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彼方へ  作者: 原 恵
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第8部

ー生まれる今日の約束ー


大晦日。

年越しそばを食べてから、初日の出を見るために、レンタカーで出発する。

怜がどうしても初日の出を見たいと言い出したのだ。



「大晦日やお正月を誰かと過ごすのは、5年ぶりなんだ。」

「どうしてたの?」

「歌ってた、あそこで。」

「アメリカには帰らなかったの?」

「お金かかるし。でも、お正月に歌ってたら結構、稼げたんだよ。」

「じゃ、今年は本格的なお正月をしよう。」

「どんな事?」

「年越しそば食べて、おせち料理食べて、初詣に行くの。」

「初日の出見たい。」

「東京で見れるとこあるの?」

「知らない。けど見たい。」

「初日の出は来年にしない?」

「朝日が昇るとこを見たいんだ。元旦の朝に。何かいいことありそうだし。」

「年越しそばは?」

「食べてから。」

「初詣は?」

「初日の出を見てから。」

「わかった。じゃいいポイント調べて行こうか。」

「人のいないとこがいいな。」

「そんな都合のいいとこ、あるかな。」

「どこでもいいよ。玲さんと一緒なら。」


ビルの展望台やタワーなどのスポットもたくさんあったけど、せっかくなら地平線から上がる初日の出を、と言う事で、レンタカーを借りて伊豆の方まで行く事にした。


車の中で、怜は運転手の私だけのために、歌を歌ってくれた。

リクエストすれば、どんな歌でも歌ってくれる。R&Bでもレゲエでもカントリーでも怜はジャンルを問わず、音楽が、歌う事が、大好きなんだ。

きっと大きなミュージシャンになっていく怜の声を独り占めできるのは私だけなんだと思うと、うれしくもあり、もったいない気もする。

やっぱり怜の声は、もっとたくさんの人に届けないといけない。そうすることが怜の運命のような気がする。

怜はそういう星の下に生まれた特別な人間なんだ。

そのために私がすること、怜にしてあげられることは何だろう。


海岸に着いた。

まだ辺りは真っ暗だった。

車の中で暖を取りながら、怜は語った。


「玲さんにずっとそばにいて欲しい。離れたらまた会えなくなりそうで、怖いんだ。」


怜は15歳から1人だったんだ。

6年間、ひとりぼっちの夜を過ごしてきたんだ。

友達はいても、ずっと寄り添ってくれる人がいない時間を過ごしてきたんだ。

まだ21歳なのに、孤独を知っている。

それは、怜の強さである反面、弱さでもある。


「そんなこと、もう絶対ないから安心して。」

「わかってる。でも、これから忙しくなったら、会える時間もなくなるし、玲さんも仕事でそんなに時間取れないだろうし。」

「電話ならいつでもできるじゃない。」

「玲さんに触れない。」


助手席から怜が抱きしめてくる。身体を委ねると、激しく唇を重ねてくる。


「キスもできなくなる。」

「後4日は一緒にいるから。」

「一緒に暮らそう。」

「何言ってんの。そんなことできるわけない。」

「本気だから。玲さんはいや?」

「いやなわけないじゃない。私だって、玲のそばにいたい。そばにいて幸せな時間を過ごしたい。」

「だったら、そうしよう。ちゃんと玲さんを幸せにするから。約束する。」


怜の願い。

そばにいてあげたい。大変なことはわかっている。でもそれを乗り越えられる愛がある。

怜がそう望むなら、そばにいて支えてあげたい。

願いを叶えてあげたい。


「玲が本当にそう思ってくれているなら、東京で仕事できるようにする。」

「できるの?」

「うちと系列の出版社なら移動するのも難しくないと思うから。」

「いつ?いつ来れるの?」

「今からだと、4月くらいになるかも。」

「本当に?すごいうれしいんだけど。わかる?この気持ち。

「わかってる。私もうれしいから。ほら、少しだけ空が明るくなってきたよ。」


車から外に出る。冷たい潮風が肌に刺さるようだ。

怜が肩を抱いてくれる。怜の暖かさが服の上から伝わって来る。


地平線から明るさが増してくる。

オレンジ色の光に変わる。

朝日が顔を覗かせる。


「すごいね。」

「うん、すごいよ。」

「太陽って、毎日こういう風にして生まれるんだ。」

「生まれるんじゃなくて、新しい時間を迎えてるんだ。だって、太陽はずっと生きてるんだから。」

「そっか。生まれるのは、今日という日なんだね。」

「あけましておめでとう、玲さん。」

「あけましておめでとう、怜。」

「歌、歌ってて本当によかった。」

「そうだね。あそこで怜が歌ってなかったら出会わなかった。」

「知らない人からご飯誘われたの初めてだった。」

「そう言えば大胆だったね、私。」

「でもあのまま別れてたら、今はなかった。奇跡だよ。何十億の人がいるのに、玲さんと会えたのは。」

「大げさだよ。」

「歌を続けてなかったら、大阪で会うこともなかった。」

「あの時はびっくりした。」

「願いって、本当に叶うんだって、自分でもびっくりしたよ。」

「そう考えたら、奇跡なのかもって思えるね。」

「これからもいっぱい奇跡を起こして行こうよ。」

「まだあるの?」

「そう。」

「じゃ、楽しみにしとくね。」


朝日が昇る。

神々しいほどの光が、怜と私を照らす。

奇跡はまだあるのだ、と心の底から思った。




ーダブルベッドー


「玲さん。」


改札の外から怜が叫ぶ。

小走りで改札を出て、怜の元に行くと、大げさにハグされてしまった。


「そんなに大きな声出したら恥ずかしいじゃない。」

「わかんなかったらいけないと思って。」

「見ればわかる。背が高いんだから、立ってるだけでわかるって。」

「本当に来てくれたんだ。」

「本気にしてなかったの?」

「だって今日、エープリルフールだよ。玲さんのことだから、冗談よ、なんて言いかねないから。」

「信用してなかったんだ。家にまで来たのに、ひどいなぁ。」

「神戸のライブ、覚えてる?近いから行くとか言ってたのに、その日になって急にだめになったから、ってスルーしたんだよ。」

「あの日は本当に忙しかったんだから。だから、バレンタインには名古屋まで行ったでしょ、チョコレート持って。」



年明けから今日まで、東京に行くための準備は大変だった。


いくら系列会社とはいえ、一応辞める形となるため、退社と東京の会社への入社の手続き。お世話になった人や会社への挨拶回り。

友達には数え切れないほどお別れ会をしてもらった。

婚約者が東京にいるため、と説明したため、病気の事を知っている人はもちろん、病気を知らない人も、私の婚約を喜んでくれた。

ただ、どこに行っても婚約者の写真を見せろ、と言われるのには困った。

写真が嫌いな人だから、一枚もない、とごまかすしかなかった。

本当見せたくても、顔を見れば怜とわかってしまう。今はまだ、怜の事を知られるわけにはいかなかった。



2月にファーストアルバムをリリースしてから、怜の人気は急上昇だ。ランキングもトップ10に入った。

楽曲の素晴らしさはもちろん、ルックスでも若い女の子を中心に注目されている。

怜にとって大切な今、私の影が見えては絶対いけないのだ。


怜は私のために同じマンションの2LDKの部屋に引っ越してくれた。

ダブルベッドが置きたいから、と怜らしい理由だったけど、忙しい中、私のために、と思うとうれしかった。


だけど一番うれしかったのは、怜が私の家に来て、親に挨拶をしてくれた事だった。

1月に東京から戻り、親に東京に行く、と言った時は反対された。

病気の事もある。後最低でも5年間はフォローが必要なのだ。何かあった時のためにー。

口には出さないけど、それを心配している事くらいわかっている。

だから、真実を告げた。

好きな人と暮らすためだと。


怜に、親に本当の事を話したと言うと、3日後に家に来た。

私が話すより先に来てちゃんと挨拶できなかった事を謝り、絶対に幸せにする、と親に約束してくれた。


私より若い事、ミュージシャンという先の見えない職業である事を不安に感じていたけど、怜と会い、話す事で少しは安心してくれたようだった。

引っ越しの手伝いにも来てくれ、引っ越しの前日に家に帰った時には、怜に渡すようにと手土産まで待たせてくれた。


家で怜のCDを聞いていると言う。

若いしカッコいいから、アイドルのような歌手だと思っていたらしい。

だけど、歌を聞いて、怜の素晴らしさがわかったと言う。

今では、曲も声も怜自身も大ファンになったから、応援していると伝えてくれと頼まれたくらいだ。



怜の新しい部屋には、ソファやテーブル、そしてテレビが置いてあった。

ひとつの個室にはダブルベッド、もうひとつの個室には私がの送った段ボールが積まれてあった。

5階の時には見えなかった景色が、15階の窓から見渡せた。


「高そうな部屋。」

「半分は事務所持ちだから。」

「じゃ、その半分を私が出すね。」

「だめ。ちゃんと俺も収入あるし。玲さんひとりくらい面倒見れる。」

「一緒に暮らすんだもん、なんでも半分にしよ。」

「玲さんにお金出させるようなら、東京になんか来てもらわない。」

「どうすればいいの?」

「貯金して。結婚資金。」

「そうだ、貯金して、アメリカ行こうよ。」

「いいね。お金貯まったら、2人で、行こう。

「じゃ、私が貯金担当ね。」

「でも、玲さんが欲しいものあったら、我慢するのはなしだからね。」

「わかってる。ちゃんとお小遣いはもらうから。」

「玲さん、疲れてない?」

「全然、大丈夫よ。」

「じゃ、外出よう。」

「どこか行くとこあるの?」

「ちょっとね。」


怜が向かったのは、銀座にある有名なジュエリーショップだった。


モデルのような店員さんが出してきたのは、シルバーのペアリングだった。

怜がわたしの左手を取り、薬指にリングをはめる。


「どうしたの、これ。」

「オーダーしてたんだ。今日渡すために。」

「でも、ぴったり。」

「わかるよ、好きな人の指のサイズくらい。あれだけ手を握ってたんだから。」


店員さんがニコニコしながら話を聞いている。


俺にもはめてよ、と怜の言う通り左手の薬指にはめる。


これでよろしいでしょうか?とてもお似合いですよ。

店員さんの言葉に怜が頷き、ありがとう、と返す。


支払いはもう済んでいるようだ。店員さんが空のケースの入った紙袋を渡してくれた。


「ありがとう、怜。」

「初めてのプレゼントだからすごい考えたんだけど、ずっと付けてもらえる物がいいと思って。」

「うん。絶対外さない。」

「俺も外さない。誰が何を言っても、絶対外さないから。」

「晩ご飯、食べに行こうよ。今日は指輪のお礼にご馳走しちゃう。せっかく銀座まで来たんだから、おいしいもの食べようよ。」

「おいしいものって言っても、俺、あんまり高級な食事ってした事ないし。」

「だったら、イタリアンは?」

「ピザ、いいね。」


値段的にはあまり高級ではなかったけど、雰囲気のあるお店に入り、白ワインで2人で暮らす初めての日をお祝いした。


部屋に帰り、段ボールを片付けなきゃね、と言うと、それは明日。今日は記念日なんだから、と抱きしめてきた。

だって荷物が、なんて今日は野暮なことは言わない。

怜が用意してくれたダブルベッドに2人で倒れ込んだ。


「すごく玲さんを触りたかった。」

「触って。」

「触って、キスして、したくてたまらなかった。」

「もう我慢しなくていいよ。あっ、でもたまには我慢してね。」

「愛してる。」

「私も。愛してる。」


ダブルベッドの上で、3ヶ月ぶりに2人はひとつに結ばれた。




















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