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第9話 ラボと魔法

 

 皇帝との謁見を終え、宿へ戻る頃には、俺の頭の中はもう次の事で一杯だった。


 魔法。

 クリスタル。

 スロット。

 魔素。

 そして、俺の体の中にあるらしい謎の石。


 分からない事だらけだ。

 だが、それがいい。


 分からないなら調べればいい。

 それが、俺たちのやり方だ。



『優先すべき行動を提案します』


 部屋に戻るなり、AIがそう告げた。


『第一に、ファクトリー関連データの整理と運用開始。第二に、ラボ機能の拡張。第三に、魔法現象の観測手段の確立です』


「全面的に同意だ」



 俺の中のジェイクが正解だ、と言っている。



「・・・が、その前に買い物だな」


『魔法関連資料と媒介物の確保を推奨します』


「そういうこと」



 理屈を知るなら、まずはこの世界の教科書を読むべきだろう。

 できれば入門書。

 あと、実験用のクリスタルも欲しい。


 俺は財布を掴むと、再び街へ出た。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 街は相変わらず薄暗く、湿っぽく、そして最高にファンタジーだった。


 石畳。

 霧。

 巨木。

 街灯。

 行き交うエルフやハイリザード、獣人たち。


 何度見てもテンションが上がる。


 だが、今日は観光じゃない。

 目的がある。


 昨日買った地図と、頭に入った街の経路情報を頼りに歩いていくと、書物と魔道具を扱っていそうな小さな店を見つけた。

 木造の店構えで、店先には本の絵と結晶の絵が並んだ看板が出ている。


 分かりやすくて助かる。


 店に入ると、乾いた紙と木、それに少し鉱石のような匂いが鼻をくすぐった。



「いらっしゃいませ」



 店番をしていたのは、初老のエルフの女性だった。

 眼鏡をかけ、いかにも本に囲まれて生きてきました、という雰囲気である。



「初心者向けの魔法の本ってありますか?」



 そう聞くと、店主はわずかに目を細めた。



「成人してから基礎を学ぶのは珍しいですね」


「田舎育ちなもので」



 便利だな、田舎。



「そういうことなら、これでしょうね」



 差し出されたのは、やや厚めの本だった。

 表紙には《魔法学基礎》とある。


 うん。

 ド直球で大変よろしい。



「あと、火属性の初歩を試すなら、この辺りかしら。安価な火のクリスタルです」



 小箱の中には、小さな赤い結晶がいくつか収まっていた。

 ルビーほど澄んではいないが、内側で小さく火が揺れているようにも見える、不思議な石だ。



「それもください」



 会計を済ませ、本と火のクリスタルを受け取る。


 紙の本。

 魔法の入門書。

 火属性のクリスタル。


 完全にファンタジーのスターターセットである。


 めちゃくちゃテンションが上がる。



『アキラ。表情が緩んでいます』


「仕方ないだろ。魔法の本だぞ」


『理解不能です』


「共感してくれてもいいだろ」


『できません』



 即答だった。

 冷たい。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 宿に戻ると、俺は早速《魔法学基礎》を机の上に置いた。



「さて・・・まずはこれだな」


『解析します』



 俺が表紙を撫でた次の瞬間には、もう終わっていた。



『解析完了。言語・図解・本文内容の整合を確認。インストールを開始します』


「・・・早くていいのだが、読書の楽しみというものがないのはいかがなものか」


『必要であれば未読状態として保持することも可能です』


「そういう話じゃないんだが・・・」


『効率を優先しました』



 そうだろうな。

 知ってた。


 だが、読書の楽しみが圧縮ファイルみたいに脳へ放り込まれるのは、やはり情緒が無い。


 もっとも、内容そのものは面白かった。


 この世界では、空気中に魔素が満ちている。

 トランスレイスはスロットを介してクリスタルと魔力を扱い、魔法を発動する。

 初歩魔法では属性との相性、イメージ、詠唱、そしてクリスタルとの同調が重要。


 なるほど。

 入口は分かった。


 だが同時に、一つ大きな問題にも気づく。



「AI、これ・・・俺はそもそも発動条件を満たしてないんじゃないか?」


『その認識で妥当です』



 はい終了。



『トランスレイスではない。スロットも確認できない。一般的な魔法発動条件を満たしていません』


「理論上は無理、と」


『はい。理論上は』



 その微妙な含み、やめてくれ。

 期待してしまうだろ。



「まあいい。まずはこっちだ」



 俺は買ったばかりのショートソードを机の上に置いた。

 昨日ランスロットから貰った剣だ。


 実用品としては十分。

 なら、改造の試しにちょうどいい。


『ファクトリー運用手順を再確認。マイクロマシン群、局所作業を開始します』


 頭の奥に、もう一度ファクトリー関連の知識が立ち上がる。

 素材精製、微細加工、強度最適化、組成再配置。


 だが、現状は本当に最小限だ。

 重金属もレアアースも、宇宙由来高機能素材も足りない。

 いきなり何でも作れるわけではない。


 それでも、ゼロじゃない。


 剣の表面を、肉眼では見えないレベルの粒子が静かに這っていく。

 音も熱もほとんどない。

 だが確かに、何かが起きていた。


『刃先強度、金属組成、重心バランスを最適化。完了しました』


 俺は剣を持ち上げる。



「・・・おお」



 すぐに分かった。


 違う。


 軽いというより、馴染む。

 余計なブレがない。

 まだ振ってもいないのに、よく斬れると分かる。



「見た目変わってないのに中身だけヤバくなってる・・・」


『基礎改修としては成功です』



 うん。

 テンションが上がる。


 これで少なくとも、街の外に出る準備は少し進んだ。



「次はラボだな」


『了解。ラボ運用関連データを整理、接続します』



 今度は分析側の知識が頭の中に流れ込んでくる。

 観測項目の切り分け、仮説構築、検証手順、誤差処理。


 ファクトリーが“作る”なら、ラボは“調べる”だ。



「研究対象は、魔素、魔力、魔法、クリスタル、魔石・・・あと、俺の腹の中の石っぽい何か、だな」


『研究対象に追加します』



 よし。

 では、ここからが本番だ。


 俺は火のクリスタルを箱から一つ取り出した。

 小さな赤い結晶は、掌の上で微かに温かい気がした。


『解析を開始します』


 AIがいつものように無機質に告げる。

 結晶構造、熱反応、密度、表面情報、内部揺らぎ。


 そして、結論。



『不明です』


「はい?」


『現時点の知識体系では、組成も作用機序も特定できません。熱源ではありません。単純な蓄熱体でもありません。ですが、火属性現象との関係は否定できません』


「つまり?」


『よく分かりません』



 うん。

 知ってた。


 分からないものが分からないと分かっただけ、進歩といえば進歩だ。



「じゃあ、試すか」



 俺は火のクリスタルを握る。


 本の内容を思い返す。

 呼吸を整える。

 意識を集中する。

 火をイメージする。

 詠唱を意識する。



「【トーチファイア】」



 何も起きない。


 だよな。


 もう一度。

 今度はもっと丁寧に。


 小さな火。

 灯り。

 熱。

 指先の先に、揺れる炎を。



「【トーチファイア】」



 やはり起きない。


 くそ。

 それっぽくやってるんだが。



『やはり発動しません。スロット相当器官が確認できない以上、通常手順では成立しないはずです』


「はず、な」


『はい』



 俺は椅子に腰を下ろし、少し天井を見上げた。


 理屈としては分かる。

 だが、理屈で分かるのと出来るのは違う。


 しかも、ここは科学の世界じゃない。

 いや、科学の延長で見ようとしているのは俺たちの側だ。


 この世界の魔法は、この世界の流儀で動いているのかもしれない。


 もう一度、火のクリスタルを握る。


 意識を深く、深く・・・


 その瞬間、腹の奥がじわりと熱を持った。



「・・・ん?」



 へその少し上。

 あの、以前AIが見つけた石のような何かがある辺りだ。


 錯覚かと思った。

 だが違う。


 熱い。

 いや、熱いというより、脈打った感じがする。


『体内未知物質に反応。火のクリスタルとの干渉を確認。しかし、原理は不明です』


 また原理不明か。

 上等だ。


 分からないなら、今は感覚で行く。


 頭で組み立てすぎるな。

 火だ。

 火を出すんだ。


 明るく周囲を照らす灯り。

 熱。

 手の中に、ひとつ。



「ごちゃごちゃ難しく考えるんじゃなくて、こう、イメージを固めてだな・・・【トーチファイア】!」



 ぼっ、と。


 指先に、小さな火が灯った。

 次の瞬間、灯った炎が激しく発光する。



「ぎゃああぁぁぁぁ! 目がぁぁぁ!! 目がぁぁぁぁ!!」



 慌てて火を消す。

 激しい光を直視したことで、のたうち回る俺。



『応急処置を行います』



 助かった。

 これが異常な魔力値の弊害か。


 何も考えずに使うのはまずい。

 魔力の制御を意識しないと。


 今度は使う魔力量も極小に調整して・・・



「【トーチファイア】」



今度はちゃんと、狭い部屋を照らす程度の明かりを作ることができた。



「・・・・・・」


『・・・・・・』



 数秒、完全に沈黙した。



「ちゃんと出来たな」


『安定した発動を確認』


「出たぞ!?」


『確認済みです』


「いや、マジで!?」



 思わず立ち上がる。

 指先で揺れる小さな炎が、確かにそこにある。


 熱い。

 明るい。

 そして、どう見ても魔法だ。



「マジか・・・俺、今、本当に魔法を使ったのか」


『結果的にはそのようです』


「結果的にはって何だよ!」


『理論的裏付けが極めて不十分です』



 冷静だなぁ!

 いや、知ってたけども!


 しかし、その冷静さが今はむしろ頼もしい。



『通常のスロット経由反応とは一致しません。体内未知物質、火のクリスタル、周辺環境の三点に異常反応を確認しました』


「つまり?」


『何が起こっているのか、理解できていません』



 そこは正直なんだな。


 だが、続く言葉は早かった。



『既存の観測手段では不足しています。魔素対応センサー系の構築を開始します』


「お、来たな研究者AI」


『優先観測対象を設定します。体内未知物質。空気中の魔素。クリスタル反応。魔法発動時の干渉。まずはアキラの感覚と連動させて探っていきます』



 そうか。


 魔法が使えた。

 だが、これで終わりじゃない。


 むしろ今の一発で、やっと研究の入口に立てたということだ。


 俺は指先の火を見つめる。


 小さい。

 不格好だ。

 でも、確かにそこにある。


 工房の基礎はできた。

 剣も少し強くなった。

 ラボも動き始めた。

 しかも俺は、ついに魔法まで使った。


 ・・・いや、今日一日で進みすぎでは?



『否定しません』


「お前、たまに肯定の仕方が雑だよな」


『不要な情緒を省いています』


「そこは少し残してくれてもいいんだが」



 指先の火を消し、火のクリスタルを机の上に置く。


 まだ分からないことだらけだ。

 スロットが無いのになぜ使えたのか。

 腹の奥の石みたいな何かは何なのか。

 空気中の魔素とは結局どういうものなのか。


 だが、それでいい。


 分からないなら調べればいい。

 調べる手段が足りないなら作ればいい。


 それが、俺たちのやり方だ。



「よし」



 俺は改造した剣を腰に差した。



「これで、街の外に出る準備が一つ整ったな」


『肯定します。次の段階へ移行可能です』



 三日後にはペドラメへ向かう。

 それまでに、積めるだけ積んでおく。


 異世界生活、やることが多すぎる。


 だが、最高だ。



 この世界、やっぱり面白すぎる。



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