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第59話 寝言と後始末



 翌朝。


 ヴェルクハーフェンの空気は、昨日までと明らかに違っていた。


 通りを歩けば、聞こえてくる。



「聞いたか!? 港で市警が動いたらしいぞ」


「上流の屋敷にも入ったって聞いたぞ・・・」


「消える子供の件、やっぱり裏があったんじゃないか?」


「何をしたって銀の精霊が見てるんだとよ」


「逃げた奴が“助けてくれ”って泣きながら捕まったって話だ」



 尾ひれがすごい。

 いや、ほぼ事実だから困る。



(情報回るの早すぎだろ・・・)


『人間は恐怖と救済を含む情報を優先的に共有します』


(昨日も聞いた)


『有効性が高いので』



 精霊工房へ戻る。


 店はまだ開けていない。

 だが、中は戦場みたいだった。


 机の上には帳簿と資料が山積み。

 だが、散らかっているわけではない。


 そこら中に、徹夜した空気が部屋に残っている。

 セレナは眼鏡を押し上げながら、書類をめくっていた。



「おはようございます」


「おはよう。寝たのか?」


「二時間ほど」


「寝たって言わねぇな、それ」


「アキラさんも似たようなものでしょう」



 否定できない。


 エマは保護した身寄りのない子供たちの様子を見に奥の部屋に行っている。保護者がいる子供は帰したが、身寄りのない子供は引き取る人を探さないといけなかった。


 ドグランは地下工房。


 リファニーは――。



「リファニーさんは?」


「そういえば最近見ていませんね。もしやずっと研究室に・・・」


「またか・・・」



 セレナは書類を整理しながら続ける。



「現在確認できている範囲だけでも、かなり大規模です」


「港湾倉庫、市議会関係者、奉公契約承認担当」


「それぞれ別件に見えて、繋がっています」



 机へ、一枚の帳簿が置かれる。



「数年前から、特定の古代遺物《アーティファクト》が断続的に買い集められています」


「隷属首輪関連か」


「おそらく」



 セレナの声は冷静だった。



「単発ではありません」


「長期間、継続的に行われている」


「そして、奉公契約偽装と搬出先を辿ると――」



 そこで、セレナは一度言葉を切った。



「ラムール方面へ繋がります」



 やっぱりか。


 昨日から嫌な予感しかしない。



『現時点で最も疑わしい国家です』


(だろうな)


「それと、もう一つ」



 セレナが別の紙束を机に置いた。



「マルスさんの警告通り、保護対象が狙われる可能性があります」


「保護対象?」


「子供たち、証言者、押収書類。それから、奉公契約承認担当の下で働いていた若い書記官――テオさんです」


「ああ・・・」


「守備隊には共有済みです。ただ、相手が証拠隠滅のために動くなら、守備隊だけに任せるのは危険です」



 セレナは、押収書類の封印番号を書いた一覧を指で押さえた。



「押収物は複数箇所に分散。被害者名は番号管理。子供たちの居場所も、必要最低限の者にしか知らせません」


「精霊工房も狙われるか?」


「可能性はあります」



 セレナは静かに頷いた。



「ですが、ここを空にするわけにはいきません。だからこそ、今のうちに守るものを整理します」



 その声は、疲れていても揺れていなかった。


 事件は終わっていない。


 ただ、こちらが一手先に動けるようになっただけだ。



「ま、ここは大丈夫だ」


「精霊が見てる?」


「そゆこと。で、子供たちは?」


「少し落ち着きました」



 セレナが奥を見る。



「ただ・・・」



 言葉の先は、見れば分かった。


 奥の部屋。


 エマが、小さな女の子の手を握っている。


 子供はまだ怯えていた。

 大人が近づくたび、肩が跳ねる。

 手首には、縄で擦れた赤い跡。


 別の子は、何かあるたびに「ごめんなさい」と繰り返していた。


 トラウマって奴か。胸糞悪い。

 エマは優しく声をかけている。



「大丈夫よ」


「ここでは、誰もあなたを打《ぶ》ったりしない」



 その声を聞くだけで、少し安心する子もいる。



(こういうの・・・エマ向いてるよな)


『母性反応の数値が高い傾向があります』


(そういう言い方やめろ)


『失礼しました』



 エマがこちらを見る。


 少し疲れているようにも見える。

 だが、目は死んでなかった。



「アキラ」


「ん?」


「ラムール、行くつもりなんでしょう」


「まあな」


「・・・そう」



 否定はしない。

 できるわけがない。


 ここまで見てしまった。


 俺は小さく息を吐く。



「ちょっと、リファニーの様子を見てくる」


「ええ。この様子じゃ、ずっと食事も取っていないと思うわ」


「ったく、研究馬鹿め・・・」




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 研究室のドアを開ける。



「うぉッ・・・」



 扉を開けた瞬間、薬品と香料の匂いが鼻を突いた。


 中は酷いことになっていた。

 まぁ予想通りだ。


 蒸留器、試験瓶が転がり、冷却用水か何かがこぼれている。

 香料抽出器らしきものは稼働しっぱなし。

 そして、大量のメモが散らばっている。


 床にはリファニー。


 完全に寝落ちしている。



「はぁ・・・床で寝るなよな・・・・・・」



 近づくが、全く起きる気配がない。



「おい、リファニー」



 返事がない。ただのしかばねのようだ。


 頬を突いてみる。


 すると。


「あんっ、そんなとこ触っちゃダメですぅ・・・」



 俺の動きが止まる。



「上ばっかりダメですぅ」


「・・・へ?」


「下はもう十分濡れてますからぁ・・・」


「いや待て」


『推定、冷却分離プロセスに関する寝言です』


「分かるけど言い方!」



 リファニーは幸せそうな顔で続ける。



「アキラさん・・・早く入れてくださいよぉ・・・ダメになっちゃいますぅ・・・」


「おい、起きろ」



 肩をつかんでゆすってみる。



「やん、いきなり激しくしないでぇ・・・ゆっくり動かしてぇ・・・」



 その時、背後から何かの気配を感じた。

 ドラゴンのような、悪魔のような、もしくは魔王のような・・・



「アキラ? 何してるのかな? かな?」



 背後から声。

 振り返る。


 エマ。



「違う。俺は悪くない」


「まだ何も言っていないわ」


「言う前から分かる」



 リファニー。



「やんっ・・・そんなに強くしたら・・・ああんっ・・・あふれちゃいますぅ・・・・・・」



 エマの顔が赤くなる。



「説明して」


「俺が聞きたいわ!」


『夢でも実験中。現在乳化工程を共同作業中と思われます』


「お前も補足するな!」



 俺が頭を抱えたところで、リファニーがゆっくり目を開けた。



「ふぇ・・・?」



 寝ぼけた目が、俺とエマを見る。


 それから、自分。

 床。

 研究室。



「・・・・・・あっ」


「おい、リファニー。誤解を招く寝言を言うな」


「おやぁ、この状況はもしかしてぇ・・・」



 リファニーの口元がにやける。



「大好きなアキラさんが私のところに来て、エマさんが嫉妬しちゃったんですねぇ」


「なっ・・・!」



 エマの顔がさらに赤くなる。


 リファニーは起き上がりながら笑った。



「大丈夫ですぅ。何もないですよぉ。ぐふふ・・・」


「何もないなら、その言い方やめろ」


「でもぉ、エマさん、顔真っ赤ですぞぉ?」


「リファニー!」



 研究室にエマの声が響いた。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 ───地下工房。


 ドグランは、隷属首輪を前に黙っていた。


 空気が重い。



「どうだ」


「気色が悪い」



 ドグランが低く言う。



「こいつは“ダメな道具”じゃ」



 ドグランの眉間にしわが寄る。



「人を壊すために作っとる」



 俺も同感だった。



「アル」


『解析継続中』



 首輪の立体投影が浮かぶ。



『複数の古代技術を無理やり接続しています。ですが、設計思想に一貫性がありません』


「つまり?」


『後付け改造です。押収した資料を検索。データを表示します』



 映像が切り替わる。



『こちらは護衛用精神同調技術』


『こちらは医療用神経安定補助』


『こちらは工業用切断制御』



 ドグランの眉が寄る。



「バラバラじゃな」


『はい。本来は別用途です』



 つまり。



「元々は善意の技術を、悪意で継ぎ接《は》ぎした・・・」


『可能性が高いです』



 胸糞悪い。


 ドグランは酒を一口飲む。



「技術っちゅうもんはな」



 さらに一口あおる。



「人を楽にするためにあるんじゃ」



 さらに一口。



「こんなもんのためにあるんじゃねぇ」



 その言葉は重かった。


 未来文明を知る俺には、なおさら。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 ───夜、事務所にて。


 ミリアナからの使いが来ていた。


 内容は、嫌なものだった。



「ラムール方面へ向かう船の検閲が、厳しくなりました」



 セレナが報告書を読む。



「すべての積み荷だけではありません。書類関係は中身まで。乗客も名前はもちろん、目的、行き先まで確認しているそうです」


「早速、国が動いたか」


「でしょうね」


「子供を守るためだと思うか?」


「いわゆる大義名分ですね。実際には証拠隠滅が目的でしょう」



 セレナは眼鏡の奥の目を細める。



「ラムール側の動きはまだ届いていませんが、同様に向こうも警戒すると予想されます」


「だろうな」


「当然、“精霊使いのアキラ”という名が港で拾われる可能性は高いです」



 こうなると、ラムールに行くとしても、海路は厳しいか。


 賄賂でどうにかなる可能性はある。

 だが、そんな不確定に賭ける気はない。


 俺は小さな銀の羽根を取り出した。


 マルスへ渡した、連絡用の精霊魔道具。



「アル。通信できるか?」


『接続待機』



 羽根が淡く光る。



「マルス。こちらはアキラだ。ラムールへ入る方法を探してる。正規の入国審査を避けたい。何か方法はあるか」



 短く送る。

 返事は来ない。



「アル。今、マルスが何をしてるかわかるか?」


『移動中です』


「返信は無理そうか?」


『少し待てば可能と思われます』


「んじゃ、待つか」



 しばらくして。

 羽根が小さく震えた。


 淡い光。



『――おっと、んー、これで良いのかな』



 少しだけ戸惑った声。



『あーあー、アキラ君? 聞こえてる?』


「バッチリ聞こえてるぞ。それと、“アキラ”でいい」



 エマが目を丸くする。



「本当に会話できるのね・・・」


「まあな」



 羽根の向こうで、マルスが小さく笑った気配がした。



『そうさせてもらうよ、アキラ。それにしても便利だね、これ。正直、少し怖いくらいだ』


「そうだろうな」


『それで、質問の件だけど』



 少しだけ声が真面目になる。



『方法はあるよ』


「あるのか?」


『入国審査を避けるだけなら山越えがある。ただし、おすすめはしない』


「おすすめできる道があるなら、そっちを先に言ってくれ」



 短い沈黙。

 それから。



『龍の回廊を知っているかい?』



 エマがわずかに目を細めた。



「大山脈の地下を通る、あのダンジョン・・・?」


『そう。ラムールへ入るなら、今はそこが一番現実的だ』



 海路でもない。

 山越えでもない。


 国境の下、グランヴェイル大山脈を貫くダンジョンを通る道。


 俺は、淡く光る銀の羽根を見つめた。



「龍の回廊、か・・・」



 また一つ、この世界の知らない扉が開こうとしていた。


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