018 五歳 フレッドとの出会い
アイザックの心配は杞憂だった。
未来に影響を与えるといっても、ダミアンと会った事など些細な事だ。
ティファニーと長く交流を持っている事を考えれば、今更ダミアン程度の影響を考えてもどうしようもない。
それに、ダミアンと会う事も滅多にない。
ルシアはキャサリンと会いたいようだが、彼女自身の立場がそうはさせてくれない。
表向きは、将来の当主であるアイザックを生んだ母。
面会に来る様々な貴族との交流で忙しい。
五年ぶりの王都来訪という事もあり、輪をかけて忙しくなっている。
そんな状態で個人の友情を優先する事はできない。
ウェルロッド侯爵家に嫁いだ女として、家のための交流が優先されるのだ。
おかげでダミアンが親に連れられて遊びに来ることもなく、アイザックはダミアンの事に悩まされる事もなかった。
ルシアは久し振りの王都来訪なので、客足が途絶えない。
おそらく、会うにしても頻度は少ないはずだ。
アイザックも、頭を悩ませる事なくゆっくりした時間を過ごせるようになる。
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(とはいえ、暇だ……)
ボールを咥えて戻ってきたパトリックを撫でてやりながら、アイザックはそんな事を考えていた。
庭で遊んでいるが、これは領地にいる時にもできる事だ。
ゆっくりとした時間を取れるのはいいが、それはそれで暇だった。
せっかく王都に来たのだから、他の何かがやりたい。
だが、王都に来てからは友達が遊びに来る事も減った。
きっと、彼女らは家族と王都見物に出かけたりしているのだろう。
(俺は行けないんだけどな)
子爵家や男爵家といった下級貴族の挨拶回りは比較的楽だ。
上級貴族などに予約を取り、挨拶をする。
空いた時間は自由になる。
それに対し、侯爵家や伯爵家は忙しい。
挨拶に来る者を無下にはできない。
そのため、ひっきりなしに挨拶に訪れる者達の対応をしなくてはならない。
面会の予約は常にびっしり。
重要な者はモーガンが、そうでない者をランドルフが対応しても、まだまだ予定が空きそうにない。
アイザックが「家族で王都見物に行こう」などとは言い出せない空気だった。
そして、アデラとリサも来る回数が減っている。
しかし、これは仕方がない。
リサは今年で十歳。
新年会から社交界デビューだ。
そのための準備に忙しい。
アイザックが手の掛からない子供なので、ランドルフ達の許可を得て準備に集中していた。
代わりに使用人がアイザックに一人付いている。
年末年始のパーティーに備えて準備が忙しいので、アイザック付きは休憩時間のような扱いだ。
アイザックも最初に軽く世間話をするだけで、あとは休ませてやっている。
働き詰めていたら、体だけではなく心がやられる。
体を休ませる事の重要さは自身がよく知っていた。
(ネイサンの方はさすがだ。人脈の差を見せつけられる)
ネイサンの友達も、屋敷に足を運ぶ回数が減っているようだ。
だが、代わりにメリンダの実家であるウィルメンテ侯爵家の方から子供を呼んでいるのだろう。
ほぼ日替わりで数人ずつ男の子がネイサンを訪ねてきている。
動員力の違いを感じられる。
その事に、アイザックは危機感を持っていた。
(それだけウィルメンテ侯爵家もメリンダの支援をしているという事。俺がわかるんだ。貴族達も気付いているはずだ)
アイザックは苦々しい視線でネイサンのいる部屋の方を見る。
誰だって勝ち組に付きたい。
後継者争いで有利な側に誰かが付く。
そうすると、さらに有利になるので様子を見ていた者が味方に付く。
それを見た者がさらにネイサンの側へ……。
加速度的にネイサン側に付く者が増えていく事だろう。
この状況でアイザックの側に付くのは“正統な後継者と決められた者が継ぐべき”という信念を持つ者。
そして「不利な側に付いた方が儲けが大きい」という博打好きな者くらいだろう。
だが、人というものは安定を望む。
そういった物好きは確実に少数派のはずだ。
何もしなければ、ネイサンとの差は広がる一方。
しかし、自分が何をすれば良いのかわからない。
アイザックは焦燥感に煽られるばかりだった。
そんなアイザックに、小さな人影が複数近づいてきた。
使用人がそちらへお辞儀をする。
「アイザック、お前の友達は犬しかいないようだな。兄として友達を作れない弟が恥ずかしいよ」
ネイサンだ。
わざわざ、友達を引き連れて自慢しに来たらしい。
アイザックには使用人の動揺が気配でわかった。
誰かを呼びに行くか、それともまずは様子を見るか迷っている。
きっと「なんで自分の時に……」と思っているはずだ。
「そうなんですよ。兄上も一緒に遊びませんか」
アイザックは皮で作られたボールを見せる。
心の中で「俺がボール投げるから、お前はボールを取りに行く犬役な」と考えていた。
そんな事を知る由もないネイサンは、鼻で笑って断った。
「こんな寒い中、外で遊ぶわけないだろう」
(じゃあ、寒い中自慢しに来るなよ!)
もう十一月半ば。
元気な子供でも寒い季節だ。
外で遊ぶならともかく、友達を見せびらかすためにアイザックのところに来る根性が信じられなかった。
だが、使用人もいるし取り巻きもいる。
器の違いを見せておく必要がある。
「それは残念です」
まったく残念そうな素振りを見せずにアイザックは言った。
酔客のクレームを考えれば、子供の友達自慢など嫌味ですらない。
それならば、本当の嫌味というものを見せてやろうと、アイザックは考えた。
「皆様、初めまして。アイザックと申します。兄、ネイサンの毎々格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。今後とも、兄の事をよろしくお願いいたします」
アイザックは頭を下げる。
嫌がらせに来た弟に「兄をよろしく」と丁寧に挨拶される。
これはやられた方は屈辱的だろう。
アイザックはしてやったりと、笑みを浮かべた。
「えっ、マイマイ?」
「えっ?」
思わずアイザックは顔を上げる。
ネイサンを含め、誰一人アイザックの言った事を理解していないようだ。
理解できたのは「名前」と「よろしく」と言った部分くらいだろう。
回りくどい嫌味を言うには、相手が幼過ぎた。
「まぁ、いいや。俺はフレッド。ネイサンの従兄弟だ。よろしくっ」
赤毛の少年がアイザックに挨拶を返す。
他の子供達はネイサンの様子を窺っているので、彼だけが空気を読まずにアイザックに名乗ったのだろう。
「よろしく。……兄上の従兄弟って事はウィルメンテ侯爵家のフレッド?」
「あぁ、そうだよ」
フレッドは笑みを浮かべて答えた。
そして、腰に下げた子供用の木剣を抜き、アイザックに構える。
「なんとなく、お前の頭が良さそうなのはわかった。それじゃあ、剣はどうだ?」
(あぁ……、強さが基準とかなんとかいうキャラだっけ)
めんどくさいキャラと出会ってしまった。
「やめてよ。君はウィルメンテ侯爵家の直系じゃないか。武門の家の子には勝てないよ」
アイザックは大人しく負けを認めて、剣を納めさせようとする。
しかし、フレッドにはその気は無いようだ。
「やってみなくちゃわからないよ」
フレッドがニッと笑う。
「やってもわからないよ。僕はまだ剣の使い方を習ってないからね。本当に強さを比べたいなら、十年後とかでもいいんじゃない? 噂に聞いた限りでは、君は僕と同い年だよね? 王立学院に行ってからでいいんじゃないかな? 戦い方を知らない相手と戦うのは、騎士道とかにも反すると思うよ」
アイザックは、やや早口になって断った。
確かにアイザックはフレッドを恐れている。
だが、それはフレッド自身ではなく、怪我を恐れているのだ。
せっかく健康な体で美男子に生まれたのだ。
無駄に怪我をしたりするのは避けておきたい。
「むっ、そうだな。騎士道に反するのは良くないな」
フレッドはアイザックの言う事はもっともだと木剣を納める。
頭は悪そうだが、根は悪い子ではなさそうだ。
「フレッド、もうこいつは放っておいて行こう」
その様子を不満そうに見ていたネイサンが言った。
友達を見せびらかす事が目的だったのに、このまま話を続けられるのは面白くない。
本当に友達になられたら困ると思ったのだ。
「わかった。アイザック、十年後に勝負する事を楽しみにしているぞ」
「僕が強くなってたらね」
笑顔で楽しみだと言うフレッドに、アイザックは引き攣った笑顔で返す。
(違うだろーーー! なんで、ダミアンといい攻略キャラと続けて会うんだよ! しかも、何? 今のはゲームならライバル認定とかのフラグか? 俺は男キャラとフラグでも立ってんのか?)
――アイザックは、この世界に対して怒りを覚える。
ティファニーを始め、多くの女の子と友達になった。
だから、心の中で「王都では他の婚約者を奪われる女の子とも知り合えるのではないか?」と期待していた。
その期待が裏切られ、攻略キャラと出会う事になる運命を呪う。
元が乙女ゲームというのも悪かった。
アイザックは記憶を持って生まれ変わった自分が、この世界の主人公のような気分でいる。
主人公である自分に攻略キャラとのフラグが立ち始めたではないかと、ゲーム気分で考えてしまった。
このまま、女性キャラとの恋愛フラグが立たず、男性キャラとのフラグしか立たないのではとすら恐怖を覚える。
(幼馴染フラグは女だけで良いんだよ。どうせならアマンダとのフラグにしてくれ)
――アマンダ・ウォリック。
王党派を代表するもう一つの侯爵家の娘で、フレッドの婚約者。
ロリ・貧乳・元気のいいボクっ娘という欲張りセットの女の子だ。
元が略奪愛をテーマにしたゲームだけあって、女性キャラは男性スタッフに人気のあるキャラ設定を採用した。
――男に人気のありそうなキャラから婚約者を奪う。
アイザックが前世で妹を心配したのは、そのコンセプトに引いたからだ。
だが、アイザックも元気な男の子。
この世界に生まれ変わった以上は、パメラと結婚し王となったあと、できればアマンダやティファニーのような可愛い女の子を側室にしたい。
(あー、けどなぁ……。エロゲーでは主人公は絶倫だけど、現実に何人もの女の子の相手をできるかな)
ネイサン達を見送りながら、そんな心配をしてしまう。
ランドルフも二人の妻を持っている。
アイザックだって、王になればハーレムを築いても良いはずだ。
まだ侯爵家の掌握すらできていないというのに、アイザックはハーレムの事を考えてニヤニヤしてしまう。
アイザック付きの使用人がその姿を見て「子供ながら、兄の嫌がらせも笑って受け流せる大物だ」と受け取っていたという事には気付きもしなかった。