49 偶然
「1月よ、1月8日よ。」
リサは相変わらず笑いながら答えた。
「1月8日? 本当に? 僕の誕生日も8日だよ。1月8日。」
ものすごい偶然だ。僕とリサが同じ誕生日だなんて。
「まあ、本当? 絶対に私の方が年上だと思ったわ。でも私はたしか夜中の早い時間に生まれたんじゃなかったかしら? だとしたらやっぱり私の方がちょっとばっかりお姉さんよ。」
なんだかリサは負けず嫌いなんだな、僕はそう思った。僕が何にも答えずに家の中に入ると甘いいい匂いがした。
「お菓子の匂いだね。」
なんだか幸せになる匂いだった。リサは僕が手を洗えるようにトイレに案内してくれながら答えた。
「ええ、ママはお菓子作りが上手なのよ。さすがに毎日とはいかないみたいだけれど、しょっちゅうキッチンで何かを作っているわ。たぶん昨日作っていたりんごのパイを温め直しているんじゃないかしら? パイはお好き?」
パイは僕の大好物の1つだ。中身が甘いものだろうと塩からいものだろうとなんでも好きだった。
「うん、大好きだよ。」
僕達は身だしなみを綺麗にすると、おばさんの待つキッチンへとむかった。キッチンへ行くと鼻歌を歌いながらテーブルセッティングをしているおばさんにリサが話しかけた。
「ママ、ポールおじさまにもう電話した? もしまだなら私電話を持ってくるわよ。」
おばさんは突然僕達が現れたのでびっくりしたのか歌うのをやめて僕達に振り向いた。
「あら、早かったのね。ああ、電話ね、まだかけていないのよ、リサ電話を取ってきてくれる?」
おばさんがそう言うとリサはどこかへ電話を取りに行ってしまったので僕はおばさんに話しかけた。
「とてもいい匂いですね。さっきリサが教えてくれたんですけど、おばさんはお菓子作りがとても上手だそうですね。あの……、今度教えていただけませんか? 僕料理したことがないんですけど、僕の知り合い2人がどうやら料理が得意らしくて、僕うらやましくて。ママの目が覚めた時にちょっと驚かしてみたいし。お願いできますか?」
僕はマックスとおじさんが楽しそうに料理の話をしていたことを思い出していた。その時僕は二人の側で聞いていただけだったけれども、知らない単語がたくさん会話の中に出てきてちょっとした寂しさを感じていたのだ。もし僕が少しでも料理ができれば、今度料理の話になった時に僕も話に加われる、そしたら絶対にただ聞いているよりもずっと楽しいはずだ。
「もちろんよ、料理は私の趣味なのよ。リサは食べることは大好きなんだけれども作ることには全く興味がないんだもの、クリス君が習いたいって言ってくれてとても嬉しいわ。」
そう言うとおばさんは僕の目の前に石けんを差し出した。
「まず、料理に大切な事の1つはきちんと手を洗ってから始めるってことよ。」
実はさっき出会ったばっかりのおばさんにお願い事をするのはちょっと恥ずかしかったのだけれど、優しくほほえむおばさんを見ていたら思い切って聞いてみてよかったと僕はとても嬉しくなった。
「はい、わかりました、先生。」
そう言うと僕は泡をたっぷり作って念入りに手を洗った。するとリサが受話器をもってキッチンへ戻ってきた。
「はい、ママ。あちらのお部屋で電話するといいわ。」
リサはそう言うと受話器をおばさんに渡した。おばさんはありがとうとリサにお礼をいい受話器を受けとるとエプロンをはずして僕に手渡した。
「ちょっと電話してくるわね。すぐに戻って来るからこのエプロンを付けて待っていてね。今度あなた用のエプロンをちゃんと用意するわね。それからリサ、あなたオーブン用のミトンをクリス君に渡しておいて頂戴。」
そう言うとおばさんはにっこり笑ってキッチンから出て行った。おばさんが出て行くのを見届けるとリサが小さな声で僕に聞いた。
「ねえ、あなたママに使われてるわけ? ママって結構調子がいいから気をつけてね。」
えっ? そんな風に見えたのかな? 僕はおばさんと僕の名誉のためにきちんと訂正しておいた。
「違うよ、僕がお菓子作りを教えてもらえるようにおばさんにお願いしたんだよ。」
僕がそう言うとリサが笑いながら言った。
「あら、ママがあなたを使っているわけじゃなくてあなたがママを使っているのね。ママはおだてに弱いから。」
僕はリサの言葉が気に入らなかった。優しいおばさんに何て事を言うんだろう、リサにはおばさんの優しさがわからないのだろうか?
「自分のママだろ、そんな言い方はないんじゃないの?」
そう言ってから僕はママが倒れて病院へ運ばれたためにママのいない生活を余儀なくされて始めてママの存在の大切さと偉大さがわかったんだということを思い出していた。そうなんだ、あんまりに近くに当然のように側にいてくれるとなかなか気がつかない事なのかもしれない。僕がリサに謝らなければいけないと思った時にリサが小さなため息をついてから少しはにかんで言った。
「別に悪い意味で言ったわけじゃないのよ。ママはもともとものすごい世話好きでね、人のためにいろいろとやってあげるのが好きなのよ。上手く言えないけれども、ママを必要としてくれる人達も得してママも得するって感じかしら? ウィン・ウィンってやつね。もちろん私はそんなママをとても誇りに思っているし、大好きよ。でも、そうね、しいて言えばママと私って親子というよりは友達っぽい関係だわね。」
ふうん、そうなんだ。そういえばマックスとマックスのママもおもしろい関係だったっけ。そういう親子関係ってのも楽しいんだろうな。僕ももう少し成長したらママとそういう風になりたいな。今の僕は赤ちゃんみたいだもんな、それこそママがいないと普通の生活すら難しい。僕が黙っているとリサが聞いてきた。
「あなたとあなたのママは? 私あなたのママと1度だけ会ったことがあるのよ、とてもすてきなママよね。あなたのことをとても心配しているのがわかったわ。」
リサは僕のママを褒めてくれた。ママの手紙の中にママはおばさんとリサを信頼していると書いてあった。時間的にママとこの2人は何度も会っていたわけではないはずだ、それなのにどうしてママがおばさんとリサを信頼していると言い切ったのか僕には良くわかった気がした。僕はにっこりしてリサへお礼を言った。
「ありがとうリサ、ママを素敵だって言ってくれて。ママと僕は、そうだなー、はっきりいうと僕は超ママっ子でママは超お節介の心配性かな? わりと普通の親子って感じなんじゃないかな?」
僕は何て言っていいかわからなくてとりあえず普通の親子なんていうつまらないことを言ってしまった。
「普通か、そうね。普通が一番よね。」
リサがそう言うと丁度おばさんが電話を終えてキッチンへ戻って来て僕に言った。
「ごめんなさいね、待たせてしまったわね。あら、クリス君ったらエプロン姿よく似合うじゃないの。ポールは今お仕事がちょうど一段落したそうでね、すぐに来てくれるそうよ。」
今日の僕は本当に運がいいみたいだ。警察官であるポールさんが来てくれればいろいろと僕の相談にものってくれるだろう。
「よかった。ありがとう、おばさん。」
僕がお礼を言うとおばさんはにっこりと笑い両手をポンと叩いて言った。




