836 三十二歳 飴と鞭
本日はコミカライズ更新日です!
『いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~』は第12話「ウォリック侯爵家への訪問」が掲載されております。
『いいご身分だな、俺にくれよ 〜下剋上貴族の異世界ハーレム戦記〜』は見せ場のためにまとまったページを描いていただくため、おそらく8月か9月まで休載となります。
「えっ、もしかして結婚したばかりの私がいるのに、新しい奥さんを紹介しようとしたって事?」
「そういう事です」
「それって酷いんじゃない?」
政治の事はよくわからないので、挨拶のためだけに出席していたブリジットが反応する。
これにはヴィンセントも冷や汗を流す。
(しまった! エルフまで敵に回すのはまずいぞ! どうにかせねばならん! ……総じて年が若い。それにリード王家を継いだとはいえ、直系が死んだからという事情もある。だから常識を知らんのかもしれんな)
彼もここまで拒否反応を見せられるとは思わなかった。
だから、なぜそのような事をしたのかを説明しようとする。
「少し誤解を招いてしまったようですな。客人を接待するのはよくある事。それに内戦で夫を亡くした未亡人も多い。お互いの寂しさを埋めるちょっとした火遊びなど珍しくもない。もしかしたら不愉快にさせてしまったかもしれませんが、皆様に喧嘩を売るような真似をするつもりはございませんでした」
旗色が悪いと感じ取ったヴィンセントは下手に出る。
今後、彼女達を皇后陛下、皇妃殿下と敬う事になる。
そんな相手を怒らせたままではまずい。
だから「世間知らずの小娘」と思いながらも、丁重に説明をする。
ブリジットは「そういうものなのかな?」と疑問に思ったが、パメラは違った。
「もしアイザック陛下と一夜を共にした相手が身ごもったらどうされるおつもりだったのですか? 側室として送り込むなり、私生児として育てて後日皇子として認めさせるなど色々ありそうですが」
彼女はヴィンセントを問い詰める。
確かに、そのプランは考えていた。
だが、アイザックが誘いを断ったので諦めざるを得なかったプランだ。
やろうとは考えていたが、やっていない事で責められるのは納得いかない。
ヴィンセントは反論しようとする。
「そうはならなかったんだしいいじゃないか」
――だが、アイザックが割って入った。
「外交官には仲良くしてほしいという意味を込めて賄賂が贈られる。そういう慣習に倣って女性を紹介しようとしただけだろう。だからそんなに目くじらを立てて怒らなくてもいいじゃないか。私はみんなを愛しているから、そうした誘いに乗らなかったんだからさ」
(アイザック陛下はこちらの味方か! これは頼もしいな。てっきり夫婦揃って私を責め立てて、自分達に有利な条件を引き出そうとしているのかと思ったが、そうではないらしい。そうなると……、これは女の嫉妬か)
ヴィンセントの読みは当たっていた。
(子供の数が二人だけだったのは、私とティファニーとブリジットの三人。ティファニーが子供を産んだから、私とブリジットの二人になっちゃったっていうのに、また新しい奥さんが増えたら子供を産むチャンスが減るじゃない。なに余計な事をしてくれてんのよ!)
パメラは個人的な感情で彼を追い詰めようとしていたのだ。
ただヴィンセントが信用ならない人物だという事は聞いていたので、警戒しているというのも嘘ではなかった。
リサには嫁入り以来、色々と面倒を見てもらっている。
彼女とその子供のためにも、ヴィンセント相手に有利なポジションを得ようと考えての行動でもあった。
「百歩譲ってそこは譲るとしても、子供達にまで色仕掛けをした事についてはどう考えておられるのですか?」
パメラの矛先がアイザックへ向かう。
「子供達の婚約者を探すという目的もあったんだ。婚約者を失った令嬢が群がっても仕方ないだろう」
「その通りです」
アイザックの言葉に光明を見たヴィンセントは早速行動に出る。
「ザック殿下達には令嬢が自然と集まっていました。やはり優れた者には自然と人が集まってくるものです。ザック殿下やクリス殿下のように魅力的な若者であれば、第二夫人、第三夫人の座を狙う者が出てきてもおかしくないと思いませんか?」
彼の言葉を聞いて、アマンダ、ロレッタ、ジュディスの三人の目が泳ぐ。
彼女達はリサという婚約者がいる事を知っても、アイザックの周囲に群がっていた。
パメラと結婚したあとも、可能な限りお近づきになろうとしていた。
過去の行動を顧みれば、あまり強くヴィンセントを責められない。
非難の視線を向けられなくなっていた。
これで残るは半分。
相変わらず非難の目を向けるパメラと、アマンダ達と違って後ろめたさのないティファニー、なんとなくヴィンセントを気に入らないブリジットの三人をなんとかすればいいだけとなった。
リサは最初にちょっと不快そうな反応を見せただけだったので、大きな障害とはならないだろう。
ヴィンセントは、そう見て取った。
「ただ、まだ入学もしない年頃から異性に囲まれるような状況を作ってしまったのは事実。その件に関しては謝罪いたしましょう」
ヴィンセントは低姿勢を続けた。
これまで見た事のない祖父の姿にデイビッドは衝撃を受ける。
だが、ヴィンセントには必要な行動だった。
(七人の妻に二十人を超える子供の数。だからアイザックの事をとんでもない好色家だと思っていたが、それは間違いだったようだ。あのアイザックがパメラを気遣っているように見える。彼女の機嫌を損ねて嫌われるのを恐れているのだろう。まさか本当にそこまで妻を愛しているとは。ならば彼女の――彼女達の機嫌を損ねるような真似はするべきではない)
彼はパメラへの態度を見て、アイザックが家庭内に置いて弱者であると見抜いた。
恐妻家とまではいかない様子なので、本気で愛しているから強気に出られないのだろうと見当をつける。
ならば、婚約に関して発言力を持つのは妻達である。
彼女らのまとめ役であるパメラを懐柔すれば、話は一気に進む。
ヴィンセントも少し惜しいところはあるが、交渉のキーマンを見抜く目を持っていた。
今のアルビオン家は威厳よりも生き残りを優先しなければならない状況である。
だから彼女の機嫌を損ねないよう、下手に出続けているのだ。
――アイザックすら気を遣う相手の機嫌を損ねないために。
「そうやっておだてれば誤魔化せるとでも?」
しかし、ザック達が魅力的な存在だと褒めてもパメラには通じなかった。
むしろおべっかを使って誤魔化そうとしていると思われて逆効果だったようだ。
パメラは冷ややかな視線をヴィンセントに向ける。
「なぜそこまで責められねばならん」
ここまでやられると、さすがにヴィンセントも我慢の限界が来た。
「私はリード王国の数倍の国土を持つアルビオン帝国皇帝だ。これまで誰かに媚びを売られる事はあっても、私から媚びを売った事はない。その私がアイザック陛下には媚びを売らねばならなくなったのだ。私も国のために精一杯やっている。多少の事には目を瞑ってくれてもよいのではないか?」
――不器用ながらも頑張っているだけだ。
彼はそう主張する。
だが、やはりパメラの心は動かなかった。
「一生懸命に頑張っていれば許されるのは子供だけですよ」
冷たく突き放す言葉が、容赦なく美しく妖艶な唇から放たれる。
「やめないか、パメラ!」
さすがに見過ごせなくなったアイザックが介入する。
「ヴィンセント陛下、申し訳ありません。パメラが感情的になるのには……わけがあるのです」
「そのわけとは?」
「それは……」
アイザックはゆっくり答えながら言い訳を考える。
バリーの婚約に関する事でもあるので、そちらに絡める事にした。
「パメラとの結婚の経緯が少し変わっていましてね。元々ウェルロッド侯爵家と縁の深かったリサが馴染めるように頑張ってくれていました。だから剛腕を振るうと評判のヴィンセント陛下、バリーを通じてリサを利用しないか心配してしまうのでしょう。姉のように慕っている相手だからこそ守りたい。そうだろう?」
「……はい」
パメラも感情的になりすぎた事に気付き、反省する。
アイザックのフォローを認めた。
矛を収めるタイミングを逃さなかったのだ。
あとはヴィンセントの反応次第である。
「私も評判がいい方ではないと自覚している。その私が婚約に乗り気であれば警戒されてしまっても仕方ないかもしれんな。だが、これもすべて孫の結婚相手を探してやりたいという気持ちによるものだ。だが利用しようという気がないわけではない。エンフィールド帝国との関係を良好なものにする架け橋として期待している。それだけだ。今のところはソフィーティアと結婚したバリー殿下にアルビオン家を継がせたりする気もないので安心してほしい」
(それはそうだろ! バリーはバートン伯爵家を継ぐんだからな)
ヴィンセントと喧嘩をする気はないからパメラを止めただけで、バリーを婿養子に出す事を認めたわけではない。
そもそもソフィーティアとの婚約もまだ認めていない。
状況が状況なので「嫁になら貰ってやってもいいかもしれない」と嫌々譲歩しているだけだ。
それにバートン伯爵家を継がせるためにバリーと名付けたのだ。
引き渡すつもりなどまったくない。
そこは勘違いしないでほしいところだった。
「それに皇后陛下を敵に回すつもりはない。あの毒ガスを作った研究者だそうだからな。他にもいろいろと開発しているそうではないか。凡人をいじめないでいただきたい」
ヴィンセントが降伏を決めたのは飛行機と毒ガスのコンボを恐れたからだ。
その片方の開発者を相手に喧嘩を売る気はない。
しかも飛行機の開発者はアイザックらしい。
この世で最も相手にしてはいけない夫婦である。
二人の情報を調べれば調べるほど、早めに降伏を決めた自分の英断を褒めたくなる有様だ。
喧嘩を売る気などなくなってしまう。
(だからこそ、アイザックの仲裁は助かった。またしても命を助けられたのかもしれん。この女を怒らせたままだと、銀食器も反応しない毒を仕込まれて殺されそうだからな)
ヴィンセントは、アイザックに感謝する。
振り返れば、これまで誰かの仲裁に入る事はあっても仲裁される事はなかった。
彼自身が判断を下す絶対権力者だったからだ。
こうして誰かに仲裁に入ってもらうのは新鮮な経験で、ありがたいものだと初めて知った。
また一つ、彼がアイザックに感謝する理由が増える事となった。
意図したものではないが、アイザックとパメラのタッグが飴と鞭を使い分ける事で、ヴィンセントの心を惹きつける事に成功していた。







