823 三十一歳 戦後を見据えて
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給餌器は細工師が一晩で作ってくれた。
バリーに、給餌器と雛には粟や稗を与えるほうがいいと教えて送り出す。
すると信じて送り出した息子は、ソフィーティアと仲を深めて帰ってきてしまった。
彼女に同情したとはいえ、この結果はアイザックが望むものではない。
自分のやらかしを反省しながらも、次の行動に移すことにした。
まずはマイク達を集める。
「これを見てほしい」
テーブルに山積みになっている手紙を、アイザックは指し示した。
彼らは適当に一枚取って、その内容を読む。
「……面会を求めていますね」
「そうだ。それが問題だ」
――下は五歳から上は十七歳までの未婚女性との面会要請。
婚活パーティーの効果はまったくなかったというわけではないが、多くの高位貴族には効果がなかった。
親から「今回は見送れ」と厳命されていた子供も多かったからだ。
ターゲットは婚約者がいないバリーやドウェインだけではない。
婚約者のいるザック達の第二夫人、第三夫人の座を狙うチャンスもあった。
そのため婚活パーティー終了後、アイザックのもとに面会を求める手紙が押し寄せてきていた。
「それで私達にどうしろと?」
ロイは厄介事を任されそうな予感がして、少し嫌な気分になっていた。
そして、その予感は当たる。
「手紙には娘を連れて私と会いたいと書かれているだけだ。ザック達と会いたいとは書かれていない。だからお前達を連れて会おうと考えている」
アイザックが考えているすべてはわからない。
だがわかる事もある。
――ザック達の盾に使うつもりだ、と。
それだけはすぐに感じ取る事ができた。
「殿下達では、なぜダメなのでしょうか?」
「婚約者がいるというのに、他の女とイチャついていたら相手も嫌な気分になるに決まっているだろう。それは避けないといけない」
(それをあなたが言うんですか?)
クローカー伯爵以外の三人は心の中でアイザックにツッコミを入れる。
アイザックの学生時代の話は有名だ。
アマンダ、ロレッタ、ジュディスの三人が、アイザックを巡ってしのぎを削る争奪戦を繰り広げていた。
しかもリサとの婚約が決まってからもだ。
アイザックは三人を強く止める事もなく、結局リサ以外に六人と結婚する事になった。
自分の事を棚に置くにもほどがある。
「何で他人事のように話せるんだろう?」と疑問に思わざるを得ない。
「それにだ。もしかしたら私に嫁がせようと考える者もいるかもしれない。私はこれ以上妻を持つ気はないので断りたい。そこで君達の出番だというわけだ」
アイザックは優しく笑う。
「僕達も結婚しているんですが?」
「面倒事を押し付けようとしていませんか?」
「ケンドラを裏切るような事をするなと念押しされた覚えがあるのですが……」
ロイ、マイク、ローランドの三人は、令嬢達の相手をさせられる厄介さを感じ取って嫌そうな表情をする。
ただ一人、クローカー伯爵だけは違った。
「皇子殿下に近付けさせたくはない。でも殿下達に会えると思っている者達をがっかりさせるわけにはいかない。だから親族である僕達を会わせる事で最低限の義理は果たしたという形を作りたい。あと、僕達も陛下の義弟である以上、今後は令嬢に言い寄られる事もある。この機会にあしらい方を学んでおけ、という事でしょうか?」
「その通りだ」
アイザックが今度はニッコリと笑う。
その笑顔を見て、クローカー伯爵も笑顔になった。
本当はザック達を守る防波堤にする以外の理由はなかったのだが、それを正直に話す必要などない。
勝手に前向きに考えてくれるのならば、アイザックにとって都合がいい。
自然と満面の笑みにもなるというものだ。
クローカー伯爵が正解を言い当てたので、ただ「面倒事を押し付けられそうだな」と考えていたマイク達は焦る。
義弟NO.1の座を賭けた戦いで、一歩先に行かれてしまったからだ。
「お前達には価値がある。そこには本人の能力の他に交友関係なども含まれる。私の義弟という事でよこしまな考えを持つ者も近づいてくる。実際、これまでにもそういう事があったはずだ。リード王国に近い者達は、みんなの立場を考慮して遠慮もしていただろうが、ここはアルビオンだ。リード王国から続く家の権威などは通じない。だから私が同席して容赦なく懐に踏み込んでくる者の対応を教えようと思っていたんだ」
付き合いが長い分、ロイやマイク達の言葉が限りなく正解に近いものだった。
言い当てられたアイザックは、クローカー伯爵の考えに乗って誤魔化す事にした。
「申し訳ありません。せっかく勉強のために連れてきてくださったというのに……」
ローランドが肩を落とす。
そんな彼にアイザックは許しの笑みを見せる。
「これも勉強だ。世の中には無意味な事などないとわかっただろう? クローカー伯のように言葉の裏に隠された意味を考える癖をつけるようにな」
「はい、以後気を付けます」
みんなの目の色が変わった。
誰もがアイザックの配慮に思い至らなかった事を恥じ、前向きに取り組もうという意思を持つ目になった。
アイザックは意識の変化を歓迎し、クローカー伯爵を評価した。
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アイザックの狙いは成功だった。
幼い娘を持つ者は肩を落としたが、年頃の娘を持つ者は「マイク達でもいいか」と、ザック達から標的を変えてくれた。
貴族との対話は順調に進んでいく。
ザック達はザック達で、主に皇族や貴族の男児との交流を深めさせていた。
彼らが成長した時に、ザックの手助けをしてくれそうな者を作るためだ。
いつの時代も個人的な繋がりは大事である。
それにいつもとは違う相手と交流するのは、ザック達にいい経験になるはずだった。
なんだかんだでスタリオンに滞在して一か月が経った。
面会希望者の数も減り、違う事に時間を割く余裕が出てきた。
「さて、そろそろ海に行ってみようか」
暑くなってきたため、水遊びにいい頃合いである。
それにアイザックは確認しておきたいところもあった。
ウィンザー公爵が嫌そうな顔をしていたが、船に乗るわけではない。
アイザックの目的地はフィッシュバーン侯爵領のような発展した都市ではなく、ロックフォートという南部にある小さな港町だった。
ロックフォート。
岩の砦と名付けられたこの街は小さな砂浜があるだけで、付近の海岸は数十メートルある断崖絶壁ばかりだった。
なぜこの場所を選んだかというと、どん深と言われる地形だったからだ。
海岸線からいきなり深くなっており、海水浴には不向きである。
だがアイザックは知っていた。
この地形が貿易港には向いている事を。
貿易港としては、大型船を多く係留できるかが重要になってくる。
たとえばニューヨークのように海岸近くの水深が深い港は大型船の係留がしやすい。
そして、周囲が断崖絶壁ばかりというのも好条件だった。
標高が高いという事は、それだけ水害にも強いという事だ。
水は低いところへ流れる。
洪水が起きても、いつまでも街中に水が残らず海へ流れてくれるだろう。
首都の移転候補地として、アイザックはこの近辺に目をつけていた。
「ここに大規模な港町を作る? 地形的に厳しいはずだ」
同行しているモーガンは、アイザックの考えに否定的だった。
彼も領主として街作りを命じた事がある。
その経験から、この場所に作るのは不向きだと感じていた。
そもそも、暮らしやすい場所ならば自然と人口は増えているはず。
だがロックフォート付近には小さな村がいくつかあるだけで、大きな街はない。
ここに手を加えるよりも、もっといい場所に作るほうが得策だと思うのも当然だった。
しかし、アイザックは違う。
「できますよ。エルフの魔法を使えば崖を削り、その土を使って岸壁を作るのも容易いでしょう。この土地を大陸一の港町へと変える事ができるはずです。それに付近の住民が少ないため立ち退かせるのも容易。大規模な都市圏を作り出す事ができるでしょう」
「港が欲しいならばフィッシュバーン侯から取り上げればいいのでは?」
「フィッシュバーン侯爵領はね。……そんな事をすると色々勘繰られますから」
「勘繰られる?」
モーガンは、アイザックの言葉の意味を考える。
そして、答えにたどり着いた。
「フィッシュバーン侯を許すつもりはないという事か?」
周囲に聞かれぬよう、自然と小声になる。
アイザックはうなずいた。
「生き残るためだったとはいえ、裏切りにも限度があります。ザック達のためにも、私は彼のような人物を残しておくつもりはありません」
アイザックの言葉は、モーガンも理解できるものだった。
先日の会話で「子供達の敵になりえる者をすべて倒す」という話を聞いていたからだ。
フィッシュバーン侯爵は「生き残るため」ならザック達を裏切るかもしれない。
ヴィンセントに天秤を傾けた功労者ではあるが、積極的に残しておきたい者ではなかった。
「港目当てで潰したと思われるわけにはいかないというわけか」
「その通りです」
――港があるから潰された。
そう思われる事は今後の統治に不利である。
――鉱山が見つかったから領地を奪い取られる。
――商業地として発展したから領地を奪い取られる。
そんな不安を貴族に与えてしまったら離反を招く事になる。
だから港目当てに潰したと思われてはいけないのだ。
港が欲しければ自らの手で作るしかない。
「戦争が終われば大量の物資が市場でだぶつきます。商人達が在庫を抱えて苦しみ、それが経済的な混乱を引き起こす事になるかもしれません。だから戦争ほどでなくとも、大量の物資を消費する場所を作るべきだと考えました。それがこの場所です」
「戦争で物を消費するよりは、街作りで消費をするほうが健全か……」
アイザックは戦後を見据えて商人達に大量生産を少し控えるように通達は出しているが、それがどれだけ効果があるかはわからない。
大量の在庫を抱えて倒産という商会も出てくるかもしれない。
そういった事態を避けるため、首都移転という公共事業で最後の受け皿を作るつもりだった。
それにこれでレオンには、リード国王としてリード地方を与える事もできる。
ウィルメンテ公爵にアルビオン東部に転封しないかと言ったのも、ケンドラをそばに置いておくためである。
アイザックも様々な要素を考慮して、首都の移転を考えていた。
だが今はまだ、大規模な港町を作るという考えだけを伝えていた。
本気で首都を移転するとなると、歴史を重んじる貴族達の反対が目に見えていたからだ。
だからギリギリのところまでは隠し通すつもりだった。







