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執務十五:告白-6

「しかし、困るなあ、セバスチャン」

「……は。何がでしょう?」

「いくら何でも坊ちゃんとくっつき過ぎじゃないのかい? ぼくはその点で別の心配をしてしまったよ」

 ジョンはそんな現場まで見ていたのか。憎らしいやら羨ましいやら。

「さあ、何の事で御座いましょう?」

 惚けるセバスチャンの顔に、笑みが戻った。

「まあ、彼が愛らしいのは理解するけど、レイチェルが嫁いだら控えて貰わないと、ブライアンの二の舞になるよ」

 セバスチャンの腹の上で息絶える御坊ちゃん――あまり夢のある話ではない。ハハハ、とセバスチャンは笑った。

「かしこまりました」

「本当に解ってるんだか」

 キーツ卿は溜息を吐いた。そして唐突に話を切り替えて尋ねる。

「で、どうするんだい?」

「何です?」

「君に悪意が無いと解った以上、これは君の判断に委ねるけど、君の生い立ちをアデル君にも話すのかい?」

「ああ、そうですね……。如何致しましょうか」

 セバスチャンは顎をさすった。

「話さない方が良い様な気も今しますし、いずれ話さなければいけない様にも思います」

「ふむ。そうか。それじゃあ、もう一人の当事者にも聞いてみよう」

 二人の目線が同時に私に向けられた。私は自らを指差して聞き返す。

「私ですか?」

 また、二人は同時に頷いた。そんな事を聞かれても、困る。

「私は……お話ししなくても、良いと思います。私とチェンバレンさんは、使用人と執事の関係のままで良いです」

 未だに、事実を受け止めきれない私が居る。自分から知りたがった癖に勝手な話だが、しかし私にはまだ、彼を兄として慕う事が出来ない気がした。

「……いえ」

 セバスチャンは頭を振った。

「やはり、折を見て話しましょう」

「ど、どうしてです?」

 私が問うと、セバスチャンは鼻で笑った。

「わたしはね、クララ。君にずっと妹として接したかったし、妹から兄として見て貰うのを夢に見ていたんですよ。すぐには無理でも、いずれそうなって欲しい。しかしそうなる為には、けじめが必要なんですよ、わたしには」

 セバスチャンはきっと、寂しかったのだ。私には解らない。解らないのは、私にその頃の記憶がないからで、セバスチャンは当時の事を鮮明に記憶している。

「御願いです、クララ。わたしに、君と兄妹に戻るチャンスを与えてくれませんか」

 セバスチャンは私に歩み寄った。彼を拒む事は出来ない。私はゆっくりと頷いた。

「ありがとう、クララ……」

 礼を言いながら、そっと私を抱き締める。

 兄――か。私が彼をそう呼べるのはいつになるだろう。

 キーツ卿が拍手した。その後ろでパーシヴァルまで手を叩いている。何だか凄く照れ臭かった。


 一件落着。いや、一件では済まないか。何もかもが落ち着いた。私が今まで疑問に思った事の全てに説明がついてしまった。何となく、生きる糧を失った気分である。

 セバスチャンが運転する自動車の助手席に座り、揺れていた。前言を撤回する。私の心が落ち着いていない。

 セバスチャン――兄といくらか言葉を交わしていたが、殆ど憶えていない。互いに何か兄妹らしい事を言い合おうとするが、どうにもちぐはぐで、噛み合っていなかった。セバスチャンも私と同様、未だ兄に成り切れていない様だ。

「セバスチャン! 何処へ行っていたんだ。勝手に屋敷を抜け出したりして!!」

 夕刻、私達が屋敷に戻るなり、玄関ホールで待ち構えていたワイアット卿が叫んだ。

「申し訳御座いません、旦那様。少し所用が御座いまして」

「お前が居ないとこの屋敷は散々なんだぞ! それに何だ、ブレナンまで!!」

 怒髪天を衝くとはこの事だ、とばかりに怒鳴り散らす。私は笑って誤魔化した。

 何となく、ほっとした気持ちになった。

「……やはり、わたしが居ないと駄目な様で御座いますね」

 セバスチャンが悪戯っぽい笑みを浮かべると、

「当たり前だ」

 と、ワイアット卿は当然の事の様に答えた。

「頼り甲斐の無い旦那様で御座いますね」

「馬鹿言え。お前が黙って出て行くなんてこれまで無かったから、気が気じゃなかっただけだ」

 左様で御座いますか、と答えながら、セバスチャンはワイアット卿の前で跪いた。そしてやおらに、その背中に手を回して思い切り抱き締めた。

「な、何だいきなり! 放せ、セバスチャン!!」

「……いいえ、放しません。絶対に」

 ワイアット卿は赤面しつつ、じたばたと暴れる。

 やっぱり、この二人は良い。


「よう、ブレナン」

 使用人部屋に戻る途中、ジョンが壁に寄りかかって待っていた。

「悪かったなあ、今まで騙していて」

「……ジョン、私は別に怒ってなんかいないの」

 そう、怒ってはいない。

「そうか。それは良かった。俺、本当に申し訳ないと思ってたんだぜ。だって、お前への気持ちは……」

 最後まで言わせず、ジョンの頬を思いっきり平手打ちにした。

「ああ、スッキリした」

 心地よい音と共に、何だかもやもやとした気持ちが吹き飛んだ気がする。癖になりそうだ。

「……いや、ホントは怒ってるだろ、絶対」

「怒ってたら拳でいってたわよ、拳で」

 ニッコリと微笑んで見せると、ジョンはがっくりと肩を落とした。

次回で最終回です。

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