episode128 ブレーンワールド
レオンが数式を見始めたのを確認し、アイリスはレン達にプランクブレーンを説明する為、口を開いた。
「さて、皆さんはこの世界は何次元でできているか知っていますか?」
「えっ? 三次元じゃないですか?」
アイリスの質問に難なく答えたレンだが、アランとルナは首を傾げていた。
「レン、なんだ? その……次元というのは」
「えっ? よく言うじゃん。次元が違うとかさ」
「それはそうだが、具体的に次元とはと問われると説明が難しくないか?」
「そうだな。うーん……」
アランの質問に頭を捻るレン。
そして、一つの結論に達した。
「そういや、俺も次元って何かって聞かれたらなんていえばいいかわかんねぇや」
「あ、あはは……」
レンの言葉を聞いて苦笑いしか出ないルナ。
呆れたアランはとにかく話を先へ進ませた。
「すまんアイリス殿。まずは次元とは何かを説明してもらっていいか?」
「畏まりました。次元というのはいわば場所を示す指標の数を言います。例えば平均台の上であれば前後しか動けない為、一次元。広場であれば縦と横に動ける為、二次元。数階建ての建物の中の場合は縦と横に加えて複数階上に登れる為、三次元になります」
「ということは我々は三次元の世界にいるということだな。レンの言った通り」
「その通りです。ですがそこに時間という次元も加えて、私達は四次元時空で過ごしているということになります」
「では先ほどの質問の答えは「四次元」になるんじゃないですか?」
「時間加えんの忘れてた……」
ルナの答えを聞き、レンは間違えたことを恥じていたが、アイリスは首を横に振った。
「いえ、10次元なんです」
「「「……はい?」」」
三人の声が重なる。
それを聞き、アイリスもクラリスも苦笑いで答えた。
「世界は10次元で出来てるなんて聞かされたらそうなるわよね。私達もそうだったもの」
「ですが計算上、そうしないと計算できないんです。素粒子の世界では」
詳しく聞くと難解で非常に長い説明……というより講義を受けることになりそうだったので、「そうなのかぁ」程度に留めておくことにしたレン達三人は話を先に進ませた。
「それで、その次元とブレーンワールドというのはなんの関係があるんだ?」
「ブレーンとは私達の知っている四次元時空……私達の住んでいる宇宙は一つの膜のような形で成り立っているというもので、このブレーンは残りの我々には認識できない六次元……所謂、余剰次元の先にも存在するというものなんです」
「ほう……だから膜ワールドという名前なのか。ん? 余剰次元の先にも?」
アランは言葉の違和感に気がつくとアイリスに聞き返した。
「私達の宇宙は唯一バースではなく、複数バースでできていて、それらをまとめてブレーンワールドと呼称しているんです」
「要するに、私達の目には見えない空間の先に、また別の宇宙が広がっているってこと」
「それを魔力によって高次元があることを証明し、認識できないほどに小さくまとまりコンパクトになった余剰次元の一部を開放して、そこに内包されていた魔力やエネルギーを取り出しているのが、AS機関です」
感嘆のため息を吐く三人だが、レンはふと思い出した。
「あの、さっきレオンさんが「-1/12」って呟いた後にブレーンワールドのことを出しましたけど……なんですか? 「-1/12」って」
それを聞いたアイリスはクラリスと目を合わす。
クラリスは肩をすくめ、アイリスは困った表情をしていた。
そして、アイリスはただ一言――
「-1/12は無限大を示す数字です」
――とだけ言った。
「……無限大は無限大なんじゃ?」
「そうなんですけど……物理学の世界では無限大は「何もわからない」を示すので、不都合なんです」
「まぁ、その数字も無限大というより、1+2+3+4+……を繰り返した結果そうなるっていうのを示した数字なんだけどね」
困った表情でレンの質問に答えたアイリスに続き、クラリスは補足加えたが、それを聞いても無限大は無限大なのでは? と三人の首がもたげる。
そこで改めてルナが聞いた。
「それは……無限大なのではないのですか?」
「それを言われると困りますね……確かにこの「-1/12」は数学的には間違っていますから。収束する無限級数しか、部分和を作っての式の変形が出来ませんし」
「絶対値x<1のときだけ、一部の式が成立するとかね」
「……」
何を言ってるのかさっぱりわからないと三人の表情が物語る。
それを見て慌てたアイリスが話を先に進めた。
「と、とにかく! この「-1/12」を使うことで次元の計算が可能になるんですよ!!」
誤魔化すようにアイリスがそう言った後、クラリスが続いて解説する。
「恒星間を進むのに膨大なエネルギーが内包されている余剰次元の非コンパクト化……簡単にいえば丸められた紙を広げることは必須だし、この船にはそれを利用したエンジンが積まれているはずなの。AS機関のようなね」
「なので、カラート様は余剰次元開放の研究ではなく、その先……ブレーンワールドのことを研究しているんじゃないか? とレオンさんは睨んだわけです」
神カラートは既に余剰次元の開放の方法は知っていたはずだから、それを研究するのは考えにくい。
では、次元の計算に必要な数字である「-1/12」をなぜ使ったのか?
それは余剰次元のその先……ブレーンワールドへの道を探していたのではないかと、レオンは考えたのだ。
それをたった一つの分数で理解するレオンが凄すぎて三人はほぼ同時にレオンに対して驚愕の眼差しを向けた。
そして、一足先に我に返ったルナは、アイリスとクラリスに質問する。
「お二人も、この式を見てそこまで?」
「「? ええ」」
当たり前ですが? と言いたげな表情でルナを見る二人にも、驚愕の眼差しを向けたルナであった。
◆
説明を任せてしばらくした後、アイリスに肩を叩かれた。
「レオンさん、説明終わりました」
「ありがとう。ご苦労様」
しゃがんで壁の下の方に書かれていた式を見ていた俺は立ち上がって背伸びをした。
その後、レン君達三人に向き直る。
「さて、じゃあブレーンワールドのことは大体わかったと思う。難しいものだけどそんなものがあるんだなって思っててくれればいいよ」
「でも、レオンさん。余剰次元を開放させることができる技術はレオンさんもカラート様も持ってるんですから、他のブレーンワールドのことは観測すればいいんじゃないですか?」
「あぁ、なるほど」
レン君は少し勘違いをしているようだ。
「AS機関はあくまでコンパクト化された余剰次元の一部を開放しているだけなんだよ。全部は開放していない」
「なっ!? それであの魔力量なのか!?」
「はい」
AS機関はあくまで余剰次元の一部を開放しているだけ。
アルス・マグナはその余剰次元の開放時に発生する莫大な魔力とエネルギーを一気に放出しているだけ。
ようは核をゆっくり反応させてエネルギーを取り出す原子力発電と、一気に反応させてエネルギーを放出する原子爆弾のような関係だ。
ブレーンワールドは余剰次元のその先だから、全てを開放させるにはそれこそ――
「余剰次元の完全開放には無限大に近いエネルギーが必要ですから、今のところ他のブレーンには行けないですね」
「無限大……」
「また無限大か……」
「もうスケールが大きすぎて想像もできません……」
レン君とアラン殿下、ルナちゃんが途方に暮れている。
だよね。俺も思うもん。
「とりあえず、HAL。カラート様は何かしら一定の成果を上げているんだな?」
『もちろん。貴殿が言っていたではないか。ジンは惑星と融合したと』
「ああ、仮説だけどな」
あれもなんというか漫画やアニメ、ラノベの設定でありそうだったからひとまずそうしただけだけど。
『では具体的に、惑星との融合はどうやって行う? 惑星に意思を宿すということはどこかに記憶媒体があるのか?』
「えっ? 知らん」
俺がそう言うとレン君達は驚愕した表情でこっちを見てきた。
「えっ!? わからないんですか!?」
「なに? 煽ってる?」
「違います!! レオンさんでもわからないことがあるんだなって思って……」
「知らないものは知らないよ」
俺をなんだと思ってるんだ。
「……レンも大概だがな」
「ですよね」
レン君とそんな会話をしていると、アラン殿下とルナちゃんが後ろでそんな言葉を交わしていた。
そんな時だった。
「レオン!! これ見てくれ!!」
クリスが俺を呼んだ。
「なんだ? 面白いものでもあったか?」
「これ見てくれよ!」
クリスが指差す先。
そこに書かれていたのは――
「重力理論……でも俺の知ってるのとは違う……」
「それとその先。ここからの数式だけど……」
重力を示す数式の先に、また別の式が書かれていた。
その式はかなりの長さで、アイリスとクラリスの二人がほぼ中間まで読み進めていた。
俺もその式をザッとではあるが見ていく。
「……どう思う? アイリス、クラリス」
「恐らくですが……」
「見た感じ……」
「「時間の因果律と逆説に関する式」」
「だよな……」
とんでもないこと考えてんな。神様。
「な、なんですか? その時間の因果律……とかって」
「タイムトラベルだよ」
「へぇ……タイムトラベル!?」
「タイムトラベル?」
「過去とか未来に行けるってことだよ!!」
「なにっ!?」
レン君から話を聞いたアラン殿下が俺に詰め寄ってきた。
「可能なのか!? この式があれば!!」
「……なぜそこまで?」
何か過去に思うところがあるのだろうか?
「過去に戻れるのならばガルガンチュアが街を攻める前に倒せるではないか!!」
「……」
もっと慈愛に満ちたものだった。
個人的なことに使うのかな? って考えた俺を叱ってくれ。
「……正直、精査しないとわかりませんが、そもそも時間を遡ることは無理だと思います」
時間というのは不可逆的なもの。
延びたり縮んだりはするが過去に戻ることは無理だ。
「重力や加速によって自身の時間の進みを遅らせて、周りの時間を先に進ませること……ようは未来へのタイムトラベルであれば可能です。でも過去に行くことは今の私達には理解できません」
「そうか……」
悔しそうに唇を噛み締めるアラン殿下。
かける言葉が思いつかず、俺は壁の式へと目線を移す。
するとある式に目が止まった。
「もしかしたら……カラート様は見たのかもしれないですね。ガルガンチュアが倒れる姿を」
「えっ? どういうことだ?」
俺はその式の前に立ち、それを指差した。
「カラート様はこの次元から過去や未来へ向かうことに重きを置いていないんです」
「……? どういうことだ?」
俺の言葉を受けて少し考えるものの、意味を理解できずにもう一度アラン殿下は質問してきた。
そう、未来には行けるが過去には行けない。
だが、見ることはできるかもしれない。
その可能性を秘めているものが――
「高次元……俺達のいるこの四次元時空の上にカラート様は上がっていった可能性があるんです」
「高次元?」
「それって……五次元時空ってことですか?」
「そう」
レン君の言う通り、カラート様は五次元時空に行った可能性が高い。
ということは――
「HAL。お前の言っていたことはこのことだな?」
『その通りだ』
俺の指摘にHALは肯定した。
なるほど、そういうことだったのか。
融合とかファンタジーなものじゃなかった。
「ど、どういうことなんですか?」
一人納得してしまった俺に、レン君が質問してきた。
置いてけぼりにしてしまって申し訳ない。
「カラート様は高次元へと上がった……それはこの世界を俯瞰して見ることができるってことなんだよ」
「俯瞰……ですか?」
俯瞰は高いところから見るという意味だ。
そして、高次元ならば――
「高次元に上がれば時間すらも俯瞰して見ることができるんだよ」




