第七話 法廷に立った王妃、立たなかった真実
第七話 法廷に立った王妃、立たなかった真実
首飾りは、もう存在しなかった。
少なくとも、宝石商が最初に組み上げた、あの巨大な首飾りとしては。
六百四十七個ともいわれるダイヤモンドは、ばらばらにされ、別々の手へ渡っていった。ひとつの宝飾品だったものが、いくつもの小さな宝石になったとき、それぞれの石がどこへ行ったのか、すべてを追いかけることは難しくなった。
だが、不思議なことがある。
物は壊れても、物語は壊れない。
とりわけ、人々が信じたい物語は。
「王妃が、あの首飾りを欲しがったのだ」
その一言は、ダイヤモンドよりも遠くまで運ばれていった。
そして、ついに法廷へたどり着いた。
一七八五年。
フランス王妃マリー・アントワネットは、首飾りを注文していない。
首飾りの購入契約を結んだのは、王妃の名を利用した者たちだった。中心にいたのは、ストラスブールの枢機卿ルイ・ド・ロアンと、ジャンヌ・ド・ラ・モット伯爵夫人である。
ロアンは王妃の寵愛を取り戻したいと願い、ジャンヌはその願いを利用した。
王妃の筆跡をまねた手紙。
王妃に会えると信じさせる演出。
王妃本人に見えるよう、夜の庭園で別の女性を立たせた一件。
それらが重なり、ロアンは王妃が首飾りを望んでいると信じ込んだ。
しかし、王妃は知らなかった。
知らないまま、王妃の名前だけが契約書の上を歩いていた。
そして、支払いが滞った。
宝石商たちは、ついに王室へ訴え出た。
王妃が買うはずだった首飾りの代金を、誰が支払うのか。
そもそも、王妃は本当に注文したのか。
問題は、ようやく明るみに出た。
だが、明るみに出たものが、必ずしも真実とは限らない。
*
ルイ十六世が事態を知ったとき、王室の名誉はすでに傷つき始めていた。
首飾りの一件は、単なる詐欺事件ではなかった。
王妃の名が使われた。
王妃が欲しがったと噂された。
王妃の浪費が、事件の説明として持ち出された。
その結果、王妃が注文していないという事実さえ、人々には信じにくくなっていた。
「また王妃の贅沢か」
そう思う者がいた。
「王妃なら、やりかねない」
そう口にする者もいた。
そこには、まったく根拠のない偏見だけがあったわけではない。
マリー・アントワネットは、実際に高価な衣装や装飾品を好んだ。宮廷の華やかさを楽しみ、賭博や娯楽に心を向けた時期もあった。
彼女の支出が問題になったことも、歴史の一部である。
しかし、それと今回の首飾りを注文したかどうかは、別の問題だった。
過去に浪費をした人間は、していない浪費まで疑われてよいのだろうか。
一度、嘘をついた人間は、その後に語る真実まで疑われなければならないのだろうか。
そして、嫌われている人間は、証拠がなくても罪を負うべきなのだろうか。
法廷が本来、分けて考えるべきことを、世間の噂はひとつにまとめてしまう。
王妃の浪費。
枢機卿の失策。
ジャンヌの策略。
宝石商の損失。
それらは、同じひとつの物語に押し込められた。
その物語の題名は、いつしかこうなっていた。
――マリー・アントワネットの首飾り。
*
一七八六年、パリの高等法院で裁判が行われた。
注目の中心にいたのは、王妃本人ではない。
枢機卿ロアンだった。
ロアンは、王妃の名を信じて首飾りを受け取り、ジャンヌの手へ渡した。王妃との関係を取り戻したいという願いが、彼の判断を曇らせた。
彼は詐欺の計画をすべて理解していたわけではなかった。
だが、王妃本人に確認しないまま、王妃の意思だと信じて動いたことは事実だった。
裁判で問われたのは、首飾りをめぐる一連の行為である。
そして、法廷はロアンに無罪を言い渡した。
この判決は、王妃の名誉を回復するどころか、王室をさらに苦しい立場へ追い込んだ。
王妃の側から見れば、ロアンは自分の名を勝手に利用した人物である。
ところが世間の目には、王妃がロアンを陥れようとしたのではないか、という疑いまで生まれた。
ロアンが無罪になったことは、王妃が首飾りを注文した証拠ではない。
それでも、判決の印象は、法廷の記録を離れ、別の物語へと変わっていった。
王妃は傲慢だ。
王妃は冷酷だ。
王妃は国民の苦しみを知らない。
それらの批判は、首飾り事件だけから生まれたものではなかった。財政危機、宮廷への不信、身分による不平等、そして外国から嫁いできた王妃への反感が、すでに積み重なっていた。
事件は、それらをひとつに結びつける格好の材料になった。
ジャンヌ・ド・ラ・モットは有罪となり、処罰された。
しかし、王妃の評判は元に戻らなかった。
裁判が終わったのに、裁判の外側では、別の裁きが続いていたのである。
*
マリー・アントワネットは、無実だった。
少なくとも、この首飾りを注文したという疑いについては、そう考えるべき根拠がある。
けれど、彼女を取り巻く問題は、首飾りひとつではなかった。
フランスの財政は苦しかった。
長い戦争の負担があり、アメリカ独立戦争への支援もあり、国の税制には深刻な不公平があった。国家の借金は積み上がり、利払いだけでも財政を圧迫していた。
宮廷の支出も批判の対象だった。
そのなかで、王妃の衣装や宝飾品は、人々が目に見える形で怒りを向けられる対象になった。
遠い戦場で使われた金額。
複雑な税制の仕組み。
国王を支える制度そのものの問題。
そうしたものを理解するには、帳簿を読み、制度を学び、長い時間をかけて考える必要がある。
だが、王妃のドレスなら、誰にでも想像できた。
美しい絹。
輝くダイヤモンド。
高価な装飾。
その姿を思い浮かべるだけで、人々は国の苦しみを説明できたような気持ちになった。
もちろん、王妃の浪費を批判すること自体が間違いなのではない。
問題は、それを国のすべての不幸の原因にしてしまうことだった。
欠点を認めることと、すべての罪を負わせることは違う。
彼女は浪費をした。
しかし、首飾りは注文していない。
このふたつの事実は、同時に成り立つ。
人間というものは、ひとつの欠点を見つけると、その人間のすべてを説明できたような気持ちになる。
そして、ひとつの嘘を信じると、それに合う証拠ばかりを探し始める。
マリー・アントワネットは、その仕組みのなかに閉じ込められていった。
王妃という立場は、彼女を特別な存在にした。
だが、その特別さは、彼女を人間として見ることを難しくもした。
彼女の言葉は、王妃の言葉として疑われた。
彼女の沈黙は、王妃の傲慢さとして解釈された。
彼女の贅沢は、すべての罪の証拠にされた。
彼女が何をしたかという問いより先に、彼女なら何をしたに違いないかという答えが用意されていたのである。
*
一九〇一年、ヴェルサイユ。
シャーロット・モバリーとエリナー・ジョーデインは、プチ・トリアノンの庭園で経験した奇妙な出来事について、互いに話し合っていた。
二人は、そこにいるはずのない人々を見たと語った。
古い時代の衣装をまとった人物。
どこか不自然な静けさ。
現実の庭園から、ほんの少しだけ外れてしまったような感覚。
二人の説明には、細部の食い違いもあった。
後年、二人はその体験を『冒険』という書物にまとめ、一九一一年に公表することになる。
彼女たちは、何を見たのだろう。
過去の光景だったのか。
記憶が作り出したものだったのか。
旅先での錯覚だったのか。
あるいは、二人の経験を、後世の人々があまりにも不思議な物語に仕立て上げたのか。
確かなことは、二人が奇妙な経験をしたと報告したこと、そして、その経験が後世にまで語り継がれたことだ。
歴史は、いつも記録のなかにある。
しかし、記録に残された言葉が、すべて真実をそのまま映しているとは限らない。
首飾り事件の裁判記録。
王妃について書かれた批判文書。
母マリア・テレジアから娘へ送られた手紙。
一九〇一年の二人の女性の証言。
それぞれは、異なる時代の、異なる人々が残した記録だった。
そこには事実があり、思い込みがあり、願望があり、恐れがあった。
記録を読む者は、それらを分けて考えなければならない。
そうしなければ、記録を読んでいるつもりで、ただ誰かの作った物語を繰り返すことになる。
モバリーは、庭園のどこかに視線を向けた。
そこに、王妃の姿があったのかどうか。
彼女には、確かめようがなかった。
だが、もし過去の誰かが、ほんの一瞬だけ目の前に現れたのだとしたら。
その人物は、後世の人々が語る王妃と同じ姿をしていただろうか。
浪費家。
傲慢な外国人。
国民の苦しみを知らない王妃。
それとも、十四歳で故郷を離れ、異国の宮廷に送り込まれ、やがて自分の知らない首飾りの責任まで負わされることになる、一人の少女だったのだろうか。
答えは、霧の向こうにあった。
首飾りは、もうない。
けれど、首飾りをめぐる嘘は、まだ消えていない。
そして二人の女性は、百年以上前の庭園で、その嘘とは別の何かを見たのかもしれなかった。




