みんなのゴーレム進化論
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ゴーレムの『マユ次郎』の席は、真ん中の列の一番うしろになりました。
6列ある教室の机で列の最後尾です。タンクトップに赤いマフラーという姿も見なれてきました。慣れとは怖いものですが、教室ではいまだに存在感を放っています。
マキナ・アイ先生にクラス全体でお世話を任されたので、皆で話しあいながら準備を進めていきました。まずは皆と同じ机と椅子を、正担任の剛田先生に準備していただき、着席してもらうことになりました。
『オハヨウ、ヒメコサン』
「おはようございます、マユ次郎君」
『オハヨウ、レンクン』
「おはよう」
皆の顔をみて見分けあいさつを返します。このプログラムを組んでくれたのは三上くんです。『マユ次郎』の隣の席ということで、色々とはりきっています。
プログラムにマキナ・アイ先生が紙に貼り出した新しい命令が、さっそく役に立ちました。
ゴーレムに『クラスの名簿』が利用できる命令が追加されていたのです。それに『人の顔を見て誰か判断する』、『あいさつをかえす』という命令を組み合わせたのです。
「ずいぶん人間っぽくなった気がするね」
「いろいろ会話が出来るようにプログラミングしちゃおうよ」
「賛成! 悩み相談ができるように」
「きゃはは、いくらなんでも無理だよぅ」
「でも、いろいろ試してみようよ!」
「そうだねー」
新しいクラスメイトの登場に、みんなは大いに盛り上がりました。
二日目になると、授業の合間の業間休みや、昼休みになると人だかりができました。それぞれが、紙に書いたプログラムを覚え込ませていきます。
「みて、あやとりができたよ!」
「すごい! 夏帆ちゃん」
指の動きを細かくプログラミングして、あやとりを覚えさせることに成功しました。
「ついに、給食の容器を教室まで運ばせることに成功したぞ!」
「重い容器だと助かるなぁ」
「男子チーム、やるじゃん……」
試行錯誤と実験を何度も繰り返しながら、物を運べるようになりました。
最初はお遊びのような感じでしたが、次第に複雑で高度な動きを実現できるようになりました。
何よりも凄いのは、ゴーレムを動かしている妖精のオペレッタちゃんです。
一度見て教えたプログラムは、ずっと記憶できるのです。
すごい記憶力で羨ましいです。
妖精のオペレッタちゃんに尋ねると、赤い光に包まれた羽をふるわせながら、秘密を教えてくれました。
『アタシが全部覚えてるわけじゃないのさー。ゴーレムの本体に脳みそというか、記憶するための魔導記憶中枢があるんだよ。いちどプログラムを覚えさせれば、何時でも取り出せるようにね。アタシはそこからプログラムを読み出して、本体を動かしているっていうかんじなんだよー』
「へぇえ……! なんだかすごいんだね」
どうやらゴーレムを動かしているのは妖精だけでは無いみたいです。プログラムを動かすための、難しい仕組みが隠されているようです。
「……なるほど、記憶領域がゴーレムの中にあるんですか。きっとメモリやハードディスクのようなものですね。となると、妖精のオペレッタちゃんの役割はOS。つまりゴーレム本体の制御を行い、プログラムを実行する。いわゆるオペレーティングシステムの役割だとおもえば、いろいろしっくりきます」
「ほ、ほぉ……? そ、そうなんだ」
「たぶんそうかな、ってだけです……」
パソコンに詳しい果穂さんが皆に、独自の解釈を披露してくれました。言い終えると急に恥ずかしそうに顔を赤らめるところが可愛いです。
でも、おかげで私もちょっと理解できたような気がします。
「ちなみに、OSはオペレーティングシステムの略です」
「知っているぞ。パソコン用ならマイクロソフト社のウィンドゥズ(Windows)が有名だし、タブレットやスマートフォン用なら、アンドロイド(Android)がよく使われているんだよな」
「利久くんも、くわしいんだね」
「それほどでもないさ」
言っていることは難しいのですが、利久くんもいろいろと補足してくれたので、なんとなくわかりました。
その後も、みんなはいろいろなプログラムをどんどん覚えさせました。ゴーレムの成長が実感できました。
三日目には簡単な質問に受け答えができるようになりました。
仕組みを考えたのはレンです。果穂さんと利久くんから聞いた話をヒントに、驚きの実現方法を巧みにプログラミングしたのです。
レンが皆の前で、新しいプログラムをお披露目します。
「鎌倉幕府は誰が、何年に設立した?」
『………………』
ゴーレムの『マユ次郎』は、レンがあらかじめ手渡しておいた歴史の教科書をめくりはじめました。ぺらぺらとページをめくり、すごい速さで見ています。やがて鎌倉幕府のページに到達しました。
『……鎌倉幕府ハ、源頼朝ニヨリ、1185年に創設サレマシタ』
「おぉおおお! すげぇ!」
「『マユ次郎』が本を調べて答えたぞ!?」
時間はかなりかかりましたが、きように手で教科書をめくって文字を認識し、必要な部分を読み上げてくれました。
「レンすごいな。こんなの、よく思いついたなぁ」
「あたらしい命令のなかに『本を読む』ってのと、『言葉をしらべる』ってのがあったからだよ。組み合わせていろいろ研究してみたんだ」
レンはすこし照れていましたが、いろいろと新しいプログラム用の命令について研究をしていたみたいです。
「あの……! もういちど試していいですか?」
すると果穂さんが、何かを思いついたようです。そして同じ質問を繰り返しました。
「鎌倉幕府は誰が、何年に設立されましたか?」
『鎌倉幕府ハ、源頼朝ニヨリ、1185年に創設サレマシタ』
「はやい!?」
「即答した……!」
「つまり一度質問した内容は、ゴーレムの記憶領域に残っているってことか」
これを聞いて果穂さんと利久くんをはじめ、レンやいろいろな生徒たちが顔を見合わせました。
「記憶できる……!?」
クラス中が新しい発見に沸き立ちました。
今までは、動きを真似させたり、物を運ばせたり。そんな単純労働(?)ばかりだったゴーレムに新しい可能性が見出されたのです。
ここまで出来たことは、マキナ・アイ先生にもまだ内緒です。
もうすこし凄い機能をつけて先生を驚かせよう! と、みんなの意見が一致しました。
「じゃぁ教科書を全部覚えさせたらどうなるかな?」
「宿題の答え、教えてくれるんじゃね……?」
「まてよ、なら……図書室から百科事典を持ってきたら?」
「繰り返し本を連続で読ませ続けたらどうなるかな……」
好奇心がとまりません。男子たちからアイデアが次々と出てきます。
「あっ、あの……でもさ、みんなでもう少しよく考えて……。アイ先生にも相談したほうがいいかもしれないし……」
私はちょっと慌てました。クラスが妙な方向性で一致団結し始めたのです。それに宿題の答えを言わせるなんて、簡単には出来っこないと思いますが、良くない事のような気がしたからです。
「委員長は心配すぎだよー」
「そうそう、大丈夫だってば」
男子たちはなんだか楽観的です。
「男子さー、すぐ変なことに使おうとするの止めてよ」
「可愛くお話できる『マユ次郎』がいいのにー」
女子たちはどちらかといえば、楽しいことを覚えてほしいっていう感じです。
「く、ククク……! ゴーレムは進化できる! これは凄い発見だぞ」
なんだか悪の博士のような顔で、利久くんが静かに笑っています。怖いです、いったい何が始まったのでしょう?
ゴーレムの『マユ次郎』はいったいどうなっちゃうのでしょうか。
そして……というか、やっぱり、問題が起こりました。
<つづく>




