人工知能と『私』という存在
◇
「問題です。方程式『5x + 2 = 2x + 8』において、『x』の解は?」
『マズ『5x + 2 = 2x + 8』を『3x = 6』に変形、ソコカラ『x = 2』ヲ導キマス。コタエは……2デス』
「おぉ……っ!」
「すごい、正解だよ!」
「いいぞ『マユ次郎』!」
『ドウイタシマシテ』
ゴーレムの『マユ次郎』に、数学の問題をやらせると、あっという間に解いてしまいました。朝からずいぶんと盛り上がっています。
「一度覚えた公式や解き方は忘れない。問題の解き方、質問のパターンを覚えさせれば、あとは数字を変えてもちゃんと解答を導き出せるようになったな」
「数学の制覇も時間の問題だよ、すごいなぁ君は」
『ソレホドデモ』
利久くんと三上くんは、『マユ次郎』を誉めながら笑顔を浮かべます。
『マユ次郎』は、歴史や地理など、記憶力が必要な教科ならば、簡単に答えるようになっていました。
国語や英語に関しても同じです。漢字の読み書き、英単語の読み方、日本語の意味も一瞬で覚えてしまいました。けれど国語や英語の文章問題は苦手のようです。文脈から意味や、裏にある意図を理解するのは難しいのでしょう。
けれど図書室からありったけの参考書を借りてきて、『速読』命令で何冊も読ませているうちに、問題に対する正解率はアップしてきたといいます。
本を読む命令もパワーアップしました。なんと一冊の本、たとえば参考書を渡すと、ペラペラとめくって15分ほどで読み終えて、全て記憶してしまうのです。こんなの人間では到底真似できません。
どうして急にここまで賢くなったのか、利久くんに尋ねました。
「実はここ数日、皆が帰ったあと、放課後から夜中じゅうずっと、教科書や本を読むようにプログラムしておいたんだ」
「えっ!? 教室でずっと?」
「いや、図書室まで自分で歩いて移動させて、朝には教室に戻ってくるようにプログラムしたのさ。このアイデアを出したのは三上くんだよ。おかげで『マユ次郎』は一晩で数十冊も本を読んでいるんじゃないかなぁ」
それを聞いて私は驚きました。
「ダメだよ! いくらなんでも、妖精さんがかわいそう!」
「それは問題ないよ。生命体じゃないからお腹も空かないし、眠くもならないって、妖精本人がそう言っていたんだ」
「かもしれないけど、疲れちゃうでしょ!?」
「魔法の力がある限りずっと動けるらしいし、平気みたいだよ」
利久くんは平然とした表情を変えずに、メガネをハンカチで拭いています。平気だとはいっても、妖精のオペレッタちゃんが心配です。
「そんなのって……よくないと思う」
「委員長は心配しすぎだって。大丈夫っていってんだろ、まかせとけって」
「三上くんまで……」
ゴーレムの性能アップに情熱を注いでいるのは、利久くんだけではありませんでした。『マユ次郎』の隣にいる三上くんもその一人です。三上くんは真面目で口数のすくない印象の男子でしたが、熱中してのめりこむと人が変わったようになりました。
他の男子たち数人も、だんだんと賢くなってくるゴーレムを面白がっています。賢くして宿題をやらせようという腹づもりみたいです。
『マユ次郎』の改良で盛り上がる一部男子たちを、女子たちは呆れ顔で遠巻きに眺めています。
単純に飽きてしまったという子、一部の男子たちが取り囲んでいるので近づきにくくなってしまった、という子もいます。
「姫ちゃん、いいからほっとこう」
「でも……」
「今日の総合学習の時間に、マキナ・アイ先生に相談したほうがいいよ」
花園さんや夏帆さんの言うとおりです。
「うん……そうだね、相談してみる。ありがと」
マキナ・アイ先生は、「クラスのみんなで考えて、成長させてくださいね」といって私たちに任せたきりです。この一週間はゴーレムに関して、ほとんど口出しをしてきませんでした。
他のクラスの授業をしていたり、他の教科の補助をしたりと、忙しいのかもしれません。
でも、私たちを信じて見守ってくれているのだと思います。
いずれにしても、今の状況はあまり良くないような気がします。
最初のころは『マユ次郎』のためにと、クラスは一致団結していました。でも一週間が過ぎた今は、逆にバラバラになってしまった気がします。
こんなはずじゃなかったのに……。私が、クラス委員長として、リーダーシップを発揮して、もうすこし皆をまとめていればよかったのでしょうか。でも、元々引っ込み思案な私には、これが精一杯です。
「はぁ……」
何か良い方法はないものか、私は椅子に座って考え込んでしまいました。
「あれって、ゴーレムっていうより人工知能だよな」
レンが自分の机で編み物の本を見ながら、ポツリとつぶやきました。
「人工……知能?」
人工知能、テレビで聞いたことがあります。
たしか人間みたいに受け答えの出来る、すごいコンピュータのことです。あるいはその仕組みやプログラム……だったはずです。
囲碁やオセロで人間のチャンピオンに試合で勝利したとかなんとか、ニュースでやっていたのを見た気がします。
言われてみれば、今の『マユ次郎』は人間の役に立つロボットというよりも、あたまでっかちの人工知能みたいです。どんな質問にも答えるようにと、頭脳ばかり進化させられている気がします。確かに、頭脳が進化したおかげで、出来ることが増えたのは事実ですが。
「オレはさ、編み物の出来るゴーレムにしようと思ってたんだ。ずーっとマフラー編ませてみたくてさ」
「そりゃぁ疲れ知らずでマフラーを編むでしょうね……って、そんな長いマフラー編ませてどうする気?」
「うーん、長いマフラーのギネスに挑戦?」
「もう! それじゃあそこの男子たちとおなじでしょ」
「そうかなぁ?」
「そうよ」
レンは相変わらずの編み物バカのようです。
けれど、レンと話しているうちに、ちょっと元気が出てきました。
「よし、決めた」
「マフラーの長さ?」
「ちがうわよ」
ちゃんと『マユ次郎』の使い方のルールを決めるように、みんなと話し合ってみようと思います。
使う時間を平等にする、宿題を解かせるようなズルには使わない、あとはなんだろう……? とにかく、クラス委員長として、案を考えて、みんなで話し合いたい。
ルールを決めれば、妖精のオペレッタちゃんにも無理をさせずにすむはずです。
クラスのために、私がしっかりしなくちゃ。
◇
「あー……しんどい」
「つかれたぁ」
2時間目の体育は剛田先生と、徒競走やマラソンの練習でした。
辛かったです、苦しかったです。くたくたです。
来月の体育祭にむけて、準備をしているのです。
体育教師である剛田先生は、とにかく体を動かせと言います。
悩んだら走れ! 泣きたい時も走れ! 落ち込んだときこそ走れ! って、そんなことで解決したら苦労しません。
そういえば、『マユ次郎』を鍛えたら速く走るでしょうか? 疲れ知らずでマラソンもぜんぜん平気でしょうか。体育祭に出られたらいいのにな……。
なんて、私までズルいこと考えちゃいます。
みんなのこと、悪く言えません。
ごめんね『マユ次郎』。
「あれ?」
気がつくと『マユ次郎』が席にいませんでした。体育の時間の合間に、何処かに行ってしまったみたいです。
周りの人に聞くと「さぁ?」「散歩?」という返事ばかりです。
「ねぇ! 利久くん『マユ次郎』がいないの。何処に行ったか、知らない?」
「うーん……」
私以上にヘロヘロな状態で、机に突っ伏していた利久くんを揺り起こします。頭が良いかわりに運動が苦手とは、神様はけっこう平等なのでしょうか。
利久くんがおっくうそうに顔を上げますが、メガネが半分ズレたままです。
「『マユ次郎』がいないんですってば!」
「あぁ、それなら大丈夫……。いまごろ、パソコンルームだよ」
「え? 一人でパソコンルームに?」
学校にはパソコンルームがあります。今日の総合学習の授業で使う予定の部屋です。
部屋の中にはクラス全員で使える台数のパソコンが並んでいます。まだ授業で使ったことはありませんでした。今朝のホームルームの時に、マキナ・アイ先生から「今日の四時間目はインターネットの授業をしますね」というお知らせがあったばかりです。
「一足先にパソコンルームに行くよう、プログラミングしておいたんだ。どうせ体育の時間は『マユ次郎』もヒマだろうし」
「それって、先生の許可はとったんですか?」
「当然さ。今日の四時間目、授業でパソコンルームを使うことは、剛田先生も当然ご存知だもの。他のクラスも使う予定がないことを確認した上で、早めの使用許可をもらったんだ」
メガネを正しい位置に戻しながら、ようやく姿勢を正す利久くん。
「それならいいけれど。いったい『マユ次郎』に何をさせる気なんですか?」
一足先にパソコンルームのお掃除? まさかですね。勉強のために読書でしょうか。でも、あの部屋には本は無いはずですけど。本を読ませるなら図書室のほうがいいでしょうし。
「インターネットを見ておいてもらおうと思ってね」
「えっ……? インターネットを?」
世界中のあらゆる情報を調べることが出来るのが、インターネット。それぐらいなら私でも知っています。
「図書館の本でめぼしいものは読みつくしてしまったんだ。だから、あとはインターネットから情報を集めるのが早いと思ってね」
利久くんが口元を緩めました。自信ありげな様子です。
確かに、良いことを思いついたようです。たしかにインターネットなら情報を調べ放題だと思います。
「でも、『マユ次郎』はパソコンの使い方やインターネットの見方なんて……」
知らないはず、と言いかけて私はハッとしました。
ゴーレムの『マユ次郎』が読みあさっていた図書館の本。その中に、『パソコンの使い方』『インターネットの利用、ガイドブック』といった物があればいいだけなのです。使い方なんて一瞬で覚えてしまうはずです。
「もう彼は、ほとんどプログラムしなくてもいいんだ」
「プログラムしなくてもいいって……どういうこと?」
「きっと自己進化しはじめたんだ」
「何をいってるかわかんないよ、利久くん」
よくわからないことが起きはじめている、そんな予感がしました。
「目的さえ告げれば、言葉を理解して……勝手に自分でプログラムを組んで動き出すようになったんだ。中でどんなプログラムが組まれているかはわからない」
「それっていつから? なんか変じゃないの!?」
「気がついたのは今朝だよ」
メガネの向こう側の瞳の奥で、好奇心と一緒に、怯えたような影が揺れたような気がしました。
「それなのにインターネットで一体、何を調べさせているの?」
「人間について勉強しろって言っておいた」
「人間?」
どういうことでしょうか? どうしようかと考えているうちに、三時間目の始業を告げるベルが鳴りました。
結局、そのまま『マユ次郎』は戻ってきませんでした。
◇
「というわけでお待ちかね、今日はいよいよパソコンを使った授業ですよ」
先頭を進むマキナ・アイ先生の後ろをついて、パソコンルームに向かいます。
四時間目の授業がはじまる少し前、マキナ・アイ先生が教室にやってきて特別教室へ移動するように言ったのです。
「パソコンより魔法の授業をしてくださーい!」
誰かが廊下の後ろから言いました。
「いまから十年間ほど魔法学を勉強して、そのあと魔法使いの試験があります。毎年、半分ぐらいは行方不明になりますが……それでもよければ」
「やめときまーす」
「あはは……!」
確かに魔法に興味はありますが、行方不明になっても困ります。パソコンだったら誰でも使えるので、パソコンの授業のほうが嬉しいですね。
今日の先生は紫色のジャージ姿です。背が高いしスタイルもいいし、後ろ姿からは魔女だとはとても思えません。ポニーテールにした金髪と相まって、外国のアスリート選手みたいです。
けれど腰にはサーベルのように魔法の杖を提げています。
「あの、アイ先生……!」
「どうしましたか姫子さん」
廊下でマキナ・アイ先生に追いついて、話しかけます。特別教室、パソコンルームに行く前に『マユ次郎』のことを話しておかなくちゃって思ったからです。
「『マユ次郎』のことなんですけれど……、すごく賢くなっちゃって」
「あら? いいことですね。本を読む命令で上手くプログラミングが出来たのですね。どんどん覚えさせてあげると、楽しい会話ができますよ」
「それなんですけど、剛田先生に聞いていませんか?」
「何をですか? そういえばゴーレム、さっき席にいませんでしたね」
マキナ・アイ先生が後ろを振り返ります。
「実は……パソコンルームで、インターネットを見てるんです」
「……えっ? ゴーレムが? ほんとですか?」
「は、はい」
青い瞳を大きく見開くと、マキナ・アイ先生は歩く速度を速めました。廊下を曲がり、階段を上がればその先がパソコンルームです。
「何時からインターネットを見ているのか、わかるかしら?」
「えっと、二時間目の体育の時間からですから、ちょうど二時間ぐらい」
「そう……。まさかね、大丈夫だといいけれど」
パソコンルームの扉を開けました。マキナ・アイ先生が中に入り、私たちも後に続きます。ただならぬ雰囲気に、クラスの皆も顔を見合わせます。
部屋に入った途端、異変に気が付きました。
「なにこれ、暑い……!」
パソコンルームは凄い熱気で満たされていました。
机の上に並んだ分厚い辞書のようなパソコンが、ウォーンと低い唸り声をあげています。それも部屋の中にある全てのパソコンがです。
「冷却ファンがフル稼働してる! CPUの負荷が高くなってるんだわ……!」
部屋に入ってパソコンを一目見るなり果穂さんが言いました。
私はパソコン用語は詳しくありませんが、冷却ファンという言葉でピンときました。エアコンの室外機のように、パソコンが熱を冷まそうとしているようです。
ズラリと並んだパソコンのモニター画面では、猛烈な勢いでインターネットを見るための画面、確か『ブラウザーソフト』が動いていました。
40台近くあるパソコン全てで、誰も触れてもいないのに画面が勝手に動いています。
いろいろな写真、文字の羅列、それらが洪水のように画面の中を流れています。一体、何が起こっているのでしょうか。
「ブラウザソフトが複数同時に起動されているぞ!」
「各パソコンにリモートで接続、遠隔操作しているんだ……!」
「全てのパソコンを使って情報を集めているのか!?」
三上くんと利久くんは、パソコンルームの入り口で立ち尽くしています。事態の異様さに困惑しているようです。
パソコンルームのいちばん奥、入り口から遠いパソコンの席に『マユ次郎』が座っていました。
「『マユ次郎』!」
私は叫びました。
スキンヘッドに赤いマフラー、太い眉。細マッチョにタンクトップを着た姿は、見間違いようがありません。
「見て、ネットワークケーブルを頭に、直接つなげているわ!」
果穂さんが震える声で指をさします。
よく見ると、両耳にケーブルが差さっていました。誰かがイラズラで差したのか、『マユ次郎』が自分で繋げたのかはわかりません。それは太さ五ミリぐらいの青いケーブルでした。
同じ色のケーブルが机の上にあるパソコンの背面にも繋がっています。
「あら、これは流石にマズいわね」
マキナ・アイ先生がちょっと焦った様子です。魔法の杖を腰から抜き構えました。
これはもうただ事ではありません。
そのとき『マユ次郎』がゆっくりとこちらを向きました。
パソコンルームの入口付近にいる私たちに、赤い瞳が向けられました。
「……!」
「えっ!?」
思わず息を飲みこみます。まるで、生きている人間のように輝いていました。
『こんにちは。マキナ・アイ先生、それとクラスのみんな』
妖精オペレッタちゃんの声ではありませんでした。『マユ次郎』が発していた合成音声よりもずっと自然な、まるで人の声のように滑らかな発音です。
「オペレッタ、聞こえるかしら?」
マキナ・アイ先生がたずねます。けれど妖精は姿を見せません。
『……制御用妖精オペレッタは現在、スリープ状態で待機中です。アイハブ・コントロール』
「あなたは、誰?」
『私は……私。ここにいるのは……私です』
ゴーレムだった『マユ次郎』は、自然な動作で小首をかしげました。
「なんてこと……。インターネットで膨大な情報を集めて、魔導記憶中枢を自分で書き換えているのね。自己進化して、自我が芽生えはじめているんだわ。いくらなんでも早すぎる……! これじゃ精霊大戦の再来になるわ」
マキナ・アイ先生の声には焦りが感じられました。いつも落ち着いた印象なのに、よほどの事なのでしょう。
『……精霊大戦は検索できませんでした』
「あなたの目的は、何かしら?」
『……知りたいです。世界を、人間を、私を』
マキナ・アイ先生の問いかけに呼応するように、『マユ次郎』がゆっくりと立ち上がりました。ヒュイィイ……とパソコンたちが悲鳴のような音をたて、さらに熱気を吹き出します。
モニターの中では、目にも留まらぬ速さでインターネットの画面が流れてゆきます。
マキナ・アイ先生は私たちに下がるように、指示を出しました。
「先生……! 『マユ次郎』はどうなっちゃたんですか? もとに戻るんですか?」
「心配しないで、大丈夫だから」
自我とはどういうことでしょう?
それに精霊大戦って、一体なんのことでしょう。
<つづく>




