828 三十一歳 分かれた明暗
本日はコミカライズ更新日です!
~下剋上貴族の異世界ハーレム戦記〜
~下剋上揺籃編~
の両方とも更新されておりますので、よろしくお願いいたします!
コミックスも発売中ですので、そちらもよろしくお願いいたします!
撤退を決定したサウスウォルド王国も、国王の決断だからと撤退がすんなり受け入れられたわけではない。
最初は反対意見もあった。
だが、それをジョニーが退ける。
「ギリアムが持ち帰ったアイザックからの申し出は危険だ。内戦が終わった時の国境線だぞ」
ジョニーは地図の上に指を置いて、今の前線に沿って動かす。
「今はここだ。だが――」
今度はサウスウォルド王国の西側の国境線に指を沿わせた。
「新しい国境線はここだと言われるかもしれない。なぜなら講和するのは内戦が終わった時だからだ。アルビオン帝国の内戦が終わるまで、我々はエンフィールド帝国にとって侵略者に過ぎんのだ。表向きの言葉をそのまま受け取っていたら、すべてを失いかねんぞ」
ジョニーは、アイザックの言葉に隠された意味をちゃんと読み取っていた。
「ですが、せっかく取り戻した領土をあっさり明け渡すのももったいないのでは?」
ケチだと噂されているジョニーに、あきらめきれない将軍達は「もったいない」という言葉を使って考え直させようとした。
本当にもったいないと思っているのは彼らだというのに。
だがジョニーは甘言に惑わされなかった。
「確かにもったいない。だがここで意地を張ればすべてを失う。以前の警告の時とは相手の本気の度合いが違う。残った領土と、諦めずに付き従ってきてくれた諸君を失ってしまうのだ。私はそちらを惜しむ。捲土重来の機会を失ったのは惜しいが、失ってはいけないものまで失うわけにはいかない」
彼は自分の考えを皆に話す。
「諸君らが私の事をケチだなんだと噂している事は知っている。だからケチな私からあえて言おう。これ以上、私に大事なものを失わせるな」
その言葉が決め手だった。
誰もが「撤退せずに現状を維持しよう」とは言えなくなってしまった。
「警告に従ったのに、それでもなお攻撃を仕掛けてくるのであれば奴らは大義を失う。そうなれば……、マカリスター連合に加盟していない国も危機感を覚えて援軍を出してくれるかもしれん。悔しいが、今はまだ我慢の時だ」
ジョニーにとって最大の誤算は、アイザックが想像よりも欲深い事だった。
普通ならば戦後を考えて「反乱軍の鎮圧を手伝ってくれたお礼」として、全部ではなくとも一部の領土を譲ってくれてもおかしくない。
欲張ってしまっては、潜在的な敵国を隣に作ってしまう事になるからだ。
だが、アイザックは違った。
マカリスター連合への配慮がまったくない。
それどころか、あわよくばアルビオン帝国共々、マカリスター連合諸国を飲み込んでしまえという意図すら透けて見える。
こうなっては、もったいないなどと考えている余裕などない。
交渉する余地のない相手が譲ってくれると考える事に希望はない。
願望にすがって全滅するよりは、ここで見切るべきである。
(問題は撤退だけで許してくれるかだ。バークレイ王国とは違い、一度とはいえ要請を断ったのがどれだけ影響してくるのか……)
――要請に従わない国は亡ぼす。
そんな皇帝を相手に常識がどこまで通じるかわからない。
まだ交渉の余地があったヴィンセントのほうが可愛げがあるというものだ。
当面の間、サウスウォルド王国は攻められないかもしれない。
しかし、その後はどうなるのかがまったくわからなかった。
まずはアイザックに上手く取り入ったギリアムに口添えしてもらう事から始めるべきだろうと、ジョニーは考えていた。
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「サウスウォルド王国が兵を退いている? あのジョニーが撤退を決めたというのか!?」
他の国がサウスウォルド王国の決定を知った時には、一週間から数週間の時間が過ぎていた。
その頃には、各国はすでにエンフィールド帝国の要求を拒んでいた。
サウスウォルド王国の動きに合わせるにしても、一歩遅れてしまう事になる。
そもそも取り返した領土をあっさり明け渡すつもりもない。
だが、このまま座して待つのは危険だった。
「陛下。サウスウォルド王国が兵を退けば、南方から前線の背後が脅かされます。もしエンフィールド帝国が攻めてくるような事があれば、前線との間が分断されてしまうでしょう。前線の兵をサウスウォルド王国が占領していた地域に面する場所へ移動させたほうがよろしいかと」
「ジョニーは厄介な事をしてくれたものだ」
今までは東だけ注意をしていればよかったが、サウスウォルド王国のせいで東と南を注意しなくてはならなくなった。
その分、防衛線も薄くなってしまうのだ。
「……仕方ない、軍を戦前の国境線まで退かせよう。余分に奪い取ったアルビオン帝国の領土はエンフィールド帝国に譲り渡せば、攻めてくる事もないだろう」
「惜しいですが、連合の足並みが揃わない事には危険ですから……」
メルブリーク王国、コッテスモア王国、エクスモア王国の三か国は、どこも似たような反応をしていた。
彼らに共通しているのは「アルビオン帝国の反乱軍と戦って、反乱の鎮圧を楽にしてやった」という思いだった。
持ちつ持たれつが交友関係を長く続ける基本である。
だから彼らは、アイザックと交渉して譲歩を引き出せると思っていた。
――なぜなら、まったく交流のない国同士だったからだ。
敵や味方として接する事の機会が多ければ、その交流の最中に恨みを買う事もあるだろう。
だが、これまでエンフィールド帝国とは摩擦が生じる機会などなかった。
そんな相手が、まさか最初の要求を拒否した時点で交渉の余地もなくなるなどとは考えもしなかった。
常識的な考えを持つ者ほど、アイザックの心中は見抜けない。
どこの誰が「子供達のために敵になりそうな国をすべて潰しておいてやろう」などという常軌を逸した考えを理解できるだろうか。
その考えを理解できない以上、彼らの考えは甘いものだという事を思い知らされる事になる。
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サウスウォルド王国軍は攻撃を仕掛ける気はないという意思表示のために、エンフィールド帝国軍の先遣隊にリチャードが同行していた。
各地の駐留部隊の指揮官の反応は、まちまちだった。
淡々と命令に従う者もいれば、嫌ではあるものの渋々従うといった者もいる。
だが命令を拒否する者はいなかった。
態度はともかく、誰もが粛々と軍を撤退させていく。
「アイザック陛下は、我が国との関係を築く意思がおありでしょうか?」
リチャードの質問に、ウォリック公爵は困った。
「バークレイ王国以外のマカリスター連合を潰してしまおう」という話は聞いていたが「大人しく引き下がった場合」については聞いていなかったからだ。
だからこれまでのアイザックの行動から推測して答える事にする。
「大人しく警告に従った国にまで厳しい対応は取られないはずです。ロックウェル王国のように敵対していた国でも、傘下に降るとなれば過去は水に流していますから」
「エンフィールド帝国の軍門に降った場合、ですか……」
「さすがにそこまでは求められないでしょう。要求に大人しく従ったのですから、相応の対応をしてもらえるかもしれません。……もしご子息の婚約者が決まっていないのであれば、私の孫娘のエレンも念頭に置いておいていただきたい」
「こうして会ったのも何かの縁。エンフィールド帝国と国交を結べれば、アイザック陛下に伺ってもよさそうですね」
今のアイザックと敵対するよりも「子供との婚約を認めてほしい」というほうが敵意を持たれるのだが、そんな事を知らないリチャードは「お近づきになるチャンスかも」と気楽に考えていた。







