交渉決裂! 空気を読まないトコロテン
豚貴族はドカッと馬鹿息子の向かいのソファーに座る。
「……」
「……」
き、気まずい……。これが久しぶりに会う親子の対面とはね。
豚貴族は忌々しげに息子を睨みつけ、息子は息子でそれを涼しげな表情で受け流す。
いや、馬鹿息子の目はよく見ると確かな敵意を宿している。
「ふん、埒があかんな……。ザックよ……そっちのヘラヘラした友人は紹介してくれんのか?」
酷くつまらなさそうに豚貴族が吐き捨てる。
「そうでしたね……紹介しましょう彼は私の友人で……」
「プレジールヴィイ……そうじゃろ?」
馬鹿息子の答えを聞く前に豚貴族が言い当てる。お、流石に話術では豚貴族が一枚上手か? 会話の主導権を握ろうとしてるな。
「ククッ! お初にお目にかかりますってか? プレジールヴィイだ」
「チッ!」
殺人鬼はグラサンを少し下げて切長の瞳を楽しそうに豚貴族に向けた。
うわ〜……変態だ。なにが楽しいのか豚貴族を品定めするようにニヤニヤ笑っとる。
舐め回すような変態殺人鬼の視線に豚貴族は舌打ちをした。
「ザックよ、友人は選ぶべきだな」
「ふふ、息子の交友関係に口を出すのはよして下さいね」
「ふん、それはあの女の事も含めてか?」
豚貴族のその言葉に馬鹿息子の表情が変わった。
「父上……彼女の実家に行った嫌がらせ、私は決して許せません。本来貴族とは平民を守る為の存在でなけらればならないのです。アナタに貴族の資格はない」
「はん、今度は何の物語に影響されたんだ? ありがちな薄っぺらい台詞を吐きおって……」
おお、いいぞ豚貴族。口喧嘩なら勝ってる。
「それで……早く本題に入ってほしいのだがな。学生のキサマと違ってワシは忙しいのだ」
「……いいでしょう。当主の指輪を渡して下さい」
「…………はぁ」
馬鹿息子の言葉に心底呆れたようにため息を吐く。
「……断る」
「…………何故ですか?」
馬鹿息子の視線が厳しくなった。
「当主の指輪はアヤブドール家当主が所持し、アヤブドール家の全権を担う証だ。逆に聞くが何故渡さねばならぬ」
「……父上から権力を取り上げる為です」
「……ダメだな。出直してくるがいいわ。当主の指輪はワシの物だからな」
「…………そうですか」
ビリビリと部屋の圧力が増した気がした。
「……交渉決裂ですね」
豚貴族の後ろに立っていた護衛二人が予備動作もなく剣を抜いた。
一人が豚貴族の前に躍り出てガードするように構える。もう一人が変態殺人鬼の首を目掛けて剣を振るった。
流れるような剣捌きは吸い込まれるようにプレジールヴィイの首元に到達する。
「ッ!!」
「ククッ……俺の殺気に反応してからの動きが早いじゃないか」
しかし、その刃が首元に到達する前に、刀身を変態殺人鬼が指で掴んでいた。
「お館様! お逃げ下さい!」
「ククッ、とはいえ薄味だな。結晶セドリック メイスグランドに相手して貰えると思って期待していたんだがな。……残念だぜ!」
変態殺人鬼は指で剣を掴んでいる逆の手を振り上げると、テーブルに振り下ろした。
部屋全体が爆発したような衝撃をうける。テーブルはもちろん砕け散り、変態殺人鬼に剣を向けていた護衛は衝撃をマトモに受けてしまったせいで壁に打ち付けられてしまった。
ここが一階でなかったら床が抜けていただろう。
「チィッ! 化け物が!」
「お下がり下さい!」
残った護衛が変態殺人鬼に切り掛かるが、その斬撃を素手だけで弾いていた。
ギンッギンッ! と、まるで金属同士が接触しているような音を立てる。とても人体が発する音ではなかった。
散歩でもするかのように歩みを進め虫でも払うかのように手を振る。それだけで護衛は後ろへと下がらされ、防ぎきれなかった一発が頬にめり込むとトラックに撥ねられた人形のように吹き飛んだ。
護衛は壁に衝突すると大穴を開けて、向こう側の通路に大の字で倒れ込み、ピクリとも動かない。
「ぬうっ!」
「終わりです……父上」
あまりの光景に狼狽えていた豚貴族のすぐそばで、馬鹿息子が剣を携え立っていた。
そして、なんの戸惑いもないように、豚貴族の腹を刺す。
「ぐぅ!! キ、キサマ!」
腹に突き立てられた剣に顔を歪める豚貴族は、腰に差した剣を抜き放ち、馬鹿息子を牽制する。
そのまま、ヨロヨロと刺された腹部を押さえながら壁に寄りかかる。
「かつて世間に恐れられた父上もこんなものですか……」
メチャクチャになった応接室で、勝敗の決した構図に膝をつく豚貴族は、何を考えているのか私には分からなかった。
だってそれどころじゃなかったから……。
ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイ!
こいつら部屋をメチャクチャにしやがって! スキマが解除されそう!
キャビネットが壊された事でスキマが壊れやがった!
うぐぐぐぐ、ダメだぁ! 押し出されるぅ!
耐えろ耐えろよ私ぃ!
奮闘も虚しく、トコロテンのように私は押し出されてしまった。
「にゅぅぅううん……」
「……」
「……」
「……」
膝をついた豚貴族の前に、うつ伏せでヌルっと出てきた私は部屋の空気を停止させた。
緊迫した場面に突如、横たわる少女が現れた現象に皆がついてこれない。
ホント悪かったよ……そんな場面じゃなかったよね。
私も不本意だよ。
どうしよこの空気、このまま横たわってちゃダメかな?
「キサマは何をしておるのだ……小娘よ」
心底呆れたような豚貴族の声が私の心に突き刺さった。




