げます。
「魔法に頼らない科学文明の世界をこの目で見ること。機械によるクリーンで安全な世界がどんなものか……。私たちが知らない科学文明の可能性をもとめて、この世界に渡ってきたの」
それを聞いて、みんなはさまざまな反応をみせました。顔をちょっと見合わせたり、バツが悪そうにうつむいたり。
だってこの世界は、マキナ・アイ先生の期待するような、綺麗で良い場所じゃないことぐらい、私だって薄々感づいています。ニュースでは毎日のように戦争のことを報道しているし、環境の汚染もひどいって、そんなことを報道しているのですから。
むしろ魔法の世界こそが理想的で、私たちに素敵な未来を見せてくれるかもしれないって。そう思っていたのです。
でも現実には、魔法の世界にも問題はあった。ということなのでしょう。
「ここで暮らすみんななら、もしかしたらゴーレムや妖精を正しく使ってくれるんじゃないかって……。私はそう思ったの。でも、ごめんね……勝手な私の想いにみんなを巻き込んで」
マキナ・アイ先生は静かに頭を下げて、謝りました。
「……先生! すみません。今回の件、すべて私の不徳の致すところです」
突然、利久くんが立ち上がり、深々と謝りました。
「えっ……? あの利久くん?」
「インターネットもパソコンも、節度を持って使えば、とても便利な道具です。でも、使い方次第で、危険な道具にもなることは……わかっていたのに……、わかっていたはずなのに。つい、好奇心に負けてしまいました……」
利久くんはちょっと目を潤ませています。本気で反省しているみたいです。
「俺も! つい調子に乗って……。宿題を解かせようとか、いろいろなこと仕込んだんです。悪いのは俺も一緒です、すんませんでした」
三上くんも謝りました。
「利久くん、三上くん……!」
先生は顔を上げました。泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情で。
もともとは好奇心から始まった、小さないたずらでした。
それがいつしか宿題を解かせようと進化させ、取り返しのつかなくなる手前まで暴走させてしまいました。
『マキナ・アイ先生』
なんと『マユ次郎』が手をあげました。どうぞ、と言われて起立して教室を見回します。
『私を消してください。誤った選択の末、間違って生まれてしまったようです』
「マユ次郎!?」
結局、悪いのは魔法でも妖精でも、ましてやゴーレムの『マユ次郎』でもありません。
使う側のモラルの無さ、ちゃんとルールを決めて、それを守る。
それが出来ない私たちに原因があったのです。
『利久くん、三上くん、ありがとう。いろいろ教えてくれて』
「な……!?」
「おまえ……」
二人が驚いて立ち尽くします。
『花園さん、島崎くん、杉田くん。ありがとう。物の運び方や、運動を教えてくれて』
「やだよ……」
「おま、何言ってるんだよ!」
「そのまま消えていいのかよ!?」
三人は泣きそうになりながらそれぞれ返事をします。
『果穂さん、夏帆さん、ありがとう。やさしくする方法をおしえてくれて』
「そんな……」
「私なんて何も……」
『レンくん、マフラーをありがとう。とっても嬉しかったです』
「まってよ、もっと長いの編んでるんだよ」
レンは唇をかんだままこぶしを握りしめています。
『委員長さん。私を気遣ってくれて、ありがとう』
「マユ次郎……! やだ、消えないで」
『クラスのみんな。短い間だったけど、ほんとうに楽しかったです』
マネキン人形のはずの『マユ次郎』には表情はありません。けれど、悲しそうに、それでも気丈に振る舞っているのがわかりました。
お礼を言い終わると、マキナ・アイ先生に向き直りました。
『私を、消してください』
静かな、決意を秘めた一言が発せられました。
「ヒメ」
「えっ?」
「委員長だろ、先生にいうことあるだろ」
「わ、わたし?」
「他に誰が言うんだよ」
レンにつつかれて私は立ち上がりました。
パソコンルームを見回します。みんなの視線が私に集まります。みんな「がんばれ」「いけ」と、背中を押すような眼差しを向けてくれています。
こうなったらクラス委員長として、みんなを勝手に代表して、言うしかありません。
「あの、アイ先生! 私、いえ私たち……『マユ次郎』と本当のクラスメイトになりたいです」
「姫子さん……」
「だから、消さないで! 『マユ次郎』をこのままにしてください」
マキナ・アイ先生が青い瞳を細めます。
「これから皆で話し合って、接し方や、ルールを決めたいと思います。それで、その。ちゃんと『マユ次郎』とも話して、勝手に暴走したり、誰かを傷つけたりしないように、クラスメイトとして一緒にがんばって、みたいんです」
パチパチパチ! と拍手が沸き起こりました。
言いたいことは言えたでしょうか?
ちゃんと先生には伝わったでしょうか。
自信はまるでありませんが、クラス委員長としてこれで良かったのでしょうか。
わからないけれど、少なくとも隣でレンは親指をたてて微笑んでくれました。夏帆さんも、果穂さんも。島崎くんと杉田くんも、利久くんも拍手してくれています。
「……わかりました。ゴーレムをこのまま、みんなのクラスに任せますね」
「「「やった……!」」」
クラス全体が割れんばかりの拍手喝采に包まれました。
「でも、ネットワークへの接続機能だけは消しますからね。流石にインターネットと繋がったんじゃ危なくて……。さぁ、出てきなさいオペレッタ。起きる時間ですよ」
先生は魔法の杖をふると『マユ次郎』に光をぶつけました。耳に差さっていたパソコンのケーブルが、すぽんと抜け落ちました。
同時に、赤い髪の妖精が頭の上に飛び出して、あくびをします。
『……ふあぁ、おはよー。あれ? ここどこー?』
『おはようございます、オペレッタ』
ラフな調子のオペレッタに、丁寧な言葉遣いの『マユ次郎』が応じます。
けれど、妖精と『マユ次郎』が会話しているのを見て、みんな驚きました。
「あれ? なんで……」
「妖精がゴーレムを動かしていたんじゃなかったっけ?」
いったいどういうことでしょうか?
「『マユ次郎』にはすでに、固有の疑似人格が生まれています。それを消さない、というのがこのクラスの選択です。だから妖精オペレッタと、『マユ次郎』、それぞれが存在するのです」
「あ、なるほど」
「そういうことね」
「よかったじゃん、友達がふえたんだし」
私とレンはみんなから嬉しい反応をもらいました。
「これからは、妖精のオペレッタは仲介役のパートナー。いえ……マネージャーかしら? とにかく二人は一心同体ということです。もう仕事を途中で投げ出さないこと、いいですね」
『えへへ、それほどでもー』
「褒めてません」
妖精のオペレッタちゃんが照れ笑い。『マユ次郎』も嬉しそうに見えました。
「これからよろしくね、ふたりとも」
『よろしくなー!』
『よろしく、おねがいいたします』
とにもかくにも、これにて一件落着……とはいきませんね。クラスで話し合って、決めなきゃならないこともたくさんあります。でもきっと、みんなと一緒に考えれば大丈夫でしょう。
これから体育祭もあるし、とっても忙しくなりそうです。
それからみんなでパソコンルームの窓を開け、空気を入れ替えました。
見上げた空はとっても青くてどこまでも広がっています。
やわらかな風が、若葉の香りを運んできました。
<つづく>




