1 クロエと謎のタロットカード
「また日食のニュースかよ。科学者もあの総攻撃の間によく観察できたよなぁ」
そう言って、ベッドの上に座るハミル=スレンダはテレビの電源を切った。
祓魔師の勝利で終わった総攻撃の次の日。
その夜の出来事である。
総攻撃で怪我を負った祓魔師たちは美術館地下の病室で休んでいる。
ハミルがいるこの部屋には三つのベッドがあり、ハミルの右隣ではモルディオ=アスカが本を読んでいる。
そのモルディオの隣では普段着のセヴィス=ラスケティアが窓から外を見ている。
「祓魔師も悪魔も美術館と発電所でしか戦ってないんだ。だから一般人には戦いの騒音以外に被害はなかったんじゃないかな」
本を閉じたモルディオが言う。
「トーナメントの前に気絶した奴が偉そうに」
「勘違いしないでほしいね。僕はやむを得ず君を庇ったんだ」
「嘘つけ」
ハミルは嘘と言っているが、セヴィスにはモルディオの言っていることが嘘に聞こえなかった。
事実、彼を倒した悪魔は三人いただけで弱かったからだ。
「うるさいな。人のことが言える立場? 『友達だろ?』とか言ってたくせに、あっさり発電所が破られて、その友達もこの怪我じゃん。まあそれは自称S級のお友達のせいなのかな」
モルディオの嫌味交じりの言葉を聞いても、ハミルは否定しない。
「おれは怪我してたけど、やっぱり実力が足りなかったんだ。セヴィスは弱くなんかない。おれが見栄を張ったせいで怪我させちまったんだ。だから本当に、反省してるつもりなんだ」
「まっ、ハミルは僕が敵の数に気づけなかった不覚もあったし、責めるのも面倒くさいね。
でもさ、それに比べてセヴィスは軽傷だった。もしチェルシーが来なかったら、停電が起きなかったとしてもセヴィスはロザリアに負けたと思うな」
セヴィスは黙って外に向けていた視線をモルディオの方に向ける。
モルディオは得意げに笑みを浮かべている。
「もう過ぎたことなんだから、今更セヴィスを責める必要はねえだろ。お前って本当に性格悪いよな。トーナメントでは負けたくせに」
「負けたとか、B級に言われたくないな」
「モルディオ」
不意に口を挟んだセヴィスはベッドから降りて、モルディオに古びたカードを手渡す。
「何、これ。タロットカード?」
「調べてくれ」
「調べるって……ただのタロットカードじゃん」
傷の痛みに顔をしかめながら、ハミルが近寄る。
モルディオはカードを裏返して特に変わったことがないことを確かめる。
「まさかタロットカードそのものが分からないとか?」
「アンタは兄貴同様、嫌味しか言えないんだな」
と言って、セヴィスはモルディオからカードを奪う。
「セヴィス、それ何だ?」
と、ハミルが尋ねる。
「ロザリアに言われてブレイズ鉱山に行った時に、グランフェザーっていう悪魔が持ってたんだ。そいつの話によると、これは恐ろしい悪魔のカードで、運命を決めるんだとか」
「くだらないね。セヴィスって、馬鹿だと思ってたけど迷信なんか信じてるんだ」
モルディオは肩を震わせて笑う。
「俺も最初はそう思った。でも、何回混ぜても同じ人が引くと同じカードしか出ないんだ」
話しながら、セヴィスは二十二枚のカードの束から一枚のカードを引く。
そのカードには『正義』と書かれている。
「さっきから何度試しても、これしか出ないんだ」
「セヴィスが正義? どう考えてもおかしいよ。よく混ざってないんじゃない」
と言って、モルディオはセヴィスが戻したカードを引く。
すると、絵柄が『正義』ではなく『塔』に変わっていた。
これにはさすがに驚いたのか、モルディオは目を見開いている。
「おれも引いていいか?」
モルディオが裏返したカードを、今度はハミルが引く。
絵柄は『太陽』だった。
「何だよこれ! 何で変わるんだよ!」
「そのグランフェザーっていう悪魔は、他に何か言ってた?」
ハミルが何度もカードを引いている横で、モルディオが聞く。
「『吊るされた男』を引いた悪魔が人間に吊るされて処刑されたとか、『死神』を引いた悪魔が何の前触れもなく死んだとか、『悪魔』のカードは不吉とか」
「じゃあその人の死に方に関係してるのかな? でも『正義』とか『塔』って、どういう死に方なんだろうね。ウィンズ様に聞いてみれば?」
「珍しいな。自称成績一位のアンタが分からないことを兄貴に任せるのか」
「うるさいよ、自称S級祓魔師。僕にだって分からないことぐらいあるよ」
「黙れ下等な下衆」
そう言って部屋を出て行こうとするセヴィスの背中に向けて、モルディオは呆れた表情でため息をついた。
「下等な下衆……その意味、君は理解しないで使ってるんだろうね」
「その口、次のトーナメントで一生開かなくしてやる」
「その言葉をそっくりそのまま返すよ」
モルディオに言い返すのを止めたセヴィスは、扉に手を掛ける。
すると、扉の向こうから足音が近づいてくるのが聞こえた。
「誰だ」
「私だ。クロエ=グレインだ」
セヴィスが扉から手を離すと、美術館長クロエ=グレインが入ってきた。
総攻撃では軽傷だったらしく、身体に包帯をほとんど巻いていない。
「総攻撃で疲れているだろうが、お前たちに伝えることがある。本来なら放送で伝えるところだが、スピーカーの調子が悪いのだ」
と言って、クロエは天井のスピーカーを見上げる。
スピーカーには特に別状はない。
「調子が悪いって、銅線が切れてるだけじゃないんですか?」
モルディオが腕を組んで言う。
「誰がそんな悪ふざけをするのだ」
「確かに、この高さでは無理ですね。でもセヴィスなら可能ですよ」
「スピーカーの銅線を切ったところで、セヴィスには何の得もないだろう。まあいい。後でウィンズを呼んで修理させる。それと」
クロエは鋭い眼差しをセヴィスに向け、言葉の続きを口に出す。
「セヴィス、貴様はいい加減その偉そうな言動を慎め」
後ろでモルディオの笑い声が聞こえた。
それが少し癪に障ったが、クロエは気にも留めていない。
「確かに私は貴様にトーナメントで負けた。そんな貴様からすれば、私は力不足かもしれない。ロザリアに敗北していたかもしれない。
だが、私はジェノマニア王国首都クレアラッツ祓魔師本部所属の館長だ」
「その肩書きと俺に何の関係があるんだ?」
「だからそれを慎めと言っているのだ。分かりやすく説明しよう。貴様はS級祓魔師だが、地位はただの候補生と変わらない。
総攻撃直前の緊急会議に私は館長として出席した。だが貴様に出席させた理由は、S級だからではない。ロザリアと話をしたからだ。つまり、地位は私の方が上なのだ」
「で、謝れってのか」
「そういうことではない」
「じゃあ何だ」
「これから直していけばいいと言っているのだ。貴様はまず敬語を使え」
辺りが静かになった。
この場にいる全員が、セヴィスには全く反省する気がないと判断したのだろう。
「それで、伝えることって何ですか?」
机の上にカードの束を置いて、ハミルが聞く。
「昨日の総攻撃で、ほとんどの祓魔師が負傷した。だから、祓魔師のトーナメントは来月に延期になった。それだけだ。
ところで、それは何だ?」
と言うクロエの視線は机の上にあるカードに向いている。
「同じ人が引くと同じカードしか出ないタロットカードです。セヴィスが言うには、ブレイズ鉱山の悪魔が持っていたカードだそうです」
ハミルが説明しながらカードをクロエに手渡す。
カードを持つクロエの手は、小刻みに震えている。
「もしかして、例の悪魔のタロットカードか!?」
ひどく焦った様子でクロエが言う。
クロエの様子に驚いているのか、ハミルもモルディオも答えない。
「……」
クロエは小声で何かを呟くと、カードを持って足早に部屋を出て行った。




