執務十四:アルバムに続きを-4
「ああ、ミス・ブレナン。丁度良い所に。今呼びに行こうと思っていたのですよ」
廊下で出くわしたチェンバレン氏に、出鼻をくじかれた。話があるのは寧ろ私の方だったのだが、こうなってしまうと弱い。
「もうすぐ御客様が見えるのですが、女性の御客様なので貴女に御願いしたくて」
またも来客の知らせは聞いていない。しかし今度は事前の連絡が無かった訳ではないらしく、
「御客様と言っても、大したものではありませんから、御出迎え等の気遣いは無用です。せめて御無礼の無い様にして頂ければ結構ですよ。まあ、貴女なら平気だとは思いますが……兎に角頼みますよ」
「そのお客様は、どういった方なんでしょう?」
「新聞社の記者さんです。何でも、旦那様を是非とも取材させて欲しいのだとか」
新聞とは嫌な符合だ。
「あの、チェンバレンさん……?」
「すみません、旦那様の我が侭で今は忙しいので……。また後ほど声を掛けますから」
それだけ悩ましげに言うと、チェンバレン氏は早足に去っていってしまった。
完全に、機を逸した。
客は女性記者と男性カメラマンの二人連れだった。カメラマンの方は特筆すべき点が見当たらないが、記者の方は、少し気が強そうだが器量の良い、秀才そうな女性だった。
「ロンドン・タイムズのヘンリエッタ・ケードです」
覇気のある声で名乗るが、聞いた事のない紙名だ。髪型はボブカットで、服装はスカートではなくタイトなパンツスタイル。装飾品は一切身に付けていない為、スーツ姿と相まって、地味ではないが派手さが無い。男性的なイメージを受ける。フェミニストなのかも知れない。
ふと、彼女の名前が、頭の中の何処かをかすめて通り過ぎた。何となく覚えのある名前だ。
接客室に通されたケード女史が握手を求めた相手は、チェンバレン氏だった。彼は愛想笑いで答え、軽く手を握った。ワイアット卿の姿は見えない。
「申し訳御座いませんが、ワイアット様は体調が優れない為、御本人へのインタビューはもう少し御待ち頂けますか」
「なら、わたくし共はまた日を改めてお伺い……」
「いえ、御心配には及びませんよ。ワイアット様は御馬に乗り過ぎてしまって御酔いになられただけで御座いますから。じきに良くなられますから、御待ち下さい。勿論、御都合が宜しければ、ですが」
ケード女史は、そういう事なら、と頷いた。
「では、暫く執事さんからお話を伺っても宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。御答え出来る範囲でなら御答え致します」
チェンバレン氏は膝の上で手を組み、ケード女史はメモを取り出した。
インタビューの内容は、趣旨が違うのか、それとも相手がチェンバレン氏だからか、ビジネスの話には触れなかった。主にワイアット卿の人柄、屋敷内の様子、そして執事としての仕事についてだった。十数分間の対話が終わり、
「ありがとうございました」
ケード女史はメモ帳を閉じた。
「ワイアット伯爵はまだ見えられない様ですね?」
「左様で御座いますね」
「それでは……先にお屋敷の写真を撮らせて頂いても宜しいでしょうか」
「ええ、好きにして頂いて構いませんよ」
チェンバレン氏の言葉に、カメラマンは先んじて応接室を出て行った。ケード女史も続いて立ち上がるが、チェンバレン氏がそれを呼び止めた。
「ああ、すみませんがミス・ケード。少し宜しいですか?」
「何か?」
「個人的に御話がしたいのですよ」
ケード女史はカメラマンを気にした様だが、再びソファに腰を下ろし、
「お話と仰るのは?」
と促した。チェンバレン氏は微笑して、諸手を振った。
「いえ、大したことでは御座いませんよ。新聞記者の方とこうしてお話が出来る機会は、そうありませんからね。それも貴女の様な聡明で御美しい女性となら、尚の事」
「お世辞がお上手ですのね」
そう言いながらも、まんざらでない様子だ。もし、同じ台詞を波の男の口から聞いたなら、彼女の様な女性は寧ろ怒りすら覚えていただろう。だがチェンバレン氏は礼儀正しく、美麗で、品格のある男性だ。そんな彼が言うのだから、真実みがある。嫌な気はしないだろう。
それはそうとして、どうして急にそんな事を言い出すのか。
チェンバレン氏は更に重ねる。
「世辞を言うのはあまり得意ではありませんよ。しかし、ミス・ケード。貴女の様な女性は珍しい。貴女からは高い知性と品性の良さを感じる。それは外見以上の魅力です。着飾るばかりで学問に興味を示さない、並の貴婦人では貴女の足元にも及ばない。失礼を承知で御尋ねしますが、御結婚は?」
「……いいえ。夫はとらないつもりですので」
「そうですか。それは実に勿体ない」
ほう、と嘆息を吐くチェンバレン氏に、ケード女史は食って掛かった。
「失礼ですが、結婚して家庭を持つのは、正しい女性の生き方だと思えませんわ」
仕事の生きる女性の発言は、流石に私の胸にもぐっと来た。
「わたしも同意見ですよ、ミス・ケード。女性を家に縛り付けてはいけない。女性はもっと自由に生きるべきです」
彼が語っているのは女権拡張論そのものだ。
「真実の美は外見よりも内面から滲み出るもの。アール・デコ・ファッションに身を包む女性達はそれを履き違え、それを見る男性達の美意識もまた、狂わされている。美を尊ぶ者は、美を独り占めしたい欲求に駆られる。貴女の様な美しい女性が誰の手にも渡っていないのは、貴女の美しさに気付けない愚か者ばかりという事。美しいものが見過ごされ、誰の目にも止まらないのは、実に勿体ない。わたしなら……」
言い掛けて席を立ち、身を乗り出してケード女史の耳元に唇を寄せた。
「……貴女が欲しくなる」
耳元で囁いて、席に戻る。
「肩に糸くずが付いていましたよ」
この人の笑顔は、本当に怖い。紅茶を口にしたケード女史の頬が、ほんのりと薄紅色に染まっていた。




