執務十五:告白-5
キーツ卿は場違いな笑顔を浮かべて手を叩いた。
「まずネタばらしをしておくと、君の妹は人質なんかじゃないよ、セバスチャン。君には脅迫めいた文書を必死に考え出して送ったけれど、彼女は自分からこの屋敷に出向いて来たんだ」
「……は?」
セバスチャンは眉間に皺を寄せる。
「一体、何故……?」
彼は私とキーツ卿とを交互に見遣った。頭には二つの疑問が浮かんでいる事だろう。何故私がここに来る必要があったのか、そして何故キーツ卿は彼を騙したのか。後者に関しては、私も甚だ疑問だった。
「彼女は『気になったからここに来た』のさ。それ以上の理由は無いはずだよ」
「……そう、なのですか?」
「え、ええ……」
やれやれ、とキーツ卿は呆れる仕草をした。
「君達兄妹には困ったものだね。兄は企み、妹は勘ぐる。二人だけで陰謀が成り立ってしまいそうだよ」
笑う。まあ、そうかも知れない。
「君だって面白がっていただろ、セバスチャン? いちいち関わってくる妹に、さ。クララもクララだね。覗きや盗み聞きは褒められた趣味じゃない」
図星で返す言葉もないが、どうしてキーツ卿が知っている。
「少し臭わせておいたら、この始末だよ。ま、お陰で中々釣れなかった大魚が釣れた訳だけど。これは一種の友釣りだね」
ははは、と声を上げて笑う。釣りに例えられると、疎い私には解らないが。
「冗談は兎も角、これでやっとセバスチャンはクララに自分が兄だと打ち明けられたんだから、感謝して欲しいくらいだね」
「……御礼は言いかねます」
「……ええ、全く」
気持ちは良くない。と言うか、寧ろ最悪だ。だがキーツ卿は愉快そうだ。
「そう言わないでよ。こうでもしなけりゃ一生黙ってただろ?」
そんな気はする。セバスチャンも、まあ、と顎をさすった。
「しかしだね、それはぼくにとってはおまけの様なものだよ」
ひとの人生をおまけ扱いしないで欲しい。
「ぼくは単純に、君の口から、今の思いを聞き出したかっただけなんだよ、セバスチャン。真っ正面から尋ねても、君の事だから答えてはくれなかっただろ?」
「……そうでしょうね」
「だろう? だからこんな三文芝居を打つ必要があったのさ。利用してしまったクララには申し訳ないけどね」
全くだ。
「しかし、どうしてまた?」
「何、君と同じさ、セバスチャン」
「同じとは?」
「ぼくはね、妹が可愛くて堪らないんだよ」
声が弾む。
「可愛くて可愛くて……もうね、ずーっと傍に置いておきたいくらいに可愛い。本当は誰の手にも渡したくないんだよ。アデル君にもやりたくないんだ、本心は。けどまあ、レイチェルはぼくの所有物じゃないし、妹も彼と結婚するのを望んでいるからね、渋々譲ろうっていう覚悟はあったんだが……一つ問題があった」
キーツ卿はセバスチャンを指差した。
「君の存在だよ、セバスチャン。ぼくは家督を継ぐ前に、君の誕生祝いでワーナー邸を訪れた事があってね、君の事は知っていた。それに君は母親によく似ているからね、すぐにセバスチャンだと解った。ワーナー家の子息が、憎きワイアット家に仕えていると来れば、その理由は復讐の為だとすぐに知れたよ。そんな復讐を企んでいるかも知れない男が潜り込んでいる家に、愛する妹をやれるか? やれないよ」
それはそうだろう。セバスチャンがもしワイアット家を根絶やしにしようと企んでいたら、レイチェル嬢までその標的になりかねない。いや、そうでなくてもすぐ未亡人か、苦労人生を送る事になる。そんな事は誰だってさせたくない。
「ぼくがワイアット家に忠言して、君を追い払う事だって出来たかも知れない。でも気付いたのが遅かったよ。アデル君が君にべったりだったからね。迂闊な事は言えなかった。彼の性格からして、理由は何であれ好きなものを奪ったらふて腐れる。キーツ家とワイアット家との間に嫌な空気が流れる事だろうね。そんな状態で、レイチェルを嫁にはやれないよ。だからどうしても、君自身の口から君の考えを聞く必要があった」
キーツ卿はそこまで語って鼻を鳴らした。
「長かったなあ。思っていたより君が慎重だったからかな。まあ何にせよ、これで安心してレイチェルを嫁がせられる」
一仕事終えたかの様に、うん、と伸びをする。
「クララの事を言わせたのはねえ、君に後戻りをさせない為だったんだよ。そこまで言わせられたら、もう嘘を吐く必要は無くなるからね。いやあ、しかし疲れた。たった一人の男の口を割らせるのに、これだけの手間が掛かるとはね。わざわざ監視までさせてさ」
「監視?」
尋ねたのは私だ。
「誰かに私と、その……チェンバレンさんを監視させていたのですか?」
未だに彼を兄と呼ぶのには抵抗がある。そうだよ、とキーツ卿は軽い調子で答えた。
「正確に言えば、彼はセバスチャンの監視が仕事だった。君の登場で仕事が増えた訳だけどね。さあ、セバスチャンとアデル君以外で、最も君と関わりを持っていた使用人は誰だい?」
「あ……!」
あいつか。
「まさか、ジョンが?!」
言われてみれば、妙にビジネスに関心があったり、変に勘が冴えていたりと、おかしな事が多い。深く考えると、仕事をサボって急に居なくなったり、そうかと思えば私に付きっきりだったり。以前廊下でキーツ卿と話し込んでいたのも、そういう事か。あの馬鹿面に騙され続けていた。とんだ食わせ物だった訳だ。




