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Ⅹ・美しい屋敷、美しい人材、特別な友人


 館花さんの予言通り、翌日正午過ぎ、リクさんの恋人もしくは飼い主、かつ、館花さんと唐津沢さんの雇い主の華村宮子さんがいらっしゃった。


 黒塗りのリムジンが、丁寧に停まり、まず黒スーツの男が下りて来て、後部座席のドアを開け、そこから、にゅ、と人形のように細い白くて長い脚が飛び出した。

 10㎝のピンヒール、シンプルだけれど如何にも質のよさそうなワンピース、無造作に見えて完璧に計算ずくのゆるふわのボブ、大きなサングラス。重たそうなピアス。真っ赤なグロス。


 唐津沢さん軍団が屋敷の玄関に構えていて、そこに宮子さんはまっすぐ向かっていった。

 唐津沢さんは大変にこやかな笑顔で一礼した。


「ようこそ、お嬢、様……」

「ねぇ、リクは何処?」


 唐津沢さんの顔が、笑みのまま、引き攣る。

 宮子さんは右手を腰に当て、左手にスマホくらいしか入らなさそうな小さくてギラギラと輝く鞄を下げたまま、ぐるりと見渡し、掃き掃除をしていたわたしを見つけ、左手で差し出した。


「そこのあなた! ええと、なんて名前だったかしら……。そこの、わたしが雇っているわけではない、黒髪のハウスメイド!」

「し、嶋です」

「嶋さんね。また忘れるかもしれないけれど、その時はまた教えて頂戴。華村宮子です。あなたの雇い主、つまりリクは何処にいるの?」

「あ、恐らく自室にいらっしゃるかと……」

「そう。じゃあ、ついでに案内していただけるかしら?」

「えっ」

「お嬢様。それなら私が……」

「唐津沢は黙っていて頂戴。この家の案内はこの家の者に任せるものよ」


 宮子さんの声はよく通る。

 宮子さんが白と言えば白だし、黒と言えば黒だ。

 館花さん含む唐津沢さん軍団は勿論のこと、わたしは直接雇われているわけではないにしろ、雇い主の飼い主なのだから、間接的には充分縛られている。

 宮子さんの思い通りにならないのは、唯一、この屋敷の美のヒエラルキーのトップこと、あの恐ろしく美しい少女、カトーくらいのものだ。



「参ったな」


 とリクさんは電話口で言った。


「宮子がこんなに早く来るなんて思わなかったんだよ。だから全然用意が出来てなくて」

「まさか、リクさん、髭はそのまま、髪は寝癖、身は全裸なんてこと……」

「そのまさかだよ、嶋ちゃん。俺は今、髭は生やしっぱなしだし、髪はぐしゃぐしゃだし、服なんて一つも身に付けていない」

「なんてことなんです……」

「ははは。まあ、宮子のことはそのまま客間に通しておいてよ。適当に用意が出来たら、適当に行くから、適当に相手しておいてあげて。カトーはお昼寝の時間だし」


 言いたいことを言いたいだけ言うと、リクさんはガチャンと電話を切った。

 既に宮子さんは客間にお通しにしていて、背後で椅子の肘掛けを、見事なネイルが施された爪の先で、コンコンコンコン……と叩いている。


「嶋さん? リク、なんて?」

「まだ準備が終わってない様子でして。恐らく、あと少し、もうすぐいらっしゃると」

「全裸、と、聞こえたような気がしたけれど……」


 わたしは蚊の鳴くような声で「恐らく、気の所為かと……」と苦しい言い訳をしたが、宮子さんは、ふぅん、そう、と仰って、どうやら嘘は黙認されたようだった。

 適当に相手しておいてあげて、と言われても、何も気の利いたことが思いつかず、頭の中のハウスメイド・マニュアルを必死に捲って、「お飲み物を、お淹れしますね……」という一項を絞り出した。


「あら、ありがとう。紅茶をお願い。温かいものね。茶葉は問わないわ」


 これで少し時間を稼げると思ったのに、給湯室で館花さんが既に紅茶を用意していた。


「温かい紅茶。茶葉は問わない。と言いつつも、アッサム意外だと少しむっとなさるので、指定が無い場合はアッサム。違いますか?」

「違いません……何で?」

「華村家の使用人として、当然です」

「じゃなくて! 実はリクさんの用意が全く間に合っていないんです。だから少しでも時間を稼ぎたかったのに……」

「それはリクさんの責任ですし、時間を稼ぐのは嶋さんの仕事です。僕は華村家の使用人として少しでも気に入られる必要があるんです」

「恋人と、寝ているくせに……!」

「それとこれとは話が別です」


 恐ろしい。恐ろしい男だ。

 紅茶が冷めるといけないので、と館花さんは本当にそそくさと客間の宮子さんのところに運んでしまって、当たり障りのない、にこやかなスモール・トークを交わした後、爽やかに退出してしまった。


 わたしと宮子さん、二人残される。


(あの男……!)


 わたしが内心腸煮えくり返っていると、宮子さんが口を開いた。


「あの男」

「えっ」


 心を読まれたのかと思ったけれど、宮子さんは館花さんが出て行った扉を見詰めたまま続けた。


「綺麗ね。綺麗な男だわ」

「あ、まあ、はい……」

「確かに、リクの好みっぽいわね」

「えっ!?」

「え、あなた、あの二人のこと知らないの? 当然、知っているものかと」

「知っていないと言えば嘘になりますが、でも、え、あの宮子さんとリクさんのお二人も、そう、ですよね? え?」

「そうよ」


 と宮子さんはあっさり言った。

 今更、どうしてそんな当たり前のことを言うの、と不思議そうでさえあった。


「わたしとリクは恋人で、館花はわたしがリクの世話係に雇った人材で、あろうことか、リクと館花は寝ているのよ。つまり館花は綺麗な男でありながらにして、わたしにとっては薄汚い泥棒猫というわけ」



 リクさんは一体何にそんなに手間取っているのだろう。まさか、恋人の訪問をすっかり忘れて、カトーと一緒に昼寝を決め込んでいるんじゃなかろうか。

 

「あれもふてぶてしいわよね。もう女と話しているみたいだったわ」


 宮子さんは綺麗な脚を組みかえて、ねぇ、とわたしに同意を求めた。

 わたしは何とも言えず、そうですねぇ、とか何とか、そういう意味のないただ隙間を数秒だけ埋めるような音を発した。


「ま、女と違って妊娠しないから良いんだけれど。む、そう思ったら、浮気相手が女じゃなくて男っていうのは、割かしラッキーな話なのかしら」

「あの、えっと、」

「どうしたの。えっと……嶋さん? 何か質問でも?」

「その、どうして、その事実をご存知なんですか? つまり、リクさんと、館花さんのこと」

「リクが報告してきたのよ」


 あの人も本当に大した度胸をしている。

 確かに、そんなことを、曰く、恋人が斡旋した同性の世話係に手を出した、ということを恋人に報告できる人なのだから、遅刻なんて、全然大したことじゃないのだ。あの人にとっては。


「リクが自発的に報告してきたというよりも、わたしが何となくそうなんじゃないかなと思ってカマをかけたのね。そうしたら、まあ、あっさりと自白したというわけ」

「カマ……」

「ほら、あの二人って割と分かりやすいというか、ちゃんと隠す気が無いというか。リクは何も考えていないだけだと思うのだけれど、館花って女なら計画妊娠とかするタイプよね。きっと」


 否定する材料がまったく見当たらない。

 そもそもわたしが目撃してしまったのだって、鍵もかけず、部屋のドアを開けていたからだったのだ。

 宮子さんは聡い人なので、言われてみれば、気付かないわけがなかった。


「どうして、」

「ん?」

「どうして、その、そこまで分かっていらっしゃるなら、辞めさせない、んですか。館花さんのこと」

「なあに、嶋さん、あいつのこと、辞めさせたいの? 気に入らない? 嶋さんが館花のこと嫌いなら、辞めさせましょうか?」

「いえ、そういうことではなくて。わたしじゃなくて、宮子さんが、嫌ではないんですか」

「館花のこと? そりゃ、嫌よ」


 宮子さんは、うっすらとした笑顔で、きっぱりと言った。


「だって自分の恋人が、浮気相手と、自分が用意した家に住んでいるのよ。しかもわたしはその浮気相手に給与までも支払わなくていけないわけだし」

「では、どうして?」

「まだ、最低ラインじゃないから」

「最低ライン?」

「つまり、さっきも言ったけれど、館花は妊娠はしないじゃない。絶対に。わたしは、リクが、わたしの知らないところで、わたし以外の女と子供を作ることが一番嫌なの。それが最低。だからまだマシ。リクのことだから、館花を辞めさせて違う人を雇っても、また手を出すでしょうし」

「リクさんが手を出さなさそうな人にするというのは? 例えば、とんでもない醜男とか」


 宮子さんは高らかに笑い、頬杖をついた。その目尻には涙さえ浮かんでいた。


「嶋さん、面白いねぇ。真面目な顔して、醜男、なんて。あはは」

「すみません」

「謝ることじゃないわ。でもね、その提案はあんまり素晴らしいものとは言えないわね」

「と、言うと?」

「この屋敷って美しいでしょう? まあ、恐らく唐津沢が昨日あたりやって来て大規模な大掃除をやったと思うんだけど、それでなくても装飾とか、造りとか、設備とか」


 確かに、この屋敷は割と凝った作りをしているし、柱の一本一本にも装飾が為されている。玄関ホールには大きなシャンデリアも飾られているくらいだし。


「わたし、美しいものが好きなの。物も、者も。だから、使用人に至るまで、美しい人でかためたいの」

「えっ」


 もしかして、わたしは、宮子さんの美の基準をクリアしていたのだろうかと、烏滸がましい考えが浮かんだのだが、宮子さんは即座に


「ああ、嶋さんは。ね。ほら、花踏が気に入っているから。あの子が人に懐くなんて、なかなかないじゃない? それでね。特別に」


 と言ったことで、わたしはこの屋敷では珍しいことに、とても現実的な気持ちになった。


「だから、醜男を雇うわけにはいかないの。それに仮に雇ったとして、別の全然、わたしの目の届かないところの女の子を漁られても嫌だしね。リクったら、男の査定は厳しいくせに、女となると、緩いから」

「じゃあ、ますます、なんで嶋ちゃんを雇うことは許してくれたのかな?」


 いつの間にか、すぐ背後にリクさんが立って、にこにこしていた。ちゃんと髭は剃り、髪も整え、鎖骨が見えるくらいだるっとしたシャツを羽織っている。

 宮子さんは全く驚いた様子が無く、笑って、頭を自分の肩に乗せた。


「嶋さんを雇ってもいいよって言ったのは、嶋さんのこと、友達だって言ったから。だって友達とは寝ないでしょ?」

「そうだね。友達、だからね!」

「はあ」

「それに、リク、花踏のことは大好きだから、花踏を哀しませることは絶対にしない。つまり花踏が嶋さんに懐いている限り、リクは嶋さんに手は出さない。それは絶対だって、知っているし、分かっているから」


 リクさんは宮子さんの美の選考を見事にクリアした美しい笑顔で、近寄り、二人でこそこそ笑って、長いキスをした。

 確かにそのシーンは、まるで映画のように美しかった。


 仲睦まじい二人の姿を見るたびに、わたしの心臓は傷み、腐っていくような感じがする。じくじくと、ずくずくと


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