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ホワイトスカイ  作者: 笹霜
序章
7/30

7.再会

鋭く冷え込んだ朝であった。


早暁―――空が白み始めるよりも、さらに早い時間であった。


音無霧夜は、白神荘のフロントのソファーに座っていた。


「―――」


浴衣に黒いマフラーを巻いただけの姿である。ごく楽な姿でソファーに腰を沈め、眠っているように見えるがそうではない。終夜、灯の消えることのないフロント。そこにずっと寝ていたようにも思われる姿であったが、少し前に起き出してきたのであった。


何もしていないような姿勢であったが、そうではない。


その感覚は鋭敏であって、既にフロントの中で人が動き、色々と準備をしている様を把握している。


異能者として―――卓越した戦闘技術が、彼にそうさせるのを可能にさせているのだった。


だが人から見れば何をしているようにも思われない。そんな姿であった。


その霧夜の目の前に、ふっと一つの姿が凝った。白い影が唐突に現れたのであった。


歩いてきたとかそういう意味ではなく、正真正銘、その場にゆらりと揺らめくように、火がそこに上り立つように『現れた』のであった。


「…こんな早ようから何をしているのじゃ、霧夜は」


舞雪姫であった。


舞雪は神である。


この程度のことは造作もない。ただ柚希や真冬の手前控えているだけで、そうでもなければこの程度遠慮はない。実際霧夜も驚いた拍子もなく、うっすらと目を開けて、神を見た。黒々とした無感情な瞳であった。


舞雪が不安になるには十分な表情だった。


「おはようございます」


「うむ。…挨拶は重要だがそうではない。かような場所では冷えるぞ」


舞雪はそう言った。ちなみに舞雪も浴衣姿であるが、舞雪は霧夜と違いマフラー一つも巻いてはいない。寒そうに見えるが生身の身体ではない舞雪には無用な心配である。


霧夜は答えなかった。ただ再び沈黙に瞳を閉じた。拒否の姿勢に、神は何も言えない。


だが霧夜はそんな中で唐突に口を開いた。


「猫を飼っているのか?」


「白神荘かや?…うむ」


舞雪はそう答えた。その瞳がちらっとフロントを伺う。誰もいないように思われたが、二人には分かっていることがあった。


「良く気づいたの」


「そこにいるな」


「ミケ、近う寄るが良い」


舞雪が声をかけた。にゃん!と答える声がしてフロントに飛び乗ってくる一つの姿。すらりとした体躯に真ん丸お目目の三毛猫である。


ミケと呼ばれた猫は舞雪には懐いているらしい。駆け寄ってくるなり上機嫌に舞雪の裾に頭を摺り寄せるので、舞雪がそれをひょいと抱えると、猫は上機嫌にその腕の中に丸まった。


「ミケじゃ。迷い猫での。二年前、柚希が拾って居着いたのじゃ」


「賢い猫だな」


「わらわが何者かも分かっている様子じゃな」


舞雪は上機嫌そうである。器用に顎をくすぐると、猫はもぞもぞ動きながらゴロゴロと喉を鳴らした。


「まあ看板猫というのでもないが、柚希の愛猫じゃの。普段は奥にいるが、表に出てくるのは珍しい」


「…」


しかし、そこで霧夜はまた沈黙した。―――昨夜にもあった殺気が、微かに再び走ったのを舞雪は感じたのである。その瞳の奥に、紅の光が灯ったのを、舞雪は刹那であったが見たのであった。


「霧夜は何が言いたいのじゃ…?」


「…」


霧夜は答えなかった。表情も変わっていない。ただ機嫌が明らかに悪くなったのは分かった。マフラーを翻してその姿が廊下に消えていく。舞雪はミケを撫でながら、やはりその姿を見送るだけだった。


―――何の意図があってこんな早朝から起き出しているのか。


そして、―――時々漏らすあの殺気は何から来るものなのか。


聞きたいことは幾つもあれど、しかし、舞雪は、まだ深入りは出来ないでいた。その、覚悟は、まだ、定まらなかった。


白み始めた朝は快晴、なれど強風の注意報。


霧夜は朝風呂の後に朝食を軽く済ませて、スケッチブックを片手に繰り出す。―――といっても、この瀕死の温泉街にろくな行き場所などはありはしない。


黒いロングコートにマフラーを翻して、白雪の温泉街を歩く。閉まった数々の扉の前を通り過ぎながら、出かける先は神社の他はなかった。


一の鳥居をくぐりながら、ちらりと振り返るが、件の本堂は開いていた。お寺の朝も、早いらしい。


霧夜は石段を上る。朝の陽ざし。木立から零れ落ちてくる雪解けの雫。石段を踏みしめる粘りのあるブーツの底。凍てつくような白い息が、零れる先から風に流されて消えていく。


三郷神社は風の音の中であった。


真面目な真冬らしさというべきか、既に社務所の木戸は開いている。銀の雪の山をあちこちに作った神社の境内。遠くの山並みから風が吹いてきて、境内でぐるぐると渦を巻いているようだった。


「おはようございます。冷えますね」


かけられた声。真冬だった。社務所の中から既に見慣れた感のある巫女服姿が見えて、穏やかな朝の挨拶である。霧夜も会釈をした。


「おはよう」


既に敬語もない。真冬はにこやかな笑顔だった。「中へどうですか」と言われ、導かれてしまう。


閑とした社務所の客間の中で、ファンヒーターが音を立てて白い暖気を吹きだしていた。まだ部屋が暖まってはいないところを見ると、つけて間もないとすぐ知れた。


真冬が目を伏せる。


「すみません音無さん。何もおもてなしできず」


「いや、色々と無茶を言っているのは此方の方だ」


「助かっているのは、事実ですから」


しかしそう言い切る真冬の口調は確信を帯びたものである。霧夜はただ頷くしか出来なかった。


真冬にも色々やることがあるらしい。ぱたぱたと社務所内を動き回って何やらをしているが、霧夜はただ客間に座っているだけだった。―――スケッチに出かけても良いが、強風の中でそれをするのもどことなく違うような気もした。それもそれで、良いのだが、冷えるのではと真冬に気を遣わせるだろう。


そういう展開も、余り本意ではなかった。


どうせ『計』を果たせばそんな気遣いなどどこかに吹っ飛んでしまうであろうのに、そんなことを望んでいる自分が、どことなく可笑しくて、そしてどこか気落ちしていた。


こんなはずではなかったのに、という、暗い思いが心の中で渦を巻いている。


いつになるのだろうか。己の薄暗い思いを果たしえる日が来るのは。


風にガタガタと木戸が鳴る。やはり何かと古い造りであるらしい。屋内に居ながら頬を撫ぜるほんのりとした冷気の流れがある。冬の古い家は、そういうものである。そういうものが、霧夜は嫌いではなかった。


真冬がお茶を運んでくる。霧夜は会釈した。金を払っている白神荘と違い、何から何まで、少しばかり肩身が狭いようにも感じられるのは、別に悪ではあるまいと思う。


「そういえば、音無さんは東京に今お住まいと聞きました」


お茶とお煎餅を勧めながらの真冬の言葉である。瞳に好奇心がある。霧夜は頷いた。


「まあ、そうだな」


「どのあたりにお住まいか聞いてよろしいのですか?」


「中央線沿線の市部…と言えば分かるのか?」


「大丈夫です。京王線とか中央線とかそのあたりですね」


「そうだ」


霧夜は頷く。地理には明るい子であるらしかった。


「柚希さんもちょうどその沿線で色々下宿を考えているそうなんです」


「学生用のマンションやアパートもそれなりにはあるぞ…都心から遠いほど安いが」


「中央線でも京王線でもないですが、私は府中のあたりがいいのではないかと勧めたりしているのですが。乗り換えの便も良いですし…」


そう言う真冬であるが、霧夜は口を開こうと思って少し間を置く。


真冬はさらりと口に出したがここは三郷の山奥であり、舞雪の態度から見ても真冬はここの生まれ育ちであるらしい。


東京はここから遠い。それこそ新幹線を使えば一日で辛うじて行けるという距離である。霧夜にとっては最早慣れてしまった東京の市部の路線図情報だが、それをさらりと言えるのは―――。


いや、よそう、と霧夜は思いつつも、試してみるような言葉になる。


「柚希の大学は南武線や武蔵野線沿いって訳なのか?」


「いえ、山手線の内側です。でも京王の府中からなら新宿までは行きやすいと思いますし、快速も止まる訳ですから使いやすいんじゃないかと」


「アレは朝混むぞ。女の子には勧めづらいが…」


「なら八王子や北野というべきでしょうか」


何故俺の勝手知ったる近場のことを、すらすらとこの女の子が言えるのか。多分突っ込んではいけないのであろうと思う。


ただ真冬は楽しそうであった。柚希へ勧める物件探しという以上の意味がありそうに思えた。


「そういえば、東京に行くとなったら、柚希や真冬はどうやってここから行くんだ」


「私ですか?私は音無さんがどうやって来たかの方が気になりますが…」


「俺は今回は東京じゃなく大阪から入った。寝台急行から特急乗り継ぎだ。最後はそこに走ってるディーゼルカーで」


霧夜の言葉。真冬が真顔になった。「583(ゴッパーサン)485(ヨンパゴ)…」と真冬の呟く声が怨念のようであったが霧夜には何のことだか分からない。「羨ましい」だとかぶつぶつ言う声が聞こえたが霧夜は素知らぬ顔を決め込んだ。


足音が聞こえた。ガサガサとビニール袋を漁るような音。社務所にひょいと顔を覗かせたのは柚希である。


「おはよう真冬ー?お届けものだよー♪」


「まさか音無さんが臨時急行に乗って来られていたなんて…。私も早々に乗らなければ…」


「あちゃー…また真冬の悪い病気が出たか」


柚希の苦笑。勝手知ったるとばかりに上がってくる柚希は、小さめのビニール袋を一つ下げていた。


「はい真冬、真冬の通販」


「あ、ありがとうございます柚希さんおはようございます」


「おはよう。通販ちょうど今朝方ウチに届いてさ、霧夜に持って行って貰えば良かったんだけど霧夜出かけちゃって捕まえ損ねてきたから私が配達」


黒猫さん一歩遅かったね、と舌を出す柚希。霧夜は頭を下げた。


ここの神社の荷物は白神荘に届くものもあるという―――それ含めてまで配達は俺の仕事になっていたはずだ。


「悪いことをした」


「いやこれはタイミングだし。どーせもうお客さん三人だし、全員お手間かからないお客さんだからお母さん一人で充分だし」


そして柚希はその瞳を友に向けて苦笑い。


「そんで真冬、霧夜あんまり困らせないの。…霧夜、電車趣味じゃないでしょ?」


「別に知らない訳じゃないが」


「そいえば霧夜の趣味って何なの?」


柚希の言葉。霧夜が黙って持ってきたスケッチブックを掲げれば「そうだったね」と苦笑。そういうもんである。


「この子重度の鉄子なの」


「ちょっと外しますね」


「聞いちゃいないし…」


しかし柚希から通販を受け取るなり社務所の奥まですっ飛んでいく真冬である。柚希は苦笑しながら自分も座布団に腰を下ろした。


柚希と二人だけになった。


霧夜の中のスイッチが入りそうになる。


今がその時か―――と霧夜は思うが、拝殿に気配を感じて霧夜はその気配を心の中で押し殺した。まだ早すぎるし、ここでは無理だ。絶対に止められるだろう。霧夜が瞬時に気配を探ったところ、拝殿に例の姫はやはり居るのである。ましてやその力が十二分、十全に発揮できる環境で、俺の本懐が遂げられるとは、思ってはいないし、その愚を犯すことはない。


「ところで何の話してたの?真冬の熱い電車語り聞いてたの?」


「柚希に薦める物件がどこが良いかを聞いてきたが、路線の話になった」


「ソレ絶対あの子それ口実にして霧夜に電車聞きたいだけだから」


柚希が呆れ顔である。


「霧夜東京の外れって言ったっけ。それにしたって東京住んでるからにはそれなりに電車乗ってるでしょ?色々聞きたいんでしょ、ここ田舎だから」


「なるほどな」


「あの子、…まあ私もそうだけど三郷からあんまり出たことないから」


柚希の表情は複雑だ。微笑むようでもあるが、悲しそうでもあり、それはまた事実であると思う。―――どちらの感情なのだろうか。


「…都会への憧れがあるのか、柚希は」


「そりゃあるよ?ずっと東京行ってみたいと思ってたし、就職しても、あわよくば住んでも良いかなとは思ってる」


「…」


「でもここがなくなって良いかって聞かれたら、そりゃ、ノーかな」


柚希はそう言った。その答えは矛盾しない。柚希の表情にはそのどちらの感情もが浮いている。霧夜はその悲しそうな微笑みを見つめていた。厳しくもなく優しくもないが、視線はどこか珍しくも穏やかだった。


それに安心したらしく、台詞が続いた。


「でも東京は賑やかだし、買いたいものもたくさんあるし、多分やりたいことも見つかると思うし、…どっちみち出なくちゃいけないよね」


「それは東京である必要はないな」


「霧夜?」


「それは別にどこでもいい」


霧夜の視線は黒々としていた。ゆっくりと何かを噛み下すような語調だった。


「賑やかで選択肢が多い場所なら、東京でなくても大阪でも名古屋でもいい」


「…」


「世界のどこぞだっていい訳だ」


霧夜はそう言った。


「キッカケは多いかも知れないが、それだけだ。やりたいことがそこにあるかも分からない。都会の真ん中でも、無為に過ごしていれば、この温泉郷の真ん中よりも、出会いなんかもありはしない」


「…」


「無作為に色々な人が来ているこんな田舎の方が、もしかしたら、人との出会いという意味では、多いのかも知れないぞ」


霧夜の言葉は呟きのようであった。


己に言い聞かせるようでもあった。


「確かに色々なものやら、設備やら、美術館やら、博物館も多いし、俺も絵を描く上で、まあ都会の方が便利と思うこともあるが、しかし」


―――だが。


「俺の好きな画家なぞ一人二人しかいないし知れたものだ。わざわざ個展を見に行くというでもない。東京でしか時折やらんというならばその時に行けばいい話」


「…」


「別に住まいにする必要もない。俺も仮住まいだ」


霧夜はそう言った。柚希は沈黙していた。彼女にとってはまだ早い選択肢の話だったのかも知れないと霧夜は思う。ただその黒い瞳を瞬かせれば、足音が聞こえてきた。


巫女服に角袖コートを引っかけて、大きな一眼レフを提げた主の帰還である。


「柚希さんちょっと今御手隙ですか?」


「何用?…って言っても一つだけか」


「ま、まあ」


真冬の苦笑。柚希は楽に足を投げ出しながらどこかジト目で友人を見上げた。


「何時よ電車」


「汽車です。あとニ十分くらいですから調度良い塩梅で」


「霧夜この子、買った新しいレンズで電車撮りに行くんだって」


「電車ではなく汽車です!!」


真冬はプンスカである。霧夜は立ち上がった。何となくだったという気分もあるが、それ以上にこの場に柚希と一緒にいると、何か変な言葉を口走りそうになる自分を自覚していたからだった。


「俺も見に行っていいか」


「興味がおありなんですか?」


「いや特には。ただいい風景があるならば」


「ではとりあえず行きましょう」


真冬の納得は秒速であったらしい。柚希はジト目でぱたぱたと手を振る。お留守番をしてくれるらしい。だから出かけられるとそういうことか―――と霧夜はそこで納得した。


社務所から外に出る。鮮やかな白い景色と強い風。霧夜は目を瞬かせた。


「電車は遅れてないのか」


「汽車です。ちょっと心配でしたが現在定刻みたいですので大丈夫かと」


三脚を抱え、艶やかな黒髪を翻す真冬の足取りは躊躇いもない。ベージュの角袖コートの下は馬乗り袴にブーツであるあたり、防寒もバッチリであるらしい。


真冬の向かう先は神社の奥で、霧夜は「そっちなのか?」と尋ねたが真冬は振り向いて微笑んだ。


「本当に地元民しか知らない抜け道があるんですよ」


「なるほど」


三郷神社の本殿。かつて色鮮やかであったであろう見事な透かし彫りの本殿の横、御影石の瑞垣の側を掠めて奥に入れば、山にへばりつくような急な石段があった。人一人やっと通れる幅である。


「私が撮影用に時々通っているので雪も積もってませんよ」


「それは専用道というんじゃないのか」


「そうでもないですよ。夏は山菜取りに使う人もいますし。それに結局は駅に通じているので、かつて柚希さんと私ともう一人とで、ここを通学路にしていましたから」


石段を軽やかに上りながらの真冬の回想じみた言葉。道はすぐに山になった。転べばただで済まない勾配だが、真冬も霧夜も息一つ切らさない。


「通学路?」


「はい。ここ三郷には学校がありませんから、小学校に通うにしても、駅5つは先です。中学校はさらにその先になりました」


「そこまでずっと通っていた訳だな」


「今も通学には使っていますよ。お休みしているせいで汽車には乗れていませんが」


思えば真冬も柚希も高校生な訳で、今も当然使っているだろう。立派な現役道である。


「…柚希さんと、ゆかりさんと、私とで通っていました」


「もう一人いたのか」


「高校に上がると同時に、遠くに転校してしまいました」


さびさびとした口調だった。友を思い出す懐旧の口調。


「三郷の子供は、しばらく上もいなくて、私の世代も三人だけで、私と同い年のそのゆかりさんという人、そして一個上の柚希さんだけ」


「…下の世代は?」


答えはなかった。聞くだけ野暮であった。


階段が途切れる。雪原の上に二本の轍を描く平地が現れた。線路脇であるとすぐ知れた。除雪という程ではないが、踏み固められた歩きやすい雪になっているのは、この真冬が踏み固めたのだろう。


山際のカーブであった。カーブの先にうっすらと雪をかぶったプラットフォームが見え、その下は下り勾配らしい。俺が来た道だと霧夜はすぐに思い返せた。


真冬は手慣れた調子で木立の傍に三脚とカメラをセットしていく。霧夜はそれをただ立って無為に眺めていた。


カーブの先に、駅。


駅からすぐ脇の道ではなく、線路沿いをしばし歩いたこの場所にまた別の石段があって、本殿裏になっているなんて、それは地元民しか知らぬであろう。元々何の道なのかも判然としない。ただ確かに神社から下りて郷を迂回して再び山道を登って駅に行くのは遠回りすぎるから、神社関係者か、神社の周辺の住民が工夫を凝らしたのかも知れなかった。


それすらも、古の記憶となり、そして忘れ去られるのだろう。


霧夜はその道を振り返る。誰のための道だったのだろうと思いながら。


だが、そんな感傷に浸る間も置かずにエンジン音が近づいてくるのが聞こえてきた。定刻通り。黒いマフラーを翻し、霧夜はただ立って見ている。真冬が黒髪も鮮やかに、三脚を立て、カメラを構え、景色に向かい合う、その姿の方が、―――風景の中に在って際立って見えた。


カメラの向こう側で、一両編成のディーゼルカーが、霧をも射抜くヘッドライトを輝かせて駅に上って来る。くすんだ白に緑のラインの箱型の汽車。


霧夜は思う。俺が乗ってきたのもアレだった。変わり映えのしない風景なんじゃないかと思う。しかしそれでも、目の前の背中は話しかけてくれるなと言っていた。


エンジン音の震える山の狭間。人影があった。駅に誰かが降りたのだ。真冬も気づいたらしいが何も言わない。


けたたましいエンジン音、そして吹き上がる湯気。ディーゼルカーが車体を傾かせて、白い景色の中のカーブを曲がってくる。シャッター音。鈍い汽笛が木霊する。


暖色の灯だけを乗せたディーゼルカーが通り過ぎるのは一瞬で、それをただ霧夜は静かに見送った。音は木霊だけを残し、それもやがて消えてゆく。


そして絶句が聞こえてきた。


霧夜は前を向き直った。


真冬が茫然として立っていた。


駅から人が歩いてきたのだった。


駅から下りる、三郷への正式な通路ではなく、地元民しか知らぬ此方へ。


その小柄な少女は、雪の轍の脇で、ダウンジャケット姿。大きなスポーツバッグを背負い、底知れぬ能面のような表情で此方を見つめていた。


その身体から凄まじい妖気が昇っていることに霧夜は気が付いた。


雪よりも白い肌。首に巻く紫のマフラー。艶やかなロングヘア。その瞳は友を見つめていた。


真冬が呟いた。




「ゆかりさん…?」



「…今日も居たんだ…真冬…」




それが再会の言葉だった。




少女、小太刀ゆかりの帰還だった。

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