2 S級祓魔師と密約
「例の悪魔?」
聞いたことのない言葉にハミルが首を傾げる。
「館長、『ここにあったのか』って言ったね。あと鉱山の真実がどうとか」
口元に微笑を浮かべてモルディオが言う。
「えっモルディオって読唇術使えるのか?」
「一応ね。でも鉱山の真実って何だろ。まあ僕に聞き取れるぐらいだから、そんなに重要なことでもないと思うけど」
二人の会話を聞きながら、セヴィスはロザリアの言葉を思い出した。
『祓魔師は、悪魔を虐殺するために鉱山に入って、悪魔を生き埋めにした。その『宝石』が、今掘り出されているの』
あの時、祓魔師が悪なのではないか、クロエは自分たちに何かを隠しているのではないかと疑った。
それはありえないと思っていたが、その疑惑が再び頭に浮かんだ。
「さっきの館長、変だったね」
モルディオの言葉が、セヴィスの頭の中をクロエへの猜疑心で満たしていく。
クロエは足早に去って行った。
今までのクロエの行動を考えると、明らかにおかしい。
考えるよりも、行動した方が早い。
そう判断したセヴィスは、自分の荷物から青いナイフを取り出して廊下に出る。
豆粒よりも小さいクロエの後ろ姿が、前方の廊下の角を曲がって行くのが見えた。
「おいセヴィス、どこ行くんだよ!」
ハミルの声を聞き流して、廊下を走ってクロエを追いかける。
気配を消し、足音を立てずに走るのは泥棒稼業でもはや癖になっている。
普段着ではとても走りにくい。
傷跡も痛い。
ナイフケースが腰にないことにも違和感がある。
だが早足で歩くクロエを追跡するには気にしていられない。
いつも逃げる側にいた自分が追いかける。
とても不思議な気分だった。
***
「あいつ、どうしたんだ?」
「気にすることでもないと思うよ。あの馬鹿の行動に裏があるとも思えないしね。でもセヴィスってさ、何か変だよね」
「変?」
意味深なモルディオの言葉に、ハミルは思わず聞き返す。
「あいつは馬鹿だけどさ、敬語はちゃんと話せるんじゃないかな」
「どうしてそう思うんだ?」
「なんとなく。だって、あいつは自分のやるべきことだけはちゃんと理解してる。今回の総攻撃だってそうだった。それに、どんな馬鹿でも館長への立場ぐらい弁えるじゃん」
「まあ、そうだよな」
「でもそう思うとさ、あいつの普段が全部仮面を被っているように見えてくるんだよね。それはありえないか。やっぱりセヴィスは敬語すら話せないんだ」
「へえ、いつも貶してばっかりのモルディオがそんなこと言うなんてな」
とハミルが笑うと、扉から顎鬚を生やした男が入ってきた。
「ハミル、大丈夫か?」
「親父!」
ハミルは父が警察服を着たままで見舞いに来たことに驚いている。
「ハミルのお父さんですか?」
と尋ねるモルディオの手にほとんど無理矢理握手をして、男は言う。
「ミスト=スレンダだ。よろしくな」
「ミストって……フレグランス特捜課の課長さんですか? テレビでたまに見ますよ」
モルディオが自分を知っていることが嬉しかったのか、ミスト=スレンダは何度も頷いている。
「相当のセヴィス嫌いで有名ですよね。共感しますよ」
「ハミルが未だに奴と仲良くしているのはけしからん。奴は最悪最低生意気ガキだ。総攻撃の日にもオレに偉そうな口を叩きおって」
堂々と愚痴を言うミストに、ハミルは呆れて頭を抱える。
「そうですよ。あいつがS級だなんて八百長です」
「そうだな。ところで、お前はハミルの友達か? オレが知らんということは、称号を持ってないんだな。称号を持っている男子はあとガリ勉のモルディオだが、オレはあいつと喋りたいとは思わんな。で、お前の名前は?」
ミストは顎に手をあてて考える。
そのミストにモルディオは笑いかけた。
不気味だと感じる程笑っている。
「僕がそのガリ勉のA級、モルディオ=アスカです」
「あれ、そうだったか……いやー、実際見るとそんなにうざそうに見えんな。あれはセヴィスだったか? はっはっは」
ミストの後ろで、ハミルは「親父も歳だもんな」と呟いた。
「それにしても昨日のセヴィスの態度には腹が立ったな。何が『命が惜しいのなら』だ! おかげでフレグランスの奴を取り逃がしてしまった!
大体、どうして奴は『怪盗』フレグランスなのだ。オレが見てきた童話の怪盗とはもっと美しいものだった。だから警察を志したというのに、フレグランスは猛毒で気絶させる姑息な野郎だ。誰だあんな名前を付けたのは! あんな奴、盗賊で十分だ!」
「セヴィスはミストさんを押し退けて別館に入ったんですよね? ひょっとしてセヴィスがフレグランスなんじゃ……」
「んなわけねえだろ。フレグランスは五年前から活動してるんだぞ」
と、ハミルが口を挟む。
「そうだった。あいつは馬鹿だったね。でもナイフ投げてるし、足が速いから盗賊にはぴったりだよね」
「全くだ。あいつが祓魔師じゃなくて盗賊だったらオレが捕まえてやるのに」
五年前からセヴィスに翻弄され続けているミストは、鼻息を荒くして言った。
***
自分がいた病室からかなり離れた場所にある、美術館の屋上。
余程のことがなければ鍵が掛かっている場所である。
その中心でクロエは立ち止まっていた。
屋上の物陰に隠れながらセヴィスは様子を伺う。
クロエは携帯電話を操作していた。
「早かったな」
突然クロエが低い声で一言を発した。
最初は独り言かと思ったが、隣のビルから飛び移ってくる男はセヴィスも知っている顔だった。
「丁度そっちに向かってたところっすよ。で、例のタロットは手に入ったんすか? 昨日の夜中にブレイズ鉱山に行ってもなかったそうじゃないすか」
と言って水色のスカーフをした軽装の男は、青色の短髪頭を掻く。
右目は髪に隠されていて、左目は弦を描くように笑っている。
何も見えないのではないかと疑う程、目だけで笑みを浮かべていた。
名をナイン=ミラク。
知る人だけが知るスラム街、そこから来た泥棒である。
セヴィスが『宝石』店を狙うのに対し、ナインは富豪の家を狙う。
いわゆる空き巣を生業としている男だ。
彼は、フレグランスの正体を知っている。
同業者だからという理由で暴露されることはないのだが。
「セヴィスが持っていた」
「ふーん。やっぱりセビっちが持ってたすか」
「セビっち?」
「ニックネームっす。おれっちとは旧知の仲っすよ」
「セヴィスは貴様を知っているのか? 共犯なら奴も犯罪者になる。つまり次のS級は私だ」
「そこは何とも言えないっすね。セビっちには先越されてばかりっすが、S級のセビっち相手だとさすがのおれっちも勝てないっす。まあ、最後に獲物を取った方が勝ちっすよ」
そう言って、ナインはポケットから青い『宝石』を取り出した。
見た限り、割れていないようだ。
「これが約束のロザリアの『宝石』っす。美術館の倉庫から盗み出すのは、展示室程じゃないすけどなかなか難しかったっすよ。で、タロットは?」
ロザリアの『宝石』と聞いて、セヴィスは息を呑んだ。
自分は総攻撃の後、疲れと大量出血でとても『宝石』をシンクに持って行く気力がなかった。
それで結局ロザリアの『宝石』は祓魔師に奪われた。
それ以降は美術館に展示されるので盗もうかと思っていた。
だが、ナインはその前に保管倉庫から盗み出していた。
約束の、とはどういうことだ。
クロエはロザリアの『宝石』を欲しがっているのか。
「焦るな。タロットはある」
クロエがカードを差し出す。
考えている時間はない。
クロエが裏でこんなことをしている時点で、決していい方向には転ばない。
何か根拠があるわけでもなく、直感でそう感じ取った。
セヴィスは物陰から飛び出して、右手に持っていた青いナイフを投げた。
もはや、クロエやナインに気づかれるといった未来は全く考えていなかった。
「なっ!」
ナインの手を狙ったつもりだったが、カードを差し出そうとしたクロエの手にナイフが刺さった。
血塗れの手からカードがばらばらと地面に落ちる。
その絵柄は全て『愚者』だった。
「セヴィス貴様ぁっ!」
激昂したクロエは左手に刺さったナイフを握る。
ナインは言葉を失っている。
「いつからそこにいたっ! 答えろっ!」
クロエがナイフを抜いて怒鳴る。
「答えるのはアンタの方だろ。一体何を隠してるんだ」
すかさずセヴィスは言い返す。
いつも冷静だったクロエがここまで怒りを露にしたことで、セヴィスもまた少し冷静さを失っていた。
と言うより、クロエが自分の思った通り偽善者であるということに心を滾らせていた。
怒りの意ではなく、楽しみの意で。
「貴様には関係のないことだっ!」
と叫んで、クロエはナイフを引っ張る。
それに抵抗する為にセヴィスが魔力権を発動すると、クロエはナイフを持つ手を離した。
そしてその手は自身の剣の柄へと向かっていく。
「今見たことを忘れなければ、貴様を殺す!」
二刀剣が自然な動きで抜かれる。
クロエから、溢れ出る殺気が感じられた。




