執務十四:アルバムに続きを-3
窓を開けていた所為で身体が冷えているが、心も寒い。アルバムを振り返って、温め直したかった。私は窓を閉めてから、アルバムを手に取る。
見れば見るほど、チェンバレン氏があれほどワイアット卿に入れ込むのも解る気がする。今だって十分子供らしいが、「伯爵」の肩書きがない頃のワイアット卿は、尚の事愛らしかったに違いない。
と、アルバムからひらりと落ちるものがあった。糊が古くなっていた所為で写真が剥がれ落ちたのかと、拾って見てみると、それは新聞記事の切り抜きだった。
見出しはこうだ。
『富豪、アルバート・ワイアット伯爵急死』
どうやら先代の死を報じる記事らしい。だがよく見ると、小見出しにはこんな事が書いてある。
『謀殺説も浮上か』
どうにも穏やかでない。私は記事を読んだ。
『一二月二五日未明、製鉄産業で知られる、アルバート・ワイアット氏(享年四十四歳)が急逝した。死因は心不全。若すぎる突然の死に、業界内は悼むと共に、騒然としている。
氏は製鉄業界大手、八十余年の歴史を持つワイアット家の当主で……(ここより後は略歴に触れているのみなので割愛する)』
『ワイアット氏にはこれと言った持病もなく、健康そのものだったという。年齢も若かった事から、死因に対し疑問視する声も多く聞こえた。氏をよく知る人物は、「彼は多くのひとから恨みを買っていた。誰かに毒を盛られたのではないか」と語る』
と、あるものの、警察が事件として調査していたという話でもない。憶測だらけのゴシップ記事だ。こんな記事の何が楽しいのか解らない。当事者が嫌な気持ちになるだけである。ワイアット卿はこの記事を読んだのだろうか。
そう言えば、誰がこんなものをアルバムに挟んでいたのだろう。このアルバムはワイアット卿の思い出。その中にこんな気持ちの良くない記事を挟んでおくなんて、一体どういう了見だろう。
もしかすると――この記事には意味があるのかも知れない。例えば、この記事が単なる憶測でなく、真実であるとか。いや、その通りで無いにしても、近からず遠からずであるとか。そういった理由が考えられる。どちらにせよ、その場合には「先代の死は単なる病死ではない」という事になる。
もし、もしそうであるならば、誰がこの記事を残したか、それが重要だ。先代の死に疑いを持っている人間、或いはその関係者でなければ、こんなゴシップ記事を切り抜き、ましてやワイアット卿のアルバムに保管する事はないだろう。
このアルバムを誰が保管していた。ここは誰の部屋だ。そう、チェンバレン氏だ。
「……まさか」
彼は何故このアルバムを探していた。いや、探していたのは本当にアルバムだったのか。もしかして、探していたのはこの新聞記事ではなかったのか。
いや、それだと理屈が噛み合わない。彼は私を部屋に入れ、そしてアルバムを一緒に見ないかと誘った。もしこの記事が本物なら、他人の目には触れさせたくないはずだ。考えにくい。
頭がもやもやする。誰かに確かめなければ。
私は記事をポケットに仕舞い、部屋を出た。
「……あ」
部屋の前にジョンが居た。
「何してたんだよ、チェンバレンなんかの部屋で」
怖い顔をして立っている。
「さっきあの人が出て行くのを見たぜ。お前は一人で何やってた」
「何もしてないわよ。私、急いでるから」
ジョンに構っている暇はない。しかしジョンは、立ち去ろうとする私の手首を掴んだ。
「待てよ」
鼻息荒く、私を引き戻す。
「お前、やっぱりチェンバレンと付き合ってんのか?」
どうしてこうも場違いな事を言って邪魔をするのだろう。私は溜息を吐いた。
「馬鹿な事言わないで」
ジョンは尚も、眉間に皺を寄せて私を睨んでいる。
「……ジョン、確か貴男お屋敷で働き始めて一年よね? それっていつから?」
思い付きで口が動く。私の唐突な質問に、ジョンは戸惑った様子を見せた。
「去年の一月からだけど。だから……そろそろ二年か」
「じゃあ先代……旦那様のお父様が亡くなった後なのね?」
そうだけど、と訝しげながらも頷く。
「貴男が入った時、何か変な噂はなかった? 何か気付いた事でも良い。変だと思った事は?」
ジョンは妙に勘の良い所がある。私がチェンバレン氏の部屋に居たのだって、ジョンは見ていなかったから知らなかったはずなのだ。
「変な事、か……?」
私の手を放して腕を組んだ。
「……変な事と言えば、俺がここに来た時に集団面接を受けた」
「集団面接」
「そう。新聞広告に求人が載っててさ、二十人くらい集まったのか? 何でも屋敷の人間がみんな辞めたとか言って。最初から残ってたのはチェンバレンくらいなモンだったんだよ」
先代の死後、使用人が全辞職。確かに妙だ。
「噂らしい噂は聞かなかったな。何せ全員が新人だった訳だし」
「前に働いていた人達が辞めた経緯なんかは聞いてないの?」
「知らないよ。知ってるとしたら、そりゃ、チェンバレンだろ。人事はあの人の担当だ」
やっぱり、チェンバレン氏に直接尋ねなくてはいけないらしい。
「ありがとう。じゃあ私、本当に急いでるから」
「あ、待てよ! こんだけ話したんだから、お礼にデートくらい……!!」
「冗談は顔だけにして」
私は言い捨てて、逃走した。




