第10部
ープロポーズと祝福ー
乳がんの手術を受けて1年後の検診でも異常はなかった。
「東京での生活は順調ですか?これからも検診を受けてもらわないといけませんが、ずっと東京で暮らすのなら、東京の病院を紹介しましょうか?」
「でも、先生を信頼してますから、できればこれからも診てもらいたいと思ってます。」
「東京の病院の医師は私の同級生で、私と同じくらいの腕を持っています。」
「そうですね。近くの病院の方が安心できるかもしれませんね。」
「紹介状を送っておきます。6ヶ月後の検診は東京で受けられるようにしておきます。」
「先生、ありがとうございました。先生に診てもらえて、本当によかったと思ってます。」
病院を出て実家に帰り、異常なかった事と、これからは東京の病院で定期検査を受ける事を母に報告する。
「検査も東京となると、なかなかこっちには帰って来なくなるのね。」
「先生の同級生の先生で、腕もいいんだって。」
「お正月は帰れるの?」
「怜の仕事次第かな。」
「怜くん、最近すごいわね。この前、ラジオに出てるの聞いたわよ。」
「今度は3枚目のシングル出すから、プロモーションなんかで全国回ってる。」
「忙しくしてるのね。」
「でね、明日は神戸で仕事だから、夜こっちに来るって。」
「急な話。だったら明日ごちそう作らないと。」
「お母さん達に会えるの、楽しみにしてたよ。」
「スターが家に来るなんて、信じられないわ。」
「だめよ、普通にしててよ。」
「ねえ、サインもらってもいい?」
「勝手にして。」
夜は、大阪の友達と久しぶりに食事を楽しんだ。
結婚は?と散々聞かれたけど、笑ってごまかした。
まだ、怜の事は言えなかった。
次の夕方に怜が実家に来た。
お母さんが興奮しているのがわかる。
夕食の用意をしながら、怜くん、怜くんとたわいもない話を振ってくる。
お父さんが、いつもより早く帰宅した。
「お父さん、早いじゃない。」
「いや、怜くんが来てると聞いてたから。」
「お父さん、ご無沙汰しています。」
「どうだ、忙しそうだけど、元気にしてるか?」
「はい、おかげさまで、仕事も順調にいってます。」
「見てるよ、いろいろ。玲もちゃんと面倒見てあげてるのか?」
「玲さんには本当に甘えさせてもらってます。」
食事が終わり、怜が改まって話をし出した。
「玲さんと結婚させてください。」
これには両親よりも私が一番驚いた。
「怜、何いってんのよ。」
「今日は、お父さんとお母さんに結婚を許してもらうために来たんだ。」
「聞いてない。」
「玲さんに言ったら、もっと先にしようって絶対に言うと思ったから。」
「だって、怜は今が大切な時なんだから。」
「俺はそんな事、全く気にしない。結婚してるからファンじゃなくなる人なんて、俺の曲をちゃんと聴いてない人だから。」
「違う。違うって。」
「玲、怜くんの言う事も父さんはわかる。最初は怜くんを見てアイドルと思ったけど、CDを聴いて、怜くんのファンになったんだ。怜くんの歌を聴けば、きっとファンの人はついて来てくれると思うよ。」
「でも。」
「怜くん、ありがとう。親として、これほどうれしい事はないよ。病気になった時は、もう結婚できないかもしれないと考えた。だけど、こんな玲でも好きになってくれて、結婚してくれると言う怜くんには感謝しかない。本当にありがとう。」
「お父さん、お母さん、玲さんをこんなに素敵な女性に育ててくれてありがとうございます。感謝するのは、俺の方です。」
「玲、諦めなさい。怜くんの事を考えたら、結婚してちゃんと支えてあげた方がいいんじゃないか?」
「お父さん。」
「玲さん、結婚しよう。お父さんとお母さんみたいに、ずっと仲良しの夫婦になろう。」
「怜、こんなとこでプロポーズなんて。」
「お父さん、素敵ね。なんか昔を思い出しちゃうわ。」
「わかった。怜、よろしくお願いします。」
「おめでとう、怜くん。」
「ふつつかな娘だけど、怜くん、お願いします。」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
最終の新幹線に乗るため、2人で実家を出る。
玄関の外に出て手を振る。
両親に一度は親不孝してしまったけど、今度は親孝行できたかもしれない。
一人娘の結婚は、親にとってうれしくもあり、寂しくもあるに違いない。
それでも笑顔の両親を見ていると、うれしさの方が優っていると思う。
だけど、今日、それも実家で親の前でプロポーズされるとは思ってもみなかった。
怜のマイペースさにはいつも驚かされる。
「いきなりだったから、びっくりしたわよ。」
「いきなりじゃないよ。去年、会えた時からずっと考えてた。」
「でも、どうして今日?」
「アメリカに来てくれたから、俺が大阪に来た時にちゃんとしようと思って。」
「もっと、ロマンティックなのが、よかったな。グッと心に響くような、メロメロになっちゃうような、甘いのが。」
「玲さんらしくない事言うね。」
「私だって女だもん。」
「そうだよね。」
「あっ、でも今はだめよ。新幹線の中もロマンティックじゃないから。」
新宿に着き、怜がタクシーを止める。
向かったのは、あの公園だった。
いつものベンチに座る。
そして、いつものように、怜が歌う。
merry me。
『結婚してくれないか』
私も大好きなプロポーズソング。
trainのmerry me。
最後に怜が跪き、私の手を取る。
yes、と一言を返す。
「一生、そばにいる。君のために歌い続ける。幸せにするよ。」
心に響く、甘い甘いプロポーズ。
怜を抱きしめる。
「一生、そばにいさせて。幸せになろうね。」
それからも日々の暮らしは普段通りだった。
ただ、2人で出掛ける時に怜は帽子も眼鏡もかけなくなった。
誰に見られても平気。怜はそう言うけど、私はやっぱり少し下を向いて歩いてしまう。
そんな私を見て、怜はいつも、早く結婚しなきゃね、と言う。
結婚式はクリスマスにハワイで、と2人で決めている。
アメリカと日本の家族だけの小さな結婚式がいいと私が言ったのだ。
まだ1年以上ある、と怜は不満げだったけど、初めて出会った日を結婚記念日にしたかった。
結婚式はクリスマスでいいけど、入籍を早くしたいと、怜はいつも言うのだ。
「結婚記念日って、入籍した日の事でしょう?」
「えっ?結婚式の日じゃないの?」
「どっちなんだろう。」
「じゃ、ハワイに行くのに、婚姻届はどうするの?」
「ハワイに行く前に出すか、誰かに頼むしかないんじゃない?」
「じゃ、誰かに頼むしかないか。」
「怜の国籍ってどこ?」
「それは親父に確認してる。日本国籍だから心配はいらないって。」
「だったら複雑な手続きとかはいらないんだよね。」
「そろそろ事務所にも言わなきゃいけないし、その時に誰かに頼んでみる。」
「反対されない?」
「絶対、それはない。安心して。」
「だったらいいんだけど。」
「玲さんの方こそ、俺と結婚して仕事続けられる?」
「そうなのよ。どうせいつかはわかる事だから、言わなきゃいけないけど、言いづらいな。」
「仕事、辞めれば?」
「会社に迷惑がかかるようなら、それも考えないとね。」
「ずっと家にいてよ。」
「怜は家にあんまりいないのに?」
「だよね。玲さんが寂しいよね。だったら、子供、作ろう。」
「それだけは、天からの授かりものだから。」
「俺と玲さんの子供だから、きっとすごくかわいいよ。」
「ユウがおじさんになっちゃうよ。」
「本当だ。なんか、そう考えるとおかしいね。」
「私の仕事は、ゆっくり考えるわ。」
「玲さん、無理しちゃだめだからね。」
「わかってる。」
今年もまた、夏のフェスの季節がやってきた。
怜が数日帰らない時に、大阪に帰った。
親に結婚式の招待状を渡すために。
2人分の航空券は後日郵送することになっている。
「本当に結婚するのね。」
「うん。」
「よかった。本当によかった。」
「お母さん、大げさなんだから。」
「そんな事はない。玲が結婚するんだ、父さんも本当によかったと思ってる。」
「心配ばかりかけたけど、怜と幸せになります。」
「おめでとう、玲。」
次の日、大阪の勤務先だった出版社の上司と同僚に、結婚の報告に行った。
結婚相手が怜だと、いつ報道されるかわからないから、その前に自分の口から伝えたかった。
私の相手がわかると、社内はプチパニックになった。
みんなが次から次に私のところに来て、驚きとお祝いの言葉をかけてくれた。
特に、東京出張の時には必ず声を掛けに来てくれた副編集長は、自分のことのように喜んでくれた。
「reyだとは考えもしなかったよ。」
「すみません。いろいろ心配してくれたのに内緒にしてて。」
「まぁ、reyだとは言えないよな。」
「はい。」
「東京で飯誘っても断ってたのは、それだったんだな。reyにはやっぱ、勝てないってわけだ。」
「あっ、ひどい。何回か一緒に行ったじゃないですか。」
「でも、よくバレなかったよな。」
「別に隠してたわけじゃないんですけど。」
「式はするのか?」
「怜のご両親がアメリカに住んでいるから、ハワイで家族だけでします。」
「そうか。でも、よかったな、おめでとう。」
そこにちょうど、山下さんが帰って来た。
「そこで聞いたけど、玲ちゃん、reyと結婚するって本当?」
「はい。山下さんにはその節はお世話になりました。」
「去年のクリスマスごろだよね、インタビューは。その時、reyがいやに玲ちゃんのことの気にしてたから、何かあるのかな、とは思ってたんだ。」
「怜が変な電話を頼んだりして、すみませんでした。」
「そうか、あの時からreyは玲ちゃんに惚れてたんだ。」
「俺も一度会ったことあるけど、いい奴だったよ。」
「副編もそう思いますか?」
「礼儀正しくて、真っ直ぐで、気持ちのいい男だった。」
「玲ちゃん、よかったな。副編のお墨付きだ。幸せになれよ。」
夜には、学生時代の友達と会った。
怜の事を知らないかもしれないと思って、雑誌を持って行ったけど、reyの事をみんな知っていた。
「reyと結婚?マジ?」
「ちょっと、声、大きい。」
「本当に?ウソでしょう?」
「ウソじゃないんだ。」
「いつから付き合ってるのよ。」
「初めて会ったのは、4年前で去年の年末ごろから付き合ってる。」
「なんで教えてくれなかったのよ。」
「2年近く黙ってるなんて、ひどいなぁ。」
「玲、冷たい。」
「本当、ごめん。」
「でも、だいぶ年下だよね。」
「うん、今22歳。」
「えっ、7歳も違うの?」
「そう。病気の事も全部知ってる。それでもいいって言ってくれたの。」
「なにのろけてんのよ。でも、玲、よかったね。」
「私も玲が幸せそうで、本当によかったって思うよ。」
「もしかして、その指輪、プレゼント?」
「そう。」
「そう言えば、ネットで噂になってたよね、reyの左の薬指の指輪。」
「私も見た。ペアリングだから恋人がいるんじゃないかって、かなり噂になってたよね。」
「じゃ、それがお揃いなの指輪なの?」
「そう。」
「ここにあるのね、噂の真相が。」
「本当にびっくりさせられたよ、玲には。」
「今度、rey紹介してよ。」
「うん。言っとく。」
「絶対だからね。」
今日1日でどれだけの祝福の言葉をもらっただろうか。
これだけではない。
大阪に来る前に、会社にも報告した。
怜との出会いから結婚を決めるまでの経緯を何人もの人に説明が必要だった。
そして最後には、おめでとう、と言ってくれたのだ。
上司には、会社に迷惑がかかるのなら退社するつもり、だと言うと、おめでたい事でかかる迷惑なら反対に大歓迎だ、と言ってもらえた。
一人ひとりの言葉が心に刻まれている。
ありがとうと言う言葉をどれだけ重ねても足りないほど、感謝の気持ちでいっぱいだ。
私は、怜から数え切れないほどのたくさんの幸せををもらった。
この幸せを怜と分け合いながら、これから一緒に歩んで行こう。
怜のために。
私のために。
そして、祝福してくれたみんなのために。




