第1話 亡命の四人
少しジメジメとした空気が、寝起きの瞬間を少し憂鬱にさせた。朝。少し遅いくらいの起床だったが、周囲は薄暗い。窓の外に目をやると、巨大な木の幹が連なっている。高さ50mもの巨木に覆われた森の中に、その宿はあった。天候は晴れだが、太陽は巨木の森によって一年中遮られている。
「・・・・・ふぁぁ・・・・・・・」
「眠そうだな、ランスロット」
睡眠不足というわけではないが、こうも薄暗いと体の感覚がおかしくなってくる。
このルフォレスフューテと呼ばれる大陸の大半は森林だ。それも、想像を絶する巨木の森。自分たちがつい先日までいたデア=グラントとは全く違う風景。
彼は思う。大陸を渡っただけでこれほどまでに植生が変わる理由は何だろうか、と。
デア=グラントも大きな大陸だった。しかし、大陸の端と端を比較してもここまで極端な変化はない。多少離れた離島だってそう変わらない。だが一つ大きな海を渡ると、何から何まですべてが異なる。そんなことがあり得るのだろうか、と。
「らしくねーな」
「・・・ん?」
「朝食の準備ができてるって、レッテちゃんが呼びにきたぜ。行くか?」
「・・・ああ」
レッテちゃんというのはこの宿の看板娘だ。
「しかし、エルフの女性は美人が多いってのはホントだな!俺はずっとこの国に居たいくらいだぜ!」
「・・・相手にされるかは別問題だと思うが」
「お前は相変わらず冷めてんのな。美しい女性が見渡す限りに存在しているんだ。ワクワクしてこなきゃ男じゃないだろう!?」
「・・・興味がない」
先ほどよりずっとだるそうにしている男はランスロット。寝起きで機嫌が悪いわけではなく、普段からあまりしゃべらない。ややツンツンと逆毛立った黒い短髪に、少し眠そうな濃紺の目、のっぺりとした無個性な表情が特徴的な少年だ。ちょうど着替えを済ませたところで、全身ブラックが基調の冒険者服を着ている。
よくしゃべる男はアルヴァイン。サラサラと流れる少しくすんだ金髪を、綺麗に真ん中で分けている。切れ長の目と常に女性を意識した仕草。いわゆるチャラ男という印象が強い。長身で、モスグリーンのローブを愛用している。
準備が終わると、ランスロットとアルヴァインは二階の客室から一階の食堂へと移動した。ほかの客は少なく、テーブルには空席が目立つ。女将の案内に従って四人掛けのテーブルに向かうと、そこにはすでに二人の女性の姿があった。
「おはよう。ずいぶん遅かったのね」
「・・・おはよう。・・・ちょっと寝すぎたみたいだ。ごめん」
「別に謝らなくても良いけど」
「おっはよ~!ランスロットは今日も眠そうだね~。アルヴァインは今日もチャラいね~!」
「おはよ!って朝から喧嘩売ってんのか、フィオナ!」
「へっへ~、ごめんごめん」
すでに完璧に身支度を整え、正しい姿勢で茶を嗜む女性はエルザ。燃える様な紅い髪と、その美しさに負けない整った顔立ちをしている。やや胸元の開いたドレス風のローブを着ているが、全身から生真面目さが溢れていて、近寄りがたいオーラを放っている。
その隣に座っているのはフィオナ。亜麻色の美しい髪を二つに束ねて下げている。頭の上のほうから覗く二つの猫のような耳が非常に愛らしい。エルフとビーストのハーフである彼女の独特な見た目は、この世界でも珍しいようで、街を歩くだけでも注目の的であった。
「今日は皇帝陛下に謁見する日でしょ?」
「あー、確かにそんな事を言われてたな」
「もしかしてアルヴァイン、忘れてたの!? 私だって覚えてたよ?」
フィオナは大きく目を開けて驚いた。
「・・・俺は、覚えてたけど」
「嘘おっしゃい」
ランスロットがだるそうに口を開き、エルザがピシャリと止める。
彼らにとってのありふれた日常の風景だった。
四人は朝食を済ませると、宿を出て城に向かった。行く先はここ、ルザリス帝国首都にあるレグリス城。巨木の森の奥深く、古代遺跡を思わせる石造りの城だ。
宿を出ると、薄暗い森の中、苔むして緑に変わった石畳が目を引く。それらを、数多く設置された街灯が照らしていた。
「さっきの発言は撤回だ。こんなところにいたら変な病気になっちまう」
「さっきの発言ってなぁに?」
「どうせ、綺麗な女性が多いから『この国にずっといたい』とでも言ったんじゃない?」
「んぐ・・・・・、お前は心が読めるのか」
「アルヴァインが単純すぎるだけじゃないかしら。でも、早くこの地を去りたいのには同意ね。ここは湿度が高すぎて、ヒュームが住むのには適してなさすぎるわ」
「・・・俺も苦手だ」
「私は結構平気だけどな~」
「あー、フィオナってビーストとエルフのハーフ・・・だっけ。先祖の生まれ故郷だから、適正はあるんじゃないか?」
「そうなのかな~?」
パタパタと尻尾が動き、ピコピコと耳が動く。
「っていうか、ここでも皆見てくるねー。エルフは一杯いるけど、ビーストとのハーフってやっぱ珍しいのかな?」
「そうね、そもそもハーフは極端に出生率が低いから、たとえ結ばれても子供が生まれてくる可能性は低いわ。しかも、ほとんどの場合はどちらかが強く出て、パッと見ただけだとエルフかビーストのどちらかにしか見えないの。フィオナのように交じり合って中間を成すなんて、かなりのレアなケースじゃないかしら」
「ふ~ん、やっぱそうなんだ。私ってすごいんだね!」
「その底抜けのポジティブ、うらやましいぜ」
「・・・同感」
しばらく歩くと、巨大な遺跡が一行の目に入ってきた。
石造りの建造物で、敵の侵入を阻むかのように、水路が周囲に張り巡らされている。相変わらず全体的に苔むしているのは、この国ではもう普通の光景だ。しかし、相変わらず周囲を巨木に囲まれているが、そこだけは柔らかな光を浴びているように見える。
四人が遺跡に見とれていると、一人の騎士が近づいてきた。
全身を覆う黒い甲冑。背に収められた剣は、吸い込まれるような漆黒をたたえている。
【黒騎士イアン=ギュネイス】
世界でも数人しか存在しない、S級のトランスレイスだ。
トランスレイスとは、クリスタルと呼ばれる特殊な有機体の力を発現可能な器官を有した者のことである。複数の『ルーン』と呼ばれる有機チップと、魔力を秘めた原石の組み合わせで様々な効力を発現し、それらは『魔法』や『スキル』と呼ばれていた。
それらを特殊な能力によって超常的な力を発揮するトランスレイスだが、その能力に応じて階級があり、F・E・D・C・B・A・Sというランクで分けられている。Fランクが最低ランクだが、それでも一般人とは比較にならない力を有している。A級ともなれば、世界的な英雄と呼ばれる存在が多い。
実は、一般的に知られているのはA級までで、そのカテゴリの中でも隔絶した存在を、非公式にS級と分類している。歴史上でも数人しか存在していない、圧倒的存在としての区別だ。
そのS級が目の前にいる。
「おはよう、街は一通り見てきたのか? ヒュームにはすこしキツいだろう」
「まぁ、エルフは美人だけど、湿っぽくて長い間の滞在は勘弁って感じッスね」
伝説の存在を前にもアルヴァインは平常運転だ。
「あ、あんた伝説の英雄に対して何失礼な口きいてるのよ!」
すかさずエルザが突っ込む。
「アハハ、気にしなくていいよ。むしろ気楽に話してくれて助かるよ。素性がばれるといつも祀り上げられて居辛くなるんだ」
「あ、そうなの? じゃ、私もふつーに話すね!」
(・・・フィオナは言われなくても自重しないだろうが)
などとランスロットは思うわけだが、フィオナも常に無口なヤツに自重しろなどと言われたくはあるまい。
「さて、城で陛下がお待ちだ。準備ができてるなら行こうか」
イアンに促されて一行は城へと向かう。
「ところで・・・君はエルザといったかな」
「はい」
「先日手にしたパンドラクリスタルはどうかな」
───パンドラクリスタル
遺跡に眠るパンドラボックスと呼ばれる箱に適合者が触れると、遺伝情報などの情報に基づいて変性し、適合者専用のクリスタルに成る。その性質は通常のクリスタルと大きく異なることが多いが詳しい事はほとんど分かっていない。
「はい、早速組み込んでみましたが、馴染み方が段違いですね。本当に自分の体や記憶の一部として溶け込んだ感じがします」
先日。
ランスロット一行は入手したパンドラボックスが原因で、活動先だったデア=グラント大陸から逃げ出してきたのだ。
イアン曰く『洗脳されたギルド関係者』が、パンドラボックスを見た途端に反応して攻撃を仕掛けてきた。パンドラボックスがトリガーとなって発現する幻術の類だろう。まだ駆け出しのランスロットたちを取り囲むB級やC級のハンターたち。イアンが蹴散らしてくれなければ命も危ないという状況だった。
「で、どのような効果があるのだ?」
「習得したスキルは『古代文字解析』。ですが、文字が読めるだけではありませんでした」
「・・・ほう。 というと?」
「各地に散在する古代文字の石碑や石版、それらが解読可能となったのですが、ほとんどが特殊なスキルについて書かれたもののようです。そして、解読と同時に習得できるようなのです」
「・・・・・・なんと!! まさか、この街の中央広場の石碑も?」
「最初に解読したのがその石碑です。習得したスキルは〈ポータル〉と言うようですね。これは、石碑と石碑をつなぐ門を開いて、転移するスキルのようです。 ただ、アクセス権?が無い石碑には転移ができないようです。自分の記憶の一部だったように、直接用途が頭に入り込んでくるのですが、少しわからない言葉が多くて・・・ものすごい違和感を感じます」
「パンドラクリスタル自体が謎だからな。そう言う事もあるだろう。」
「ま、今のところは役に立たないスキルなんだろ?」
「そうね、他に転移できるスキルなのは間違いないけれど、アクセス権というのが今はこの石碑にしかないみたい」
「その件に関しては、追々明らかになっていくだろう。 さて、もうすぐ城が見えてくる━━━
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苔むした古代遺跡。
第一印象はこれしかない。
それは、かつての国で見た城とは違っていた。
眼前の緑に覆われた建造物は、せいぜい高さは10メートルほど。壁面のほとんどは蔦に覆われ、それ以外の部分も苔のようなもので覆いつくされている。屋上に噴水でもあるのだろうか、何本もの細い水路があり、壁を滝のようにつたって流れ落ち、再び集まって建物の周囲を太い水路が囲んでいる。
一目見てこれを城だと判断できるデア=グラント出身者はそうはいまい。
これが・・・・・城? そんな疑問を4人は抱いていた。
「さて着いたぞ。これがエルフの首都、ルフォレスフューテ大陸を統べる皇帝の城、玉翠城だ」
「あー、思っていたよりも普通に古代遺跡だな」
「アルヴァインもそう思った?私もよ・・・」
驚く四人にイアンはこの国、いや、この大陸の歴史を解説する。
古の時代より、ビーストとエルフが争ってきたこと。ビーストの王家に伝わる『鷹の目』という上空からの索敵スキル、そしてその目から逃れるために大樹を利用して隠れ住んでいた歴史を。
かつてのエルフは弱かった。身体能力に優れたビーストという種族に対し、華奢なエルフは逃げ隠れるより他はなかった。逃げながらエルフたちは自分たちの力を磨いていった。魔法という神秘の力を。
およそ1,000年ほど前、龍の血を浴びたエルフの勇者と、信託を授かったエルフの神官の間に奇跡の子が生まれた。その名をルイ=アル=ザウ=ルザリス。圧倒的な魔力と龍に愛された力を持つ彼は、劣勢だったエルフを一纏めにし、一気に形勢を逆転させ、国を興した。それが、現在のルザリス帝国である。
現在ではビーストとの力関係は逆転し、ビーストはエルフと共存の道を選んだ。
「そう、それで目立つ建物がこんなにも少なかったのね」
「そして、城さえもその例外では無かった、と」
「・・・だが、この降り注ぐ木漏れ日は十分に神々しい」
「たまーに、ランスロットって詩的な事言うよねー」
フィオナは茶化すが、4人は同じ気持ちで、歴史ある古代遺跡のような城を眺めていた。
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謁見の間に案内された四人は、今、皇帝陛下の御前で跪いている。
ルザリス帝国第五代皇帝、ルーク=ファラコル=ザウ=ルザリス。
唯一、龍の力を持つエルフの末裔にして、稀代の力を持つ皇帝。初代と二代目同様、龍化の力を持ち、真の姿である白龍の姿は一国を容易に滅ぼすと言われている。
「さて、余がルザリス帝国第五代皇帝、ルーク=ファラコル=ザウ=ルザリスである。イアンよ、かの者たちの護衛の任、ご苦労であった」
「ハッ、身に余るお言葉、光栄でございます、陛下。。。。プッ」
「よい。さて、そこな4名のレイナードの弟子たち。面を上げよ」
「ハッ、はひッ!」
・・・・・・
「ぷっ」
「はっ・・・・・・あっはっはっはっは!」
「カチコチに固まってるじゃないか、四人とも!」
「えっ・・・?」
四人はお互いに顔を見合わせる。現状が把握できない。
「いやいや悪かった。ちょっと皇帝っぽく喋ってみたかったんだが、ガラじゃなかったみたいだ。イアンも耐えきれなかったみたいだしね」
「ルーク、いきなりで俺も驚いたぞ。事前に言ってもらわなければ・・・ぷっ…笑ってしまうじゃないか」
「君たちもそんなに固くならなくてもいい。楽にしてくれ」
「あの陛下、これはどういう事で…」
「ああ、僕とイアンはね、もうかれこれ200年くらい付き合いのある友人なんだよ。それこそ、僕が皇帝なんかやる前からのね」
「もうそんなになるか。そして、君たちの師であるレイナードも同じく我らの友人という事さ」
「そんな彼が、失踪前私に手紙を残したんだ。そこには頼みが書かれていてね。ボクはそれを引き受けようと思ったわけさ」
未だ固まり続ける四人に、皇帝は4人の師であるレイナードからの頼みごとを伝える。
「彼の頼みは二つ。一つ、デア=グラントから君たちを救助すること。そして二つ目、このルフォレスフューテの古代遺跡を君たちに探索させること、さ」




