M四二 暴走叶穂と気苦労叶夜【発動篇】
【前回までのあらすじ】
真理亜お嬢様大好きメイド叶穂がおかしなことを口走りだして、
叶夜お姉ちゃん絶賛困惑中だよ。
「あのね、叶穂。そんなことは不可能だし、そもそも初等部に入学する、っていう
発想自体、理解不能なのだけれど」
「いいえ、姉さん。可能だわ。できるのよ。そして、真理亜お嬢様の側付き
として、当然の発想なの」
「………いいわ。私が理解できるように、説明して」
もう妹から全部話してもらった方が早いか、と、叶夜は説明を求める。
すると叶穂は、よくぞ訊いてくれました、とでも言うかのように、こっくりと
うなずいて、口を開きだした。
「まず、どんな存在にも変化できるという魔道具、〈変化の小杖〉を購入するわ。
その小杖で、真理亜お嬢様と同年代の女児に変化して、入学するの。
これでほとんどの問題はクリア」
「………」
なにが『ほとんどの問題はクリア』か。
その最初の説明で、既にツッコミを入れたくなった叶夜だが、
また、ぐっ、とこらえる。
話が、先に進まないからだ。
叶穂は、大真面目に続ける。
「あとは、真理亜お嬢様が学園生活を円滑に過ごせるよう、初等部・中等部・
高等部通じて、私が付きっきりでサポートするだけ。お屋敷の中と同じように、
学園でも、全力でお支えするわ。私は、真理亜お嬢様の側付きなのだから」
大変、この子、本気だわ─────!
本気で真理亜お嬢様の学園生活、十二年間を、自分も入学して
付き添う気でいる……!
短くも要点のみを簡潔に述べた説明に、妹の本気度を感じ取り、
ドン引き戦慄する叶夜。
しかし、ドン引きばかりもしてはいられない。
真理亜お嬢様を本気で想ってのことであろうが、問題しかない考えだ。
叶夜は、しっかりと妹を諭すことにする。
「あのね、叶穂。そもそも、〈変化の小杖〉なんて、お屋敷がいくつも
買えてしまうくらい稀少な魔道具、私たちに買えるわけないでしょう?」
「経費で落とすわ」
「……落ちません」
叶夜は、落ちるわけないでしょうが!、と、声を荒げそうになるも、姉の理性を
発揮して、きっぱりと切って捨てるにとどめた。
「そして、仮に。仮によ? 〈変化の小杖〉を買えて、女児を装って
入学したとしても、〈退魔法師〉の学園なのよ? すぐに見破られて、
退学処分になるでしょうね」
「───自分たちの喉元に、〈那由他の蛇〉を巣食わせていた無能どもばかりの
学園じゃない。見破られるはずないわ」
滅多に表情を表に出さない叶穂が、怒りをあらわにして、辛辣にそう吐き捨てる。
妹が怒気と共に吐き出した事実に、叶夜は、言葉を詰まらせた。
一流の〈退魔法師〉を育成する名門、菊地神学園。
その閉鎖施設、旧校舎の地下は、〈禍威魔〉の〈神〉を信奉する魔道結社に
占拠されていたのである。
この事実が明るみになれば、菊地神学園はおろか、〈退魔法師〉界自体、
未曽有の大不信を受け、日本そのものが大混乱に陥るに違いなかった。
それゆえ、玄紺襲撃事件も含め、この事実は、隠蔽されることになったのである。
妹は、真理亜が誘拐された事件までもが闇に葬られることを、
許せないでいるのだ。
叶夜も、真相を隠して事件を決着させることに納得のいかない思いを
抱いているから、妹の気持ちも、わからないではない。
「姉さん。私、心配なの」
憤りの色を顔に残したまま、叶穂は、言葉を続けてくる。
「無能しかいない学園に、真理亜お嬢様を、十二年も通わせるなんて………。
もし、またお嬢様がさらわれたら、って思うと、気が気じゃないのよ」
「叶穂────」
やはり、あの襲撃事件が、妹の心に暗い影を落とし続けているのだ。
初等部に入学するという、突拍子もない考えも、真理亜お嬢様の身を極度に
案じているからこそか。
叶夜は、叶穂を安心させるように、微笑んで見せる。
「あなたが心配する気持ちもわかるわ。でも、大丈夫。お嬢様たちには、
同年代の子をふたり、御供として一緒に入学させる手筈は済んでるし、
中等部と高等部、学園内部にも、新規に真渡園家麾下の人間を
送り込む準備は整ってるの。有事の際を想定した、お嬢様たちの安全対策は、
もう万全を期してるのよ」
「…………それは知ってるけれど───でも、やっぱり、真理亜お嬢様の御供に
なるなら、役に立つかわからない子供より、側付きの私のほうが最適だと
思わない?」
ン───?
自分へ返してきた妹の言葉に、叶夜は、引っ掛かりを覚えた。
お嬢様たちの安全対策のことを全部知っておきながらの、
これまでの発言は……………?
「───叶穂。あなたひょっとして、側付きを理由に、真理亜お嬢様と一緒に
学園生活を送りたいだけなんじゃないでしょうね?」
「……………………………そんなわけないでしょう。なにを言ってるの、姉さん」
叶夜の指摘に、少しの間のあと、叶穂は、スイ、と目を逸らした。
嘘だッ!と、反射的にそう断定しかけたが、ここでまた叶夜は、ぐっとこらえる。
溺愛するお嬢様と、青春の少女時代を共に過ごしたい。
妹が抱くそんな妄想願望を、見て見ぬふりをする姉の情が、
叶夜にも存在したからだ。
とはいえ、その妄想願望を、看過するわけにはいかぬ。
妹自身が納得のいく形で、すっぱりと諦めさせねばならない。
そこで叶夜は、ふう、と、ひとつ溜息をついてみせる。
「────それだけ真理亜お嬢様を、大切に想っているのね、叶穂」
「………ええ」
「でも駄目よ。あなたのやり方では……真理亜お嬢様は、堕落してしまうわ!」
ビシリ!、と、人差し指を突きつけ、叶夜は叶穂に懸念表明。
これには姉の言葉とて、叶穂も、むっ、と不満顔になった。
「姉さん。それは、聞き捨てならないわ。私の“メイド力”が
不足している、とでも言いたいの?」
“メイド力”ってなによ初めて聞いたわよその単語、と、叶夜は
思ったが、スルーして話を続ける。
「逆よ。あなたはちゃんと真理亜お嬢様のお世話をしてる。完璧なほどにね。
……でも、その完璧なお世話を学園でもやってしまったら───真理亜お嬢様の
成長を、阻害してしまうことになるのよ!」
「っ!? どうして……!?」
「もしも、あなたの望みどおり、初等部入学が叶って、真理亜お嬢様の御供に
なったら……あなた、授業の準備からなにから、至れり尽くせりのサポートを
したり、ご学友の選別や、悪影響を及ぼすと思われる児童の排除までするつもりで
いるでしょう?」
「…………………………………………そんなこと、しないわ」
本当にやる気だったわね、この子。
叶穂が返答するまで溜めた間の長さに、その本気度を察して、肝を冷やす叶夜。
奥様に提案する前に発覚してよかったわ、と、
密かに胸を撫で下ろしつつ、妹の思惑に、正論をぶつけていくことにした。
「いい? 叶穂。学園というのは、学業や、訓練をするだけの場所じゃないの。
お嬢様たちが、個人で、人と人との関わり合いの術を磨いていく場でもあるのよ。
そこにあなたが入って行ったら、お嬢様たちが積むはずの経験と成長を奪うことに
なる。真理亜お嬢様を、いたずらに甘やかしてしまうだけになるでしょうね」
母である漱祗からの受け売りを交えて、真っ当な正論を、正面から投げかける。
真理亜の不利益になると言われれば、妹も考えを改めざるをえまい。
そう思っていた叶夜だが、叶穂には、引き下がる気配がなかった。
「───でも、姉さん。私は、真理亜お嬢様を、お守りしたいの」
「叶穂……」
頑なにそう願いを口にする妹に、叶夜は、すぐには二の句を告げられなくなる。
その声に、先の襲撃事件で、大切な主を守れなかった無念を、感じ取ったからだ。
叶穂は、声を絞り出すようにして、言葉を続けてくる。
「…………真理亜お嬢様は、信じられないくらい、お綺麗でしょう?」
「? ええ」
「しかも、品行方正で、学業の成績も優秀。真渡園家という家柄もあって、
目立たないはずがない。並外れた魔力の持ち主であることも知れ渡って、きっと、
学園中の、羨望の的になってしまうに違いないわ」
「それは、まあ、そうでしょうね」
急に話の流れが変わってきたわね、と、叶夜は当惑しながら、うなずいてみせた。
「そしてそのうち、無能で愚鈍な女児たちが、真理亜お嬢様の美しさと才能を
妬み嫉みしだして、陰口を叩いたり、教科書やノートに落書きしたり、
破いたり、さらには隠したりしての嫌がらせをしたうえ、真理亜お嬢様を孤立する
ように仕向けて、陰湿ないじめを始めるの」
「叶穂?」
叶夜は、だんだんと叶穂の視点が定まりを失くし、その話し方に、
ただならぬ熱が籠りだしているのを感じる。
叶穂の全身からも、殺気のごとき気配が、漂いはじめていた。
「教師たちはそれを見て見ぬふり。自分たちの責任逃れのために、
『ちょっとしたすれ違い』だとか、『いじめを受ける側にも問題がある』とか
言って、いじめ加害者たちを罰することなく、すべてを隠蔽しようとするのよ」
「叶穂? 叶穂?」
「許せない───! 真理亜お嬢様を悲しませるような愚民どもは、ひとり残らず
粛清しなければ………!」
「OK妹! 時に落ち着いて!?」
かつて見たことのない妹の静かな狂乱に、叶夜は、自身も、
一度も口にしたことのない言い回しで、なだめにかかってしまう。
そんな姉の叫びに、叶穂は、はっ、と我に返ったようだった。
「────ともかく。姉さん、私は、真理亜お嬢様が、
世俗のくだらない反感なんかで、心を痛めてしまうようなことがないように
したいの。そのためなら、あらゆる手段を取って見せるわ」
改めてそう決意を口にする叶穂を見ながら、叶夜は、そういえばこの子、
N●Kの『いじめ問題・教育の最前線』みたいな番組を、録画して観てたわね、
と思い出す。
真理亜お嬢様のご入学に関して、自分でいろいろと情報を集めて
いたんでしょうけど、それで心配をこじらせちゃったのね。
そのように推察し、微笑ましく思うやら、呆れてしまうやらの、叶夜である。
なんにせよ、叶夜は、説得をワンスアゲイン。
妹の、初等部入学などという妄念を捨てさせねば、と、
姉魂を全開だ。
「繰り返しになるけれど。学園という場所は、そういう人間関係の嫌な部分も
含めて、心の修養場所でもあるの。人から悪意を向けられて、どんな気持ちに
なるか。それは言葉で説くだけでは、理解できないことだわ」
「でも、姉さん…」
「最後まで聴きなさい。
───特に、真理亜お嬢様は、次期ご当主になられる御方。
むしろ、悪意を向けられることに、慣れていなければならないお立場なのよ。
それなのに、あなたが、蝶よ花よと、真理亜お嬢様を人間の暗い部分から遠ざける
だけでは、温室育ちのやわなご令嬢に成り下がってしまう。……そうなるのは、
あなたも不本意でしょう?」
「それは……そうだけれど────」
反論しようとして言いよどむ叶穂に、叶夜は、ここだ!、と、論破ポイントを
見出して、畳みかける。
「それに、真理亜お嬢様は、そこいらの凡百な子供の悪意ぐらいに、
負けるような御方かしら? そんなことなど逆境とも思わずに、涼やかに微笑って
みせて、余裕で乗り越えられる御方だと思うのだけれど。それは、あなたのほうが
わかってるんじゃないの?」
そんな姉の言葉に、叶穂は、はっとしたような顔をしたあと、押し黙った。
───結果的にさらわれてしまったものの、真理亜お嬢様が、魔人・玄紺に
臆することなく立ち向かい、その動きを封じこめてみせた姿は、
まさに〈聖女〉そのもの………………。
事件後、自分が、姉に語ってみせたことである。
邪悪な魔人に怖気づくことのなかった真理亜が、平凡な女児が束になった程度で
生み出される悪意ごときに、怯むわけがない。
そしてそもそも、菊地神学園は、〈退魔法師〉名家の児童が集う
エリート教育機関。
真渡園家、蓮葉寺家、波支畔家────
〈退魔法師〉御三家の令嬢を敵に回すような真似だけは絶対にするな、と、
名家の親たちが、己が子供らに言い含めてくるはずなのだ。
御三家に睨まれでもしたら、〈退魔法師〉界にその家の居場所は、無いに等しい。
唯一、懸念を挙げるならば、蓮葉寺家、波支畔家の令嬢らと完全敵対してしまうことだが、
真理亜の気性を考えると、その可能性も限りなく零に近いと言っていい。
だから、叶穂の心配は、完全に杞憂なのである。
「叶穂。真理亜お嬢様たちの学園生活で、あなたがすべきことは、人間関係の
管理なんかじゃない。お嬢様たちを毎朝気持ち良く送り出して、ご帰宅の際には、
温かく迎えることよ。……もし、真理亜お嬢様が、学園生活のことで悩んだり
した時は、きっと、一番に、姉やであるあなたに相談するはずだわ。
その時こそ、全力で、真理亜お嬢様をお支えなさい───いいわね?」
ヨシ!、良い話風に着地できそうだわ!、と、叶夜は内心ドヤ顔。
姉の威厳を以て、叶穂にそう説いたのであった。
「姉さん……ええ、わかったわ。〈変化の小杖〉で初等部に潜り込むのは、
やめることにする」
納得した様子の妹に、叶夜は、ほっ、と安堵しそうになるも、またも
その言葉に、引っ掛かるものを覚える。
『潜り込むの“は”やめる』……?
「───プランBでいくわ。私が学園中等部の制服を着て、そのまま潜入するの。
そのうえで、〈隠形〉の魔法で身を隠して初等部内を監視すれば、問題なく…」
「問題しかないでしょっ!?!?!? それはただの不審者よっっっ!!!」
この妹、なんにもわかっちゃいない!
姉の理性もとうとうぶっ飛び、叶夜は、ツッコミを入れざるをえなかった。
これもうお姉ちゃんの手に負えないわ、と匙を投げ、翌日、母である漱祗に
相談丸投げする。
母としてではなく、メイド長としての直接指導二時間コースにより、叶穂は渋々、
学園潜入を諦めたようであった。
────この後もことあるごとに、真理亜の学園生活について、叶穂が斜め上の
サポートを提案したり画策したりし、その度に叶夜がブレーキを掛けることに
なるのだが、それはまた別の話である………………………………。
叶穂は真理亜お嬢様信奉過激派だからね、仕方ないね(^∀^;)
近況報告にチョロッと書いてます~よろしくです~




