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いいご身分だな。俺にくれよ。 作者:nama

第一章 幼少期編 前世~五歳

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 リード王国には三つの派閥がある。

 ウェルロッド家とウィンザー家が中心となる貴族派。
 名前で勘違いされがちだが、別に貴族を中心とした議会を要求したりはしていない。
 この世界では、電話もメールも何も無い。
 連絡手段は早馬による手紙だ。
 危急の時に王都からの連絡待ちでは、初期対応に致命的な遅れが生じてしまう。
 地方貴族の権限を拡大し、即時対応できるようにするべきだという意見を主張している。

 次にウィルメンテ家とウォリック家が中心となる王党派。
 貴族派の意見を取り入れて、地方貴族の力が増せば、いずれ国が分裂する。
 王家の権力をより一層強くし、中心にしてまとまるべきだと唱えている一派だ。

 最後は様々な貴族が集まる中立派。
 中立派と呼ばれてはいるが、実際は現状維持派というべき存在だった。
”今でも上手く言っているのだから、どちらかに政策を寄せなくても今のままでもいいではないか”という者達が集まっている。

 地方分権を主張する者と中央集権を主張する者達。
 その割合は貴族派(3)王党派(5)中立派(2)となっている。

 王党派が多いのは、領地を持たない貴族達のせいだ。
 王家の力が強ければ強いほど、官僚の力も強い物となる。
 官僚として王家に使える貴族達が参加しているせいで、王党派が多数派となっている。

 だが、しょせんは領地を持たない貴族。
 領地持ち貴族に比べれば、その影響力は弱い。
 数の差はあるが、発言力という点では貴族派と王党派は拮抗している。

 ランドルフとメリンダの結婚は、どちらかに天秤を大きく傾かせるのではないかと注視されていたくらいだ。
 結婚し子供まで生まれたのに、まだ何も動きがないので多くの者を困惑させていた。


 ----------


 ジェローム・ウィンザー侯爵。
 彼は国王エリアスに請われて宰相に就任している。
 貴族派の筆頭とも言える彼が宰相となっているのは、政治的なバランスへの配慮だけではない。
 元々、ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家は文官の家系。
 彼自身、文官としての能力を持っていたからこそ宰相に任命されていた。

 その男が今、アイザックの前に居る。
 妻のローザと共に、モーガンやマーガレットと話をしていた。
 アイザックは挨拶をした後、大人しく話を聞いているしかなかった。
 その原因は威厳。

 モーガンやマーガレットは、アイザックにとって優しい祖父母だ。
 正直なところ、二人の姿に「侯爵家なのにこんなものか」とアイザックは高を括っていた。
 祖父母の好々爺然とした姿しか知らなかったからだ。

 しかし、ジェロームは別。
 アイザックの祖父ではないので、アイザックに柔らかい態度を見せない。
 とはいえ、冷たく対応されているわけではなかった。
 あくまでも、初対面の相手に侯爵としての威厳を保ちつつ接しているだけだ。
 だが、初めて見る大貴族の威厳と気品に満ちた姿だったので、アイザックは気圧されてしまっていた。

(本当にこんな奴らを俺がまとめられるのか?)

 モーガンもジェロームと話している時は大貴族らしい威厳のある声色。
 前世で会っていた店長やエリアマネージャーとは大違いだ。
 これから自分も学んでいったとしても、いつか同じように話をしている自分の姿を想像できない。
 アイザックの夢にまた一つ、壁が立ちはだかる。

 そんな苦悩を抱えているとは知らないジェロームが、アイザックに視線を向ける。

「いつも自慢の孫の話を聞かされていたが、今日は大人しいようだな」
「……そういえば、こうして他所の家を訪れるのは初めてだったか? 緊張しているのかもしれませんな」

 モーガンもアイザックを心配そうな目で見た。
 つい忘れがちだが、アイザックはまだ五歳になったばかり。
 友達の家に遊びに行くといった事もなく、初めて訪ねた家が宰相の家というのは、幼児にはかなりの負担だろう。
 本人が望んだとしても、連れて来るべきでは無かったかと後悔していた。
 だが、その心配をアイザックが吹き飛ばす。

「ご心配かけて申し訳ございません。何分、幼少の身。いまだ作法も未熟ゆえ、ウィンザー侯とその奥方を相手に話しかけて良いものか迷っておりました」

 そう言って、アイザックは頭を下げる。
「威厳にビビってました」とはなかなか言い辛い。
 なので、話に入っていっていいのかわからなかったと言い訳をする。
 アイザックの答えに対する返答は笑い。
 人を馬鹿にするような陰湿なものではなく、明るい笑いだった。

「なるほど、ウェルロッド候が自慢するわけだ」
「その年でそれだけ受け答えできるのなら、期待してしまうのも無理ないわね」

 ローザも”まぁ”と驚き、口元に手を当てながら答えた。

「うむ、そうだろう」

 モーガンは自慢気に胸を張る。
 孫が褒められるのは素直に嬉しい。

「自慢の孫ですの」

 マーガレットも笑みを浮かべている。
 ランドルフが五歳の時はもっと大変だった。
 この年頃で話が通じるというのは、それだけで非凡さを感じさせる。

「なるほど、なるほど。だが、パメラも負けてはおらんぞ」

 孫娘の事を思い出したジェロームがにへら笑いを浮かべる。

(あっ、威厳が無くなった)

 アイザックはいつものモーガンと同じ、優しいお爺さん風になったジェロームを見てそう感じとった。

「パメラも文字が読めて計算もできる。とても頭の良い子だ。そして何より可愛い」

「ムフフ」と含み笑いをしながら、孫の事を思い浮かべている。
 その姿を見て”先ほどまでの威厳はどこへ行ったのか?”とアイザックは頭を捻る。

「殿下も聡明な方であらせられると聞いている。この子達が大人になる頃には、この国も最盛期を迎えているのかもしれんなぁ」

 しみじみと呟くモーガンに、ジェロームも同意する。
 身内贔屓なのかもしれないが、そう思ってしまう程度には孫の出来が良かった。

「そういえば、パメラさんとはお会いできませんか? せっかく王都に来たのですから、新しい友達が欲しいのです」

 アイザックはこの流れがチャンスだと思い、パメラとの面会を求めた。
 別に髪型を笑ってやろうとは思っていない。
 純粋に顔合わせをしたいというだけだ。
 王子に死刑を申し渡される時に”なんでこの人が助けてくれるの? なんだかコワイ”とか思われたりしたらたまらない。
 良好な友人関係を築いておくに越したことは無い。
 アイザックの考えは、ジェロームの姿を見る事で確信へと変わった。

 彼は威厳を無くすほど、孫娘を可愛がっている。
 パメラと仲良くなり、ピンチを助けてやればウィンザー侯爵家は味方になるだろう。
 心配な点は、ジェロームが諦めて全てを受け入れる事だ。
 貴族なので”王家の判断に従おう”と、パメラの処罰を受け入れられる可能性もある。
 そうならないよう、ジェローム達と関係を持って思想の誘導もしなければいけないだろう。
 課題は山積みだ。

「ふむ、そうだな……」

 ジェロームはローザの方を見る。

「良いと思いますよ。あの子は頭が良いので大人と話をしてばかり。話の合う同年代の子と友達になるのは、きっと良い刺激になるでしょう」

 パメラが女の子だからか、それとも家庭内の事はローザに一任しているのか。
 ジェロームはローザに意見を求め、ローザはそれに答えた。
 阿吽の呼吸でやり取りができているところを見ると、夫婦仲は良さそうだ。

「パメラを呼んで来い」
「かしこまりました」

 ジェロームが使用人に命じると、使用人は音を立てずに素早く、それでいて気品を感じる動きで部屋を出て行った。

 女の子の準備は時間が掛かるという事は、アイザックもよく知っていた。
 あっさり呼ぶのを決めた事から、おそらく呼び出すかもしれないとは伝えていたのだろう。
 もしかすると、ジェロームもモーガンに孫を自慢したかったのかもしれない。


 ----------


 アイザックの予想通り、パメラはすぐに来た。
 もっとも、ウィンザー家の屋敷も広いので少しばかり時間は過ぎていたが、それくらいは気にするだけ無駄だろう。
 応接間のドアが開かれると、そこには金髪の少女が立っていた。

「あっ……」

 パメラを一目見て、アイザックは初めての感情を抱く。
 パメラから目を離せなくなっていた。

 ――パメラは可愛い。
 ――だが、そんな事はどうでもいい。

 ――子供の頃から金髪のドリルヘアーだ。
 ――だが、そんな事はどうでもいい。

 ――まだ彼女は五歳だ。
 ――だが、そんな事はどうでもいい。

 アイザックは一目見た時から直感した。

 ――魂の繋がりを感じる、と。

 前世ですら、異性にこんな感情を抱いた事はない。
 アイザックは初めての感情に戸惑った。

(もしかして、一目惚れってやつか……。いや、でも合法十代どころか一桁だぞ)

 前世を合わせれば三十近い。
 今は五歳の体だとしても、五歳の女の子に心を奪われるのは、正直なところ恥ずかしい。
 だが、一目惚れだと思い込むと、感情を抑えきれずに顔が紅潮していくのが自分でもわかった。
 アイザックは前世でも恋愛経験が無い。
 だから、彼の勘違いかもしれない。
 だが、そう思ってしまった。

 パメラもこちらを見て、顔を紅潮させている。
 きっと、アイザックと同じことを考えているのだろう。
 世界には数えきれないほどの人がいる中、魂を惹かれ合う相手と出会えるなんて幸せだ。
 きっと相思相愛の良い関係になれると、アイザックは思い込んでいた。

(国盗りなんて、もうどうでもいいや。危ない橋を渡らなくても、幸せな暮らしができればそれで……)

 初めての感情に、アイザックは振り回されていた。
 あれだけ欲しがっていた権力を諦めるほどに。

「――ザック、アイザック」
「へぁっ」

 マーガレットに肩を揺さぶられて、間抜けな声が出る。
 自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。
 現実の世界に戻って来なければ、ずっとパメラと見つめ合っていたかもしれない。

「……アイザック。ご挨拶なさい」

 マーガレットはアイザックに挨拶を促した。
 そして、アイザックがパメラにどんな感情を持ったのかを一目で見抜いた。
 これは女の直感というものではなく、誰が見ても見抜けるほどわかりやすい態度だったからだ。

 アイザックは席を立ち、パメラの前まで歩いて行く。
 普段ではありえないほど、ぎこちない動きだった。

「ウェルロッド侯爵家、ランドルフの息子アイザックです」
「ウィンザー侯爵家、セオドアの娘パメラです」

 ただの挨拶。
 だが、それは就職活動中のどの面接よりも緊張した。

 顔に関しては、ランドルフとルシア譲りの優しくて美しい顔立ちをしているので自信がある。
 だが、今すぐに鏡のある部屋まで行って、髪が乱れていないかなど身だしなみのチェックに行きたいところだ。
 こうしてパメラの前に立つ事すら怖い。
 失望されたらどうしようかなど、考えたくなかった。

 アイザックが握手をしようと手を出したところで、パメラが走り去って行った。

「あっ」

 アイザックは名残惜しそうに、ドアのところからパメラの後ろ姿を見送る。
 追いかけたかったが”ここで追いかけて嫌われたらどうしよう”という思いが、足を動かす事を許さなかった。

「これは……。まいったな」

 ジェロームが額に手を当てて、心底困ったというような声を出す。
 パメラは可愛いのでアイザックが惚れるのは当然だとしても、パメラの方まで惚れるというのは彼にも想定外だった。
 その声を聞き、アイザックはジェロームの存在を思い出した。
 足早にジェロームの元へと向かう。

「パメラと婚約させてください!」
「なっ」

 あまりにもストレートな要求に、この場に居る者達皆が驚く。

「それはできない」

 ジェロームが申し訳なさそうに首を振った。
 アイザックは礼儀も何もかもかなぐり捨てて、ジェロームのズボンを掴みさらに懇願する。

「お願いします! もし、継承権の問題が気になるならなんとかします。力を貸せなどとは言いません。自力で片をつけます」
「そういう事ではないのだ」

 モーガンがアイザックを引き離そうと抱きかかえながら言った。

「どういう事なのですか?」

 アイザックは席に座らされながら聞いた。
 その問いにモーガンは返答に詰まり、ジェロームの方を見る。
 しかし、時には冷淡な判断を顔色一つ変えずに下せるジェロームも、子供相手には言い辛そうだ。
 その様子を見たローザが”男はこういう時ダメね”と思いつつ、アイザックに残酷な真実を告げる。

「パメラはジェイソン殿下と婚約しているのよ。生まれた時からね」
「そんな……」

”もう少し出会いが早ければ”などというレベルではない。
 生まれた時からでは、本人がどう急いでも間に合わなかったのだから。

「これは貴族派と王党派のパワーバランスの均衡を――」

 モーガンが婚約の理由を説明し始めたが、アイザックの頭には入って来なかった。



 アイザックが気付いた時には、馬車の中だった。
 あの後、放心状態になっていたアイザックを心配したモーガン達が早めに切り上げて帰るところだ。
 馬車が門を出たところで、アイザックは振り返って屋敷を見つめる。

(結局、王立学院の卒業式までパメラが俺の物になる事はないのか……)

 元々、そこが人生の目標点であり、スタート地点だった。
 だが、まだ十年以上も先の事。
 それまで、パメラは王子の物だ。
 彼女の肌に触れ、やがてキスをし、その先までするかもしれない。
 そう思うと、胸が張り裂けそうだ。

(うるさいな……。静かにしてくれ。こっちが泣きたいくらいだ)

 先ほどから甲高い泣き声が聞こえる。
 それが非常に鬱陶しかった。

 前世も含めて、初めて出会った人生の伴侶となるべき相手。
 パメラの住む屋敷から遠ざかっている。
 今生の別れでもないのに、離れるだけでも心が耐えきれそうになかった。

「アイザック、きっとお前にふさわしい相手を見つけてやる」
「私もよ。だから、あの子の事は諦めなさい。辛いだけよ」

 モーガンとマーガレットはパメラを忘れさせようとする。
 だが、その声も甲高い声がかき消してしまう。

「やだ、やだぁー」

”嫌だ”と言おうとしたが、上手く喋れない。
 そこでアイザックは気付いた。
 自分が泣いている事に……。
 それも、今世で初めての号泣だ。
 先ほどから鬱陶しいと思っていた甲高い声は、自分の泣き声だった。
 自分が泣いていると気付かないほどに、パメラに心を奪われていたのだ。

「アイザック……」

 アイザックだけではない。
 二人も泣きそうな顔をしていた。

 今までわがままも贅沢も言わず、欲しがった物といえば花壇程度。
 その孫が初めて強く欲しいと願った物を与えてやれず、とても悲しそうな顔をしている。
 大貴族といえども、王子の婚約者を奪い取るような事はできない。
 今の二人にできる事は、泣き喚くアイザックを抱きしめてやる事くらいだった。
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