第六話 紬のブチ切れ: 「全員、寝てから出直しなさい!」
呪いの核が消滅し、国王が十数年ぶりの安らかな寝息を立て始めたその直後。 静寂が戻ったはずの寝所に、廊下から無数の騒がしい足音が近づいてきた。
「ここだ! 賊はこの中にいるぞ!」
「陛下をお守りせよ! 聖女と辺境伯を捕らえろ!」
扉を乱暴に蹴破ってなだれ込んできたのは、エドワード王子の側近だった文官たちや、まだ呪いの余熱で興奮状態にある王宮騎士団の生き残り、数十名。彼らは抜身の剣を構え、あるいは金切り声を上げながら、ベッドの傍らに座り込む紬たちを包囲した。
「貴様ら、陛下に何をした! 王を暗殺し、国を乗っ取るつもりか!」
一人の高官が、真っ赤な顔で紬を指差し、唾を飛ばしながら怒鳴りつけた。
その瞬間。 部屋の空気が、アルベルトの殺気すら上回る「絶対的な冷気」に包まれた。前世で、徹夜明けのプレゼン中にプロジェクターを壊した機材担当に向けた、あの「感情が死んだ後の静かなる憤怒」が紬の中で再燃した。
紬が、ゆっくりと立ち上がった。その肩は怒りで小刻みに震え、手にはゼノスからひったくった特大のマッサージ棒が握られている。
「……うるさーーーーーーーーーい!!!」
王宮の壁がビリビリと震えるほどの、紬の絶叫。 あまりの音圧と迫力に、剣を構えていた騎士たちが、まるで物理的な衝撃を受けたかのように数歩後ずさった。
「あんたたち、状況が分かってないの!? 王様は今、十数年ぶりにようやく……ようやく眠りについたのよ! この静寂が、この安眠が、どれほど貴重なものか、その足りない脳みそで少しは考えなさいよ!」
紬は一歩、また一歩と、自分を囲む男たちに向かって踏み出した。
「陛下に何をしただと? 救ったに決まってるでしょ! あんたたちが『不夜の鐘』とかいうおもちゃで王様を電池扱いして、魂を削り取っていたのを、私が必死に繋ぎ止めたのよ!」
紬の瞳からは、文字通りの火が出そうなほどの怒りが溢れていた。
「国家の危機? 隣国の脅威? 逆賊? そんなの、しっかり寝て、頭を冷やしてから話しなさい! その血走った目、ガサガサの肌、さらにその支離滅裂な思考! 隈だらけの顔で正義を語るんじゃないわよ、この不健康集団! 全員、今すぐ靴を脱いで、布団を被って、最低でも12時間は寝てから出直しなさい!」
「な、何を不敬な……。我々は公務を……」
「公務の前に、まずは自律神経を整えなさいって言ってるの! さもないと……」
紬がマッサージ棒を床に叩きつけると、石床にピシリと亀裂が入った。かつて「徹夜が美徳」と信じて疑わなかったブラック企業の亡霊たちを、論理と物理で叩き潰してきた紬の迫力は、今や伝説の魔獣すら凌駕していた。
「私が一人ずつ、二度と起きられないくらいの『特製・永眠マッサージ』を叩き込んであげるわ。……やる?」
紬の背後には、腕組みをして冷笑を浮かべるアルベルトとシリル、そして影の中で武器を弄ぶカイルが控えている。 その圧倒的な武力と、紬の「理屈を超えた怒り」に、騎士たちは完全に気圧された。彼らの手にあった剣が、ガタガタと音を立てて震え始める。
「……紬にここまで言わせるとはね。君たち、彼女は本気だよ。……さあ、僕が用意した予備の客室へ案内しよう。全員、強制休養だ。従わないなら、僕が王族として公式に『重度の過労による精神疾患』と診断して、一生療養所に閉じ込めてあげてもいいけど?」
シリルの冷徹な追い打ちが決定打となった。 「ひっ……!」 文官も騎士も、這う這うの体で武器を捨て、互いに肩を貸しながら部屋を去っていった。
「……全く。世界を救うより、バカを寝かしつける方がよっぽど疲れるわ」
紬は深いため息をつき、その場に座り込んだ。 王宮を覆っていた「狂乱の夜」は、一人の聖女の怒りと慈悲によって、ようやく本当の「深夜」へと辿り着いたのだ。




