第29話:暴走の兆し
監視者の刃と俺の爪が何度もぶつかり合い、火花と黒炎が散った。
床は砕け、壁には深い亀裂が走る。
人の戦いではない――怪物同士の衝突だった。
「クッ……!」
俺は息を荒げながら拳を振るう。
だが、監視者は冷徹に受け流し、反撃を重ねてきた。
「お前の力は確かに強大だ。だが制御できていない」
彼の声は機械のように淡々としている。
「その不安定さこそが、人類にとっての脅威だ」
「黙れッ!」
叫んだ瞬間、胸の奥が熱く爆ぜた。
黒い瘴気が噴き出し、視界が赤く染まる。
《そうだ……もっとだ。もっと解き放て》
影の声が頭の中で響く。
《人間の心を捨てろ。そうすれば、この人形を容易く引き裂ける》
身体が勝手に動く。
爪が伸び、形を歪め、背から無数の棘が生える。
自分の体なのに、自分のものではない感覚。
「……やめろ……!」
必死に叫んでも、影の笑い声は止まらない。
監視者が一歩後退し、俺を観察するように目を細めた。
「……やはり制御できていないな。
このままでは“影”が主導権を握る」
「だめッ!」
エリスの声が飛ぶ。
彼女は俺に駆け寄ろうとするが、監視者の刃が床を叩き、進路を遮った。
「下がれ。いま近づけば殺されるぞ」
「放っておけるわけない!」
エリスの瞳には迷いのない光が宿っていた。
だがその瞬間、俺の中で影が爆発的に膨れ上がった。
視界が真っ黒に染まり、耳鳴りが轟く。
《フフ……もう抵抗できまい。さあ、全てを喰らえ》
腕が変形し、鋭い刃と化して監視者へ振り下ろされる。
自分でも止められない。
――その刹那、エリスの叫びが響いた。
「お願い、帰ってきてッ!!!」
その声に、ほんの一瞬だけ意識が引き戻される。
刃は監視者を逸れ、壁を粉砕した。
監視者は俺を見据え、冷酷に告げた。
「選べ。人間として生きるか、影に呑まれるか」
俺の身体は震え、視界は闇と光の狭間に揺れていた。




