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第56話 西の毒花、泊まる

 

 精霊工房の事務所には、まだ紙の匂いと眠気が残っていた。


 机の上には、押収した書類が整然と並んでいた。

 セレナとミリアナ、リゼットの性格ゆえんだろう。


 ・・・それだけで圧を感じる俺は、ちょっとおかしいのかもしれない。


 そして、事象を繋ぐためにセレナが引いた細かな線と注釈がびっしりと書かれていた。


 見ているだけで頭が痛くなる。

 だが、放っておけばもっと酷いことになる。



「オルベックは港、倉庫、水運を洗う」



 ミリアナ=オルベックは、手元の紙束に淡々と印をつけていた。


 先ほど精霊工房へ来たばかりだというのに、もう次の動きに頭が切り替わっている。理解が早すぎる。鉄紺に近い髪を後ろでまとめた横顔は、令嬢というより港の指揮官だ。


「さすがね。話が早くて助かるわ」


「第三新港湾、運河沿い倉庫、夜間搬出記録、荷役組合の勤務表。まずはそこから」


「ヴァルシュは市議会と上流筋ね」



 リゼットが、椅子に腰かけたまま軽く指を振った。



「奉公契約の承認担当、商業ギルド周辺、身請け予定者に名前が出ている富裕層。そっちは私の方が動きやすいわ」


「精霊工房は押収書類の照合と、証拠隠滅の監視を続けます」



 セレナが眼鏡の位置を直しながら言った。



「公開する情報、伏せる情報、相手を動かすために使う情報は分けます。被害者の情報は、絶対に外へ出しません」


「そうだな」


「必要ですので」



 即答だった。

 この数日で、セレナのその言葉がかなり頼もしく聞こえるようになってきた。



「それでは、私は戻る」



 ミリアナがノートを閉じた。



「早いな」


「必要な情報は得た。あとは、机の上で見ていても動かないからな」



 ミリアナは、店の外へ向かいかけて、一度だけこちらを振り返った。



「アキラ」


「なんだ?」


「君の商品も、君自身も、いずれ物流を・・・いや、世界を変えるのだろうね」


「今それを言うのか」


「全く。私が独り身であったら・・・いや娘はどうだ?」


「まだ五歳でしょ!?」



 リゼットがすかさず突っ込む。

 が、俺としても五歳女児をあてがわれるのはごめん被りたい。



「冗談だ。今は、子供を荷にした連中が先だ。まずは報いを受けさせる」



 その言い方には、怒りがあった。善意だけではない。自分の港を汚され、荷という概念そのものを子供に使われた怒りだ。


 だが、それでいい。

 この件に関しては、怒る理由が多いほどいい。



「連絡は?」


「こちらから使いを出す。君たちも、何か掴んだらすぐ寄越せ」


「分かった」


「西の毒花にだけ握らせないようにな」


「もちろんよ、東港の姫」



 リゼットがにっこり笑った。


 ミリアナは鼻で笑い、そのまま出ていく。

 歩く速度まで速い女だった。


 扉が閉まると、少しだけ事務所の空気が緩む。


 俺はリゼットを見た。



「で、お前は帰らないのか?」


「帰るわけないでしょう」


「即答かよ」


「市議会筋も上流の連中も、昼間は綺麗な顔をしているの。動くのは夜よ」


「だから泊まるのか?」


「ええ。ここにいれば、あなたたちの動きとも合わせられるでしょう?」


「あなたたち、ね」


「本当は、あなたとアル、と言いたいところだけれど」


「そこはぼかせ」


「ぼかしてあげているじゃない」



 どこがだ。


 リゼットの笑顔は、この状況を楽しんでいるようだった。


 それを見たエマの声が、少しだけ低くなった。



「泊まる?」


「ええ。空き部屋くらいあるでしょう?」


「いやよ」



 食い気味だった。


 セレナが、帳簿から顔を上げる。



「従業員寮に空き部屋があります。そちらなら用意できます」


「従業員寮?」


「店舗側の建物に併設している部屋です。短期滞在なら問題ありません」



 母屋を見られるのは色々とまずい。

 従業員寮だってそれなりにまずいとは思うが、この際仕方ないか。



「母屋ではないのよね?」


「もちろんです。外部の方を母屋に泊める理由はありません」


「なら・・・いいわ」


「まあ。外部の方だなんて寂しい言い方ね」



 リゼットが胸に手を当てる。



「今日から内側に入れてくれてもいいのよ?」


「入りません」


「即答ね」


「即答よ」



 リゼットは楽しそうに笑った。


 俺はその笑顔を見て、嫌な予感しかしなかった。



(今のところは従業員寮。今のところは、な)


『警戒していますね』


(当たり前だ。あいつは絶対にそこで終わらない)


『同意します』



 アルに同意されると、不安が増すのはなぜだろうか。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 夜になった。


 未だセレナは事務所で書類の分類を続けている。


 ドグランは自宅に戻った・・・ふりをして研究工房に行ったようだ。


 リファニーは・・・今日は研究室から一度も出てきていない。

 今日は?

 あれ?

 リファニー、最近帰宅してるか?


 他の従業員たちは、ざわつきながらも仕事を終え、寮や自宅へ帰っていった。


 俺とエマは母屋へ戻った。


 正直眠い。

 だが、頭はまだ寝るなと言っている。

 事件は終わっていない。



「少し休め」



 俺が言うと、エマはローブを脱ぎながらこちらを見た。



「あなたもね」


「俺はアルがいるから」


「それ、休まない理由にならないわ」


「ふ・・・正論だな」


「ふ、じゃないわよ。全く」



 エマは小さく息を吐き、浴室の方へ向かった。



「先にお風呂をいただくわ。さすがに、少し落ち着きたいの」


「ああ。ゆっくり入ってこい」


「あなたも後で入りなさい」


「分かった」



 エマが廊下の奥へ消える。


 俺は居間の椅子に腰を下ろし、机の上に置いた写しの書類へ目を落とした。


 見れば見るほど、腹が立つ。


 子供の名前が、番号の横に並んでいる。

 人間ではなく、荷物のように。



(アル、夜間監視の状況は?)


『継続中。港湾側、商業ギルド周辺、市議会関係者宅、救貧院管理局周辺に重点配置しています』


(証拠隠滅に動く奴は?)


『現時点では目立った動きなし。ただし、複数地点で連絡役と思われる人物の出入りを確認』


(やっぱり夜か)


『可能性は高いです』



 その後も書類を整理しつつ、ナノマシンで監視を続けていた。


 少し疲労を感じ、手を上に、全身を伸ばす。ぽきぽきと音がした。


『関節内に気泡の発生を確認』


(どうでもいい報告をするな)


『了解』


「はぁ~・・・」



 ため息をついたところで、扉が鳴った。


 こんこん。


 セレナとは違って軽い音だ。


 嫌な予感がした。



(アル)


『来訪者、リゼット=ヴァルシュ』


(やっぱりか)



 俺は立ち上がり、扉へ向かう。


 開けると、そこには報告通りリゼットが立っていた。

 従業員寮にいるはずの女が、当然のような顔で。



「来ちゃった」


「帰れ」


「第一声がそれ?」


「従業員寮に泊まる話だっただろ」


「ヴァルシュ側から夜の連絡が来たの。急ぎで共有するべきだと思って」


「本当か?」


「半分は本当よ」


「残り半分は?」


「好奇心」


「帰れ」


「だから、第一声と同じことを言わないで」



 悪びれない。

 本当に悪びれない。


 手元には、確かに封書がある。

 完全な嘘ではないのがまた厄介だ。



「仕事の話だけだぞ」


「もちろん」


「母屋の奥には行かない」


「もちろん」


「その笑顔が信用できない」


「商人の笑顔を信用する方が悪いわ」


「自分で言うな」



 仕方なく、居間へ通す。


 その瞬間だった。



「アキラー、先にお風呂いただいたわ・・・よ?」



 廊下の奥から出てきたエマの声が、途中で止まった。


 風呂上がりのエマ。

 髪の先が少し湿っていて、薄い湯気とシャンプーの香りがふわりと流れてきた。


 そして、エマの視線の先にはリゼットがいる。



「あら」



 リゼットの紅い瞳が、すっと細くなった。



「お風呂って、何かしら?」


「・・・」


「・・・」



 俺とエマは、同時に黙った。


 ───やっちまった。


 今の沈黙は、たぶん最悪だった。



「アキラ」



 エマが低い声で言う。



「違う。俺はまだ何も言ってない」


「・・・私が言ったのね」


「そうだな」


「・・・」



 エマが、挙動不審に少しだけ目を逸らした。


 自爆した。

 完全に自爆した。


 リゼットは、満面の笑みでこちらを見ている。



「ねえ、アキラ。お風呂って何かしら?」


「普通の風呂だ」


「普通の家に風呂なんてないわ」


「う、ウチは変わってるんだ」


「そうね、この街であるのはヴァルシュの本家と、オルベックくらいかしら」


「ふ、ふーん、そうなのね」


「で、エマさんはお風呂に入ってたの?」


「入ってないわ」


「二人とも、嘘が下手ね」



 リゼットは、封書を指先で弄びながら、ゆっくりと室内を見回した。

 舐めるように。

 まるで、商談相手の店先を値踏みする時のような目だった。


 まずい。

 この女はもう、風呂だけを見ていない。



「ちょっと、どこへ行くのよ?」


「お風呂、見てみたいわ」


「用事が済んだなら帰りなさいよ」


「あら、いいじゃない」


「ダメよ。ここは、わ、私とアキラの家なんだから!」



 言った直後、エマの耳がわずかに赤くなった。

 本人も、勢いで口にした言葉の意味に気づいたらしい。


 だが、引かなかった。



「まあ! あなた達、もうすでに男女の仲なわけ?」


「そ、そうじゃないけど!」


「ならいいじゃない。私はアキラとそうなりたいわ。あなたは冒険者のパートナー。私は妻になるの」


「そ、そんなのダメです!」



 俺だって嫌だ。

 ダメに決まっている。



「あら、なんで?」


「なんでって・・・!」


「恋人でも妻でもないなら、止める理由はないでしょう?」


「あります!」


「何かしら」


「アキラは・・・その、私のパートナーです!」


「冒険者の?」


「それだけじゃありません!」


「はいはい、分かった。今日はそういう事にしてあげるわ」


「今日は、って・・・」


「でも、お風呂は見るわよ?」


「おい、リゼット」


「アキラに案内してもらうなら問題ないでしょう?」


「問題しかないわ」


「俺を挟むな」



 右にエマ。

 左にリゼット。


 俺は、なぜか自分の家の居間で、裁判にかけられている気分になっていた。






 結局、押し問答の末、浴室だけは見せることになった。


 見せなければ見せないで、リゼットは余計に食いつく。ここで変に隠すより、最低限だけ見せて終わらせる方がましだ。


 そう判断したのだが。



「な・・・何よこれ」



 浴室を見たリゼットは、入口で固まった。



「風呂だ」


「それは聞いたわ。でも、私の知っている風呂と違う」


「少し改造してある」


「少し?」



 リゼットは浴槽、床、壁、排水口、温水の出る仕組みを順に見た。


 見る目が商人のそれになっている。


 まずい。

 完全にまずい。



「アキラ」


「なんだ?」


「あなた、店で売っている商品より、家の方が危険じゃない?」


「言い方」


「これを貴族に見せたら、無理矢理家ごと買われるわよ」


「売らない」


「なら、私が使うわ」


「どういう理屈だ」



 その瞬間、エマが静かに前へ出た。



「一回だけよ」


「エマ?」



 エマは一瞬、本気で追い返しそうな顔をした。

 だが、ここで隠せば隠すほど、リゼットが余計に食いつくことも分かっているのだろう。



「一回だけ。浴室以外を勝手に見ない。余計なところに触らない。長湯しない」


「はいはい」


「はいは一回」


「はい」


「楽しそうに返事をしない」


「難しい注文ね」



 リゼットの笑顔は、もう客の顔ではなかった。

 獲物を見つけた商人の顔だ。


 エマは明らかに面白くなさそうだ。


 俺は、もう何も言わないことにした。


 言えば燃える。

 確実に燃える。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 リゼットが浴室へ入ったあと、エマはキッチンへ向かった。



「夜食は私が作るわ」


「俺がやるぞ」


「駄目」


「なんでだ?」


「あなたが作ると、リゼットが余計なことに気づくから」


「料理くらいで?」


「料理くらい、じゃないわ」


「普通に作るだけだぞ」


「その普通が普通じゃないのよ」



 妙に真剣だった。


 俺の料理まで警戒対象なのか。



(アル、俺の料理ってそんなに危険か?)


『現地一般水準と比較した場合、世界レベルの高評価を受ける可能性が高いです』


(お前まで言うな)


『事実です』



 エマは鍋を用意し、香草と干し肉、野菜を手際よく刻み始めた。


 意外と言っては失礼だが、エマは料理もそれなりにできる。

 旅をしていたのだから当然と言えば当然か。


 俺は居間に戻り、書類の確認と監視を続けた。


 浴室からは、かすかな水音。

 キッチンからは、煮立つ音と香草の匂い。


 事件の渦中とは思えない、妙に生活感のある夜だった。


 その時、アルの声が響いた。



『アキラ』


(なんだ?)


『脱衣所にリゼット用のバスタオルがありません』


(・・・は?)


『リゼットが入浴後に使用する布が不足しています』


(先に言え!)


『現在気づきました』


(エマが使ったからか)


『肯定。来客の入浴は想定されていませんでした』


(そりゃそうだ)



 俺はキッチンを見た。


 エマは鍋の前で、真剣な顔をしている。火を扱っているし、今呼ぶのはかなりまずい。


 というか、リゼットの入浴中にエマを呼んだら、それはそれで別の戦場が始まる。



(棚に置くだけだ。すぐ戻れば問題ない)


『推奨します』


(お前が言うと不安になる)



 引き出しから新しいバスタオルを取り、廊下へ向かう。


 脱衣所の中に入り、念のため声をかけた。



「リゼット、タオルを置いておくぞ。俺はすぐ離れる」



 畳んだタオルを棚に置く。


 よし。

 これで終わりだ。

 俺は何も見ていない。

 何も悪くない。


 そう思って棚に背を向けた瞬間、目の前で扉が開いた。



「あら、気が利くのね」


「閉めろ」



 反射で言った。


 湯気の向こうで、リゼットが笑っている。


 見えてはいけないものは、幸い見えていない。

 いや、見えていないはずだ。

 見えていないことにする。


 そうだ、この世界には謎の光と自在に動く湯気がある。


 あるはずだ。



「そんなに慌てなくてもいいのに」


「慌てるに決まってるだろ」


「いつも見てるところ、触ってみる?」


「んなっ!?」


「ほら、いいわよ? エマさんには内緒にしてあげるわ」


「その言い方が一番まずい!」


『鎮静物質を生成します』


(助かる!)


『心拍数上昇。視線制御に注意してください』


(実況するな!)



 俺はそのまま、全力で廊下へ戻った。


 背後から、楽しそうな笑い声が聞こえる。


 クソッ!


 完全に遊ばれている。


 俺は悪くない。

 絶対に悪くない。

 悪くないったら悪くない。


 ところで、俺は誰に言い訳しているんだ?



「アキラ?」



 キッチンから、エマが顔を出した。

 終わった。



「・・・何をしていたの?」


「タオルを届けただけだ」


「誰に?」


「リゼットに」



 エマの目が、静かに細くなる。



「説明して」


「俺は悪くない」


「あなたが悪くないのは、たぶん分かっているわ」


「たぶんか」


「でも、腹が立つものは腹が立つの」


「理不尽だ」


「そうね」



 認めるのか。

 認めた上で怒るのか。


 浴室の方から、リゼットの声が飛んできた。



「エマさーん! アキラは紳士だったわよー!」


「あなたは黙って入りなさい」


「はいはい」


「はいは一回」


「はーい」



 なんだこのやり取り。

 俺は額を押さえた。



(アル、俺は悪くないよな)


『アキラの行動目的は合理的でした』


(だよな)


『ただし、結果としてエマの不快感を誘発しています』


(そこまで言わなくていい)



 エマは小さくため息をつき、キッチンへ戻った。



「夜食、焦げちゃうわね」


「手伝うか?」


「いいえ。あなたは座っていて」


「はい」



 逆らわない。


 そうだ。

 今は逆らわない方がいい。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





「これは駄目ね」



 風呂上がりのリゼットは、妙に艶のある顔でそう言った。



「駄目?」


「一度知ったら、普通の風呂に戻れないわ。いえ、風呂の無い生活に戻れない、と言った方が正確ね」


「戻れ」


「無理よ」


「即答するな」



 リゼットは髪を軽く拭きながら、うっとりした顔で椅子に座った。


 エマが無言で器を置く。


 夜食は、干し肉と野菜を使った軽い煮込みだった。香草の香りが立っていて、疲れた体にはちょうどいい。



「美味しいわ」



 リゼットが一口食べて言った。



「ありがとう」



 エマが短く返す。


 リゼットはもう一口食べ、少しだけ目を細めた。



「エマさんが作ったのよね?」


「ええ」


「でも、香りの組み立てが少し変わっているわね。エマさんだけの癖というより・・・アキラの影がある気がする」


「・・・」



 エマの手が止まった。

 俺も止まった。


 リゼットはクスッと笑った。



「カマをかけただけよ。やっぱり、あなたも料理するのね」


「リゼット」



 エマの声が低くなる。



「怖い顔しないで。褒めているのよ」


「褒め方に問題があるわ」


「そうかしら? ただ、あなたたちは腹芸というものを、もう少し覚えた方がいいわね」


(なんで料理からそこまで読むんだよ)


『味覚情報から調理者の癖を推定した可能性があります』


(ひぃっ・・・商人怖い)



 リゼットは笑っていた。

 料理よりも、俺たち二人の反応を楽しんでいる顔だった。

 エマは面白くなさそうだが、夜食は普通に美味い。


 こういう時、褒めたいのに褒めづらい空気になるのは少し困る。



「うまいぞ、エマ」



 俺が言うと、エマは少しだけ目を伏せた。



「・・・ありがとう」



 リゼットがその反応を見て、にこにこしている。


 やめろ。

 観察するな。


 そんな、笑いと小さな火花が混じった夜食が終わり、母屋に少しだけ落ち着いた空気が戻った頃だった。



『アキラ』



 アルの声が内側に響いた。



(どうした?)


『複数地点で証拠隠滅行動を確認』



 眠気が消えた。



(場所は?)


『港湾倉庫一件。市議会関係者の屋敷一件。奉公契約承認担当者の自宅一件』



 リゼットが食器を置いた。

 さっきまでの甘い空気が消える。



「動いたのね」


「ああ」



 ほぼ同時に、母屋の外から足音が近づいた。


 扉を叩く音。


 俺が出ると、店舗側の従業員が息を切らして立っていた。



「アキラさん、オルベック商会から急ぎの伝言です」


「読んでくれ」


「第三新港湾で、不審な搬出準備あり。ミリアナ様が押さえに向かう、とのことです」


 さすが、良いタイミングで動いてくれる。


 エマは何も言わず、壁に立てかけていた杖を取った。


 さっきまでの不機嫌さは消えている。

 残っているのは、冷えた怒りだけだ。


 リゼットも、商人の顔に戻っていた。



「西側も動くわ。市議会筋で証拠を消そうとしているなら、今夜しかない」


「セレナにも伝える」


『連絡用端末を店舗側へ移動させます』


(頼む)



 俺は立ち上がった。



「じゃあ、今度はこっちから動く」



 肩口に、銀の光が灯る。

 小さな鳥が妖精の形を取り、静かに羽を広げた。


 子供を荷にした連中が、証拠を消そうとしている。


 数多の銀の鳥が、夜の空へと散った。



 今度は救出ではない。



 摘発だ。


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