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家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる  作者: あさじなぎ


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31/42

31 桔梗

 私は通りに立ち尽くして、大学の建物を見上げる。

 本当に奈美だった。

 伊織さんが見せてくれた写真の通りの姿で、私の前に現れた。

 会いたいと思って私、ここまで来たのに、いざ顔を合わせるとなんだか戸惑ってしまう。

 嬉しいはずなのになんでだろう、私、あっけにとられて喜べないでいる。

 私は携帯を開いて、さっき奈美と交換した連絡先を見る。

 奈美が言っていた通り、電話番号もメアドもかわっているっぽい。ひとのメアドなんてあんまり覚えていないけど。


「本当に、縁切られたわけじゃないってこと、なのかな」


 そう思うとちょっとだけ気持ちが楽になったかも。

 私は携帯をしまって、ばしん、って顔を両手で叩く。

 見た目は変わっちゃったけど、中身はそう簡単に変わらないよね。

 そう自分に言い聞かせて私は歩き出す。

 来てよかったのかな、ここに。

 でも、奈美がホストと付き合ってるって話は気になる。

 携帯で調べたらホストは付き合うとかいって、騙すことが多いみたいだし。

 胸の奥にあるもやはまだ消えそうになかった。



 キチジョウジの駅を降りて伊織さんのお屋敷に向かって歩いていると、猫を抱えた桔梗さんが、脇の通りからすっと現れた。

 桔梗さんは私を見るなりニコニコっと笑って言った。


「あ、葉月ちゃん! 珍しいねー、お出かけ?」


 そう言われて私はちょっとドキってしてしまう。

 私は目を泳がせた後、無理やり笑顔を作って言った。


「は、はい、あの、ちょっといろんなところを見てみたくって」


「見る所たくさんあるもんねー。あれでしょ、伊織といろいろお出かけしたりしてるんでしょ」


 伊織さんの名前が出て、私はドキン、ってしてしまう。だって今日は、伊織さんに内緒で出てきちゃったから。

 私は顔が引きつるのを感じながら桔梗さんに答えた。


「そ、そうですね。あの、前に藤の花を見に行きました」


「あいつ仕事以外じゃ引きこもりなのにー」


 そう言って、桔梗さんが笑う。

 

「そ、そうなんですか?」


「そうだよー。家にいるときはずっと煙草吸ってるんじゃないかしら?」


 桔梗さんは首を傾げて言った。

 すると桔梗さんが抱えている猫が、にゃー、って鳴く。

 首輪をしているからたぶん、迷子になっていた子だろうな。

 桔梗さんは猫捜しが得意だ。祐飛さんは逃げた鳥を捜すのが得意だし、真琴さんは犬を捜すのが得意だって言っていた。

 だから動物捜しの依頼ばかりがくる探偵事務所になっている。

 当たり前よね。桔梗さんはネコマタで、祐飛さんは天狗。真琴さんは狐なんだもの。本来の自分に近い動物捜すの得意に決まってる。

 猫を撫でる桔梗さんに、私は言った。


「伊織さん、私の前ではあんまり吸わないんですよね。事務所じゃ吸ってる姿見ますけど」


「とりあえず吸わない人の前じゃあ気を使うみたいなのよね。そもそも葉月ちゃん、まだ煙草吸えないじゃないの」


「あはは、それはそうですね」


 じゃあやっぱり部屋で吸ってるのかな。

 私、まだ二階にある伊織さんの寝室には入ったことがないのよね。

 なんだか聖域みたいな感じがして、洗濯物は二階の階段を上がったところに置いておくだけだ。

 掃除も廊下だけだし。

 初めてお屋敷に入った時に見た居間の惨状を考えると、伊織さんの部屋、どうなってるのか想像するだけでも怖い。

 そんなことを考えていると、桔梗さんがちらっと辺りを見渡した後、声を潜めて言った。

 

「ねえ葉月ちゃん」


「はい」


「伊織の家を出る気はないの?」


「え?」


 思いもよらない言葉に私は目を丸くする。

 だって、私、伊織さんの家を出る、なんて考えてもいないからだ。

 家族がいなくなって、誘拐されて、オークションにかけられて。

 家も無いし、家族と連絡が取れないし、古い携帯は解約されて使えない。

 そんな状況で、私の中に自立するっていう選択肢がなかった。

 私だってわかる。

 今の私にひとりで生きる力がないって事を。

 だから伊織さんに甘えている。

 それがいいのかどうかわからないけれど。

 どうしたいかすらわからない。

 大学のことも何も決めていないもの。

 私は俯いて、足元に落ちている黒い羽根を見つめた。

 親がいないって、すごく無力だ。

 思い悩んでいると、桔梗さんの焦った声が聞こえた。


「ごめんごめん。いろいろあったし、そんなの決められないわよねー」


「あはは。でも桔梗さんの言いたいことわかります」


 そう言って、私はぎゅっと、手にもつ鞄の紐を握りしめる。


「伊織さんの好意にずっと甘えているのはダメだって思うんです。でも家族も見つからないし、自分だけの力で生きていくには私、弱いから」


 そして私は顔を上げて、桔梗さんに無理やりな笑顔を作ってみせた。

 そうなんだ。

 私はひとりで生きるにはとても弱い。

 そのことがわかっているから、私は伊織さんから離れられないんだ。

 そんな事実がちょっと嫌になる。

 私の言葉に、桔梗さんはびっくりした顔をして首をぶんぶん、て横に振る。


「弱いなんてないよー。だって伊織のことかばって撃たれたでしょ? 葉月ちゃんが弱いなんて絶対にないって」


 そう言って、桔梗さんは私の肩にそっと触れた。

 嬉しいな。そう言ってもらえると。

 でも私は強くなんてない。

 私は肩に触れた桔梗さんの手に自分の手を重ねて言った。


「ありがとうございます、桔梗さん。私はもう少しだけ、伊織さんに好意に甘えると思う」


 すると桔梗さんは、一瞬悲しげな眼をした後、すぐに微笑んで、


「そっか」


 と言って、私の肩から手を下ろす。

 そして真剣なまなざしになったかと思うと、私とすれ違いざまに囁くように言った。


「私たちにいれこんじゃだめだよ。私たちはあやかし。葉月ちゃんは人間。住む世界、違うんだから」


 住む世界が違う。

 どういうつもりで桔梗さんはそれを言ったんだろう。

 私は振り返って、雑踏の中に消えていく桔梗さんの背中を追う。

 その背中を見つめながら私は呟く。


「たぶんもう、手遅れだよ」


 そして私は桔梗さんに背を向けて歩き出した。

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