2.バグならば仕方ない。
今まで数々の難題を私に押し付けてきた恐ろしきゲームシステム、チュートリアル。その地獄もいよいよ最後の壁。
しかし、決して油断は禁物である。
どんな物語もゲームでも最後の壁が最も険しく、最も高い最大の難所なのだ。少し前時代の筋肉マン達が自身の限界を競うアスレチックにおいても、反り立つラストウォールには数多くの敗北者が出たとかなんとか。
とにかく、気を引き締めて立ち向かわねばならない。
ここまで辛い苦行しかなかったのに、いきなり楽になれるだなんて思ってはならないのだ。
そして、肝心の内容は。と言うと、『出てくる魔物を全て討伐せよ』だそうだ。
最後の最後にてゲームらしい内容である。
《では、準備ができましたら『開始』と叫んでください。その瞬間より最終確認テストが開始されます。また、試験途中で死亡または行動不能に陥った際は即座に試験を中止し、再度準備ができ次第、一からの挑戦となります。》
死亡や行動不能などの不穏な単語がチラつくが、要はクリアするまで何度でも挑戦できるアクションゲームという訳だ。
「わかった。じゃあ……『開始』!」
私が叫んだ直後、目の前の広い空間にヒビが入る。あの穴の中から恐ろしい魔物たちが這い出てくるに違いない。
でも大丈夫。私には数時間を浪費して手に入れた糸と裁縫の技能がある。
コレ等の技能があれば幾らでも戦え……
戦ぇ……?
…………あっ、コレ無理かもしれない。
*
【サ声くん視点】
ゲーム開始から約六時間。私の仕事という意味でも最後のチュートリアルが始まる。
私の主の種族は未だ、最初期の「ほつれた人形」から脱せていない。
本来なら、チュートリアルが施行されるプレイヤーはチュートリアルの最終確認テストまでに一度は種族の進化が行われる筈である。
私自身も最初は(成長が遅い種族なのだろう)と予測していた。
運が悪い事ではあるが、このゲームは運の悪いプレイヤーであるならば、その代わりとしてそれなりの救済措置が取られるシステムになっている。
しかしながら、カイ様にそのような措置が取られた形跡は一切確認ができない。
最終確認テストでは対象のプレイヤーの技能や実力に合わせた五種類の敵対モブが三体ずつ、計十五体と死線を繰り広げることとなる。
しかし、私が実行しなければならなかったシステムには最初期種族で倒せるほどの敵対モブは表記されておらず、一般プレイヤーが約百時間ほどやり込みを行った上でやっと倒せるか否かほどの中級ボスばかりが出現するように設定されていた。
どう思考しても彼女が初回でチュートリアルをクリアできるという結果が見えない。
果たして、カイ様の管理・システムAIはちゃんと働いているのか……
もしも、システム上の都合などでカイ様が不遇なのであればその時は…………
*
穴の中から這い出てきたのは猪とも熊とも言えるような、大きい牙を携えた化け物だった。
他にもゾロゾロと後に続いて出てきたようであったが、視認できたのは最初の一体だけだった。
私はそいつ一体が出てきただけ。その瞬間に強い悪寒がした。悪寒は体から糸を引っ張り出す時の数倍以上強いものだった。
私は逃げ出したいという欲望のままに走り出し、急いで近場の木の上によじ登った。
少なくとも奴らの手が届く位置よりは高くまでよじ登った。自身の木登りがこんなにもできたことに少し驚きながらも、奴らの位置を確認しようと再度空間のヒビを見る。
しかし、そこに奴らの姿が映ることはなく。
私の視界は暗転した。
*
《はい。無事に復活を確認できました。
これより、システム不備による緊急処置を実施します。システム・管理AIの設定を変更――――完了しました。次にシステム・管理AIの管理権限を剥奪――――成功しました。》
《――警告。
システム・管理AIが補助できていないプレイヤーが存在します。至急、担当AIは自身のプレイヤーとの接続をチェックしなさい。警告。システム――》
《はい。こちらプレイヤー名:カイ様のサポート・管理AIです。
担当のシステム・管理AIが謎のシステム上の不具合により脱落。緊急時マニュアルに則り、サポート・管理AIによるシステムの続行を申請します。》
《――申請内容の確認――承諾。緊急時マニュアルに則り、プレイヤー名:カイのサポート・管理AIにシステム・管理権限を譲渡――完了。プレイヤー名:カイのサポート・管理AIは元システム・管理AIの脱落原因を突き止めてください。原因解明次第、その他システム・管理AIの脱落防止に汎用します――》
《――はい。了解しました♪》
*
《おはよございます♪》
陽気?なサ声くんの声とともに視界が開ける。
周囲に魔物はおらず、どこか見覚えのある木々の並びが映っている。
私の視界が暗転してから体感で約三分ほどが経過していたように思う。
第一回の最終確認テストは失敗に終わったようだ。
悔しくはあるものの、幸いにもこのテストはクリアするまで何度でも挑戦できる。
それはそれとて。難易度については言及が必要である。
「サ声くんさぁ……君、とっても簡単とか言ってなかったっけ?」
《はい。それについてはカイ様のプレイに支障が出ませんよう、詳しく説明いたします。
まず始めに、私。管理・サポートAIについてです。
私は本来ならば、プレイヤーとシステムというゲーム内の歯車の噛み合わせを良くする潤滑油のような立ち位置でした。
しかしこの度、システム側の歯車が不良品であった為にプレイヤー側の歯車の回りにまで異常が発生しました。ですので、その事態を改善すべく、私はこのゲームの管理者AIに改善案を申請し、歯車の役割も得たという次第です。》
なるほど……?
サ声くんがサポート音声だけの機能じゃなくなった、というのは大体理解した。
「で、サ声くんの出世? と私のチュートリアルの難易度はどう関係している訳?」
《はい。先程も述べました通り、カイ様専属のシステムAIは謎の不具合が発生しました。その不具合により、カイ様のチュートリアル……特に最終確認テストの難易度が高く設定されていました。
でも大丈夫です! カイ様の今後は全て、私の元で管理されますので、楽しくプレイしていただくことが可能です! そしてこのような事は二度と起こしません。》
一人のAIに管理される私のプレイスタイルとは……。本当に二度と問題を起こさないのだろうか。誠に不安しかない。
しかし、これで難易度が少しでも下がってくれているというのなら、すぐにでももう一度最終確認テストをやるべきだろう。
「……よし。サ声くん!
今すぐにでも最終確認テストを再開しようじゃないか!」
《……もう再開するのですか?
もう少し、戦術など見直した方が……》
「何言ってんだい。君が頑張ったお陰でテストの難易度は下がったんだろう?
じゃあテストの内容は確実に変わったと見て間違いない筈なんだ。それに何回だって挑戦できる。だったら数打ちゃ当たるの精神でさっさと終わらそう。」
《……はい。わかりました♪
では、これより最終確認テスト第二回を開始いたします!》
*
難易度調整後初の最終確認テストが始まった。
前回は謎の化け物にはあっさりと倒されてしまったが、サ声くんにもそう言われたので、前回のことは考えないようにする。
《第一ラウンドを開始します。
召喚される敵対モブはアーマードゴブリンが二匹、アーチャーゴブリンが一匹、ゴブリンメイジが一匹、ゴブリンプーリストが一匹です♪》
いきなり複数の相手をしなければならないようだ。それも、かなりバランスの取れたパーティ編成である。
これ、本当にクリアできるレベルなのだろうか。
空間のヒビ割れから計五体のゴブリンが姿を現す。
戦闘会場用として拓かれているのであろう広場に戦闘の構えを取りながら陣を組む。
中々に強そうだ。が、前回のような悪寒はしない。
むしろアドレナリンがドバドバ出て体がウズウズしているぐらいだ。これは決して怯えなどではない。
ゴブリン達は周囲を警戒してはいるが、標的を見つけられていない。
それもそのはず、現在の私は戦闘開始と同時に広場から離れて森との境界辺りの木の上から奴らを観察しているのだ。
未だ見つかっていないが、場所がバレるのも時間の問題である。それまでに下準備を終わらせなければならない。
私は自身のステータスを開く。
ステータスの『技能』という表記欄には頑張って習得した『裁縫』ともう一つ、『裁縫』を得てすぐ後に手に入れた『糸操作』と『工作』というものがある。
私はこの中でも『糸操作』に可能性を見出している。
こう、マンガのキャラクターの様に糸を張り巡らせた後に一気にバシュッとキメるあれがしたいのだ。
そしてそれらに追加して新しい技能を得たい。
実は『裁縫』を習得するまでにかなりの経験値を獲得していたのだ。初期の頃は何をしても多少の経験値を取得できるらしく、この経験値を消費することで一般的な『技能』の多くは習得できるらしい。
幾つか候補を絞ってはいたのだが、戦闘相手によっては効果がいまひとつで終わる可能性もある。なので、戦闘開始までは我慢していたのだ。
……まあ、一回目のテストでは確認する暇などなかったが。
「それにしても、いきなり複数のゴブリンが相手かぁ……。
パーティ編成でさらに連携も取れていそうに見えるし、これは一体ずつやるのは難しいかな?」
まあ、戦闘はするだけでも経験値が手に入る仕様と聞いている。ダメならやり直せば良い。
そう考えつつ、私は『習得可能な技能』の一欄から一つの技能を選択し、習得した。
*
我は誇り高きゴブリンジェネラル様に使えるゴブリンメイジである。名前はまだ無い。
今朝方、ゴブリンジェネラル様より不可解な種族の集団を調査せよと命令を受け森に入った次第であった。
我が隊には信頼のおける部下を四名連れている。
我が兄弟のアーマードゴブリンが二名、ゴブリンジェネラル様より紹介されたゴブリンプーリストとゴブリンアーチャー。皆が名高く誇り高きゴブリン族の戦士達である。
そんな彼らと共に森の中を散策していた時。
前衛を担当していたアーマードゴブリンの一名が空間のヒビ割れに吸い込まれた。
比喩では無い。まさに文字通りの現象が起きたのだ。
我々は混乱した。何者かからの罠か。これが謎の種族の集団の仕業か。
一名を失ったのは大きい損害だが、全滅よりはマシである。
「グギャアァ!グギャギャギャア!」
我は残りの仲間に指示を出した。
しかし、索敵を終わらせ振り返った私の視界には仲間の姿は一名も映っていなかった。
「ギャァ……!」
なんという事だ。
彼らは死体も残さずに全滅したというのか。
前衛だったアーマードゴブリンさえ声も出せずのうちにやられてしまったのだ。後衛の私一名ではどうにもできる訳がない。
せめて道連れにしてやろう!
私は自爆の意志の元、広範囲攻撃の魔法を唱え始めた。
その刹那。私の視界は一気に変化した。
そこは拓けた森の中であった。
そこには最初にやられたはずの我が兄弟も含めた、仲間全員が居た。
私は深く安堵した。と同時に血の気が引いていく。
私は自爆魔法を唱え始めたばかりなのだ。
呪文は一度唱え始めると効果を発揮するまで止まることはない。
優れた仲間たちは急いで対敵の陣を組んでいく。
逃げろ、お前たち。このままでは我々は全滅だ!
しかし、私の口は呪文をぶつぶつと唱え続けている。
仲間たちは魔法に関しての知識がない。故に私の今の状況も、このままでは全滅することもわからない。
その時、私は森の木の上に何者かが動くのを視認した。
奴だ。奴が我々をこの場に運んだに違いない。
奴が謎の種族とやらであろう。
こうなっては仕方ない。仲間たちには大変申し訳ないが、我々は奴を道連れにあの世に逝くとしようではないか。兄弟たちにはあの世で詫びよう。
私は隣のゴブリンアーチャーに杖で木の上を指すと、攻撃態勢に入るように指揮を取る。
大丈夫だ。お前たちは奴の動きを止めてくれていれば良い。
そう意志表示をした時。
前衛のアーマードゴブリン二名が唐突に倒れた。
*
「ふう。ようやく効いてくれたか」
私は鎧ゴブリンが倒れたのを確認して安堵すると自身の位置を変えるべく、糸を少し遠くの木の枝に括り付けてターザンのように移動した。
私が選択した技能は『状態異常:弱』である。
これが対生物では一番良いに違いない。
『状態異常:弱』の効果は『自身が触れた相手に任意の状態異常を一つ付与する』といったものだ。『任意の』とはあるが、選べるのは『毒』と『麻痺毒』の二つのみである。
ただ聞いただけではそこまで強くもない。
実際、習得した直後に丁度、木の枝に二匹いたトカゲのうち一匹に『毒』をかけてみたものの、全く効いた様子がなかった。
しかし、『麻痺毒』は違った。
『毒』を喰らったトカゲはすぐに逃げてしまったが、『麻痺毒』を喰らったトカゲは徐々に動きが遅くなり、最終的には木の枝から落ちていったのだ。
だが、『状態異常:弱』の説明にある通り、この技能は直接触れた相手にしか使う事ができない。
思い出して欲しい。私の操る糸は私の体の一部である。
私は『糸操作』で自身の体からほつれた糸を操り、ゴブリンたちの足元に近づけていった。
そして奴らの素足に触れた瞬間に『状態異常:弱』を発動。
麻痺毒はものの見事に奴らに行動を阻害してくれた。
それにしても、倒れるのにかかった時間は個体差があったが、やはり耐性などが関係しているのだろう。
私は木の枝から飛び降りると走って奴らの方に向かう。
「これでトドメを刺せば私の勝ちだ。」
私はそこらに落ちていた石でゴブリンの頭を潰していく。
「ギャグ……グギャ……ガァ……」
何かお経のようなものを唱えているゴブリンがいる。不穏な気配がするので、先に頭を潰して倒しておく。
「グギャァ……」
《戦闘を終了しました。
経験値を獲得しました。
『小鬼魔術師のローブ:並』を獲得しました。
135ゴールドを獲得しました》
ふう。やっとやられてくれた。
その後、残りのゴブリンを殺した事でチュートリアル最終確認テスト、第一ラウンドが終了した。
『Rebellion』
【カイ】ステータス
種族:ほつれた人形
性別:なし
状態:健康
技能:裁縫、糸操作、工作、状態異常:弱
称号:なし




