番外編 安眠聖女の「耳かき」トリートメントと、陥落した猛獣たち
王都の狂乱が収まり、強制休養に入った王宮の一室。
エドワード王子の私兵を文字通り「寝かしつけた」紬は、燃え尽き症候群のような脱力感に襲われていた。
「……はぁ。やっぱり、怒るのって一番カロリー使うわ。……ねえ、あんたたちも少しは休み合ったらどうなの?」
ソファに深く沈み込む紬の前には、アルベルト、シリル、カイル、そして隈が半分消えかかったゼノスが、まるで忠実な騎士(あるいは餌を待つ大型犬)のように並んでいた。
「紬。君が休むのが先だ。私は君の枕となって、その眠りを――」
「アルベルト様、その鎧が硬いって何度言えばわかるんですか。……もういいわ、今日は特別よ。あんたたちの『脳内のゴミ』を掃除してあげる」
紬がトランクから取り出したのは、一本の細長い**「梵天付きの竹製耳かき」**だった。
「それは……、新たな拷問器具かい? 紬、僕の耳は非常に繊細なんだよ」
シリルが警戒しつつも、興味津々で身を乗り出す。
「拷問じゃないわよ。これは『耳かき』。外耳道を優しく刺激して、脳の迷走神経を鎮める、私の故郷の究極のリラクゼーションよ。……ほら、アルベルト様、膝枕してあげるから、そこに横になって」
「ひ、膝枕……!? 私がか!?」
戦場では無敵の辺境伯が、乙女のように顔を真っ赤にして固まった。しかし、紬の「強制よ」という一言で、彼は借りてきた猫のように紬の膝に頭を乗せた。
カサッ、カサカサ……。
紬が慎重に、かつリズミカルに竹の棒を動かすと、アルベルトの巨体がビクンと震えた。
「……っ、なんだ、この……。脳が……溶けるような感覚は……。戦場での殺気も、呪いの記憶も……すべてこの、小さな棒の先に吸い取られていく……」
数分後、そこには「あへぇ……」と、およそ公爵とは思えないほど、魂が抜けたような顔で爆睡するアルベルトの姿があった。
「次、僕! 紬、次は僕の番だよ!」
「順番、守ってください。……紬さん、私は影として、耳の掃除も完璧でありたい」
その後、シリルは「……ああ、王座なんてどうでもいい、僕は今、この耳の快楽の奴隷だ……」と呟きながら眠りにつき、カイルは「……一生、この指先の振動を……記憶して……」と恍惚の表情で沈没した。
最後に残ったゼノスは、その光景を狂ったようにノートに書き留めていた。
「……素晴らしい! 耳腔への物理刺激による、脳内βエンドルフィンの強制分泌! 紬、これだ! この『魔導耳かき』を量産すれば、人類は平和に――」
「ゼノス。あんたは黙って、これ(アイマスク)して寝なさい」
紬はゼノスの目にアイマスクを叩きつけ、彼もまた一瞬で夢の国へと強制送還された。
四人の「伝説級の男たち」を、膝の上や足元で文字通り骨抜きにした紬は、静まり返った部屋でコーヒーを一口啜った。
「(……安眠聖女っていうより、これじゃあ『猛獣使いの聖女』ね。……でも、まぁ、静かなのはいいことだわ)」
王都の夜空には、数十年ぶりに「不夜の鐘」ではない、優しい月の光が降り注いでいた。




